長谷川 拳杜(はせがわ けんと、1993年11月8日 - )… 長谷川 拳杜(はせがわ けんと、1993年11月8日 - )は、IBC岩手放送のアナウンサー。 岩手県紫波町出身。岩手県立花巻北高等学校、山梨県立大学卒業後、2016年4月に入社。IBCの同期入社には清水康志と川島有貴(いずれもアナウンサー)。第44回(2018年度)アノンシスト賞新人奨励賞受賞(ふくしま駅伝応援実況)。趣味は、ジェットコースター巡り。
岩手県 紫波町:12人
※有名人ナビに登録されている12人を職業別に数えました。複数の職業を持つ人は、それぞれの職業に数えています。
長谷川 拳杜(はせがわ けんと、1993年11月8日 - )… 長谷川 拳杜(はせがわ けんと、1993年11月8日 - )は、IBC岩手放送のアナウンサー。 岩手県紫波町出身。岩手県立花巻北高等学校、山梨県立大学卒業後、2016年4月に入社。IBCの同期入社には清水康志と川島有貴(いずれもアナウンサー)。第44回(2018年度)アノンシスト賞新人奨励賞受賞(ふくしま駅伝応援実況)。趣味は、ジェットコースター巡り。
佐々木和樹(ささき かずき、1989年12月27日 - )は… 佐々木和樹(ささき かずき、1989年12月27日 - )は、日本のラグビー選手。トップチャレンジリーグの釜石シーウェイブスRFCに所属する。 2008年、盛岡工業高校卒業後、釜石シーウェイブスに加入。なお盛岡工業高校時代、花園へ2度出場し、第31回高校東西対抗試合に東軍として出場した。 2009年10月31日に行われたトップイーストリーグ第8節のNTTコミュニケーションズシャイニングアークス戦に先発出場で公式戦初出場を果たした。 2014年、チームの副将(バイスキャプテン)に就任し、また2014年度のほとんどの試合に出場し、チームのトップチャレンジとトップリーグ入れ替え戦出場に貢献した。また同年にはトップリーグの東芝ブレイブルーパスとヤマハ発動機ジュビロにそれぞれ国内留学した。
佐藤 大実(さとう おおみ、1975年12月22日 - )は… 佐藤 大実(さとう おおみ、1975年12月22日 - )は、岩手県紫波郡紫波町出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード・ミッドフィールダー。 紫波町立紫波第一中学校、読売クラブユース(藤沢商高)を経て、1994年から1997年まで日本電装/デンソーに所属。1998年にサガン鳥栖へ移籍して2005年まで在籍。2006年はグルージャ盛岡に所属した。
吉田 暢(よしだ とおる、1965年5月17日 - )は、岩… 吉田 暢(よしだ とおる、1965年5月17日 - )は、岩手県紫波郡紫波町出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 現役時代はサイドバックとして古河電工/ジェフユナイテッド市原(現:ジェフユナイテッド市原・千葉)、ブランメル仙台(現:ベガルタ仙台)でプレーし、1997年に現役を引退。 1998年よりソニー仙台FCのコーチに就任。2001年からソニー仙台FCの監督に就任。2005年にJFA 公認S級コーチライセンスを取得。 2006年から2011年までグルージャ盛岡の監督を6年間務め、東北社会人サッカーリーグ1部で優勝4回、準優勝2回の成績を残した。2012年、グルージャ盛岡の育成・普及スタッフ代表統括に就任。
阿部 良二(あべ りょうじ。1953年3月6日 - )は、岩… 阿部 良二(あべ りょうじ。1953年3月6日 - )は、岩手県紫波町出身の元競輪選手である。現役時代は日本競輪選手会青森支部所属(登録地は岩手県)。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第29期生。 岩手県立大迫高等学校時代、松阪競輪場で行われた1970年の全国高等学校総合体育大会自転車競技大会・スプリント(当時はスクラッチ)で、小池和博に次いで2位に入った。しかし、阿部の生まれである岩手は当時、競輪に全く縁のない地であったため、顧問の先生に競輪選手になってみないかと勧められて、漸くその存在を知ることになったという。 競輪学校第29期生として1972年4月2日、取手競輪場でデビュー戦を迎えて1着となり、以後負け知らずの21連勝を記録した。
高橋 光夫(たかはし みつお、1945年8月24日 - )は… 高橋 光夫(たかはし みつお、1945年8月24日 - )は、日本の政治家。元岩手県水沢市(現・奥州市)長(1期)。 岩手県紫波郡紫波町出身。1964年岩手県立盛岡商業高等学校卒。同年東北電力に入社、水沢営業所に勤務する。労働組合で活動する一方、民社党胆江総支部長、岩手県連書記長などを務める。1979年から水沢市議を7期務め、議長も2期務めた。2004年1月の水沢市長選挙に立候補し、無投票で当選した。同月29日に就任した。 2006年に水沢市は江刺市など4市町村と合併し、奥州市が発足した。それに伴い、同年2月19日に水沢市長を退任した。合併直後の奥州市長選挙に立候補した。この選挙では元江刺市長の相原正明と元衆議院議員の高橋嘉信の3人の争いとなった。
滝浦 静雄(たきうら しずお、1927年1月19日 - 20… 滝浦 静雄(たきうら しずお、1927年1月19日 - 2011年6月14日)は、日本の哲学者。東北大学名誉教授。 フランス及びイギリスの哲学を研究、メルロ=ポンティの翻訳を多く行った。 岩手県紫波郡紫波町出身。1951年、東北大学文学部哲学科卒業。1962年岩手大学助教授、1971年東北大学教授を経て、1985年東北大学文学部部長に就任。1989年定年退官、名誉教授。 その後岩手県立大学盛岡短期大学部学長、日本哲学会委員、日本現象学会委員などを務め、2005年秋に瑞宝中綬章受勲した。 2011年6月14日、胃癌のため宮城県仙台市内の病院で死去。84歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
中村 直(なかむら ただし、1912年11月27日 - 19… 中村 直(なかむら ただし、1912年11月27日 - 1996年8月3日)は日本の政治家。衆議院議員(1976年~)、岩手県知事(1979年~1991年)を務めた。身長180センチ、体重80キロ(1984年の記録)と大柄だった。 1912年、岩手県紫波郡紫波町で生まれる。岩手県農学校、産業組合学校を卒業後、産業組合職員などを経て1938年に岩手県職員となる。岩手県副知事や岩手銀行専務を経て、1976年の第34回衆議院議員総選挙で岩手県第1区から出馬し当選。2年3ヶ月の代議士生活の後、1979年に岩手県知事となって3期12年間を務めた。 鈴木善幸を政治の師と仰ぎ、知事在任中は三陸鉄道を鉄道としては全国で初の第三セクターにしているほか、岩手めんこいテレビの開局に尽力した。
玉山 勇(たまやま いさむ、1908年8月12日 - 198… 玉山 勇(たまやま いさむ、1908年8月12日 - 1989年4月28日)は、福島大学学長、元・経済史・経営史専攻の教授。岩手県紫波郡紫波町出身。 明治学院から神戸商業大学に進み1936年に卒業し関西学院高等部の教師となる。1940年東北学院大学教授、1950年福島大学経済学部教授、1958年福島大学経済学部部長を経て、1973年10月15日学長に就任。翌1974年12月4日退任。 日本生産性東北地方本部理事、東北経済開発センター(現在の東北活性化研究センター)理事、福島県中小企業診断協会会長なども歴任した。 1989年4月28日午後5時に内臓疾患の為、福島県立医科大学附属病院で死去。享年80歳。
野村 胡堂(のむら こどう、1882年(明治15年)10月1… 野村 胡堂(のむら こどう、1882年(明治15年)10月15日 - 1963年(昭和38年)4月14日)は、日本の小説家・人物評論家。『銭形平次捕物控』の作者として知られる。音楽評論家としての筆名はあらえびす、野村あらえびすとも。本名:野村 長一(のむら おさかず)。娘は作家の松田瓊子。 1938年発行の『レコード音楽』昭和13年3月号に、読者からの投書に答える形で、次のように述べている。 「ところで震災の前の年から私は美術と音楽のことも書くやうになつた。さうなると胡堂といふ名では少々堅苦しい感じがあるので、何か他の名を考へることにしたのが抑々あらえびすの名の出来るきつかけだつた。有名な浄瑠璃の「袖萩祭文」の中で「奥州のあらゑびす……」云々と阿倍貞任が威張るくだりがあるが、胡堂の胡がそのあらゑびすに相当するので(ゑびすに「にぎゑびす」即ち熟蛮と「あらゑびす」即ち生蛮の二種がある、その荒つぽい方なのである)ゑはえに変えて、斯くして茲にあらえびすの名が誕生を見た次第だ。
菊池 寿人(きくち ひさと、元治元年10月20日(1864年… 菊池 寿人(きくち ひさと、元治元年10月20日(1864年11月19日) - 昭和17年(1942年)9月30日)は、日本の教育者。 岩手県紫波郡紫波町出身。1893年(明治26年)、東京帝国大学文科大学国文科を卒業し、さらに大学院で学んだ。1896年(明治29年)、陸軍教授となり、1898年(明治31年)に第一高等学校教授に転じた。1919年(大正8年)、第一高 等学校校長に就任し、1924年(大正13年)に退官した。 退官後は第一高等学校講師・東洋大学講師を務め、1931年(昭和6年)に第一高等学校名誉教授の称号を受けた。
高橋 嵩(たかはし たかし、6月5日 - )は、日本の元アナ… 高橋 嵩(たかはし たかし、6月5日 - )は、日本の元アナウンサー、高等学校教員。 岩手県紫波郡紫波町出身。早稲田大学在学中は同大学の英語部(WESA)に在籍し、第39回早稲田杯争奪全日本学生英語弁論大会の全国大会で優勝した。特技はエイブラハム・リンカーン大統領のゲティスバーグ演説の暗唱。 2008年に秋田朝日放送に入社。退職後、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコースに進学。その後、一年間新日鉄に勤務し(名言は「こんな(作業)服を着るためにこの会社に入ったんじゃない!」←これは当時の製鉄所人事室長の創作であり、本人は発言していない)、2011年より城西大学附属城西中学校・高等学校で英語教員を務めている。