三保 恵一(みほ けいいち、1949年(昭和24年)7月18… 三保 恵一(みほ けいいち、1949年(昭和24年)7月18日 - )は、日本の政治家。福島県二本松市長(5期)。旧二本松市長(1期)、福島県議会議員(5期)などを歴任した。 福島県二本松市出身。福島県立安達高等学校(大平分校)卒業。1983年(昭和58年)4月、福島県議会議員に初当選。1999年(平成11年)5月から2001年(平成13年)3月まで県議会議長を務めた。 2001年(平成13年)7月の第19回参議院議員通常選挙に福島県選挙区より無所属で出馬するも落選。 2003年(平成15年)、旧二本松市長に初当選。 2005年(平成17年)12月1日、旧二本松市と安達郡安達町・岩代町・東和町が合併し、新制の二本松市が発足。
根本 尚美(ねもと ひさよし、1941年(昭和16年)9月2… 根本 尚美(ねもと ひさよし、1941年(昭和16年)9月26日 - )は、日本の政治家。元福島県二本松市長(2期)。 福島県安達郡二本松町(現・二本松市)出身。法政大学法学部中退。二本松市議会議員となり、議長を務め、1996年、二本松市長に当選する。2000年に無投票で再選。2003年、収賄容疑で逮捕され、市長を辞職した。翌年懲役2年、執行猶予4年の有罪判決を受けた。
大河内 鷹(おおこうち たか、1921年(大正10年)7月1… 大河内 鷹(おおこうち たか、1921年(大正10年)7月17日 - 2009年(平成21年)4月9日)は、日本の政治家。福島県二本松市長(3期)。 福島県安達郡二本松町(現・二本松市)出身。1942年、陸軍士官学校(56期)卒。戦後、帰郷し、二本松市議会議員となり、7期務め、議長も2期務めた。1984年、二本松市長に当選し、3期務める。1996年に市長を退任した。2009年(平成21年)4月9日死去、87歳。死没日をもって正七位から従四位に叙される。
大内 一郎(おおうち いちろう、1891年(明治24年)3月… 大内 一郎(おおうち いちろう、1891年(明治24年)3月11日 - 1962年(昭和37年)3月18日)は、日本のジャーナリスト、実業家、政治家。衆議院議員。号・逸堂。 福島県安達郡針道村(東和村、東和町針道を経て現二本松市針道)で、大内丈右衛門の息子として生まれる。早稲田大学大学専門部政経科を中退した。 立憲政友会に入党し、1919年(大正8年)10月、安達郡会議員に当選し(2期在任)、公立福島病院組合議員(5期)を務め、1927年(昭和2年)9月、福島県会議員に選出され4期在任した。 また、福島新聞主筆、福島民報主筆、読売新聞福島支局長を務め、1937年(昭和12年)から1941年(昭和16年)まで岩盤中央新聞を経営した。
平島 松尾(ひらしま まつお、安政元年11月17日(1855… 平島 松尾(ひらしま まつお、安政元年11月17日(1855年1月5日) - 昭和14年(1939年)8月13日)は、日本の衆議院議員(自由党→憲政党→憲政本党→憲政会)。 陸奥国安達郡二本松(現二本松市)で二本松藩士平島正就の長男として生まれ、藩校で漢学を学ぶ。戊辰戦争に従軍した後、英学を学び、1873年(明治6年)に福島小学校の教員となった。その後、大蔵省、ついで福島県に勤務するが、1881年(明治14年)に官を辞し、自由党に入党した。しかし翌年、福島事件により河野広中とともに逮捕された。1889年(明治22年)、特赦により出獄し、河野とともに大同団結運動に参加した。 福島県会議員を経て、1894年(明治27年)の第3回衆議院議員総選挙に当選。
9代 佐藤 伝兵衛(傳兵衞、さとう でんべえ、1854年1月… 9代 佐藤 伝兵衛(傳兵衞、さとう でんべえ、1854年1月13日(嘉永6年12月15日)- 1938年(昭和13年)8月11日)は、明治から昭和前期の大地主、実業家、政治家。貴族院多額納税者議員。旧姓・菅野。 陸奥国安達郡、後の福島県安達郡小浜村(小浜町、岩代町を経て現二本松市小浜)で菅野善右衛門の三男として生まれ、安積郡郡山村(郡山町を経て現郡山市)の商家、大地主・佐藤喜一郎の養子となる。 1884年(明治17年)7月、郡山村会議員に就任し、その後、郡山町会議員、所得税調査委員、安積郡会議員、郡山本町郵便局長、営業税調査委員などを務めた。 1918年(大正7年)9月29日、貴族院多額納税者議員に任じられ、研究会に所属して活動し1925年(大正14年)9月28日まで在任した。
小笠原貞信(おがさわら ていしん、1853年3月31日(嘉永… 小笠原貞信(おがさわら ていしん、1853年3月31日(嘉永6年2月22日)- 1903年(明治36年)2月18日)は、福島県出身の法律家、衆議院議員(第2回、第3回)。福島民報初代社長(在任:1892年 - 1896年)。旧姓・今江。 陸奥国安達郡、のちの福島県安達郡二本松町(現二本松市)で二本松藩士・今江又兵衛の子として生まれる。12歳の時に二本松藩士の小笠原是馬助の養子となる。1875年に上京し、翌年の9月に司法省法学校の第二期生として入学する。その後、1884年7月に修業年限8年(予科4年、本科4年)を終え、法律学士の称号を得る。検事試補となり、千葉始審裁判所に勤務し、1885年12月に検事として任命される。
安西 徳兵衛(あんざい とくべえ、天保10年6月14日(18… 安西 徳兵衛(あんざい とくべえ、天保10年6月14日(1839年7月24日) - 大正2年(1913年)9月2日)は、日本の実業家、政治家。幕末から生糸貿易で財を成し、小野組でも活躍。横浜市会議員なども務めた。 1839年7月24日、安西彦惣の三男として、陸奥国二本松(現福島県二本松市)に生まれる。明治2年(1869年)3月に分家。明治3年(1870年)から横浜で生糸貿易業を行い成功。また、郷里福島の生糸生産改良をもくろみ、小野組と協力して二本松製紙工場を設立。後、小野組の整糸会社に入社。1885年に会社が解散すると、東京の弁天通りに生糸売込商店を開き、国内有数の生糸商となり、生糸輸出に貢献。
安部井 磐根(あべい いわね、天保3年3月17日(1832年… 安部井 磐根(あべい いわね、天保3年3月17日(1832年4月17日) - 大正5年(1916年)11月19日)は、日本の武士(二本松藩士)、自由民権運動家、政治家。衆議院議員(大成会→憲政本党)。 二本松藩士安部井又之丞の子として生まれる。戊辰戦争の際には、奥羽諸藩の衆議所詰となり仙台や白石などを奔走したが、二本松城陥落の際に又之丞は自刃した。 戊辰戦争終結後、若松県に出仕し、少参事、典事を歴任したが、まもなくして辞職した。1874年(明治7年)、板垣退助らによって自由民権運動がおこると、これに呼応して一政社という政社を組織した。1878年(明治11年)、福島県会議員となり、議長に互選された。