中村 稔(なかむら みのる、1927年1月17日 - )は、… 中村 稔(なかむら みのる、1927年1月17日 - )は、日本の弁護士・弁理士・詩人・評論家。中村合同特許法律事務所パートナー、日本商標協会顧問、公益財団法人日本近代文学館名誉館長、第二東京弁護士会所属、日本芸術院会員、文化功労者。 中松特許法律事務所弁護士、中村・山本・武田合同特許法律事務所代表パートナー、中村合同特許法律事務所代表パートナー、日本商標協会会長(初代)、財団法人日本近代文学館理事長(第6代)、社団法人日本商事仲裁協会常任理事、日本芸術院第二部部長などを歴任した。 千葉県木更津市生まれ。父・光三は、尾崎秀実、リヒャルト・ゾルゲの予審担当の主任判事。東京府立第五中学校から第一高等学校を経て、1950年、東京大学法学部法律学科卒業。
石川 昌(いしかわ まさし、1922年(大正11年)5月15… 石川 昌(いしかわ まさし、1922年(大正11年)5月15日 - 2016年(平成28年)9月12日)は、昭和から平成時代の政治家。元千葉県木更津市長。元海上自衛官。最終階級は海将補。 木更津市出身。東京府立四中(現・東京都立戸山高等学校)を経て、海軍経理学校に進み、1942年に卒業後、戦艦伊勢や武蔵などに乗り組んだ。復員後は東大に進み、1949年(昭和24年)東京大学法学部政治学科卒業。公職追放中だった事から官庁入りはかなわず、日本シルクに入社した。 1955年(昭和30年)海上自衛隊に入隊、木更津航空補給所長を務めた。 1979年(昭和54年)、木更津市長選挙に初当選し1995年(平成7年)まで4期務めた。
石川 吉右衛門(いしかわ きちえもん、1919年10月23日… 石川 吉右衛門(いしかわ きちえもん、1919年10月23日 - 2005年8月12日)は、日本の法学者。 専門は労働法。東京大学名誉教授。末弘厳太郎門下。「労働法の権威」と呼ばれた。 労働行政の場においても、公共企業体等労働委員会会長や中央労働委員会会長を歴任するなど活躍。中央労働委員会会長在任中(1984年11月~1992年10月)には、パンアメリカン航空の労働争議仲裁や、いわゆるJR不採用問題でJRと国鉄労働組合の両者に対し和解を促す「最終解決案」の提示などを行った。 千葉県木更津市にて誕生。1937年、東京府立第四中學校卒業。1940年、第一高等学校卒業。1943年、東京帝国大学法学部卒業。
岡 晴夫(おか はるお、1916年〈大正5年〉1月12日 -… 岡 晴夫(おか はるお、1916年〈大正5年〉1月12日 - 1970年〈昭和45年〉5月19日)は戦前から戦後にかけて活躍した流行歌手。本名は佐々木 辰夫(ささき たつお)。愛称は「オカッパル」「オカッパレ」 千葉県木更津市に生まれる。幼い頃に両親を亡くし、祖父の手で育てられる。小学校時代は唱歌の授業が嫌いで、成績はいつも「丙」だったという。6年生の時に音楽の先生から人前で歌を歌うことを勧められ、歌うことに興味を持ったという。16歳の時に上京し、万年筆屋の店員をしながら坂田音楽塾に通う。その一年後には上野松坂屋に勤める。 1934年(昭和9年)に、上原げんとと出会い、その後に妻となる奥田清子とも出会う。
高橋 与市(與市、たかはし よいち、1859年(安政5年12… 高橋 与市(與市、たかはし よいち、1859年(安政5年12月) - 1931年(昭和6年)2月8日)は、日本の政治家、衆議院議員(2期)。 上総国望陀郡(のち千葉県君津郡、現・木更津市)に生まれる。馬来田村(のち富来田町、現・木更津市)長となる。 1892年の第2回衆議院議員総選挙において千葉7区から弥生倶楽部所属で立候補して初当選。1894年3月の第3回衆議院議員総選挙は不出馬。同年9月の第4回衆議院議員総選挙では自由党から立候補して復帰した。衆議院議員を2期務め、1896年に当選無効により衆議院議員を退職した。1931年死去。
武井 惣左衛門(惣左衞門、たけい そうざえもん、1841年2… 武井 惣左衛門(惣左衞門、たけい そうざえもん、1841年2月1日(天保12年1月10日)- 1919年(大正8年)4月14日)は、明治期の農業経営者、政治家。衆議院議員、千葉県望陀郡馬来田村長。 上総国望陀郡真里谷村(千葉県望陀郡真里谷村、馬来田村、君津郡馬来田村、富来田町を経て現木更津市真里谷)で、農業・小原桂助、かよ の長男として生まれた。漢学を修めた。養蚕、製茶業を営む。 1884年(明治17年)真里谷村戸長に就任。1887年(明治20年)真里谷村外4カ村戸長となる。1889年(明治22年)馬来田村が発足し初代町長に就任し、また同村会議員に1893年(明治26年)6月まで在任した。 1892年(明治25年)3月、立憲改進党から推されて千葉県会議員に選出され、1896年(明治29年)3月まで2期在任した。
重城 保(じゅうじょう たもつ、天保4年4月17日(1833… 重城 保(じゅうじょう たもつ、天保4年4月17日(1833年6月4日) - 大正元年(1912年)9月13日)は、上総国高柳(現在の木更津市)の名主。後に千葉県の初代県会議長、衆議院議員を務める。幼名は安次郎。 代々名主の家に生まれ、若い頃に正木幽谷・大槻磐渓に学んだ後、故郷に戻り家業に励んだ。明治5年(1872年)、当時の木更津県の郡中地券係に任じられて、当時の県令柴原和の面識を得る。その後千葉県の成立で柴原がそのまま同県令に転じると、柴原が力を入れた育児政策を実施する育児取締頭取を務めた。明治9年(1876年)に千葉県会が設置されると、保は初代県会議長となった。 当時、自由民権運動が盛んになり、各地で県令と県会の衝突が起こったが、保は柴原県令と県会双方に自重を求めて対立の回避に努めた。
常世 長胤(とこよ ながたね、天保3年〈1832年〉 - 1… 常世 長胤(とこよ ながたね、天保3年〈1832年〉 - 1886年〈明治19年〉3月19日)は江戸末期の国学者・明治期の神祇官。平田門に学ぶ。『神教組織物語』などの著作がある。 上総国木更津に生まれたというが、異説もある。その後、下野国壬生に住む。1866年(慶応2年)、平田鐵胤の没後門人となる。1872年(明治5年)5月、宣教使十二等出仕から東京都港区芝大門鎮座の芝大神宮祠官に異動。1872年(明治5年)11月、芝大神宮祠官から教部省十等出仕に異動。その後は、神宮教山形県本部長となるが、管長の田中頼庸と対立し辞職、1875年(明治8年)、静岡県権中属(明治11年に辞官)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
山田 J太(やまだ ジェイた、1月26日 - )は、日本の漫… 山田 J太(やまだ ジェイた、1月26日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。千葉県木更津市出身。女性。血液型はO型。作品にテレビアニメ化された「あさっての方向。」やドラマCD化された「マジナ!」などがある。 同人活動も行なっており、個人サークル『J36』で主に女性向けの同人誌即売会に参加している。 千葉県木更津市に生まれる。漫画を読む父親の影響で小学生の頃より漫画に親しみ、絵を描くようになる。高校生の頃には画塾に通うようになり、漫画よりも絵を描くことのほうが多かった。将来は歴史の教師になろうとも考えたが、やはり絵を描きたいとの思いから芸術科のある東京の大学に進学する。大学生時代に友人の同人活動に携わったことがきっかけでストーリーのある漫画を描くことに惹かれるようになり、自身も同人誌活動を始める。