村田 修(むらた おさむ、1940年 – 2025年9月9日… 村田 修(むらた おさむ、1940年 – 2025年9月9日)は、日本の水産学者。近畿大学名誉教授。近畿大学水産研究所顧問。近大マグロ考案者。 福井県小浜市出身。福井県立小浜水産高等学校(現:福井県立若狭高等学校海洋科学科)を経て、近畿大学農学部水産学科卒業後、近畿大学水産研究所教授や水産養殖種苗センター長、水産研究所所長などを歴任。水面を網で区切って行う養殖方法、小割式網イケス養殖技術の開発やブリからの採卵など、海水魚養殖研究の黎明期に中心的な役割を果たした。その後、世界初のヒラメ種苗生産や、クロマグロやクエなどの新養殖魚種の開発などに精力的に取り組み、成果をあげた。 2025年9月9日、和歌山県田辺市内の病院で肺炎により死去。
寺島 泰(てらしま ゆたか、1937年4月10日 – 201… 寺島 泰(てらしま ゆたか、1937年4月10日 – 2019年9月12日)は、日本の環境衛生工学者。大阪産業大学教授。京都大学名誉教授。 福井県小浜市出身。1960年京都大学工学部土木工学科卒業。 1976年工学部教授に就任。専門分野は環境衛生工学。2001年、定年により退職。 2017年、瑞宝中綬章を受章。
熊田 誠(くまだ まこと、1920年1月17日 - 2007… 熊田 誠(くまだ まこと、1920年1月17日 - 2007年6月28日)は、日本の化学者。専門は、有機ケイ素化学・有機金属化学・有機合成化学など。京都大学名誉教授。1993年勲三等旭日中綬章受章。1994年恩賜賞・日本学士院賞受賞。2007年正四位。福井県小浜市出身。 有機金属化学、特に有機ケイ素化学、遷移金属触媒反応の分野において先駆的な研究をしこの分野の発展に指導的役割を果たした。また多くの門下生を輩出した。 専門は有機ケイ素化学、有機合成化学、有機金属化学を中心とする有機化学。 特に有機ケイ素化合物その他有機金属を用いる有機合成、構造有機化学で先駆的研究成果を多数。現在、シリコーン接着剤や化粧品などの原材料として幅広く使われる有機ケイ素化合物の新しい合成法や物性の研究開発を行った。
梅澤 濱夫(うめざわ はまお、1914年10月1日 - 19… 梅澤 濱夫(うめざわ はまお、1914年10月1日 - 1986年12月25日)は、日本の医学者、細菌学者、文化勲章受章者。 福井県小浜市生まれ。旧制武蔵高等学校を経て、東京帝国大学医学部卒業。卒業後、当時の東京帝国大学医学部細菌学教室、東京帝国大学付属伝染病研究所に勤務。1947年国立予防衛生研究所設立とともに初代抗生物質部長に就任。1954年以降は、東京大学応用微生物研究所教授(兼務)となる。 ペニシリンの国産化に尽力し、1956年、国産初の抗生物質カナマイシンを発見、精製。カナマイシンは、ストレプトマイシンの効きにくい耐性菌にも効果のある抗生物質として世界的に用いられた。当時の厚生大臣橋本龍伍の計らいにより、このカナマイシンの特許料を基金として、1959年財団法人微生物化学研究会を設立、理事長に就任。
和田 維四郎(わだ つなしろう、安政3年3月17日(1856… 和田 維四郎(わだ つなしろう、安政3年3月17日(1856年4月21日) - 大正9年(1920年)12月20日)は、日本の鉱物学者、書誌学者、貴族院議員。号は雲村。 若狭国(現在の福井県)で小浜藩士和田耘甫の三男として生まれる。幼名は猪三太、または三吉。 明治3年(1870年)旧暦10月に小浜藩の貢進生として満14歳で上京し、大学南校に入学。明治5年(1872年)に大学南校が廃止されると和田は第一大学区第一番中学に入学し、ドイツ語コースを選択する。明治6年(1873年)に第一大学区第一番中学は開成学校と改称し、ドイツ語コースは鉱山学科となり、和田はカール・アウグスト・シェンクに鉱物学を学ぶ。