スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
仲澤 春香(なかざわ はるか、2001年4月10日 - )は… 仲澤 春香(なかざわ はるか、2001年4月10日 - )は、女子競輪選手、自転車競技選手。日本競輪選手会福井支部所属、およびナショナルチームとしてはチーム楽天Kドリームス所属。ホームバンクは福井競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第126期生。師匠は山出裕幸(90期)。 福井県大飯郡高浜町出身。小学生の頃は野球を、中学ではバスケットボールをやっていたが、高校入学前に知り合いからボート競技(漕艇。現ローイング競技)を薦められ、ボート競技を始める。 福井県立若狭高等学校在学中は、国内大会では全国高校選抜大会で2年連続優勝、年代別の日本代表にも選ばれ世界ボートジュニア選手権に2年連続で出場しダブルスカルで8位入賞するなど目覚ましい活躍を見せた。
朝倉 康心(あさくら こうしん、1986年3月4日- )は、… 朝倉 康心(あさくら こうしん、1986年3月4日- )は、競技麻雀のプロ雀士。最高位戦日本プロ麻雀協会所属。Mリーグ2021-22シーズンまでU-NEXT Piratesに所属した。最高位戦リーグではA2リーグに所属。福井県小浜市出身。福井県立若狭高等学校、東京農工大学農学部卒業。ASAPINのハンドルネームでも知られる。初代・11代天鳳位。 兄は近代麻雀webで連載を持つ記者であり、『実戦でよく出る!読むだけで勝てる麻雀講義 (近代麻雀戦術シリーズ)』の著作を持つ元塾講師、麻雀YouTuberのゆうせー。 Mリーグでは「リアルとネットの架け橋」というキャッチフレーズで紹介されていた。麻雀最強戦などでは、自身のハンドルネームである「ASAPIN」が二つ名として使われる。
きむ(本名:木村行伸、1980年9月27日 - )は、日本の… きむ(本名:木村行伸、1980年9月27日 - )は、日本の詩人・写真家・経営者。福井県小浜市出身。自作をまとめている「いろは出版株式会社」の代表取締役。また夢をテーマにした「日本ドリームプロジェクト」の代表を務めている。 きむ本人、または写真家yadaniの撮影した写真に、自身が制作した詩をのせたもの。
神谷 宗幣(かみや そうへい、1977年〈昭和52年〉10月… 神谷 宗幣(かみや そうへい、1977年〈昭和52年〉10月12日 - )は、日本の政治家、実業家。参政党所属の参議院議員(1期)、参政党代表(第2代)兼事務局長。福井県大飯郡高浜町出身、石川県加賀市在住。 学生時代の海外留学で「日本人であるという認識」が自身に乏しいことに気付き、若者の意識改革のため政治を志した。教育改革を訴え、2007年から大阪府吹田市議会議員を2期6年務め、2010年に「龍馬プロジェクト」を開始し会長を務めた。2012年の衆院選に自民党から、2015年の大阪府議選に無所属で立候補し、落選した。2013年に「株式会社グランドストラテジー(GrandStrategy)」(現:イシキカイカク株式会社)を設立し、「学校やマスメディアでは聞けない情報」をテーマに、政治・歴史・経済に関する保守系言論人との対談動画を配信するYouTubeチャンネル「ChGrandStrategy」(CGS)を開設した。
東 毅(あずま つよし、1976年3月31日 - )は、日本… 東 毅(あずま つよし、1976年3月31日 - )は、日本の政治家。日本共産党岡山市議会議員。 福井県小浜市生まれ。福井県立若狭高等学校を経て、岡山大学農学部卒業。日本共産党、日本民主青年同盟に所属する傍ら政治活動を開始し、2011年岡山市議会議員に初当選。現在3期目を務める。保健福祉、社会福祉、防災を専門として活動している。
紅夜叉(くれないやしゃ、1970年4月23日 - )は、日本… 紅夜叉(くれないやしゃ、1970年4月23日 - )は、日本の元女子プロレスラー。本名:椿 留美(つばき るみ)、旧姓・旧リングネーム:安田 留美(やすだ るみ)。身長162cm、体重65kg、福井県小浜市出身。最終所属はLLPW。 幼少期はプロレスが大嫌いであったが、テリー・ファンクの試合をたまたま見てプロレスが好きになった。中学時代は毎日プロレスごっこをしており、授業中にノートに好きなプロレスラーの名前を1位から10位まで書いたり技の名前を書いたりして一日を過ごしていた。 高校を1年で中退し、上京してジャパン女子プロレスの練習生となり、蕎麦屋でアルバイトをしながら一人暮らしをした。 1989年12月1日、後楽園ホール大会での対北村真美戦で、本名の安田留美でリングにデビュー。
前野博紀(まえの ひろき、1970年3月26日 - )は、日… 前野博紀(まえの ひろき、1970年3月26日 - )は、日本の芸術家であり華道家。福井県出身。東京在住。 その変幻自在な技巧や奇抜な構成により、作品を発表する度にまったく異なる作風の作品を創り出す奇才。そして作者の実体より「花匠前野」という屋号と、朝になると突然、超大型作品が出現することで、人々の驚きと噂だけが先に歩いた華道家。最近では、前野の創るその作品は華道の域を超え、近年人気を博している江戸時代の画家伊藤若冲の世界観に例えられ、「現代の若冲」と呼ばれる。その作品の大きさがまるで建築のようであることから「花の建築家」「花の錬金術師」、桜の大型作品が多いことから「桜の前野」との異名も持つ。また、数分で作り上げる大型のフラワーパフォーマンスのほかにも、明るいキャラクターや思わず頷きたくなる氏の発する言葉や語り口調も近年人気となり、講演会なども積極的に行っている。
宇野 和博(うの かずひろ、1970年 – )は、日本の教育… 宇野 和博(うの かずひろ、1970年 – )は、日本の教育者。筑波大学附属視覚特別支援学校教諭。 福井県若狭町出身。福井県立若狭高等学校を経て、東京学芸大学教育学部卒業。東京都内の中学校教諭、盲学校教諭を歴任。弱視児童生徒のための拡大教科書の普及に取り組み、2003年の著作権法改正や2008年の「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」(教科書バリアフリー法)制定に貢献。その後、読書に障害のある人のための読書環境を総合的に整備するための読書バリアフリー法制定運動に尽力。2019年に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(読書バリアフリー法)」が制定された。
海津 富美代(かいづ ふみよ、1967年4月1日 - )は、… 海津 富美代(かいづ ふみよ、1967年4月1日 - )は、日本の元卓球選手。旧姓は山下。身長154cm、体重47kg[要出典]。福井県小浜市出身。最終所属は松下電工彦根。1992年バルセロナオリンピック・1996年アトランタオリンピック代表。 小浜市立田鳥小学校から小浜市立小浜中学校に進む。中学校のクラブ活動で卓球を始める[要出典]。福井県立若狭高等学校を経て、中京大学体育学部卒業後、松下電工彦根に入社。 オリンピックには2度出場したが、決勝トーナメント1回戦が最高であった。1993年11月に結婚。このため、バルセロナオリンピックは「山下」姓での出場だったが、アトランタオリンピックは「海津」姓での出場である。
高井 麻巳子(たかい まみこ、1966年12月28日 - )… 高井 麻巳子(たかい まみこ、1966年12月28日 - )は、日本の元アイドル。株式会社秋元康事務所前監査役。夫は作詞家の秋元康。福井県小浜市出身。 1985年(昭和60年)より女性アイドルグループ『おニャン子クラブ』のメンバーで、会員番号16番として芸能活動を行っていた。女子美術短期大学卒業。 1985年(昭和60年)、福井県立若狭高等学校を卒業。高校時代は、取り立てて目立つ言動はしない生徒であったが、明るく快活な性格で友人も多数おり、人気者であった。ミス若高(じゃっこう)と呼ばれていた。高校卒業後、美術大学への進学を目指して予備校に入学すべく上京。同年4月、『夕やけニャンニャン』内のコーナー「ザ・スカウトアイドルを探せ!」の出場者をスカウトする企画で、原宿を歩いている時に伊藤克信にスカウトされたと言う形になっている。
杉田 あきひろ(すぎた あきひろ、1965年〈昭和40年〉5… 杉田 あきひろ(すぎた あきひろ、1965年〈昭和40年〉5月4日 - )は、日本の歌手、舞台俳優。本名、杉田 光央(読み同じ)。福井県小浜市出身。福井県立若狭高等学校を経て慶應義塾大学文学部哲学科(美学美術史学専攻)を卒業。 市の教育委員長の父と教員の母という家庭に育つ。少年時代は勉学に加え歌や野球も得意という「優等生」だったと述べている。両親・兄が音楽好きという家庭の影響により、杉田自身も歌謡曲に親しみ、中学時代は吹奏楽を手がけ、大学時代は合唱とミュージカルに熱中したという。 1989年(平成元年)、慶應義塾大学在学中にミュージカル、『レ・ミゼラブル』のオーディションに合格し、舞台デビューを果たす。
シベリア文太(シベリアぶんた、1964年5月24日 - )は… シベリア文太(シベリアぶんた、1964年5月24日 - )は、日本のお笑い芸人。旧名、越後屋 文太。本名、玉村 輝彦(たまむら てるひこ)。
辻 庄市(つじ しょういち、1963年9月14日 - )は、… 辻 庄市(つじ しょういち、1963年9月14日 - )は、日本の官僚。北陸財務局長を経て、信大教授。 1963年生まれ、福井県小浜市出身。1987年東京大学法学部卒業。1986年、東大法学部在学中に国家公務員一種試験(法律)に合格。1987年 大蔵省(現・財務省)入省(大臣官房文書課)。1989年4月 大臣官房調査企画課。1990年7月 主計局総務課調査主任。1991年7月 主計局総務課企画係長。1992年7月 桐生税務署長。1993年7月 横浜市財政局財政担当課長。1997年、ハーバード大学国際問題研究所研究員。1998年、大臣文書課企画調整室課長補佐。1999年、理財局国庫課課長補佐。2001年、関税局関税課企画調整室長。
朽木 英次(くつき えいじ、1962年12月25日 - )は… 朽木 英次(くつき えいじ、1962年12月25日 - )は、日本の元ラグビー選手、同指導者。
川口 晴美(かわぐち はるみ、1962年1月10日 - )は… 川口 晴美(かわぐち はるみ、1962年1月10日 - )は、日本の詩人。「歴程」同人。本姓・榎。 福井県小浜市出身。福井県立若狭高等学校、早稲田大学第一文学部文芸専攻卒業。大学在学中に鈴木志郎康の講義を受けて詩を書き始め、1985年に第1詩集『水姫』を出版。商社の為替ディーリング室にOLとして7年3ヶ月勤めたあと、現在は詩集を上梓したり、現代美術と詩のコラボレーション展を開催している。いくつかのアンソロジーに詩が収録され、イタリア語や韓国語に翻訳された詩もある。東京造形大学非常勤教員。 2010年、『半島の地図』で第10回山本健吉文学賞受賞。2016年、『Tiger is here.』で第46回高見順賞受賞。
小堀 秀行(こぼり ひでゆき、1962年 - )は、日本の弁… 小堀 秀行(こぼり ひでゆき、1962年 - )は、日本の弁護士。弁護士法人兼六法律事務所代表。小堀法律事務所所長。
津田 佳紀 (つだ よしのり、1961年 – )は、日本の… 津田 佳紀 (つだ よしのり、1961年 – )は、日本の芸術家、作家。名古屋芸術大学副学長。愛知県岡崎市在住。 1961年 – 京都府舞鶴市生まれ。1980年 – 福井県立若狭高等学校普通科(27HR)卒業。 和光大学人文学部芸術学科卒業。名古屋芸術大学教授、デザイン学科主任を経て、現職。
野瀬 豊(のせ ゆたか、1960年6月4日 - 2025年7… 野瀬 豊(のせ ゆたか、1960年6月4日 - 2025年7月17日)は、日本の政治家。福井県大飯郡高浜町長(5期)。福井県原子力発電所所在市町協議会副会長。 高浜町出身。福井県立若狭高等学校卒業[要出典]。調理専門学校を経て、1982年に洋菓子店を創業[要出典]。2000年に高浜町議会議員補欠選挙で初当選。 2004年4月25日に行われた高浜町長選挙に立候補するが、現職の今井理一との一騎打ちに敗れる。 2008年4月の高浜町長選挙に立候補し無投票により初当選。5月19日、町長就任。 2016年、元福井県議会議員の一瀬明宏を破り3選。 2020年4月19日、任期期満了に伴う町長選で再び一瀬明宏を破り4選。
中塚 寛(なかつか ひろし、1959年〈昭和34年〉7月26… 中塚 寛(なかつか ひろし、1959年〈昭和34年〉7月26日 - )は、日本の政治家。第3代福井県大飯郡おおい町長。福井県原子力発電所所在市町協議会会員。 福井県遠敷郡名田庄村三重(現・大飯郡おおい町名田庄三重)出身。京都産業大学経済学部中退。名田庄村青年団長、福井県青年農業士を務める。2003年、名田庄村村議会議員当選。2006年、おおい町議会議員、同町総合計画審議委員、嶺南広域行政組合議会副議長などを経て、2014年におおい町長に就任。2018年再選。 吉本興業の福井県住みます芸人である飯めしあがれこにおは甥にあたる。
松崎 晃治(まつざき こうじ、1958年〈昭和33年〉1月2… 松崎 晃治(まつざき こうじ、1958年〈昭和33年〉1月22日 - )は、日本の政治家。福井県小浜市長(4期)、福井県議会議員(4期)を務めた。 福井県小浜市出身。1981年大谷大学文学部卒業後、小中学校の教員となる。その後、鳴門教育大学大学院学校教育研究科を修了。福井県教育研究所等に勤める。 1995年4月30日に福井県議会議員に就任。計4期務める。この間、副議長と議長を歴任。県議時代は自由民主党に所属した。2008年7月4日、辞職。 2008年、2012年、2016年、2020年と4連続無投票で小浜市長選挙に当選。 2024年7月21日投開票の市長選挙では元市議の杉本和範が立候補。小浜市長選挙では自身初の選挙戦となり、松崎は自民、公明両党の推薦を受け、5期目を目指したが、杉本に敗れ落選した。
伊東 忍 (いとう しのぶ、1958年 - )は、大阪大学大… 伊東 忍 (いとう しのぶ、1958年 - )は、大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻教授。
櫻本 宏(さくらもと ひろし、1958年 - )は、日本の… 櫻本 宏(さくらもと ひろし、1958年 - )は、日本の地方公務員。福井県副知事、若狭湾エネルギー研究センター理事長。 福井県遠敷郡上中町(現・若狭町)出身。1981年 (昭和56年) 京都大学法学部卒業、福井県庁入庁。安全環境部、健康福祉部、総務各部長を経て2019年 (令和元年) 8月 杉本達治知事の下で副知事。在任中は福井県防災会議委員などを務めた。2023年8月 元福井県副知事の石塚博英の後任として、若狭湾エネルギー研究センター理事長。。
田中 なおみ(たなか なおみ、本名・田中 尚美、1957年〈… 田中 なおみ(たなか なおみ、本名・田中 尚美、1957年〈昭和32年〉2月15日 - 2006年〈平成18年〉1月8日)は、日本の元タレントであり、女優。。1979年(昭和54年)度の 『クラリオンガール』として知られた。 1957年(昭和32年)、福井県小浜市出身。福井県立若狭高等学校卒業。東洋大学文学部日本文学科に在籍中だった1978年(昭和53年)、1979年度 『クラリオンガール』(5代目)に選出されて芸能界デビューした。その後は男性誌のグラビアページなどに多数登場したほか、女優として、テレビドラマ 『ザ・スーパーガール』(東京12チャンネル、並木悦子役)にもレギュラー出演していた。公表されていたサイズは身長162cm、B86cm、W60cm、H87cm(1979年当時)。
三宅 弘(みやけ ひろし、1953年 - )は、日本の弁護士… 三宅 弘(みやけ ひろし、1953年 - )は、日本の弁護士。日本テレビ番組審議会委員長。自由人権協会代表理事、第二東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長、関東弁護士会連合会理事長等を歴任した。 福井県小浜市生まれ。1978年東京大学法学部卒業。1983年弁護士登録。1993年筑波大学大学院経営・政策科学研究科修士課程修了、修士(法学)。1999年情報公開クリアリングハウス理事、内閣府高度情報通信社会推進本部個人情報保護検討部会委員。2004年獨協大学法科大学院特任教授。2008年自由人権協会代表理事。2015年第二東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長。2018年関東弁護士会連合会理事長。
大野木 裕明(おおのぎ ひろあき、1951年5月14日 - … 大野木 裕明(おおのぎ ひろあき、1951年5月14日 - )は、日本の教育心理学者、福井大学名誉教授・仁愛大学教授。専攻は教育心理学、パーソナリティ心理学。 福井県生まれ。金沢大学教育学部小学校教員養成課程卒。1980年名古屋大学大学院教育学研究科博士後期課程満期退学。1987年「実行者-観察者型実験法による幼児・児童の観察学習の研究」で名大教育学博士。椙山女学園大学短期大学部助教授、福井大学教育学部助教授、教育地域学部教授、2008年仁愛大学人間生活学部教授。
乗替 寿好(のりかえ ひさよし、1950年11月15日 - … 乗替 寿好(のりかえ ひさよし、1950年11月15日 - )は、福井県出身の元プロ野球選手(投手)。 若狭高校では甲子園に3回出場。2年生の時には、1年上のエース川藤幸三を擁し、一塁手、控え投手として1967年春の選抜に出場。1回戦で報徳学園に敗退。同年夏の選手権では先発を任されるが、1回戦で武相高の島野修と投げ合い、完封を喫する。 翌1968年にはエースとして夏の甲子園に出場。やはり1回戦で北日本学院の有沢賢持に抑えられ、0-1で惜敗。しかし同年の福井国体では、決勝で谷岡潔のいた松山商を下し初優勝を飾る。同国体では3試合で失点1、24三振を奪い、特に内角へ食い込む速球に威力があった。 同年のドラフト2位で西鉄ライオンズへ入団、貴重な左腕として期待された。
森下 隆(もりした たかし、1950年 - )は、研究者。慶… 森下 隆(もりした たかし、1950年 - )は、研究者。慶應義塾大学アート・センター所員。 1950年福井県小浜市生まれ。早稲田大学文学研究科前期課程修了。1972年からアスベスト館での舞台制作に関わり、土方巽の死後、土方巽記念資料館の設立と運営に携わる。慶應義塾大学アート・センター所員。土方巽アーカイヴを担当。 2020年に「土方巽・中西夏之メモリアル猿橋倉庫」設立と運営に携わる。 『土方巽 舞踏譜の舞踏—記号の創造、方法の発見』(慶應義塾大学アート・センター、2010年)『土方巽の舞踏―肉体のシュルレアリスム 身体のオントロジー』編著 (慶應義塾大学出版会、2003年)『不世出の舞踏家 土方巽』を秋田魁新報に連載(2011年1月~2017年1月、毎土曜日) 土方巽アーカイヴ慶應義塾大学アート・センター『土方巽・中西夏之メモリアル猿橋倉庫』
川藤 幸三(かわとう こうぞう、1949年7月5日 - )は… 川藤 幸三(かわとう こうぞう、1949年7月5日 - )は、福井県三方郡美浜町出身の元プロ野球選手(外野手)・コーチ、解説者・評論家・タレント・YouTuber。本名:開田 幸三(かいだ こうぞう、旧姓:川藤→武田)。通称「浪速の春団治」、「野次将軍」。あるいは「川さん」、「川」とも。 所属事務所は有限会社ダッシュ・フォーで、田辺エージェンシーのグループ会社・ぐあんばーると業務提携している。 元プロ野球投手の川藤龍之輔は実兄。 地元の名士の家に生まれ、少年時代はやんちゃであったが、佛國寺の甚玄和尚に諭されて、野球に取り組んだ。本格的に野球を始めたきっかけは、同郷で当時日体大生にしてラグビー日本代表選手であった山口良治である。
小林 栄三(こばやし えいぞう、1949年1月7日 - )は… 小林 栄三(こばやし えいぞう、1949年1月7日 - )は、日本の実業家。現在伊藤忠商事特別理事(2018年 - )。 1949年1月7日、父・文雄、母・千秋の三男として、福井県三方上中郡若狭町(旧上中町)で生まれた。福井県知事を5期20年務めた中川平太夫は伯父(母の兄)にあたる。気丈な母から「あたふたしない」「懐を深く」という心のあり方を受け継いだ。 高校は、福井県立若狭高等学校を卒業。当時の同校は、全国でも稀な『縦割りホームルーム制』を採用しており、「学年や学科の枠を超えたクラスメートとの活発な交流」によってコミュニケーション能力が鍛えられた。「人と会って話すのが趣味」であり、「人をポジティブにとらえる人間観」や「多様な個性を束ねて目標に突き進むリーダーシップ」の基礎は高校時代に培われた。
山登 義明(やまと よしあき、1948年 - )は、テレビド… 山登 義明(やまと よしあき、1948年 - )は、テレビドキュメンタリー番組のディレクター、プロデューサー。
川藤 龍之輔(かわとう りゅうのすけ、1947年8月17日 … 川藤 龍之輔(かわとう りゅうのすけ、1947年8月17日 - 2021年3月21日)は、福井県三方郡美浜町出身のプロ野球選手(投手)。 元プロ野球選手の川藤幸三は実弟。 地元の名士の家に生まれ、若狭高校では1年次の1963年、控え投手として夏の甲子園に出場するが、1回戦で横浜高に敗退し登板機会はなかった。2年次の1964年夏はエースとして北陸大会準決勝に進出するが、小松実業に敗退。同年秋季の北信越大会では準決勝に進むが、塚原天竜高に敗れ春の選抜出場を逸する。3年次の1965年夏は、県予選準決勝で武生高に敗れ、甲子園には出場できなかった。同年のドラフト9位で東京オリオンズに入団。 貴重な大型左腕と期待され、2年目の1967年に一軍初登板を果たす。
藤井 譲治(ふじい じょうじ、1947年 - )は、日本の歴… 藤井 譲治(ふじい じょうじ、1947年 - )は、日本の歴史学者。京都大学名誉教授。専門は日本近世史。 1947年、福井県で生まれた。1966年3月、福井県立若狭高等学校を卒業。1966年4月、京都大学文学部に入学。卒業後は同大学大学院に進み、1975年3月に京都大学大学院文学研究科博士課程を終了。 1975年4月に京都大学文学部助手に採用された。1977年4月、神戸大学文学部助教授に着任。1983年4月、京都大学人文科学研究所助教授となった。1991年11月、学位論文『江戸幕府老中制形成過程の研究』を京都大学に提出して文学博士の学位を取得。1994年4月より京都大学文学部助教授、1998年4月より京都大学大学院文学研究科教授。
岡本 寛昭(おかもと ひろあき、1946年12月 - )は、… 岡本 寛昭(おかもと ひろあき、1946年12月 - )は、日本の工学者。学位は、工学博士。専門はコンクリート工学。 舞鶴工業高等専門学校名誉教授。 現在の福井県若狭町出身。 1971年に(旧)東京都立大学大学院工学研究科修士課程土木工学専攻を修了した。同年より舞鶴工業高等専門学校に48年間勤務した。 2010年に退職して、名誉教授となる。 2025年4月に瑞宝小綬章を受章した。
竹長吉正(たけなが よしまさ、1946年10月3日- )は、… 竹長吉正(たけなが よしまさ、1946年10月3日- )は、日本の国語教育学者、児童文学作家、日本近代文学研究者、埼玉大学名誉教授。筆名・吉志海生(きっし・かいせい)。 福井県美浜町に生まれる。東京学芸大学卒業。大東文化大学大学院日本文学研究科修士課程修了。東京学芸大学大学院教育学研究科国語教育修士課程修了。埼玉県立羽生高等学校教諭、埼玉県立菖蒲高等学校教諭、東京学芸大学附属高等学校大泉校舎教諭、埼玉大学教育学部助教授、教授、2010年定年退任、名誉教授。白鴎大学教授、2017年退職。埼玉県立衛生短期大学(現・埼玉県立大学)、群馬県立女子大学などでも講義を行った。日本近代文学、児童文学、国語教育の講義を行う。
山崎 正夫(やまざき まさお、1943年5月26日 - )は… 山崎 正夫(やまざき まさお、1943年5月26日 - )は日本の実業家。西日本旅客鉄道(JR西日本)の5代目代表取締役社長である。
山口 良治(やまぐち よしはる、1943年2月15日 - )… 山口 良治(やまぐち よしはる、1943年2月15日 - )は、日本のラグビー指導者で元日本代表。 京都市立伏見工業高等学校ラグビー部総監督であり、1984年のTBS系土曜21時台のテレビドラマ『スクール☆ウォーズ』(馬場信浩原作)の主人公の滝沢賢治のモデルとなった教師でもあった(科目は体育)。福井県立若狭農林高等学校、日本大学から日本体育大学体育学部体育学科へ転入して卒業、現在は環太平洋大学の総監督を務めている。愛称は「泣き虫先生」。阪神タイガースOBの川藤幸三は高校の後輩であり親交が有り親友である。 福井県三方郡南西郷村(現・美浜町)に生まれる。 小学校1年生の時に母親と死別し、父子家庭で育つが、「いろいろな先生に大事にしてもらった」経験から教師の道を目指す。
中嶌 哲演(なかじま てつえん、1942年(昭和17年) -… 中嶌 哲演(なかじま てつえん、1942年(昭和17年) - )は、日本の僧。平和運動家、反原発活動家。熊取六人衆支援者。 福井県小浜市生まれ。東京芸術大学中退。高野山大学仏教学科卒業。 高野山大学在学中、友人に半ば強引に平和講習に連れて行かれ、1963年に広島原爆の男性被爆者と出会ったのを機に、小浜で被爆者を訪ね歩いて、広島から呼んだ専門医の診察を受けてもらうなど、被爆者支援の活動を始める。また、日本宗教者平和協議会にかかわった。 1968年に帰郷。1994年の被爆者援護法制定まで26年間、被爆者支援を目的に毎月6日と9日に明通寺周辺3集落(約80戸)で托鉢を続けた 。 1968年に小浜市に原発4基の建設・誘致の計画が持ち上がり、1969年に地元漁協による「内外海原発設置反対推進協議会」の活動が始まる中で、1971年暮れに同協議会の後継組織「原発設置反対小浜市民の会」を結成、事務局長を務める。
三井 徹(みつい とおる、1940年3月31日 - 2023… 三井 徹(みつい とおる、1940年3月31日 - 2023年2月19日)は、日本の音楽学者、英文学者。金沢大学名誉教授。 佐賀県佐賀市生まれ。福井県小浜市育ち。1964年、九州大学大学院文学研究科修了。1967年、インディアナ大学大学院民俗学研究科博士課程中退。1964年から愛知大学勤務、1969年、金沢大学講師、助教授、教授。2005年、定年退官、名誉教授。 本来の専門は英文学だが、のちに日本のアカデミズムにおけるポピュラー音楽研究の第一人者となった。国際ポピュラー音楽学会会長(1993年 - 1997年)、日本ポピュラー音楽学会会長などを歴任。ケンブリッジ大学出版局発行の「ポピュラー・ミュージック」国際顧問編集者もつとめた。
松尾 欣枝(まつお よしえ、1940年 - )は、日本の研究… 松尾 欣枝(まつお よしえ、1940年 - )は、日本の研究者。奈良女子大学名誉教授。 1940年福井県生まれ。元奈良女子大学大学院・人間文化研究科教授。福井県立若狭高等学校、奈良女子大学理学部理学科を経て、大阪市立大学大学院修了。学位:理学(博士)。卒業後は母校、奈良女子大学で助教授、教授を歴任。
村田 修(むらた おさむ、1940年 – 2025年9月9日… 村田 修(むらた おさむ、1940年 – 2025年9月9日)は、日本の水産学者。近畿大学名誉教授。近畿大学水産研究所顧問。近大マグロ考案者。 福井県小浜市出身。福井県立小浜水産高等学校(現:福井県立若狭高等学校海洋科学科)を経て、近畿大学農学部水産学科卒業後、近畿大学水産研究所教授や水産養殖種苗センター長、水産研究所所長などを歴任。水面を網で区切って行う養殖方法、小割式網イケス養殖技術の開発やブリからの採卵など、海水魚養殖研究の黎明期に中心的な役割を果たした。その後、世界初のヒラメ種苗生産や、クロマグロやクエなどの新養殖魚種の開発などに精力的に取り組み、成果をあげた。 2025年9月9日、和歌山県田辺市内の病院で肺炎により死去。
司 茜(つかさ あかね、1939年 - )は、日本の詩人。 … 司 茜(つかさ あかね、1939年 - )は、日本の詩人。 大阪府布施市(現東大阪市)生まれ。戦時下の1944年に母の郷里である福井県高浜町に疎開し育った。福井県立若狭高等学校卒業。奈良県大和郡山市在住。 1992年に大阪文学学校に参加し、詩誌「楽市」、地球の元同人、現在は「山脈」、「若狭文学」同人、「詩のひろば」元発行人、現在は「風鐸」の発行人である。 1994年に第一詩集『若狭に想う』を出版、収録の詩「若狭に想う」で第4回日本海文学大賞を受賞した。2002年出版の第二詩集『番傘をくるくる』に収録した詩「若狭内浦の里」は『女性たちの現代詩 日本100人選詩集』(麻生直子編、2004年、梧桐書院)に選ばれ、埼玉県羽生市の第一回ふるさとの詩の入選作品ともなった。
林ヶ谷 昭太郎(はやしがたに しょうたろう、1938年5月5… 林ヶ谷 昭太郎(はやしがたに しょうたろう、1938年5月5日 - 2017年2月26日 )は、日本出身の民族学者。カリフォルニア州立大学サクラメント校名誉教授。 福井県小浜市に生まれる。関西大学法学部第2部を卒業。語学学習に通っていた大阪YMCA所長の勧めで「日米文化の考えの違い」という論文を執筆してロックフェラー財団の懸賞に応募したところ、優等賞となり、奨学金を得て1963年8月に船で渡米した。カリフォルニア大学バークレー校国際学部を卒業する。元は国際弁護士志望だったが、奨学金が半年分しかなく、バークレー校東洋語専攻の日本人教授の助手となったことで民族学に進むこととなった。1969年、34歳でカリフォルニア大学サクラメント校の民族研究センター(Ethnic Studies Center)を設立して、教授となる。
浜中 祥和(はまなか よしかず、1938年1月14日 - )… 浜中 祥和(はまなか よしかず、1938年1月14日 - )は、福井県出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ。 若狭高校では、同期のエース松井武雄を擁し1955年春夏の甲子園に連続出場。春の選抜では準々決勝に進むが、県尼崎高の今津光男投手に完封を喫する。夏の選手権は、2回戦で立命館の富永格郎投手に抑えられ敗退。同年の神奈川国体は決勝に進むが、エース高橋正勝を擁する四日市高に接戦の末に3-4で敗れ、準優勝にとどまる。 卒業後は立教大学へ進学。長嶋茂雄の2年後輩に当たり、東京六大学野球リーグでは5回優勝。1957年、1958年に全日本大学野球選手権大会連続優勝。リーグ通算37試合出場、126打数33安打、打率.262。
笠原 靖(かさはら やすし、1938年 - )は、日本の絵本… 笠原 靖(かさはら やすし、1938年 - )は、日本の絵本作家、イラストレーター、小説家。男性。福井県ふるさと大使。 福井県小浜市出身。明治大学法学部卒業。福井放送アナウンサー、学習研究社を経て、イラストレーターとして独立。空手(日本空手協会所属 5段)。 1990年『夏の終り』で、第7回織田作之助賞受賞。雑誌に作品を多数発表。「中学生の時には犬の言語ノートを作っていましたね。」という程の動物好きで、犬を題材とした作品を多く執筆していた。元警視庁捜査第一課長とその愛犬・フーバーの名コンビが、様々な事件を解決していく動物推理小説『名犬フーバーの事件簿』は、2008年水曜ミステリー9にて、里見浩太朗主演でテレビドラマ化された。
時岡 忍(ときおか しのぶ、1937年6月8日 - )は、日… 時岡 忍(ときおか しのぶ、1937年6月8日 - )は、日本の政治家。初代福井県大飯郡おおい町長。 福井県大飯郡大飯町(現・おおい町)出身。1961年大阪工業大学卒業。1999年から旧大飯町長を2期務めたあと、2006年の旧名田庄村との合併で誕生したおおい町の初代町長となり、3期務めた。 2012年には、関西電力大飯発電所3、4号機における再稼働の決断に尽力した。
寺島 泰(てらしま ゆたか、1937年4月10日 – 201… 寺島 泰(てらしま ゆたか、1937年4月10日 – 2019年9月12日)は、日本の環境衛生工学者。大阪産業大学教授。京都大学名誉教授。 福井県小浜市出身。1960年京都大学工学部土木工学科卒業。 1976年工学部教授に就任。専門分野は環境衛生工学。2001年、定年により退職。 2017年、瑞宝中綬章を受章。
湊谷 武雄(みなとや たけお、1937年4月9日 - )は福… 湊谷 武雄(みなとや たけお、1937年4月9日 - )は福井県出身の元プロ野球選手、横浜ベイスターズ代表取締役(1997 - 2003年)。選手時代の姓は松井。 福井県立若狭高等学校では1955年、エースとして甲子園に春夏連続出場を果たす。春の選抜では準々決勝に進むが、県尼崎高の今津光男投手に完封を喫する。同年の春季北信越地区大会県予選決勝で、武生高を相手にノーヒットノーランを達成。北信越地区大会でも決勝で大町南高を降し優勝した。同年夏の選手権では、2回戦で立命館高の富永格郎投手に抑えられ敗退。カーブ、ドロップ、シュートが武器だった。高校同期には、後にプロで同僚となる遊撃手の浜中祥和がいた。 1956年に投手として大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団。
山尾 幸久(やまお ゆきひさ、1935年12月10日 - 2… 山尾 幸久(やまお ゆきひさ、1935年12月10日 - 2021年11月4日)は、日本の歴史学者。専門は日本古代史。立命館大学名誉教授。 旧満洲撫順出身。後に、満洲での中国人との関わりや引き揚げ体験の記憶が、自らの歴史観に大きく影響していたと回顧している。 1962年、立命館大学二部(夜間)文学部日本文学専攻に入学。中国文学専攻の白川静の授業を受講して学問に目覚めた。北山茂夫と出会ったことにより日本古代史を志し、一部(昼間)文学部日本史学専攻に転籍した。卒業論文は「魏志倭人伝の史料批判」で、『立命館文学』267号(1967年)に掲載された。 大学院修士課程に進学し、1969年に立命館大学文学部助手となった。
今村 貞夫(いまむら さだお、1935年2月5日 - )は、… 今村 貞夫(いまむら さだお、1935年2月5日 - )は、日本の医師。医学者。京都大学名誉教授。医学博士。専門は皮膚科学。 1935年、京都府京都市生まれ。1953年、福井県立若狭高等学校卒業。1959年、京都大学医学部卒業。1968年、「ブドウ球菌、連鎖状球菌の螢光抗体法による研究:主としてアレルギー性皮膚疾患への関与について」で京都大学より医学博士号取得。1972年1月、京都大学医学部講師、1978年同助教授、1980年から1997年まで同教授。皮膚疾患に関する多くの研究を行った。 学術業績としては,小児腹壁遠心性脂肪委縮症 (Lipodystrophia centrifugalis abdominalis infantilis (Imamura)の発見が知られる。
古川 太三郎(ふるかわ たさぶろう、1933年7月23日 -… 古川 太三郎(ふるかわ たさぶろう、1933年7月23日 - )は、日本の法律家、政治家、弁護士。元参議院議員(1期)。 京都市で出生し、1956年中央大学法学部法律学科卒業。1960年26歳で司法試験合格し、司法修習15期を経て、1963年弁護士開業。 福井弁護士会副会長など経て、1989年第15回参議院議員通常選挙で(民主改革連合の前身)連合の会新人として定数1の福井県選挙区で初出馬初当選。1994年羽田内閣国土政務次官。1995年第17回参議院議員通常選挙で落選。 1996年旧民主党公認で第41回衆議院議員総選挙の福井1区に出馬、比例復活もならず落選。