佐野 陸人(さの りくと、2001年2月21日 - )は、静… 佐野 陸人(さの りくと、2001年2月21日 - )は、静岡県富士市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 清水エスパルスの下部組織出身で、ユースに所属していた2018年にはクラブユース選手権制覇を達成している。しかしトップチームに昇格することはできず、高校卒業後は法政大学に進学。2022年10月11日、2023年シーズンからのSC相模原加入内定が発表された。 2023年3月19日、J3リーグ第3節のカマタマーレ讃岐戦でJリーグデビューを飾った。 2023年12月12日、同月11日に京王相模原線橋本駅内のエスカレーターにて女子大学生の下半身を盗撮し、逮捕された。12月18日、SC相模原から選手活動の無期限活動停止処分を下された。
松澤 海斗(まつざわ かいと、2001年2月5日 - )は、… 松澤 海斗(まつざわ かいと、2001年2月5日 - )は、静岡県富士市出身のサッカー選手。 ジュピラー・プロ・リーグ・シント=トロイデンVV所属。 ポジションはミッドフィールダー(MF)。 2023年3月31日に名古屋経済大学からV・ファーレン長崎に加入した。 2023年7月22日のJ2・モンテディオ山形戦にJリーグ初出場。翌週29日のロアッソ熊本戦でJリーグ初得点。 2025年6月21日、海外クラブへの移籍を前提とした準備のため長崎を離脱することが発表。6月28日、ベルギーのシント=トロイデンVVへ完全移籍することが発表された。 2025年6月29日、シント=トロイデンVV移籍発表の翌日に入籍を発表。
鈴木 厚太(すずき こうた、1997年5月2日 - )は、静… 鈴木 厚太(すずき こうた、1997年5月2日 - )は、静岡県富士市出身のプロサッカー選手。神奈川県社会人サッカーリーグ・品川CC横浜所属。ポジションはフォワード(FW)。 中学校時代は、ACNジュビロ沼津(現・アスルクラロ沼津U15)に所属。飛龍高校を経て、専修大学へ進学した。 2020年より、アスルクラロ沼津へ加入した。 2021年8月、東京23FCに期限付き移籍。この年にで沼津、東京23ともに契約満了となった。同年12月9日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場。 2022年、品川CC横浜へ加入した。シーズン終了後に退団した。
熱川 徳政(あつかわ のりまさ、1995年5月31日 - )… 熱川 徳政(あつかわ のりまさ、1995年5月31日 - )は、静岡県富士市出身のサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 中学校時代はACNジュビロ沼津に所属し、藤枝東高校を経て、駒澤大学へ進学した。 2018年より、アスルクラロ沼津へ加入。開幕戦からスタメン出場を果たす。 2020年1月31日、現役引退が発表されたが、東海社会人サッカーリーグ1部の矢崎バレンテで現役復帰。
石毛 秀樹(いしげ ひでき、1994年9月21日 - )は、… 石毛 秀樹(いしげ ひでき、1994年9月21日 - )は、静岡県富士市出身のプロサッカー選手。Aリーグ・ウェリントン・フェニックスFC所属。ポジションはミッドフィールダー。 富士第一SSSでサッカーを始め、中学時代は清水エスパルスジュニアユースに所属。U-15から各年代の日本代表に選出される。清水エスパルスユースに昇格した後も、U-18Jリーグ選抜やU-19日本代表などに選出され、2011年にはFIFA U-17ワールドカップメキシコ大会に出場、中心選手として4試合3得点の活躍で過去最高に並ぶ18年ぶりのベスト8入りに貢献し、自身もアジア年間最優秀ユース選手賞を受賞した。ユース在籍中の2012年3月16日には公式戦出場が可能な2種登録も完了し、2012年3月30日にはプロC契約締結が発表された。
加賀美 翔(かがみ しょう、1994年4月22日 - )は、… 加賀美 翔(かがみ しょう、1994年4月22日 - )は、静岡県富士市出身の元プロサッカー選手。ポジションは、フォワード。 中学時代は清水エスパルスジュニアユースのセレクションに落選し、ACNジュビロ沼津でプレー。高校時代は清水エスパルスユースに進み、2012年の高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグでは東地区の得点王を獲得した。 2013年、トップチームに昇格。2014年3月、Jリーグ・アンダー22選抜に選手登録された。 2016年6月27日に藤枝MYFCへ期限付き移籍する事が発表された。 2018年3月、VONDS市原への加入が発表された。2019年12月、退団が発表された。 2020年3月16日、自身のTwitterで現役引退を表明した。
伊東 幸敏(いとう ゆきとし、1993年9月3日 - )は、… 伊東 幸敏(いとう ゆきとし、1993年9月3日 - )は、静岡県富士市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(右サイドバック)。 2012年、鹿島アントラーズに入団。2016年5月11日、U-23日本代表対ガーナ代表戦では幾度となく好クロスを供給し、矢島慎也(岡山)の2点目をアシスト。続く5月29日のJ1リーグ1stステージ第14節ヴァンフォーレ甲府戦でも右サイドに切れ込み左足で浮き球のクロスを上げ金崎夢生の4点目をアシストした。 2017年3月14日、AFCチャンピオンズリーグ第3節のブリスベン・ロアーFC戦では鈴木優磨の得点をアシストして勝利に貢献した。 2021年、ジェフユナイテッド市原・千葉に完全移籍。
木本 恭生(きもと やすき、1993年8月6日 - )は、静… 木本 恭生(きもと やすき、1993年8月6日 - )は、静岡県富士市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・FC東京所属。ポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。 2016年、福岡大学を経て当時J2のセレッソ大阪に入団。同期は澤上竜二。開幕戦はセレッソ大阪U-23に配属されて、ボランチとしてJ3リーグ戦に出場。6月8日、J2第17節のV・ファーレン長崎戦でトップチーム初出場を飾り、終了間際にプロ初得点となる決勝ゴールをあげる活躍を見せた。8月10日、J3リーグ第18節のSC相模原戦でプロA契約に達したことが発表された。トップチームでの出場は1試合、セレッソU-23では一定の出場機会を掴んでいた。
石原 崇兆(いしはら たかよし、1992年11月17日 - … 石原 崇兆(いしはら たかよし、1992年11月17日 - )は、静岡県富士市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ツエーゲン金沢所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)、ディフェンダー(左SB)。 清水エスパルスユースから2011年、ファジアーノ岡山へ加入。2014年J2第31節松本戦では、長澤徹コーチから「得意な形をもっておくと良い」と指導されて取り組んだ練習が実り、左サイドから狙いすましたミドルシュートで先制点を挙げた。このゴールは月間ベストゴールに選出された。 2015年、松本山雅FCへ完全移籍。 2019年、ベガルタ仙台へ完全移籍。12月6日、第31節大分トリニータ戦にてJ1初ゴールを決めた。
小川 大貴(おがわ だいき、1991年10月16日 - )は… 小川 大貴(おがわ だいき、1991年10月16日 - )は、静岡県富士市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・松本山雅FC所属。ポジションはDF。 2014年にジュビロ磐田に入団。同年10月26日に行われたJ2第38節・京都サンガF.C.戦でJリーグデビュー。 2016年4月24日に行われたJ1 1stステージ第8節・サガン鳥栖戦でJ1初出場を果たしたが、同年6月に右膝前十字靭帯損傷、半月板損傷の負傷。トレーニング合流まで約6か月の診断を受け、シーズンを通した活躍は出来なかった。 2018年4月21日、J1第9節・ベガルタ仙台戦でJリーグ初得点となる強烈なミドルシュートを叩き込み、チームの勝利に貢献した。
赤星 貴文(あかほし たかふみ、1986年(昭和61年)5月… 赤星 貴文(あかほし たかふみ、1986年(昭和61年)5月27日 - )は、静岡県富士市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 静岡県東部の富士市に生まれ、地元の少年団神戸(ごうど)FCでサッカーを始める。中学時代は清水エスパルスジュニアユースに所属し、枝村匠馬らとクラブ日本一を経験した。この当時から年代別の代表に名を連ねる選手であった。 高校時代は清水ユースへと進まず、藤枝東高校に進学。先輩の成岡翔から受け継いだ10番を背負い、1年時からスタメンに定着した。在学当時、総体に2年連続出場、全日本ユース、高校選手権に2年連続と、当時の静岡勢としては最も多くの全国大会を経験したにもかかわらず、全国大会での目立ったタイトルはなく、三年時に静岡県選抜として優勝した埼玉国体が唯一のタイトルである。
勝又 慶典(かつまた よしのり、1985年12月7日 - )… 勝又 慶典(かつまた よしのり、1985年12月7日 - )は、静岡県富士市出身の元サッカー選手である。ポジションはフォワードおよびミッドフィルダー。 2008年に当時の関東リーグに所属していた町田ゼルビアに入団。いきなりこの年の得点王と関東リーグのベストとなりJFL昇格の原動力となった。しかし2009年のJFLの開幕2戦目の試合開始前に右足膝前十字靭帯損傷で全治6ヶ月の大怪我 でわずか3試合の出場にとどまった。そして怪我明けとなった2010年はロアッソ熊本から移籍した木島良輔との2トップとの相性が良かったこともあり、18得点をとりJFL得点ランキングで3位となりベスト11に選出された。2012年に町田がJ2最下位となった際には、町田の選手を代表して涙ながらに挨拶を行った。
菊岡 拓朗(きくおか たくろう、1985年6月30日 - )… 菊岡 拓朗(きくおか たくろう、1985年6月30日 - )は、日本の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 静岡県立清水東高等学校時代からファンタジスタとして知られており、強豪校がひしめく地域にあって全国大会とは無縁だったものの、3年生時には第82回全国高等学校サッカー選手権大会静岡県予選大会で準優勝を果たしている。高校在学中からJクラブの練習にも参加していたが、自身は大学進学を決めており、卒業後は法政大学に進学した。 法政大学サッカー部に入部後は早くからレギュラーを獲得し、3年生時には天皇杯に主力として出場し3回戦に進出。4年生時には関東大学1部リーグでアシスト数第2位を記録し、インカレでは準優勝の原動力となった。
小林 大悟(こばやし だいご、1983年2月19日 - )は… 小林 大悟(こばやし だいご、1983年2月19日 - )は、静岡県富士市出身のプロサッカー選手。ポジションはMF。メジャーリーグサッカー・ニューイングランド・レボリューション所属。2004年11月13日、モデルの佐藤綾花と結婚した。
和田 雄三(わだ ゆうぞう、1980年5月2日 - )は、静… 和田 雄三(わだ ゆうぞう、1980年5月2日 - )は、静岡県富士市出身の元プロサッカー選手である。現役時代のポジションは左サイドのミッドフィールダー、ディフェンダー。静岡学園高等学校出身。現在は清水エスパルスのサッカー指導者である。 清水エスパルスユース在籍中の1998年に第2種登録選手として1998年5月16日ナビスコカップ・コンサドーレ札幌戦でトップデビューを果たし、この年のリーグ戦で13試合に出場した。ユースの同期には市川大祐、平松康平、谷川烈がいる。 清水で試合出場がなくなり、2000年にJ2・大分トリニータに期限付き移籍、2001年に完全移籍した。現役最後となった2003年シーズンは期限付き移籍でヴァンフォーレ甲府でプレーした。
佐藤 由紀彦(さとう ゆきひこ、1976年5月11日 - )… 佐藤 由紀彦(さとう ゆきひこ、1976年5月11日 - )は、静岡県富士市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。 小学1年生の時にサッカーを始める。1992年に清水市商高へ進学。柔らかいボールタッチと卓越したパスセンスを武器に、1993年の高円宮杯及び選手権を制した。1994年には背番号10を付け、総体優勝と高円宮杯を連覇。高円宮杯では両大会とも自身の得点が決勝点となった。さらに国体でも連覇を経験。 1995年に高校を卒業し、鳴り物入りで清水エスパルスに入団。しかし、クラブにとって絶対的存在のMF澤登正朗とポジションが重なったことに加え、「地元出身のスター候補」という周囲からの扱いも重荷になり、ベンチ入りも中々出来ずにいた。
川口 能活(かわぐち よしかつ、1975年8月15日 - )… 川口 能活(かわぐち よしかつ、1975年8月15日 - )は、静岡県富士市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。スポーツ科学者。現役時代のポジションはゴールキーパー(GK)。元日本代表。 学位は修士(スポーツ科学)(早稲田大学・2023年)。 FIFAコンフェデレーションズカップ2001ベストイレブン、AFCアジアカップ2004ベストイレブンなどの受賞歴を持つ。国際Aマッチ出場数は日本代表歴代3位、同ゴールキーパー歴代1位の116試合を記録。4大会連続でFIFAワールドカップメンバーに選出されている(1998年 W杯フランス大会、2002年 W杯日韓大会、2006年W杯 ドイツ大会、2010年W杯 南アフリカ大会)。
長橋 康弘(ながはし やすひろ、1975年8月2日 - )は… 長橋 康弘(ながはし やすひろ、1975年8月2日 - )は、静岡県富士市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 小学校からサッカーを始め、東海大学第一中学校から静岡北高等学校を経て1994年清水エスパルスに入団した。2年目の1995年シーズンにリーグ戦29試合に出場したが、その後は怪我などの影響もあり低迷期に入る。 1997年、当時ジャパンフットボールリーグの川崎フロンターレに移籍すると、すぐさまレギュラーの座を確保。以来、9年間の長きに渡り、基本的には右サイドのレギュラーポジションを守り通している。2006年11月24日、引退を表明。 引退後は川崎フロンターレの下部組織のコーチ、監督を歴任し、2025年よりトップチームコーチに就任。
白井 博幸(しらい ひろゆき、1974年6月17日 - )は… 白井 博幸(しらい ひろゆき、1974年6月17日 - )は、静岡県出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー。 1996年、U-23サッカー日本代表に選出され、相手エースの密着マーク等粘り強い守備で28年ぶりのオリンピック男子サッカー出場に貢献した。アトランタ五輪男子サッカー日本代表にも引き続いて選出され、アトランタ五輪男子グループリーグD組初戦の後半30分に交代出場。ブラジル五輪代表を降す「マイアミの奇跡」を経験した。 小学3年生のときにサッカーを始め、東海大一中、東海大一高に進学。高校の同学年に松原良香、伊東輝悦がいる。 高校卒業後の1993年に清水エスパルスに加入。