上定 昭仁(うえさだ あきひと、1972年〈昭和47年〉12… 上定 昭仁(うえさだ あきひと、1972年〈昭和47年〉12月6日 - )は、日本の政治家。松江市長(2期)。 島根県松江市生まれ。松江市立揖屋小学校、松江市立東出雲中学校、島根県立松江南高等学校、九州大学法学部卒業。自由民主党所属の衆議院議員である鬼木誠とは大学のゼミの同期。 1995年、日本開発銀行(現:日本政策投資銀行)入行。建設省大臣官房政策課出向、日本政策投資銀行シンガポール次席駐在員、松江事務所長、DBJ Americans inc.(日本政策投資銀行米国現地法人)CEOを歴任。 2021年4月18日に行われた松江市長選挙に自民、公明、国民民主の3党の推薦を受けて立候補。元市議の出川桃子、元市議の吉儀敬子を破り初当選した。
細田 博之(ほそだ ひろゆき、1944年(昭和19年)4月5… 細田 博之(ほそだ ひろゆき、1944年(昭和19年)4月5日 - )は、日本の政治家、元通産官僚。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自由民主党総務会長(第54代)、清和政策研究会会長。島根県松江市出身。
細田 重雄(ほそだ しげお、1938年(昭和13年)2月11… 細田 重雄(ほそだ しげお、1938年(昭和13年)2月11日 - )は、日本の政治家、元島根県議会議員(14期)。 島根県松江市出身。1963年、慶應義塾大学法学部卒。衆議院議員細田吉蔵の秘書、自由民主党島根県支部連合会青年部長、会社役員などを経て、1967年、島根県議会議員選挙に初当選し、以来6期務める。1981年に副議長、1987年に議長に就任する。 1989年の参議院選挙に自民党公認で島根県から立候補したが、現職の成相善十も無所属で立候補したため、保守は分裂となり、この年の参院選はリクルート事件や消費税導入など、自民党にはかつてない逆風が吹き荒れ、落選した。 1991年に県議に復帰。2019年まで8期連続当選する。
石橋 大吉(いしばし だいきち、本名:石橋 操(いしばし み… 石橋 大吉(いしばし だいきち、本名:石橋 操(いしばし みさお)、1932年(昭和7年)1月7日 ‐ 2022年〈令和4年〉8月26日) は、日本の元政治家。位階勲等は従四位勲二等。元衆議院議員(通算4期)。 島根県松江市出身。安来第二中学校卒業。 卒業後、公務員として奉職するかたわら労働運動に加入。島根県労働組合評議会議長、自治労島根県本部委員長等を歴任。 1980年の第12回参議院議員通常選挙及び1983年の第13回参議院議員通常選挙に、日本社会党公認で島根県選挙区から立候補するが、いずれも落選。1986年に行われた第38回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧島根県全県区から立候補し、初当選を果たす。
石倉 孝昭(いしくら たかあき、1925年(大正14年)6月… 石倉 孝昭(いしくら たかあき、1925年(大正14年)6月23日 - 2019年(令和元年)11月19日)は、昭和から平成初期の地方公務員、政治家。松江市長。 島根県松江市出身。中央大学法学部卒。1945年、松江市役所に入る。総務部長を経て、助役に就任する。1986年松江市総合文化センター館長になる。1989年の松江市長選挙に立候補して当選する。1993年の市長選挙で再選を目指したが、宮岡寿雄に敗れた。2011年、旭日双光章受章。 2019年11月19日、内臓疾患のため自宅で死去。94歳没。死没日をもって正六位に叙される。
細田 吉蔵(細田 吉藏、ほそだ きちぞう、1912年〈明治4… 細田 吉蔵(細田 吉藏、ほそだ きちぞう、1912年〈明治45年〉5月2日 - 2007年〈平成19年〉2月11日)は、日本の運輸官僚、政治家、弁護士。衆議院議員(10期)。正三位勲一等。松江市名誉市民。 長男は衆議院議長、自由民主党幹事長、内閣官房長官、衆議院議員(11期)を歴任した細田博之。 島根県松江市西茶町に細田義一郎、千代乃の間に6人兄弟の4番目として生まれる。生家は、屋号を丸吉印「細田本店」、「細田油店」と称する油卸問屋。実父義一郎の弟・六助、つやの夫妻に子供がいなかったため、生まれてすぐに養子にだされ、養父母に育てられる。養母が薬屋を開いており、両方の店を手伝いながら少年時代を過ごす。
木村 栄(きむら さかえ、1910年(明治43年)12月4日… 木村 栄(きむら さかえ、1910年(明治43年)12月4日 – 1991年(平成3年)12月31日)は、昭和期の農民運動家、政治家。衆議院議員。 島根県八束郡古江村(現松江市)で生まれた。松江中学校(現島根県立松江北高等学校)を3年で中退し、1929年(昭和4年)に文学を志して上京したが半年で帰郷。農民運動に加わり、全国農民組合島根県連青年部書記を務めた。1931年(昭和6年)治安維持法違反容疑で起訴された。また、若松汽船大阪出張所、山陰道産業にも勤め、のち陸上小運搬業も経営した。 戦後、日農島根県連の結成に参与し書記長に就任し、県農地委員となり農地改革を推進した。日本共産党に入党し、1947年(昭和22年)4月、第23回衆議院議員総選挙で島根県全県区から共産党公認で出馬して初当選。
伊達 慎一郎(だて しんいちろう、1907年(明治40年)1… 伊達 慎一郎(だて しんいちろう、1907年(明治40年)12月6日 - 1994年(平成6年)10月11日)は、日本の政治家、地方公務員、弁護士。島根県知事(1期)。知事退任後、弁護士に登録。 島根県松江市生まれ。旧制松江高等学校を経て東京帝国大学法学部、大同学院を卒業。満洲国政府に勤務し、西安県副県長、鉄鋼司弁事などを歴任する。 終戦で引き揚げ、1947年(昭和22年)島根県職員となる。漁政、財政各課長、総務部長を経て、田部長右衛門知事の女房役として、1960年(昭和35年)から10年間副知事を務め、3期知事を務めた田部の後継者として選ばれ、1971年(昭和46年)4月の島根県知事選挙に立候補した。
松本 美行(まつもと よしゆき、1901年〈明治34年〉 -… 松本 美行(まつもと よしゆき、1901年〈明治34年〉 - 没年不明)は、日本の実業家、政治家。 島根県松江市生まれ。1925年、京都帝国大学経済学部を卒業。山陰合同銀行参与、山陰貯蓄銀行頭取、松江市議会議長、島根県松江市教育委員会委員長などをつとめた。 趣味は読書。宗教は禅宗。住所は松江市寺町。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
若槻 禮次郞(わかつき れいじろう、慶応2年2月5日(186… 若槻 禮次郞(わかつき れいじろう、慶応2年2月5日(1866年3月21日) - 昭和24年(1949年)11月20日)は、日本の大蔵官僚、政治家。栄典は正二位勲一等男爵。旧姓は奥村。幼名は源之丞。号は克堂。新字体にて若槻 礼次郎(わかつき れいじろう)と表記されることもある[注釈 1]。
8代 佐藤 喜八郎(さとう きはちろう、1861年4月4日(… 8代 佐藤 喜八郎(さとう きはちろう、1861年4月4日(文久元年2月25日) - 1920年(大正9年)3月6日)は明治から大正時代の政治家。大地主。貴族院多額納税者議員。 松江城下白潟本町(現島根県松江市白潟本町)出身。佐藤喜八郎の長男として生まれ、先代愛山の養子となり1914年(大正3年)3月、家督を相続する。和漢学を修めたほか日蓮宗に帰依して仏学を研究した。 1873年(明治6年)以降、島根県第六区戸長、松江市会議員、同市所得税調査委員、同市名誉参事会員、臨時世界博覧会委員、松江市会議長を歴任した。ほか、出雲農会幹事長、同仏教会名誉顧問、教育会育英会各評議員を務めた。 1897年(明治30年)9月には島根県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日から1900年(明治33年)7月14日まで務めた。
向坂 弘(さきさか ひろむ、1856年2月15日(安政3年1… 向坂 弘(さきさか ひろむ、1856年2月15日(安政3年1月10日) - 1925年(大正14年)4月24日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)。弁護士。 出雲国松江(現在の島根県松江市)出身。松江藩藩校の修道館で学び、1874年(明治7年)より小学校教員を務めた。1881年(明治14年)より代言人の職に従事し、松江弁護士会副会長、同会長を歴任した。1889年(明治22年)、松江市会議員となり、議長に選ばれた。1898年(明治31年)、島根県会議員に選ばれ、同参事会員も務めた。 1903年(明治36年)、第8回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第9回、第10回でも再選された。
小川 蔵次郎(藏次郎、おがわ くらじろう、1853年6月17… 小川 蔵次郎(藏次郎、おがわ くらじろう、1853年6月17日(慶應元年8月5日)- 1936年(昭和11年)11月25日)は、明治後期から昭和初期の漁業指導者、実業家、政治家。衆議院議員、島根県島根郡野波村長。 出雲国島根郡、のちの島根県島根郡野波村(八束郡野波村、島根村、島根町を経て現松江市島根町野波)で、小川仙四郎の二男として生まれる。漢学を修めた。1896年(明治29年)7月、家督を相続した。 1889年(明治22年)野波村長に就任。また八束郡会議員、同議長を務めた。1906年(明治39年)島根県会議員に選出され2期在任し、参事会員も務めて1912年(明治45年)に退任した。 1912年5月、第11回衆議院議員総選挙(島根県郡部、立憲政友会)で初当選し、1917年(大正6年)4月の第13回総選挙(島根県郡部、立憲政友会)でも再選され、衆議院議員に通算2期在任した。
福岡 世徳(ふくおか つぐのり、嘉永元年10月15日(184… 福岡 世徳(ふくおか つぐのり、嘉永元年10月15日(1848年11月10日) - 昭和2年(1927年)1月30日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)、松江市長。弁護士。 出雲国松江に吉田蔵六の二男として生まれ、福岡至仙の養子となった。法律を学び、弁護士を開業。1889年(明治22年)、松江市長に選出された。 松江市長退任後の1912年(明治45年)、第11回衆議院議員総選挙に出馬し当選を果たした。
庄司 栄三郎(しょうじ えいざぶろう、1835年4月12日(… 庄司 栄三郎(しょうじ えいざぶろう、1835年4月12日(天保6年3月15日) - 1896年(明治29年)10月21日)は、日本の政治家。鳥取県会見郡渡村長(初代)。元渡村会議員。 出雲国島根郡新庄村(のち島根県八束郡本庄村、現・松江市)出身。渡村(現・鳥取県境港市渡町)の医者門脇春哲家の奉公人であったが、同家の長男健三郎が“本庄司”に婿入りの際、その俊敏な働きぶりを見込まれて本庄司の番頭として迎えられた。後に本庄司当主の妹をめとって庄司姓を名乗り、“西庄司”と号した。 初代戸長を務め、同家の大黒柱には今なお血税騒動で受けた傷跡が残る。大祥寺北に尋常小学校を新築する等初代村長として村政の基礎を築いた。