詫摩佳代(たくま かよ、1981年- )は、国際政治学者、慶… 詫摩佳代(たくま かよ、1981年- )は、国際政治学者、慶應義塾大学法学部教授。専門は国際政治学、国際機構論。 広島県呉市生まれ、京都府京都市出身。旧姓・安田。2005年東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。2010年同大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程単位取得退学。2011年、「国際連盟保健機関から世界保健機関、ユニセフへ:新しい安全保障としての『ポジティブ・ヘルス』の形成」で博士(学術)。東京大学東洋文化研究所助教、関西外国語大学専任講師などを経て、2018年首都大学東京法学部准教授。2020年東京都立大学法学部教授。2020年『人類と病』でサントリー学芸賞受賞。2024年慶應義塾大学法学部教授。
津村 栄一(つむら えいいち、1967年- )は、日本の構造… 津村 栄一(つむら えいいち、1967年- )は、日本の構造家。建築家。広島県呉市生まれ。 広島の建築構造設計事務所栄建構造設計を主宰。現在、栄建構造設計代表。一級建築士, 構造設計一級建築士, 構造計算適合性判定員, 構造専攻建築士, 1級建築施工管理技士, 呉市木造住宅耐震改修助成事業改修設計士。広島県建築士会、日本建築構造技術者協会会員。 以下は構造設計を担当
水野 節夫(みずの せつお、1948年 - )は、日本の社会… 水野 節夫(みずの せつお、1948年 - )は、日本の社会学者、法政大学教授である。 広島県呉市出身。1972年東京大学文学部卒業。1978年東京大学大学院社会学研究科博士課程後期中退。埼玉大学教養学部非常勤講師、東京水産大学非常勤講師、カリフォルニア大学バークレー校パーソナリティー評価・調査研究所客員研究員、東京大学教養学部非常勤講師などを経て、現在は法政大学社会学部教授。
赤堀 侃司(あかほり かんじ、1944年7月21日 - )は… 赤堀 侃司(あかほり かんじ、1944年7月21日 - )は、日本の教育工学者。東京工業大学名誉教授。日本教育情報化振興会名誉会長。元日本教育工学会会長。 広島県呉市生まれ。1967年静岡大学理学部物理学科卒業。1969年東京工業大学大学院理工学研究科物理学専攻修了、理学修士。1989年東京工業大学工学博士。 静岡県立清水南高等学校教諭、東京学芸大学講師、同助教授、東京工業大学助教授、同教授、同名誉教授、白鷗大学理事・教授・教育学部長、国連大学高等研究所客員教授、コンピュータ教育開発センター理事長等を歴任。 2005年日本教育工学会会長。2012年日本教育情報化振興会会長。2015年ICT CONNECT21(みらいのまなび共創会議)会長。
的川 泰宣(まとがわ やすのり、1942年〈昭和17年〉2月… 的川 泰宣(まとがわ やすのり、1942年〈昭和17年〉2月23日 – )は、日本の宇宙工学者、工学博士である。専門は、軌道工学、システム工学。 広島県呉市生まれ。戦艦大和が建造中の呉海軍工廠が一望できる高台が遊び場だった。呉市立荒神町小学校、呉市立二河中学校、広島大学附属高等学校を経て東京大学に進学する。1965年に東京大学工学部航空学科宇宙工学コースを第一期生として卒業し、東京大学大学院工学研究科航空学専攻に進学する。大学院の最後の年には、日本初の人工衛星「おおすみ」の打上げに貢献。的川は糸川英夫の最後の弟子である。1970年東京大学大学院工学研究科航空学専攻博士課程を修了し、東京大学宇宙航空研究所に入所。
高鷲 忠美(たかわし ただよし、1941年1月30日 - )… 高鷲 忠美(たかわし ただよし、1941年1月30日 - )は、日本の図書館情報学者。八洲学園大学特任教授。専攻は図書館情報学、資料組織論、学校図書館経営論。全国学校図書館協議会理事。 広島県呉市生まれ。1963年東京学芸大学教育学部卒業、1964年文部省図書館職員養成所(現・筑波大学図書館情報学群)卒業、亜細亜大学図書館司書、図書館短期大学助手、静岡女子短期大学(現・静岡県立大学短期大学部)講師を経て、1975年助教授。東京学芸大学教授、附属教育実践総合センター長、附属図書館長を経て、現職。 学校図書館司書教諭の必要性を訴えていることや、図書館学の基本文献・教科書執筆で知られる。メディア出演もしている。
伊賀 健一(いが けんいち、1940年6月15日 - )は、… 伊賀 健一(いが けんいち、1940年6月15日 - )は、日本の工学者。工学博士。広島県呉市出身。東京科学大学栄誉教授・旧名東京工業大学18代学長。文化功労者 1940年、広島県呉市出身。広島大学附属高等学校を経て、東京工業大学理工学部電気工学課程卒業。大学4年次に末松安晴研究室で光・量子エレクトロニクスの研究に入門。東京工業大学教授、電子情報通信学会会長、日本学術振興会理事を歴任。 2007年より2012年まで東京工業大学学長。高速データ通信の信号源等に応用されている面発光レーザー(VCSEL)生みの親。高速光ファイバー通信網などインターネットやデータセンターの光配線への基礎技術、コンピューターマウス、レーザープリンターのレーザー光源などに展開される光エレクトロニクスの基礎を築いた。
倉田 侃司(くらた かんじ、1938年11月26日 - )は… 倉田 侃司(くらた かんじ、1938年11月26日 - )は、日本の教育学者。 広島県呉市生まれ。1961年広島大学教育学部小学校教育専攻卒、1963年同大学院教育行政学修士課程修了。広島大学教育学部附属三原小学校教諭、鈴峯女子短期大学講師、助教授、広島文教女子大学教授、広島経済大学教授。2007年退任。
岡田 善雄(おかだ よしお、1928年3月10日 - 200… 岡田 善雄(おかだ よしお、1928年3月10日 - 2008年1月16日)は、日本の医学者(細胞工学)、医師。位階は従三位。勲等は勲一等。大阪大学名誉教授、文化功労者、文化勲章受章者。 大阪大学微生物病研究所教授、大阪大学細胞工学センターセンター長、財団法人千里ライフサイエンス振興財団理事長などを歴任した。 広島県呉市出身の細胞生物学者である。バイオテクノロジーの基本技術である「細胞融合現象」を発見した細胞工学のパイオニアとして知られている。大阪大学名誉教授。 大阪大学微生物病研究所助手となった後の1955年、ウイルスをがん細胞に注射したところ、見たこともない巨大細胞ができた。「生物の細胞は互いに細胞膜で隔てられ、受精などを除いて合体はありえない」という生物学の常識を覆す大発見の瞬間だった。
井上 忠(いのうえ ただし、1926年3月25日 - 201… 井上 忠(いのうえ ただし、1926年3月25日 - 2014年9月20日)は、日本の哲学者。博士(学術)(論文博士・1996年)。東京大学名誉教授。古代ギリシア哲学が専門だが、言語哲学や自然科学との関係の上に哲学研究を行った。2006年瑞宝中綬章受勲。 広島県呉市生まれ。広島県立呉第一中学校を経て、1943年、第一高等学校に入学。田中小実昌は呉第一中学の同級。1945年春、戦中の特例で2年で一高を卒業し、東京大学法学部政治学科に入学。1948年、法学部を卒業後、文学部哲学科に入学。出隆の指導のもと今道友信や加藤信朗の後輩として古代哲学を専攻、同大学院特別研究生満期退学。1957年、東京大学教養学部専任講師となる。
米田 健三(よねだ けんぞう、1904年1月13日 - 19… 米田 健三(よねだ けんぞう、1904年1月13日 - 1971年6月20日)は、日本の経営者、工学博士。久保田鉄工(現在のクボタ)社長を務めた。 広島県呉市出身。1928年に東京帝国大学工学部機械工学科を卒業し、同年に久保田鉄工(現在のクボタ)に入社。1946年に取締役に就任し、1949年に常務、1960年に専務を経て、1967年に社長に就任した。 1968年11月に紫綬褒章を受章した。 1971年6月20日、胃がんのために死去。67歳没。
禹長春(ウ・ジャンチュン、우장춘、通名:須永 長春(すなが … 禹長春(ウ・ジャンチュン、우장춘、通名:須永 長春(すなが ながはる)、1898年4月8日 - 1959年8月10日)は、農学者(農学博士)、育種学者。 韓国農業の父と呼ばれる。 父は乙未事変(朝鮮国王王妃閔妃暗殺事件)に参加した軍人・禹範善。範善が日本に亡命し日本人女性・酒井ナカと結婚、日本で生まれたのが禹長春である。出生地については東京赤坂説と広島説がある。育ったのは広島県呉市である。父の範善は閔妃を暗殺したため、1903年11月24日、禹が6歳の時にかつて閔妃に仕えていた高永根に呉で暗殺された。 同じく父が親日派とされ日本に逃れてきた具鎔書(のちに初代韓国銀行総裁、第10代大韓民国商工部長官などを歴任)ら、酒井の下に送られてきた親日派の子女6人で日本で育ち、禹は、広島県立呉中学校(現広島県立呉三津田高校)を卒業。