宇都宮 民(うつのみや たみ、1964年8月20日 - )は… 宇都宮 民(うつのみや たみ、1964年8月20日 - )は、愛媛県を拠点に活動する日本のフリーアナウンサー。愛媛県西宇和郡伊方町出身。 奈良女子大学文学部教育学科を卒業後、1987年に南海放送 (RNB) に入社。1993年9月から同局で放送されているラジオ番組『ラジオエッセイ〜くめさんの空〜』は、出演者である宇都宮が局アナ時代に自ら企画して立ち上げたものである。 1997年に南海放送を退社し、フリーアナウンサーとなる。フリーに転じてからも、引き続き南海放送のラジオ番組に出演している。 また2004年10月からは、青年海外協力隊の活動内容を紹介するラジオ番組『世界の中心で愛を伝える!青年海外協力隊』を自ら制作・担当し、「愛媛県青年海外協力隊を育てる会」の総会においても長年パネルディスカッションの進行役を務めるなど、国際協力機構 (JICA) の事業の周知活動に携わっている。
藤沢 公也(ふじさわ きみや、1951年11月29日 - )… 藤沢 公也(ふじさわ きみや、1951年11月29日 - )は、愛媛県西宇和郡伊方町出身(大分県北海部郡佐賀関町〈現:大分市〉生まれ)の元プロ野球選手(投手)。 中学1年の時に陸上競技から野球に転向し、八幡浜高では1968年秋にエース・3番として実質予選である県大会準決勝で河埜和正のいた八幡浜工を完封。決勝では帝京五高の登記欣也に投げ勝って秋季四国大会に進出するが、1回戦で丸亀商の井原慎一朗と投げ合い、延長14回の接戦で惜敗。3年次の1969年には夏の甲子園県予選で準決勝に進出するが、井上明・谷岡潔のいた松山商に敗退。なお、松山商は甲子園で全国制覇を果たしている。 1969年のドラフトでロッテオリオンズから3位指名されるが、入団を拒否。
三笠 優子(みかさ ゆうこ、1949年(昭和24年)3月10… 三笠 優子(みかさ ゆうこ、1949年(昭和24年)3月10日 - )は、演歌歌手・浪曲師。本名は山本 八重子(やまもと やえこ)。所属レコード会社はキングレコード。 愛媛県西宇和郡伊方町出身。中学2年から浪曲師松平国十郎に師事するが、ろく膜炎を患い浪曲を断念。博多のクラブ歌手時代に自主制作した「洞海湾の竜」が有線で話題となり、1977年にRVCレコード(後のBMGビクター)から「洞海湾の竜」でメジャーデビュー。 1979年「夫婦舟」がロング・ヒットを記録し、続く「夫婦川」「夫婦橋」の夫婦シリーズ3部作がヒット。デビュー前に結婚し3人の子供がいたが、当時の事務所社長から「旦那、子供がいることは口外しない」と約束させられていたため秘密にしていた。
松浦 四郎若(まつうら しろわか、1945年(昭和20年)1… 松浦 四郎若(まつうら しろわか、1945年(昭和20年)10月5日 - )は、愛媛県出身の浪曲師。本名は寺坂東。 1945年(昭和20年)10月5日、愛媛県伊方町に生まれる。 1970年(昭和45年)12月24日に25歳で関西の実力派、松浦四郎に入門。松平国十郎とは芸の上で、伯父甥の関係。明治期の三巨頭、新談読みの京山若丸は三代上の大師匠にあたる。 1971年(昭和46年)1月4日に泉佐野市民会館にて演目『秋田蕗』で初舞台を踏む。 1975年(昭和50年)8月23日、テレビ初出演の『NHK新人浪曲コンクール』で最優秀新人賞を受賞。関西を中心に、浪曲の伝統を伝える正統派として活躍している。 2009年(平成21年)度の公演(一心寺門前浪曲寄席における演技)で文化庁芸術祭大衆芸能部門優秀賞を受賞した。
中元 清吉(なかもと きよきち、1928年〈昭和3年〉5月3… 中元 清吉(なかもと きよきち、1928年〈昭和3年〉5月3日 - 2024年〈令和6年〉3月8日)は、日本の政治家・実業家。元西宇和郡伊方町議会議員、元伊方町長。伊方町出身。 伊方町商工業協同組合理事長、伊方町商工会長、愛媛県商工会連合会会長、伊方町社会福祉協議会会長などの公職を務めた。
前ヶ汐 英太郎(まえがしお えいたろう、1923年10月1日… 前ヶ汐 英太郎(まえがしお えいたろう、1923年10月1日 - 没年不明)は、高砂部屋に所属した元力士。本名は徳野 剛(とくの ごう)。愛媛県西宇和郡伊方町出身。173cm、92kg。最高位は西十両11枚目。得意技は小股掬い。 同郷の前田山英五郎(のちの第39代横綱)が所属する高砂部屋に入門、1938年1月場所に初土俵を踏んだ。1944年11月場所、前田山に倣い前ヶ汐英太郎と四股名を改めた場所に幕下優勝を果たし、1945年6月場所に十両に昇進する。新十両の場所は3勝4敗と負け越し、1場所で幕下陥落。翌1946年11月場所に再十両を果たすも5勝8敗と負け越したところで23歳で廃業。俊敏さを活かしたバリエーションが豊富な激しい取り口であり、特に小股救いを得意とした。
高橋 新吉(たかはし しんきち、1901年〈明治34年〉1月… 高橋 新吉(たかはし しんきち、1901年〈明治34年〉1月28日 - 1987年(昭和62年)6月5日)は、日本のダダイスト詩人。 愛媛県伊方町出身。母親を少年時代に亡くす。八幡浜商業学校(現・愛媛県立八幡浜高等学校)を中退し、以後、放浪がちの生涯を送った。1920年(大正9年)「萬朝報」の懸賞短編小説に『焔をかゝぐ』で入選、小説家としてデビュー。その後詩作に転ずる。1922年12月、「今から俺はダダを全世界に宣伝するのだ」と言ってタクシーの運転手をステッキで殴る事件(発狂事件)を起こして逮捕される。 1923年(大正12年)、詩集「ダダイスト新吉の詩」は「DADAは一切を断言し否定する」で始まり、「皿」は、食堂の皿洗いをしていた時の心境を「皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿皿/倦怠」と表現した(本来縦書きで、皿が積み重なるさまを示している)。
桝田 與三郎(桝田 与三郎、ますだ よさぶろう、1880年〈… 桝田 與三郎(桝田 与三郎、ますだ よさぶろう、1880年〈明治13年〉5月28日 - 1951年〈昭和26年〉9月30日)は、日本の商人(生糸繭屑物商)、愛媛県多額納税者、実業家、政治家。愛媛県会議員、大洲町会議員。桝田製糸社長。愛媛県製糸業組合長。大洲銀行取締役、同監査役。旧姓・井上。 愛媛県西宇和郡三机村大字大江(後瀬戸町、現伊方町)出身。父・井上安次郎、母・シカの三男。大江小学校卒業後大洲に来て、呉服雑貨商・河野真太郎方に入り、商いについて学んだ。1899年、桝田家に養子入籍。1901年、生糸・繭屑物売買業を開始し、後桝田商店として蚕糸業に足を踏みこんだ。 1915年、若宮に製糸工場を開設、「伊予生糸」と称する生糸を生産した。
中平 常太郎(なかひら つねたろう、1879年(明治12年)… 中平 常太郎(なかひら つねたろう、1879年(明治12年)3月20日 ‐ 1964年(昭和39年)7月19日) は、明治末から昭和期の醸造家、社会事業家、政治家。参議院議員(1期)、愛媛県宇和島市長。 愛媛県西宇和郡伊方浦(伊方村を経て現伊方町)で生まれた。 1911年(明治44年)9月、北宇和郡会議員に就任。1914年(大正3年)宇和島で醤油醸造業を営む。1915年(大正4年)宇和島町会議員に選出され、1925年(大正14年)12月から1934年(昭和9年)まで宇和島市会議員に在任し、副議長も務めた。また愛媛県方面委員として社会事業に取り組み、1927年(昭和2年)10月、宇和島市民共済会を設立して救貧事業などを進め、授産場での団扇製造販売を手掛けるなどの活動で注目された。