真山 隼人(まやま はやと 、1995年3月10日 - )は… 真山 隼人(まやま はやと 、1995年3月10日 - )は、三重県鈴鹿市出身の浪曲師。本名は内田隼人。浪曲親友協会・日本浪曲協会所属。 父親は公務員。両親ともに音楽が趣味。小学生の時よりラジオで浪曲を見聞きするようになり、小学校5年生の時には、ひとりでこっそり名古屋での浪曲公演に足を運んでいた。 2010年5月、15歳で二代目真山一郎(当時・真山広若)に入門。2011年4月、公益社浪曲親友協会に入会し、同年10月、一心寺門前浪曲寄席にてデビュー。高校生浪曲師として話題となる。2012年には浅草木場亭への初出演を果たす。2013年4月、三重県文化賞新人賞受賞。 2014年8月 鈴鹿シティーセールス特命大使(鈴鹿と・き・め・きドリーム大使)に就任。
京山 幸太(きょうやま こうた、1994年5月9日 - )は… 京山 幸太(きょうやま こうた、1994年5月9日 - )は、日本の浪曲師。公益社団法人浪曲親友協会および、ソニー・ミュージックアーティスツ(SMA)所属。 兵庫県加古川市出身。2013年、関西外国語大学在学中に2代目京山幸枝若に入門。2014年5月、国立文楽劇場「浪曲錬声会」で初舞台を踏み、2015年1月に大阪市立阿倍野区民センターで披露口上。以降、上方浪曲の新鋭として注目される。 2019年3月、旭堂南龍・桂紋四郎・松井宗豊・竹本碩太夫・鶴澤燕二郎・林本大・今村哲朗らと講談・落語・浪曲・茶道・能楽・文楽による上方伝統文化芸能若手中堅ユニット「霜乃会(そうのかい)」結成に参加。同年3月には、浪曲師として初めてR-1ぐらんぷりに出場。
三代目 広沢 菊春 (ひろさわ きくはる、1980年8月28… 三代目 広沢 菊春 (ひろさわ きくはる、1980年8月28日 - )は、浪曲師。本名∶下地 勇人。名跡「広沢菊春」の当代。妻は浪曲曲師の広沢美舟。日本浪曲協会、落語芸術協会、浪曲親友協会所属。 北海道河西郡芽室町出身。北海道帯広三条高等学校卒業。2004年1月ミチココシノヨーロッパオフィスに入社。 2011年に澤孝子に入門し、澤勇人(さわ はやと)を名乗る。2015年5月に年季明け。 2022年10月15日、浅草公会堂で行われた「豪華浪曲大会」において三代目広沢菊春を襲名した。あわせて妻の曲師である沢村美舟も慣例に伴い「広沢美舟」に改名した。 2023年7月、神田伯山が主任を務める落語芸術協会定席興行で新宿末廣亭に初出演。
玉川 太福(たまがわ だいふく、1979年8月2日 - )は… 玉川 太福(たまがわ だいふく、1979年8月2日 - )は、日本浪曲協会および落語芸術協会所属の浪曲師。日本浪曲協会理事。新潟県新潟市出身。本名∶古俣 太。出囃子は『越後獅子』。 幼少の頃よりお笑い番組が好きで、小学生の頃より将来はコント作家になると決めていたという。新潟県立新潟高等学校を経て、千葉大学法経学部経済学科卒業。高校・大学時代はラグビー等に励み、大学卒業後、制作プロダクションの作家養成セミナーに通い、放送作家事務所の現場で企画立案やリサーチャーなどをしていたが、希望していたコントを書く事などは望まれておらず、「自分で舞台に立てば自らの台本がすぐにやれる」との思いで、ユニットを組み舞台でコントを始める。
東家 一太郎(あずまや いちたろう、1978年10月8日 -… 東家 一太郎(あずまや いちたろう、1978年10月8日 - )は、日本の浪曲師。東京都新宿区百人町出身。本名は上林 薫。相三味線(曲師)は妻の東家美。一般社団法人日本浪曲協会理事。 早稲田大学第一文学部日本文学専修を卒業。2007年7月に、2代目東家浦太郎に入門。浦太郎初めての男弟子として「一太郎」と命名される。 2008年3月に島村会館の「東家浦太郎の会」で初舞台を踏んだ。 2013年2月には、文化庁主催 「第2回集まれ!次世代の表現者たち 選抜公演」に選抜出演する。 2013年6月、浅草木馬亭にて年季明け名披露目をおこない、翌日に美と結婚。 2018年、第73回文化庁芸術祭大衆芸能部門新人賞を受賞。
東家 孝太郎(あずまや こうたろう、本名 岡山 守治、197… 東家 孝太郎(あずまや こうたろう、本名 岡山 守治、1975年11月26日 - )は、日本浪曲協会所属の浪曲師、ホーメイ歌手、口琴奏者。日本浪曲協会理事。2代目東家浦太郎門下。大阪経済大学卒業。石川県金沢市若松町出身。 南シベリアのトゥバ共和国の音楽グループ・フンフルトゥなどに影響を受け、ホーメイ歌手・口琴奏者として活動の後、ホーメイと似た発声を使う日本の浪曲に魅せられ2代目東家浦太郎に入門し、浪曲師となった。 同じ若手男性浪曲師の玉川太福、東家一太郎、澤勇人らと共に「浪曲チームHAIDAKO(ハイダコ)」(それぞれの頭文字を採っている)、国立演芸場にて公演。侠客物や、口演中に口琴やホーメイを盛り込んだ演目、近年はケレン物といわれる笑い要素の多い演目を多く口演している。
幸いってん(こう いってん、本名津井 一優、1974年1月1… 幸いってん(こう いってん、本名津井 一優、1974年1月19日 - )は、浪曲親友協会に所属していた元浪曲師。兵庫県津名郡津名町出身。 初代京山幸枝若と懇意だった父の影響で、幼少の頃より浪曲・河内音頭を聴き、高校卒業と同時に浪曲界への入門を希望していたが、初代京山幸枝若の死去により希望が叶わず、一旦は地元・淡路島に戻り第三セクターのハーブ園に就職、特産品の販売やレストランの主任を務める。しかし芸への思いは諦め切れず25歳で2代目京山幸枝若(当時京山福太郎)に入門。修行を重ね1999年12月ワッハ上方における「京山一門会」にて初舞台を踏み、以降、貴重な若手の「幸枝若節」の使い手として舞台を重ねる。
広沢 虎康(ひろさわ とらやす、1969年5月7日 - )は… 広沢 虎康(ひろさわ とらやす、1969年5月7日 - )は、日本の浪曲師、静岡県藤枝市出身。本名は松村 芳明。血液型はO型。日本浪曲協会所属。 音楽に興味を持ったきっかけは父親の車から流れるThe Beatlesに衝撃を受けたことからである。これを機に埼玉県川越市にあった尚美学園短期大学音楽情報学科音響コースに入学するも、クラシック音楽に夢中になりピアノに本格的な興味を持ち、東京コンセルヴァトアール尚美のピアノ指導科に入り、古典音楽を学ぶ。 しばらくピアノを学んでいたが、ある日ダイソーで購入した清水次郎長伝名人浪曲うなり集 二代広沢虎造のCDを見つけ、自らの祖父が彼が幼い頃、レコードで良く聞いていた事もあり興味を持った事から、浪曲の世界に入る。
瑞姫(たまき、1968年(昭和43年)12月4日 - )は、… 瑞姫(たまき、1968年(昭和43年)12月4日 - )は、東京都江戸川区出身の女流浪曲師。血液型B型。 神奈川大学外国語学部スペイン語学科卒業後、アパレルメーカーに勤務。1993年、太田英夫(のちに2代目東家浦太郎を襲名)に入門。同年12月23日、「太田ももこ」の芸名で初舞台。翌年、歌舞伎座浪曲大会に出演。以来、浅草・木馬亭、鈴本演芸場、上野広小路亭、都民寄席などで活動。その後、テレビ、ラジオ、多くの出演の他、全国の舞台で活動。1997年、東京芸術劇場・中ホールにて披露目を行う。 その後、2011年より「太田ももこ」から「瑞姫」と改める(名前は出身地の江戸川区「瑞江」にちなんだという)。同年4月浅草・木馬亭にて「太田ももこ改め瑞姫(たまき)お披露目の会」を開催。
米倉 ますみ(よねくら ますみ、1961年3月30日 - )… 米倉 ますみ(よねくら ますみ、1961年3月30日 - )は演歌歌手、浪曲師。本名は米倉澄子。愛知県一宮市出身。 父は浪曲師の東家楽友。堀越高等学校卒業。
国本 武春(くにもと たけはる、本名:加藤 武〈かとう たけ… 国本 武春(くにもと たけはる、本名:加藤 武〈かとう たけし〉、1960年11月1日 - 2015年12月24日)は、日本の浪曲師である。父は天中軒龍月、母は国本晴美(共に浪曲師)。日本浪曲協会に所属し、生前は同協会副会長を務めた。 千葉県香取郡下総町(現:成田市)出身。中学生時代にブルーグラスに熱中。日本工学院専門学校演劇科卒業。東家みさ子に三味線を習い、東家幸楽の弟子となり、国本武春名で1982年に初舞台を踏む。 浪曲師に曲師(三味線)が付くという従来型の浪曲にとどまらず、三味線の弾き語り(伝統的な浪曲では異端である)にギターのフレーズを取り入れた独自の奏法を開発し、ロック、R&B、ブルーグラスなど様々な音楽ジャンルで活動する。
二代目 京山 幸枝若(きょうやま こうしわか、1954年4月… 二代目 京山 幸枝若(きょうやま こうしわか、1954年4月1日 - )は浪曲師。本名∶福本 一光。吉本興業所属、浪曲親友協会会長、重要無形文化財保持者(いわゆる人間国宝)。 兵庫県姫路市出身。初代京山幸枝若と浪曲で三味線の伴奏をする曲師との間に出来た子。母である曲師側に引き取られ、興行会社を経営していた曲師の夫が父親代わりとなり育てられた。 学生時代の半ばはフォークソングに熱中。浪曲には見向きもしなかったが、友人が持ってきた初代京山幸枝若が口演しているレコードを聞き感動して浪曲の道を志した。デビューした当時から(やはり親子なので)名人幸枝若と声・容姿がソックリな事から人気は上がっていった。しかし、ある日母親から自分の父親が義理の父親であり、本当の父親は自分憧れている幸枝若である事を告げられた。
イエス 玉川(いえすたまがわ、本名:深見輝義、1949年9月… イエス 玉川(いえすたまがわ、本名:深見輝義、1949年9月7日 - )は、浪曲師、漫談家。広島県三原市(旧賀茂郡大和町)出身。ジャイロスコープ所属
三笠 優子(みかさ ゆうこ、1949年(昭和24年)3月10… 三笠 優子(みかさ ゆうこ、1949年(昭和24年)3月10日 - )は、演歌歌手・浪曲師。本名は山本 八重子(やまもと やえこ)。所属レコード会社はキングレコード。 愛媛県西宇和郡伊方町出身。中学2年から浪曲師松平国十郎に師事するが、ろく膜炎を患い浪曲を断念。博多のクラブ歌手時代に自主制作した「洞海湾の竜」が有線で話題となり、1977年にRVCレコード(後のBMGビクター)から「洞海湾の竜」でメジャーデビュー。 1979年「夫婦舟」がロング・ヒットを記録し、続く「夫婦川」「夫婦橋」の夫婦シリーズ3部作がヒット。デビュー前に結婚し3人の子供がいたが、当時の事務所社長から「旦那、子供がいることは口外しない」と約束させられていたため秘密にしていた。
松浦 四郎若(まつうら しろわか、1945年(昭和20年)1… 松浦 四郎若(まつうら しろわか、1945年(昭和20年)10月5日 - )は、愛媛県出身の浪曲師。本名は寺坂東。 1945年(昭和20年)10月5日、愛媛県伊方町に生まれる。 1970年(昭和45年)12月24日に25歳で関西の実力派、松浦四郎に入門。松平国十郎とは芸の上で、伯父甥の関係。明治期の三巨頭、新談読みの京山若丸は三代上の大師匠にあたる。 1971年(昭和46年)1月4日に泉佐野市民会館にて演目『秋田蕗』で初舞台を踏む。 1975年(昭和50年)8月23日、テレビ初出演の『NHK新人浪曲コンクール』で最優秀新人賞を受賞。関西を中心に、浪曲の伝統を伝える正統派として活躍している。 2009年(平成21年)度の公演(一心寺門前浪曲寄席における演技)で文化庁芸術祭大衆芸能部門優秀賞を受賞した。
大利根 勝子(おおとね かつこ、1942年〈昭和17年〉1月… 大利根 勝子(おおとね かつこ、1942年〈昭和17年〉1月6日 - 、本名:斎藤 勝子〈さいとう かつこ〉)は、女流の浪曲師。全盲。岩手県東磐井郡八沢村(現:一関市)生まれ。 「大利根勝子は五つの時に、流行り病をわずらって、三日三晩の高熱で、危うく命は助かるも、母の姿も見えぬ目に。咲き誇る花の薫りで春を知り、秋の夜長の虫の声、耳を傾けしみじみと、たとえこの眼は見えぬとも、聴いてくださる皆様の、熱い眼差し五体に受けて、行く末長くご贔屓を、高座(たかざ)ながらも願います」という今では珍しくなった自己紹介の外題付けを使い、1994年に東京都・浅草の木馬亭で復活し、2023年2月の引退興行まで活動していた。
三原 佐知子(みはら さちこ、1939年(昭和14年)5月2… 三原 佐知子(みはら さちこ、1939年(昭和14年)5月20日 - )は女流浪曲師。本名は鳥越幸子。浪曲親友協会所属、同協会理事。 三重県熊野市出身。叔父が浪曲の近江勝で実の父も浪曲好きで志したが悪声で断念。1954年の15歳で叔父の近江勝の元に入門し近江五十鈴名乗り、1955年に「出世のわらじ」で初舞台。1959年に小松千鶴と改名、1976年に「母恋あいや節」のラジオでの出演が評判を呼び一躍人気を得る。1978年6月に大阪郵便貯金ホール(上本町)で現在の三原佐知子に改名。 現在でも「一心寺」での会など積極的に口演を行なっている。浪曲だけにとどまらず民謡から歌謡曲も謡う。 他レコード、テープ、CD多数。
斎東 満(さいとう みつる、1928年5月5日 - 2010… 斎東 満(さいとう みつる、1928年5月5日 - 2010年10月24日)は、浪曲師。本名は、東野一 巳(ひがしの かずみ)。浪曲親友協会元理事長。 和歌山県海南市出身。1933年12月初代日吉川秋斎に弟子入り。1934年3月大阪千日前愛進館で初舞台。少年浪曲師として全国を巡業した。 海南中学卒業し日本大学に進学したが、戦中のどさくさのため中退。戦後本格的に浪曲師として再修行した。 その後、NHK浪曲台本研究会や、民放の「浪花節天狗道場」の指南役をやり、1953年に新日本放送の浪曲コンクール第1期で第2位になり、翌年1954年の決選投票で第4位に入賞した。(その時の第1位は酒井雲坊(のちの村田英雄)である。
松風軒栄花(しょうふうけん えいか、1927年3月31日 -… 松風軒栄花(しょうふうけん えいか、1927年3月31日 - 2013年10月24日、本名・中西カズ子)は、浪曲師。香川県三豊郡(現三豊市)の生まれ。竹細工職人の一家に生まれる。幼少の頃より歌唱力に優れ芸の道を目指し2代目松風軒栄楽に入門。結婚後は夫婦浪曲師として全国各地を訪れ、曲師としても活躍をした。2013年に肺炎で死去。夫は港家歌柳。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
初代 京山幸枝若(きょうやま こうしわか、1926年(大正1… 初代 京山幸枝若(きょうやま こうしわか、1926年(大正15年)8月10日 - 1991年(平成3年)6月24日)は浪曲師。本名は小椋 喬。 岡山県出生。兵庫県姫路市出身。 父は浪曲師の加茂川燕楽で母は加茂川蘭子で妹には浪曲漫才のフラワーショウの華ゆりがいる。 そのため、幼い頃から厳しい修行を受け全国を巡業、学歴は小学校1年1学期だけである。本人曰く、漢字の読みは駅のホームの駅名標の文字の下に書かれた読みがなでおぼえたという。 5歳(6歳とも)で初舞台を踏む。 当初は2代目京山幸玉の門下で13歳の時に初代京山幸枝門下となり、幸太郎と名乗り、1941年には京山幸枝若と名乗った。 戦後は、山県隆の名で地方巡業をしている時に幸枝に知られ、再び幸枝若を名乗り、1953年に姫路に戻る。
五月 一朗(さつき いちろう、1919年7月7日 - 201… 五月 一朗(さつき いちろう、1919年7月7日 - 2014年9月4日)は浪曲師。日本浪曲協会元会長。本名は岩野 久米一(いわの くめいち)。最初の妻で曲師は、初代京山小圓嬢の娘・五月雅子。2007年、長年相三味線を務めた加藤(五月)歌恵(林伯猿の娘)と再婚した。 香川県大川郡志度町(現・さぬき市)出身。香川県立志度中学校(後の香川県立志度高等学校)卒業。その後に大阪で行われた浪曲大会で初代京山小円嬢に激励され1936年に初代広沢駒蔵に弟子入り。6ヵ月後、大阪松島の広沢館で初舞台。芸名を広沢 駒月とする。1940年5月1日、タイヘイレコードの吹き込みのときに、会社では広沢駒月では古いからと改名することとなり、会社の発案で5月1日に吹き込むのだからと五月一朗と改名した。
国友 忠(くにとも ただし、1919年〈大正8年〉2月14日… 国友 忠(くにとも ただし、1919年〈大正8年〉2月14日 - 2005年〈平成17年〉5月22日)は、東京府(現・東京都)出身の浪曲師。本名は大熊国一。 浪曲師として舞台、放送、レコード等で活躍。浪曲台本はオリジナルが百数十席、脚色も二千数百席に及び、連続ラジオ小説「銭形平次」を日曜日を除き毎日、5年間続けたことは放送ドラマの記録となっている。1980年代には私財を投げ打ち中国残留邦人らの帰国や日本定住の支援活動に尽力した。
木村 若友(きむら わかとも、1911年4月17日 - 20… 木村 若友(きむら わかとも、1911年4月17日 - 2011年11月30日)は、日本の浪曲師。本名:大森 政貫。 福島県二本松市出身。1936年、初代木村友衛に入門し、翌年初舞台を踏む。 長らく浪曲界の第一線で活躍し、晩年まで東京浅草の木馬亭に出演した。 2011年4月、浪曲師としての長年の活躍と後進の指導を通じ日本伝統文化の継承に尽力したとして第45回吉川英治文化賞を受賞。同年5月、国立演芸場で開かれることになっていた「百歳を祝う会」への出演の直前に楽屋で倒れ、快復に努めたが、11月30日、動脈瘤破裂のため死去。100歳没。 若友の孫にあたる料理人の男性が東京都台東区の佐竹商店街でラーメン店「とりそば若松」を経営。
東家 楽浦(あずまや らくうら、1898年(明治31年)2月… 東家 楽浦(あずまや らくうら、1898年(明治31年)2月22日 - 1978年(昭和53年)4月4日)は、東京都生まれの浪曲師。本名は野口 金蔵。10年以上途絶えていた浪曲の寄席定席を木馬亭で復活させた貢献者。 東京市日本橋区生まれ。1919年(大正8年)、二代目東家楽遊門下の東家小楽遊に入門。1923年(大正12年)に真打。 情感たっぷりの節回しと、タンカのうまさで(劇場を満杯にするような大看板ではないが)「寄席打ちの名人」の名をほしいままにする。正岡容によれば「東家一門においては東家楽鴈以来の」芸達者で「諧謔」味や「憂愁」味の節回しを自在にこなし、長谷川伸が『芸がうま過ぎるのが処世では却って不利みたいな』と評したという。
東 武蔵(あずま むさし、1893年1月29日 - 1970… 東 武蔵(あずま むさし、1893年1月29日 - 1970年2月9日)は、明治から昭和にかけての浪曲師である。本名は東常吉。 埼玉県川越生まれ、東京育ち。8歳の時、宝集舎栄楽門下の文楽の養子となり、栄楽門下で栄馬、13歳で真打となり少年浪曲師として活躍、1911年(明治44年)19歳の時、巖谷小波の命名で東武蔵を名乗る。噛んで吐き出すような節調「武蔵節」と才気縦横でアドリブも自在な滑稽は、全くの独流であった。朝刊のニュースを夕方の寄席で演題に入れ喝采を浴びる。寄席読みできめ細かな芸風、演出は奇抜を極めた。のちに落語家の立川談志がこよなく愛し、その演芸選集にも登場する。 戦後ラジオの浪曲番組での審査員としても活躍、1955年(昭和30年)脳出血で倒れ闘病生活を続けた。
東家 楽燕(あずまや らくえん、本名:岡部 六弥、1887年… 東家 楽燕(あずまや らくえん、本名:岡部 六弥、1887年2月3日 - 1950年3月8日)は明治から昭和にかけて活躍した浪曲師。東京出身。
京山 若丸(きょうやま わかまる、1878年(明治11年) … 京山 若丸(きょうやま わかまる、1878年(明治11年) - 1953年(昭和28年)5月13日)は、明治~昭和期の浪曲師。本名、坂上仁三郎。広島県白市村(現・東広島市)出身。 22歳で大阪に出て2代目京山恭安斎の弟子となる。修行時代は「義士伝」なども読んだが、デビュー後は関西では珍しく、旧ものは読まず自作自演の「新談(新作)読み」で通した。明治維新に想を得た「乃木将軍」や「召集令」、「江藤新平」、「大西郷」などの傑作を残している。1908年(明治41年)6月、桃中軒雲右衛門、2代目吉田奈良丸に次いで上京。セリフの切れよし、声よし、人物描写に長け、品格のある立派な舞台姿で人気を博し雲右衛門、吉田奈良丸、京山小円らと覇を競い、浪曲の第1期黄金時代を築いた。
京山 小円(きょうやま こえん、1877年(明治10年)3月… 京山 小円(きょうやま こえん、1877年(明治10年)3月15日 - 1928年(昭和3年)10月30日)は、浪曲師。広島県尾道生まれ。本名・吉田松吉。京山小圓とも表記する。 幼いころから義太夫語りになるため修行を積む。浪曲師で京山派の始祖・2代目京山恭安斎の弟子となる。余技に義太夫を得意とし、息の長い重厚な小円節を創り上げた。1908年上京、京橋新富座で独演会を開くと“関西にこの人あり”と評判を呼んだ。桃中軒雲右衛門の武士道鼓吹に対して、人道鼓吹とも称し、巧みな会話と俗に三段流しといわれる息の長さと低音の関西節に聴衆は酔いしれたという。明治末期から大正期にかけて雲右衛門、二代目吉田奈良丸と共に、三巨頭とも称され第1期の浪曲黄金時代を創り上げた元老の一人である。
奈々福(ななふく、7月19日生まれ)は、曲師出身の浪曲師であ… 奈々福(ななふく、7月19日生まれ)は、曲師出身の浪曲師である。日本浪曲協会理事(2012年就任)および落語芸術協会所属。 神奈川県横浜市生まれ。 清泉女学院中学高等学校を経て、上智大学文学部卒業後、短歌専門出版社、新潮社アルバイト、筑摩書房編集者として勤務する。筑摩書房勤務時に『志ん朝の落語』の編集に携わった。 日本浪曲協会主宰の浪曲三味線教室に1994年に参加し、玉川美穂子の芸名で曲師として活動する。2001年には師匠・二代目玉川福太郎の勧めにより浪曲師としても修行し「玉川美穂子」の名前を受ける。現在の芸名「玉川奈々福」に改めた2006年12月から披露目興行を各会場で行う[要出典]。2012年より日本浪曲協会理事、2013年8月の初出演[要出典]よりNHK東西浪曲大会、「NHK浪曲特選・夏」(2014年7月)に出演。
港家 小ゆき(みなとや こゆき、5月4日 - )は女流の浪曲… 港家 小ゆき(みなとや こゆき、5月4日 - )は女流の浪曲師。2016年3月、名披露目。 熊本県山鹿市出身。幼少期より合唱団に所属、ピアノや声楽などを学び、真和高等学校卒業、早稲田大学第二文学部中退。大学時代よりロックを愛するバンドマン。思いつきで入った浅草木馬亭にて、師匠となる港家小柳の舞台に惚れ込み、押し入るように入門。2012年2月に木馬亭デビュー。2016年3月、名披露目。2017年より、田中芳樹原作の銀河英雄伝説の浪曲化をはじめ、クラシック作曲家の生涯を語る「クラシカ浪曲」、主婦の日常をドラマチックに描いたオリジナル作品「最強主婦伝説」、浪曲の部活を存続させるというストーリーの女子高生物語「浪花節ガールズ!」などの新作を自作自演している。
港家 小そめ(みなとや こそめ、11月2日 - )は、チンド… 港家 小そめ(みなとや こそめ、11月2日 - )は、チンドン屋・浪曲師である。日本浪曲協会理事。 埼玉県出身。女子美術短大卒業後、チンドン屋の二代目瀧廼家五郎八に弟子入り。1997年に独立し、「ちんどん月島宣伝社」を開業した。 2013年、浪曲師の五代目港家小柳に2番弟子として入門。2014年に初舞台を踏む。 2018年5月、師匠の小柳が死去。小柳の曲師を務めていた玉川祐子の預かり弟子となる。 2019年6月に木馬亭で名披露目興行を行った。 2024年4月、日本浪曲協会理事就任。
三代目 天中軒 月子(てんちゅうけん つきこ、 3月14日 … 三代目 天中軒 月子(てんちゅうけん つきこ、 3月14日 - )は、静岡県湖西市出身の浪曲師。湖西市ふるさと大使。国際調理師学院卒業。一般社団法人日本浪曲協会・公益社団法人浪曲親友協会所属。定紋は『上がり藤』。 1983年から「西奈実栄」の芸名で民謡・演歌歌手として活動、民謡歌手として数々の賞を受賞。 歌手活動中に出会った二代目天中軒月子(当時)の声を聴いて凄いと思い、2010年9月に入門。浪曲師として「天中軒涼月」の名をもらう。 2019年10月、浅草公会堂豪華浪曲大会で「三代目 天中軒月子」を襲名。 『発明王豊田佐吉』『東男に京女』『ああ横綱玉の海』『旅人』など。 この項目は、芸能人一般(俳優/女優・歌手・お笑い芸人・アナウンサー以外のタレントなど)に関連した書きかけの項目です。
春野 恵子 は、東京都文京区出身の浪曲師、元女優・タレント。… 春野 恵子 は、東京都文京区出身の浪曲師、元女優・タレント。公益社団法人浪曲親友協会理事。父は獣医師、農学者の唐木英明。姉は弁護士・経営コンサルタントの唐木明子。