嶋村 麟士朗(しまむら りんしろう、2003年7月13日 -… 嶋村 麟士朗(しまむら りんしろう、2003年7月13日 - )は、高知県高知市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。阪神タイガース所属。 高知市立潮江東小学校4年から潮江東スポーツ少年団で野球を始め、6年生から主に捕手としてプレーするようになる。高知市立潮江中学校では軟式野球部に所属。全国中学生都道府県対抗野球大会の高知県代表に選出され、後にチームメイトとなる森木大智とバッテリーを組んだ。 高知市立高知商業高等学校には捕手として入学したが、チームでは主に内野手と外野手を務めた。3年夏の高知県大会では4番としてプレーするも、準決勝で代木大和擁する明徳義塾高等学校に敗れた。 高校卒業後は福井工業大学に進学したが、中退。
市川 悠太(いちかわ ゆうた、2001年3月29日 - )は… 市川 悠太(いちかわ ゆうた、2001年3月29日 - )は、高知県高知市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 高知市立潮江中学校から明徳義塾高等学校に進学。2年生の春夏、3年生春と3季連続で甲子園に出場。2年生秋には秋季四国大会、第48回明治神宮野球大会でエースとして全試合完投して両大会で優勝した。 2018年のドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから3位で指名を受け、契約金5000万円、年俸580万円という条件で入団した。 2019年は二軍で登板を重ね、18試合に登板し1勝0敗、防御率2.79の成績を残したが、翌年も一軍登板の機会はなく、初登板は2022年7月1日の横浜DeNAベイスターズ戦で、1回1失点(一塁手の野選による失点)だった。
榮枝 裕貴(さかえだ ゆうき、1998年5月16日 - )は… 榮枝 裕貴(さかえだ ゆうき、1998年5月16日 - )は、高知県高知市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。阪神タイガース所属。 高知市立朝倉小学校1年で「朝倉スワローズ」に入団し野球を始め、主に捕手を務め、6年時には全国大会で準優勝に貢献。高知中学校時代は同校の軟式野球部に所属、全国優勝を経験した。 高知高校では、1年秋からベンチ入りすると共に正捕手の座を掴むと、その後「4番・捕手」を担った。2年夏は県大会決勝で明徳義塾に6-7で敗れ準優勝。6-5とリードし迎えた9回表二死一・二塁、カウント1ボール2ストライクと追い込み、甲子園まであとストライク1つの場面で逆転適時三塁打を打たれた試合だった。
木下 拓哉(きのした たくや、1991年12月18日 - )… 木下 拓哉(きのした たくや、1991年12月18日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(捕手)。
土居 龍太郎(どい りょうたろう、1981年1月11日 - … 土居 龍太郎(どい りょうたろう、1981年1月11日 - )は、高知県吾川郡春野町(現:高知市)出身の元プロ野球選手(投手)。2005年から2007年の登録名は龍太郎。
藤川 球児(ふじかわ きゅうじ、1980年7月21日 - )… 藤川 球児(ふじかわ きゅうじ、1980年7月21日 - )は、阪神タイガースに所属する高知県高知市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打であり選手登録上も同様であるが、相手投手の利き手によっては右打席に入る場合がある。マネジメント会社はエイベックス・スポーツ。
西山 一宇(にしやま かずたか、1970年8月28日 - )… 西山 一宇(にしやま かずたか、1970年8月28日 - )は、高知県高知市出身の元プロ野球選手(投手)。現在は、読売ジャイアンツのスコアラー。
町田 公二郎(まちだ こうじろう、1969年12月11日 -… 町田 公二郎(まちだ こうじろう、1969年12月11日 - )は、高知県高知市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)、野球指導者。2013年より三菱重工広島硬式野球部のヘッドコーチ、2015年からは監督を務めている。
中山 裕章(なかやま ひろあき、1967年11月4日 - )… 中山 裕章(なかやま ひろあき、1967年11月4日 - )は、高知県高知市出身の元プロ野球選手(投手)。大洋、中日、台湾球界に在籍し 2003年に引退した。
浜田 一志(はまだ かずし、1964年9月11日 - )は、… 浜田 一志(はまだ かずし、1964年9月11日 - )は、高知県高知市出身の元アマチュア野球選手(外野手)、野球指導者。学習塾「Ai西武学院」塾長。 小学4年生の頃から野球を始める。土佐高校での夏の大会後、その時点では偏差値38ながら独自の勉強法で東京大学理科二類に現役合格。硬式野球部に所属し、東京六大学野球リーグでは1985年の春季にシーズン本塁打、1試合最多本塁打記録をマークし、翌年には主将を務めた。 その後は、東京大学大学院工学系研究科に進学し、大学院修了後は新日本製鉄で勤務した。1994年より文武両道を目指す学習塾「Ai西武学院」を経営する。 2008年に東大野球部のスカウティング事務局を立ち上げ、2013年から2019年までには母校の東京大学の監督を務め、宮台康平らを育てた。
森岡 浩(もりおか ひろし、1961年4月10日 - )は、… 森岡 浩(もりおか ひろし、1961年4月10日 - )は、日本の姓氏・野球史研究家。日本文藝家協会所属。 高知県高知市生まれ。土佐中学校・高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業。中学生の頃、近隣に同じ名前を持つ住人が集まる地域があり、電話帳で調べたことが名字に興味を持つきっかけとなる。大学在学中から日本人の名字に関して独学で研究を始める。また、高校野球に重心を置いた野球史の研究も行う。 名字関連の書籍や名字辞典には記載されているものの、実在しない名字の総称として幽霊名字を提唱している。
杉村 繁(すぎむら しげる、1957年7月31日 - )は、… 杉村 繁(すぎむら しげる、1957年7月31日 - )は、元プロ野球選手(内野手)、プロ野球コーチ。高校時代のポジションは三塁手、プロ入り後はそのほかに二塁手、遊撃手もこなした。 2014年シーズンより東京ヤクルトスワローズ一軍打撃コーチを務める。
江本 孟紀(えもと たけのり、1947年7月22日 - )は… 江本 孟紀(えもと たけのり、1947年7月22日 - )は、高知県香美郡土佐山田町(現:香美市)生まれ、高知県高知市出身の元プロ野球選手(投手)、元参議院議員。東京都在住。
小松 健二(こまつ けんじ、1947年5月24日 - )は、… 小松 健二(こまつ けんじ、1947年5月24日 - )は、高知県高知市出身の元プロ野球選手(外野手)。プロ入り前の名前は、「小松 建二(読みは上記と同じ)」。
門谷 昭(かどたに あきら、1946年7月3日 - )は、高… 門谷 昭(かどたに あきら、1946年7月3日 - )は、高知県高知市出身の元プロ野球選手。 安芸高校ではエースとして1964年春の選抜に出場。1回戦で岐阜東高を降すが、続く2回戦で市西宮高の谷哲男(中日)に抑えられ敗退。同年夏の甲子園県予選は準決勝で江本孟紀のいた高知商に惜敗。 1965年に広島カープへ入団。貴重な左腕投手として期待されたが、、あまり活躍の場はなく同年限りで退団。 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。
大橋 勲(おおはし いさお、1941年3月25日 - )は、… 大橋 勲(おおはし いさお、1941年3月25日 - )は、高知県高知市出身(兵庫県生まれ)の元プロ野球選手(捕手)。 幼少の頃に出生地の兵庫から、一家と共に高知へ移り、父・隆は高知で不動産業を成功させた。大橋は何不自由ない裕福な家庭で育ち、プロ入り後は帰郷すると、玄関に家政婦が3人も三つ指をついて出迎えてくれるという噂があった。土佐中から内部進学した土佐高では2年次の1957年に秋季四国大会県予選で決勝に進むが、高知商の山崎武昭・森光正吉の継投に抑えられて惜敗。この頃は遊撃手としてプロスカウトの目にとまる逸材であったが、当時の高知商は俊足揃いであったため、この足を封じるために肩の良い大橋が捕手に転向したというエピソードがある。
小松 俊広(こまつ としひろ、1940年1月13日 - )は… 小松 俊広(こまつ としひろ、1940年1月13日 - )は、高知県出身の元プロ野球選手(投手)。プロ入りまでの名は敏宏。
大崎 昭夫(おおさき あきお、1930年11月28日 - )… 大崎 昭夫(おおさき あきお、1930年11月28日 - )は、高知県高知市出身の元プロ野球選手。
前田 祐吉(まえだ ゆうきち、1930年9月22日 - 20… 前田 祐吉(まえだ ゆうきち、1930年9月22日 - 2016年1月7日)は、日本のアマチュア野球選手、野球指導者。慶應義塾大学野球部で選手、監督を務めた。 高知県高知市出身。高知県立高知城東中学校のエースとして戦後初となる1946年夏の甲子園に出場。これは高知県勢で春夏通じて初めての全国大会出場だった(この年甲子園球場はGHQが接収中のため、阪急西宮球場で開催)。1回戦で芦屋中を降すが、続く2回戦で松本市立中に敗退。翌1947年春の選抜にも出場。2回戦では田辺中の岩本尭との投手戦となるが延長11回サヨナラ勝ち。3回戦では引地信之のいた下関商を降す。準決勝では小倉中の福嶋一雄と投げ合うが0-1で惜敗。
岩本 章(いわもと あきら、1921年1月24日 - 199… 岩本 章(いわもと あきら、1921年1月24日 - 1993年3月4日)は、高知県高知市出身のプロ野球選手(外野手)。