中村 博生(なかむら ひろお、1958年〈昭和33年〉10月… 中村 博生(なかむら ひろお、1958年〈昭和33年〉10月9日 - )は、日本の政治家、実業家。元熊本県議会議員(4期、副議長)、元八代市議会議員(2期)、前八代市長(3期、3代目)。 熊本県旧八代市出身。熊本県立小川工業高等学校卒業。1979年3月、中九州短期大学卒業。同年、株式会社中村組に就職。1991年、同社の代表取締役に就任。 1998年から旧八代市議会議員を2期務める。2002年、熊本県議会の補欠選挙に出馬し当選。県議を4期務める。 自由民主党八代地域支部などから八代市長選挙への出馬要請を受け、2013年7月に県議を辞職。同年9月1日に行われた同市長選挙に自民党と公明党の推薦を得て無所属で出馬。
渡瀬 憲明(わたせ のりあき、1925年10月8日 - 19… 渡瀬 憲明(わたせ のりあき、1925年10月8日 - 1998年8月1日)は、日本の政治家。衆議院議員。熊本県八代市出身。旧制八代中学、明治大学法学部卒業。 坂田道太の秘書を経て政界入り。1990年、第39回衆議院議員総選挙に坂田の後継者として旧熊本2区から自由民主党公認で立候補し、初当選(当選同期に岡田克也・佐田玄一郎・藤井裕久・鈴木俊一・亀井久興・中谷元・森英介・福田康夫・石原伸晃・河村建夫・小林興起・塩谷立・古屋圭司・細田博之・松岡利勝・小坂憲次・山本拓・赤城徳彦・簗瀬進など)。2期務め、河本派に所属した。この間、防衛政務次官、衆議院文教委員会理事、衆議院安全保障委員会委員、衆議院厚生委員会委員、石炭対策特別委員会委員などの要職を歴任。
坂田 道太(さかた みちた、1916年〈大正5年〉7月18日… 坂田 道太(さかた みちた、1916年〈大正5年〉7月18日 - 2004年〈平成16年〉1月13日)は、日本の政治家。位階は従二位、勲等は勲一等。 衆議院議長(第64代)、法務大臣(第40代)、防衛庁長官(第33代)、文部大臣(第91・92代)、厚生大臣(32代)、衆議院議員(17期)等を歴任した。 父は衆議院議員や八代市長を務めた坂田道男。 坂田道男の長男として熊本県八代市で生まれる。旧制八代中学校、旧制成城高等学校(現・成城大学)、1938年東京帝国大学文学部独文科卒業。石井光次郎商工大臣の秘書官を経て、1946年の第22回衆議院議員総選挙に熊本県全県区から出馬し、初当選した。以後、17期連続当選。
坂田 道男(さかた みちお、1887年(明治20年)5月18… 坂田 道男(さかた みちお、1887年(明治20年)5月18日 - 1973年(昭和48年)1月4日)は、日本の政治家(元衆議院議員)、教育者で八代市長、名誉市民。長男は防衛庁長官、衆議院議長を務めた坂田道太。 熊本県八代郡植柳村(現在の八代市)に生まれる。父は明治新田製造の功労者たる坂田貞である。 八代中学校(現・熊本県立八代中学校・高等学校)時代から秀才の誉れが高かった。1905年(明治38年)9月、第五高等学校第一部独法科に入学する。 1908年(明治41年)7月、同科を卒業し、ただちに東京帝国大学法科大学独逸法科に入学する。 1912年(明治45年)7月、同大学を卒業する。 1913年(大正2年)9月、第五高等学校教授(法制経済・独逸語担当)に任ぜられる。
中島 照寛(なかしま てるひろ、1881年(明治14年)3月… 中島 照寛(なかしま てるひろ、1881年(明治14年)3月6日 – 1948年(昭和23年)4月16日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)。熊本県荒尾市長。 熊本県葦北郡日奈久町(現在の八代市)出身。中央大学に学んだ。平井村(現・荒尾市)長、荒尾町(現・荒尾市)長、玉名郡会議員、熊本県会議員を務めた。その他、玉名郡畜産組合長、玉名郡家畜保険組合長を務めた。 1922年(大正11年)、熊本5区(当時)から衆議院議員に補欠当選を果たした。1924年(大正13年)の第15回衆議院議員総選挙で落選した。1928年(昭和3年)の第16回衆議院議員総選挙では熊本1区から立候補したが落選した。 1942年(昭和17年)より荒尾市会議員を2期務め、議長を務めた。
守山 又三(もりやま またぞう、1869年4月30日(明治2… 守山 又三(もりやま またぞう、1869年4月30日(明治2年3月19日) - 1940年(昭和15年)5月19日)は、日本の政治家、衆議院議員(2期)。 肥後国八代郡、のちの熊本県八代郡太田郷村(太田郷町を経て現八代市)出身。東京高等商業学校で学ぶ。熊本軌道(株)取締役、讃岐電気軌道(株)監査役、京都電気(株)取締役社長となる。 1908年の第10回衆議院議員総選挙において熊本県郡部から大同倶楽部公認でで立候補してトップで初当選した。つづく1912年の第11回衆議院議員総選挙では中央倶楽部公認で立候補して再選。衆議院議員を2期務め、1914年に議員を辞職した。1940年に死去した。
坂田 貞(さかた ただす、1863年9月13日(文久3年8月… 坂田 貞(さかた ただす、1863年9月13日(文久3年8月1日) - 1937年(昭和12年)9月25日)は、明治から昭和時代戦前の政治家、実業家。貴族院多額納税者議員。 肥後国八代郡植柳村(熊本県八代郡植柳村を経て現八代市)出身。橋本寛の長男として生まれ、先代範英の養子となり1872年(明治5年)家督を相続する。 1891年(明治24年)以降、植柳村会議員、同村農会長、熊本県会議員、同県農会長、八代郡会議員、郡参事会員、同農会評議員、帝国農会議員のほか、九州商業銀行取締役、九州新聞社監査役などを歴任した。 1925年(大正14年)9月には熊本県多額納税者として貴族院議員に互選され同年9月29日に就任し、交友倶楽部に所属し1932年(昭和7年)9月まで務めた。
松岡 長康(まつおか ながやす、1856年9月6日(安政3年… 松岡 長康(まつおか ながやす、1856年9月6日(安政3年8月8日) - 1908年(明治41年)4月26日)は、日本の政治家、衆議院議員(2期)。 肥後国八代郡高田村(現・熊本県八代市)の地主の家に生まれる。漢学を学ぶ。農業と商業を営み、学区取締、熊本県会議員、熊本県御用掛、県収税属、八代郡所得税調査委員となる。日清戦争後の1895年、台湾総督府雲林支庁長、同法院雲林支部審判官、台中県支庁書記官となり、従七位に叙せられる。 1898年3月の第5回衆議院議員総選挙において熊本5区から自由党公認で立候補して当選する。同年8月の第6回衆議院議員総選挙で再選。衆議院議員を2期務め、1902年の第7回衆議院議員総選挙は不出馬。