中村 隆天(なかむら りゅうてん、1965年5月10日 - … 中村 隆天(なかむら りゅうてん、1965年5月10日 - )は、京都府京都市出身の俳優、演出家、劇団 浪漫狂を主宰。 1965年5月10日、京都府京都市下京区御前田町に生まれる。 大阪芸術大学舞台芸術学科卒業。1984年にジャパン・アクション・クラブでスタントマンを経て、1989年、坂上二郎に師事。1992年から2003年に渡り「劇団浪漫狂時代」を主宰し、2004年から今現在に渡り「劇団浪漫狂」を主宰。舞台においては1992年から作・演出なども務めている。映画、ドラマ、Vシネマなどの映像作品においても個性派俳優として活躍をみせている。
腹筋 善之介(ふっきん ぜんのすけ、1965年5月8日 - … 腹筋 善之介(ふっきん ぜんのすけ、1965年5月8日 - )は、日本の男性俳優、声優、脚本家、演出家。大阪府大阪市出身。 舞台での活動が中心だが、他にもドラマやアニメ、吹き替えなど、活動の場を広げている。特技は整体。 惑星ピスタチオ時代からのスキンヘッドが特徴で、同劇団の公演「KNIFE」では他の出演者からその風貌をネタにされる場面がある。 太字はメインキャラクター。
石田 秀樹(いしだ ひでき、1965年(昭和40年)4月15… 石田 秀樹(いしだ ひでき、1965年(昭和40年)4月15日 - )は演出家、プロデューサー。関西テレビ放送(KTV)スポーツ局 スポーツ事業部。元番組チーフプロデューサー。京都府京都市出身。血液型はO型。
東山 充裕(ひがしやま みつひろ、1965年4月4日 - )… 東山 充裕(ひがしやま みつひろ、1965年4月4日 - )は、日本のテレビディレクター、映画監督、演出家、プロデューサー。NHKドラマ部チーフ・ディレクター。北海道出身。 北海道静内郡静内町に生まれる。筑波大学付属駒場高等学校在学中に自主製作した8ミリ長編劇映画『the story of “CARROT FIELD”』がデビュー作。1983年のぴあフィルムフェスティバルに入賞して高く評価され、川越高校の石井満生などともに〝高校生映画〟と呼ばれ話題を呼んだ。 横浜国立大学経済学部を卒業後、1990年にNHKに入局。 2002年、福岡局在任中に地域ならではの魅力を描く“地域ドラマ”を企画開発。 単発ドラマを多く演出。
高丸 雅隆(たかまる まさたか、1965年(昭和40年)3月… 高丸 雅隆(たかまる まさたか、1965年(昭和40年)3月20日 - )は、共同テレビジョン(共テレ)所属のテレビドラマプロデューサー、演出家。香川県出身、関西大学工学部中退。 大学在学中までは漫画家を目指していたが断念。上京して松竹シナリオ研究所に入所し、映像制作会社に入社。 数々のテレビドラマ作品の演出助手を務め、1991年に長渕剛主演ドラマ『しゃぼん玉』で若松節朗と出会い、以降若松作品のチーフ助監督を中心に星護、河野圭太、本広克行、木下高男らのもとで現場を経験。主な演出補作品に『お金がない!』『正義は勝つ』など。1996年『いい日旅立ち〜4つの卒業〜』で演出デビューを果たす。 長年フリー演出家として活動し、近年は『美少女戦士セーラームーン(実写版)』、『仮面ライダー響鬼』などの東映特撮作品での活躍が目立ったが、2006年、若松の紹介によりフリー時代から長年付き合いのあった共同テレビジョンに契約社員として入社。
松本 和巳(まつもと かずみ、1965年(昭和40年)2月2… 松本 和巳(まつもと かずみ、1965年(昭和40年)2月27日 - )は、日本の政治家、演出家。衆議院議員(1期)を務めた。 千葉県松戸市出身。日本大学法学部卒業。スキンヘッドがトレードマークで、「小泉チルドレン」の一人である。松戸市長を務めた松本清(マツモトキヨシ創業者・千葉県議会議員)は祖父にあたる。父も衆議院議員を2期務めた松本和那。以前は父の議員秘書をしていた。 1990年代に地元小金地区で「コンプかずみ」(エムアイエム株式会社)というPC店を開業。 父の後を継いで2003年の第43回衆議院議員総選挙で自民党から立候補(千葉7区)するが、このときは内山晃に敗れて落選。続く2005年の第44回衆議院議員総選挙(郵政選挙)では自民党が地滑り的大勝を収め、自身も初当選を果たす。
いずみ よしはる(1965年2月27日 - )は、日本の俳優… いずみ よしはる(1965年2月27日 - )は、日本の俳優・脚本家・演出家・監督・プロデューサー。香川県高松市出身。合同会社ハルベリーオフィス代表。日本映画監督協会所属。 1983年、柄本明主宰、劇団東京乾電池入団。1984年、同劇団にて、高田純次演出「すすめられた座布団」にて初舞台。同劇団退団後、舞台の他、映画やTVドラマなど多数出演。 2004年、舞台や映画を企画制作する「映像舞台企画集団ハルベリー」立ち上げる。主に舞台中心に毎年コンスタントに作品を発表。 2005年、初監督作品「恋するイノセントマン」劇場公開。3週間のレイトショー上映となる。同映画は、舞台俳優仲間(元「状況劇場」の菅田俊、元「東京壱組」の大谷亮介、「離風霊船」の伊東由美子、元「楽天団」の池田火斗志、元「東京乾電池」の大久保了、元「宇宙堂」の杉嶋美智子、元「惑星ピスタチオ」の保村大和、腹筋善之介他)が多数友情出演。
斎藤 歩(さいとう あゆむ、1964年〈昭和39年〉12月2… 斎藤 歩(さいとう あゆむ、1964年〈昭和39年〉12月20日 - 2025年〈令和7年〉6月11日)は、日本の劇作家、演出家、俳優、演劇プロデューサー。北海道釧路市出身。ノックアウト所属。日本演出者協会理事。札幌座チーフディレクター。妻は女優の西田薫。 北海道釧路市に生まれ、父の転勤によって幼少期に本州に引っ越す。千葉県立佐倉高等学校を卒業。 父の母校であった北海道大学に進学。当初は地質学に興味があり、科学者志望だった。1984年、北大教養部自治会再建運動で委員長に立候補。民青系、社青同系、革マル系候補を圧倒する票を得たものの投票総数が規定に満たなかったため不成立となった。 ほぼ同時期、北大演劇研究会のアングラなテント公演、反天皇制演劇で知られる「驪団」公演を北大構内で行う運動をきっかけに演劇研究会に入会したのが演劇に関わるようになったきっかけである。
渡邊 良雄(わたなべ よしお、1964年12月10日 - )… 渡邊 良雄(わたなべ よしお、1964年12月10日 - )は、日本の演出家。 茨城県古河市出身。早稲田大学法学部卒。 1989年4月にNHK入局。
君塚匠(1964年11月29日 - )は、日本の映画監督、脚… 君塚匠(1964年11月29日 - )は、日本の映画監督、脚本家、演出家、文筆家。東京都出身。日本大学藝術学部映画学科監督コース卒業。20代で華々し いデビューを飾った後、ADHD (注意欠如・多動症)による挫折と葛藤を経て、還暦を目前に再起を果たした経歴 を持つ。日本映画界の黄金期を支えた 巨匠たちから直接薫陶を受けた最後の世代の一人。 幼少期より映画監督を志し、日本大学藝術学部(日藝)映画学科監督コースを受験。当時、監督コースは志願者が殺到する超難関であり、倍率は70倍に達していた。([1] 君塚匠『もう一度、表舞台に立つためにーADHDの映画監督 苦悩と再生の軌跡ー』中央法規出版、2025年6月30日、61頁。
羽原 大介(はばら だいすけ、1964年11月27日 - )… 羽原 大介(はばら だいすけ、1964年11月27日 - )は、日本の劇作家、脚本家、演出家。 鳥取県出身、日本大学明誠高等学校、日本大学芸術学部文芸学科卒業。劇団昭和芸能舎主宰。 日本大学芸術学部ではよしもとばななと同期。大学時代に見た舞台『ストリッパー物語』でつかこうへいに興味を持つ。大学を卒業し芸能プロダクションのサンミュージックにてアイドルのマネージャーをしていた所、先輩マネージャーの紹介でつかこうへいに会い、「おまえ何で大学まで出て、アイドルのパンティーストッキングたたむような仕事してるんだ」「会社やめて俺のところに来たらいいじゃないか」のつかの言葉に、翌日辞表を提出してつかに師事。つかこうへい事務所にてつかの運転手・付き人・裏方等を経験した後、3年後つかの紹介で映像制作会社に就職し、低予算ドラマの脚本を見よう見真似で書き始める。
横澤 丈二(よこざわ じょうじ、1964年11月5日 - )… 横澤 丈二(よこざわ じょうじ、1964年11月5日 - )は、東京都出身の演出家・脚本家・映画監督・俳優・歌手。株式会社ヨコザワ・プロダクション代表取締役。劇団四重奏主宰。日本芸能マネージメント事業者協会会員・日本音楽著作権協会会員。大嶽部屋東京大竜会理事。 日本大学第三中学校・日本大学第三高等学校卒業。高校1年よりクラリネットを北爪利世に師事。日本大学芸術学部を経て、1986年に無名塾に入塾。数々のテレビ・映画・舞台に出演。 1990年、株式会社ヨコザワ・プロダクション設立、ヨコザワ・アクターズ・スタジオ(俳優・声優養成所)を開設。1992年に現在の劇団四重奏を旗揚げ。 映画『エクソシスト』を舞台化するにあたり、原作者である、ウィリアム・ピーター・ブラッティと対談を実現している。
岩崎 良明(いわさき よしあき、1964年10月6日 - )… 岩崎 良明(いわさき よしあき、1964年10月6日 - )は、アニメーション監督、演出家。 山口県山陽小野田市生まれ、兵庫県神戸市育ち。千葉大学工学部卒。千葉大学在学中はアニメ研究会に所属していた。 テレビアニメ初監督作品『ラブひな』において高い評価を得た後は、監督として『ゼロの使い魔』(第1期・第4期)などのラブコメ作品を中心に手掛けた。 撮ってみたいテーマとしては、『メトロポリス』のような女性人工生命体と人間の関わりを描いたものを挙げている[どこ?]。インタビュー[どれ?]において、影響を受けた作品は『無敵超人ザンボット3』、『未来少年コナン』、『機動戦士ガンダム』、『リボンの騎士』あげ[要説明]、影響を受けた監督は宮崎駿、富野由悠季、庵野秀明と語っている。
岸谷 五朗(きしたに ごろう、1964年〈昭和39年〉9月2… 岸谷 五朗(きしたに ごろう、1964年〈昭和39年〉9月27日 - )は、日本の俳優・ディスクジョッキー・演出家。所属事務所はアミューズ。企画ユニット「地球ゴージャス」のメンバー。O型。妻は元プリンセス プリンセスの岸谷香(旧姓・奥居)。身長175cm。 東京都武蔵野市出身。東京都立小平高等学校卒業、中央大学商学部中退。中大在学中の1983年に三宅裕司が主宰する劇団スーパー・エキセントリック・シアターに入団。履歴書に特攻服姿の自分の写真を使う、入団試験の課題の一人芝居として、土下座する相手を死刑にするという芝居を行うなどして三宅を驚かせた。同年に若手公演の『夜明けのミステリーはローズマリー風味』で初舞台を踏み、看板俳優として活躍。
光明寺 敬子(こうみょうじ けいこ、1964年9月26日 -… 光明寺 敬子(こうみょうじ けいこ、1964年9月26日 - )は、日本の女優、声優、演出家。愛知県一宮市出身。声の劇団イマージュ代表。演出家・劇作家としての名義は小乃 立都(おの りっつ)。 放送大学教養学部卒業。以前は汐路章事務所に所属していた。 宝田芸術学院で演技を学び、1985年の『クララ白書 少女隊PHOON』が映画デビュー作。 演出家の大西桂太と出会い、声の劇団イマージュの旗揚げに参加し、声優業を開始。2000年4月から同劇団の代表。 資格は普通自動車免許。趣味はクラシックバレエ、ジャズダンス。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
畑澤 聖悟(はたさわ せいご、1964年8月 - )は、日本… 畑澤 聖悟(はたさわ せいご、1964年8月 - )は、日本の劇作家、脚本家、演出家、放送作家、俳優、青森県の公立高校教師。劇団・渡辺源四郎商店店主(主宰)。青森県を中心に、国内外を問わず演劇活動を行っている。秋田県生まれ。秋田県立秋田高等学校、秋田大学教育学部卒業。 1964年、秋田県南秋田郡五城目町に生まれる。秋田大学在学中から、秋田市内の多くの劇団に参加。卒業後は教職に就き、秋田市立秋田北中学校に赴任する。1991年から劇団弘前劇場に俳優として参加、青森県に移住。1995年、青森県立高校の教諭となり、青森県立青森中央高校に赴任、演劇部顧問となる。 この頃からテレビドラマやラジオドラマの脚本・演出も担当するようになり、1998年には放送批評懇談会ギャラクシー大賞ラジオ部門最優秀賞、1999年『県立戦隊アオモレンジャーfirst』で日本民間放送連盟賞ラジオ娯楽番組部門最優秀賞、2000年『シュウさんと修ちゃんと風の列車』で文化庁芸術祭大賞を受賞。
瀬戸口 郁(せとぐち かおる、1964年7月16日 - )は… 瀬戸口 郁(せとぐち かおる、1964年7月16日 - )は、日本の俳優、劇作家、演出家である。山口県出身。文学座所属。 慶應義塾大学文学部卒業。1989年に文学座研究所に入所し、1994年に座員となる。 平成20年度『てけれっつのぱ』(劇団文化座)文化庁芸術祭大賞 演劇部門 脚本 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
片岡 K(かたおか けい、本名:片岡 啓、1964年6月21… 片岡 K(かたおか けい、本名:片岡 啓、1964年6月21日 - )は、東京都出身の日本のテレビ演出家・映像クリエイター・映画監督・脚本家・作家など。 明治学院大学卒業後、テレコムジャパンに勤め、およそ半年後にディレクターとしてデビュー、『世界の車窓から』などを手がける。しかし3年で退社。その後フジテレビ深夜番組『音効さん』『文學ト云フ事』『よい国』『かしこ』などを手がける。 その後は、おもにテレビドラマを中心に活動。『世にも奇妙な物語』や『学校の階段』などの監督をつとめる。自身が企画したテレビ朝日系深夜ドラマ『いとしの未来ちゃん』では1クール全11話の脚本・演出を一人で手掛ける。アミューズに所属していた時期もあった。
小島 嵩弘(こじま たかひろ、本名:小島貴幸(こじま たかゆ… 小島 嵩弘(こじま たかひろ、本名:小島貴幸(こじま たかゆき)、1964年5月23日 - )は、日本の歌手、俳優、演出家、ラジオDJである。 bayfmの邦楽ランキング番組の「KEIYOGINKO POWER COUNTDOWN REAL」、「KEIYOGINKO GRAND COUNTDOWN REAL」のパーソナリティを担当する。東京都浅草出身。血液型はO型。アメイジング所属。千葉県香取郡多古町『多古米親善大使』(2006年10月 任命)。愛称はこじたん。 明治大学文学部文学科卒業。 大学在学中に演劇学を学び、1984年に劇団「隔世遺伝」を旗揚げ。劇団の俳優としてはもちろん演出などもこなす。
李 闘士男(り としお、1964年5月13日 - )は、テレ… 李 闘士男(り としお、1964年5月13日 - )は、テレビディレクター・ドラマ演出家・映画監督である。大阪府大阪市西成区出身。有限会社リーライダーすの代表取締役社長。 闘士男は本名。ボクシング好きの父親がリングネームになるように命名しており、ボクシング愛好家である。元在日韓国人3世で、現在は日本国籍を取得している。 大学4年時にディレクターデビューし、大学卒業後は主にバラエティ番組の制作をしていた。その後、2004年に『お父さんのバックドロップ』で映画監督としてデビューしている。
さとう しゅう(本名:佐藤修一、1964年5月10日 - )… さとう しゅう(本名:佐藤修一、1964年5月10日 - )は、日本のテレビ演出家。宮城県 石越町(現・登米市)生まれ。現在は制作プロダクション「いまじん」の執行役員 第1制作部 部長。過去担当した番組WINに登場したアヒルの人形WINちゃんの生みの親であり、ナレーションを担当した 垂木勉と深く交流を持つ。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
岩本 仁志(いわもと ひとし、1964年4月17日 - )は… 岩本 仁志(いわもと ひとし、1964年4月17日 - )は、日本テレビ放送網ドラマ局所属のディレクター、演出家。代表作に『白線流し』、『ナースのお仕事』、『救命病棟24時』、『女王の教室』などがある。2002年に『明日があるさ THE MOVIE』で映画監督デビューも果たしている。東京大学卒業。
小野 真一(おの しんいち、1964年4月17日 - )は、… 小野 真一(おの しんいち、1964年4月17日 - )は、日本の俳優、演出家。東京都板橋区出身。法政大学中退。A型。身長163cm。
佃 典彦(つくだ のりひこ、1964年3月25日 - )は、… 佃 典彦(つくだ のりひこ、1964年3月25日 - )は、日本の劇作家、演出家、俳優。愛知県名古屋市出身。名城大学商学部卒。劇団B級遊撃隊主宰。ジャパン・ミュージックエンターテインメント(イー・コンセプト)所属。 名城大学入学と共に演劇部の劇団「獅子」に役者として入る。2年生より脚本も書くことになり、名古屋の大学劇団で有数の動員を誇るまでになる。内定していた就職を蹴って留年し、5回生の1985年に名城大学演劇部を中心に神谷尚吾らと劇団B級爆弾を創設、1986年B級遊撃隊と改名。両親からは猛反対を受け、演劇を続ける条件として「3年後までに観客1000人動員と東京公演実現」を提示されたが、見事公約を達成し、1989年東京進出。
真柴 あずき(ましば あずき、本名:佐々木直美、1964年3… 真柴 あずき(ましば あずき、本名:佐々木直美、1964年3月20日 - )は、日本の女優、演出家、劇作家、脚本家。山口県岩国市出身。演劇集団キャラメルボックス所属。 山口県立岩国高等学校、早稲田大学第二文学部文芸専攻卒業。学生劇団「てあとろ50'」を経て、成井豊・加藤昌史等と共に1985年、演劇集団キャラメルボックスを旗揚げ。 1993年『四月になれば彼女は』で劇作家デビュー。以後、成井豊と共同(作品のプロットはほぼ彼女が担当)でキャラメルボックス作品の作・演出を年1-2本程度手がける。 また、同劇団員の坂口理恵・声優の緒方恵美と共に、2009年に劇団「ARMs」を旗揚げした。 太字以外は全て成井豊と共同担当している
田淵 俊彦(たぶち としひこ、1964年(昭和39年)3月1… 田淵 俊彦(たぶち としひこ、1964年(昭和39年)3月1日 - )は、日本の映像作家、演出家、ジャーナリスト、映像プロデューサー。現在は桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。宝塚大学東京メディア芸術学部非常勤講師、相模女子大学人間社会学部非常勤講師を兼任している。 テレビ東京で37年間にわたり番組制作を手掛け、テレビ東京制作(PROTX)出向時には、他局の番組制作にもかかわった。「映像の無限のチカラ」を実践化するために、映像を通じてさまざまな情報発信をする会社、株式会社35produceを設立。日本文藝家協会正会員、日本映像学会正会員、日本メディア学会正会員、芸術科学会正会員、日本フードサービス学会正会員、放送批評懇談会正会員。
山吹 草太(やまぶき そうた、1964年2月9日 - )は、… 山吹 草太(やまぶき そうた、1964年2月9日 - )は、詩人、脚本家、演出家。山形県酒田市生まれ。酒田南高等学校卒。奈良県生駒市在住。 酒・タバコ・釣り・コーヒー・チョコレートを愛する。 演劇やあらゆる芸術は詩から誕生するという考えを持っている。 2005年に奈良へ引っ越しする際、死にかけの野良猫を連れて帰り、人生の師として共に暮らしている。 アジア圏への旅が好き。
吉永 亜矢(よしなが あや、1964年1月31日 - )は… 吉永 亜矢(よしなが あや、1964年1月31日 - )は、日本の女性脚本家、演出家、演劇ユニット「午後から雨になるでしょう」主宰。旧筆名は森 海月。 1986年、法政大学社会学部を卒業。大学在学中はイメージフォーラム映像研究所に所属し、8ミリ映像作品を作成。代表作「遊水池」が1985年ぴあフィルムフェスティバル(PFF)入選。 作・演出担当した初の演劇作品は1992年、劇団四天童子の旗揚げ公演「最後から2番目の晩餐」。その後も同劇団で、1993年「神様は3度ベルを鳴らす」、1994年「四月の馬鹿な友達」を作・演出。 1995年にプロデュース公演形式で演劇公演を行う集団「シエラザード」を主宰として旗揚げ。
丸尾 聡(まるお さとし、1964年〈昭和39年〉1月23日… 丸尾 聡(まるお さとし、1964年〈昭和39年〉1月23日 - )は、日本の俳優、声優、劇作家、演出家、シナリオライター。 長野県長野市生まれ。血液型B型。長野吉田高校を経て、玉川大学文学部芸術学科演劇専攻卒業。東京都狛江市在住。 世の中と演劇するオフィスプロジェクトMの活動を一時停止、現在は演劇ネットワーク@丸尾代表。日本劇作家協会運営委員。日本演出者協会会員。川崎演劇協会幹事。非戦を選ぶ演劇人の会実行委員。コロナ禍においては、劇作家協会コロナ対策室室長、演劇緊急支援プロジェクト事務局として、文化芸術・演劇支援のために奔走。別役実追悼の信濃毎日新聞寄稿文が「ベストエッセイ2021」(日本文藝家協会編)に選ばれる。
福澤 克雄(ふくざわ かつお、1964年(昭和39年)1月1… 福澤 克雄(ふくざわ かつお、1964年(昭和39年)1月17日 - 、53歳)は、TBSテレビ・制作1部所属のテレビドラマのディレクター・演出家・映画監督。元・ラグビー選手。
鐘下 辰男(かねした たつお、1964年1月16日 - )は… 鐘下 辰男(かねした たつお、1964年1月16日 - )は日本の劇作家・演出家。 日本劇作家協会理事。演劇企画集団「THE・ガジラ」主宰。現代アートワークショップ『塵の徒党』主宰。 桜美林大学 芸術文化学群 演劇・ダンス専修 教授 妻は舞台女優の文月遊。 北海道河東郡鹿追町生まれ。 北海道帯広三条高等学校の演劇部に所属していたことから、演劇の世界に魅了される。高校卒業後は日本工学院専門学校演劇コースに入学。その後劇団青年座研究所を経て、1987年演劇企画集団「THE・ガジラ」を創立。 1987年にTHE・ガジラ創立と同じくして、日本の劇的な江戸時代幕末期における新撰組の男たちを表現した作品『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・京都』はジェルスサーキットグランプリを受賞し、以後の上演作品にも本作品の様々なシリーズが発表されている。
岸 善幸(きし よしゆき、1964年(昭和39年)- )は日… 岸 善幸(きし よしゆき、1964年(昭和39年)- )は日本の演出家、テレビプロデューサー、映画監督。山形県最上町出身。 山形県立新庄北高等学校を経て早稲田大学教育学部に入学。シナリオ研究会に入部して映画製作に没頭する。 1987年(昭和62年)大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。同期に是枝裕和がいる。日本テレビ『アメリカ横断ウルトラクイズ』のスタッフなどを務め、毎日放送『世界ウルルン滞在記』の原型となった『地球ZIGZAG』において企画・発案を担い、演出デビューを果たす[要出典]。 このほか、フジテレビ『NONFIX』では是枝らと共に番組のコンセプトワークに貢献。毎日放送『情熱大陸』でもコンセプトワークに関わる[要出典]。
金 大偉(きん たいい、1964年 - )は、ミュージシャン… 金 大偉(きん たいい、1964年 - )は、ミュージシャン、作曲家、映画監督、映像作家、演出家、インスタレーション作家、画家。 中国遼寧省撫順市生まれ。父は満洲族の中国人、母は日本人。13歳の時に家族と共に来日。東京都立南葛飾高等学校卒業。その後多摩美術大学へ進学し、国内のテレビ局へ就職。音楽、映像、美術などのジャンルを総合的に表現するアーティストである。主にアジアや中国をテーマに音楽と映像作品を制作するほか、映画及びや絵画展、映像インスタレーション展、芝居舞台の演出、舞台映像の制作、ファッションショーの音楽や映画音楽の作曲などを行う。また国内外にて音楽コンサートやイベントを行い、様々な作品を発表している。
足立内仁章(あだち さとし、1964年 - )は大阪市阿倍野… 足立内仁章(あだち さとし、1964年 - )は大阪市阿倍野区出身のテレビドラマ演出家、映画監督。 この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
佐藤 嗣麻子(さとう しまこ、1964年 - )は、日本の脚… 佐藤 嗣麻子(さとう しまこ、1964年 - )は、日本の脚本家、映画監督、テレビドラマ演出家。岩手県水沢市(現・奥州市)出身。夫は映画監督の山崎貴。 岩手県水沢市(現・奥州市)出身。小学校時代は宮城県仙台市で過ごし、岩手県立水沢高等学校、阿佐ヶ谷美術専門学校卒業。 1987年、ロンドン・インターナショナル・フィルム・スクールへ留学。スクール卒業後、現地で就職し、6年間ロンドンに在住する。 1993年公開の『ヴァージニア(Tale of a Vampire)』で映画監督デビュー。東京国際ファンタスティック映画祭アボリアッツ大賞を受賞。 1995年公開の映画『エコエコアザラク -WIZARD OF DARKNESS-』でゆうばり国際ファンタスティック映画祭'95批評家賞(南俊子賞)を受賞。
柳川 強(やながわ つよし、1964年 - )は、日本のテレ… 柳川 強(やながわ つよし、1964年 - )は、日本のテレビドラマ演出家。 大阪府出身。一橋大学社会学部卒業。日本放送協会所属。ギャラクシー賞、芸術選奨新人賞 大山勝美賞等受賞。 大阪府出身。大阪府立茨木高等学校卒、一橋大学社会学部卒。日本放送協会入局。NHK名古屋放送局専任ディレクターなどを経て、NHK制作局ドラマ番組部チーフ・ディレクター。現・エグゼクティブ・ディレクター
城谷 厚司(しろたに あつし、1964年 - )は、日本の演… 城谷 厚司(しろたに あつし、1964年 - )は、日本の演出家、プロデューサー。長崎県長崎市出身。 長崎県立長崎南高等学校、早稲田大学社会科学部卒業。在学中は早稲田大学ラグビー部に所属。1989年、NHKに入局。NHK鹿児島放送局に赴任し、1994年より番組制作局ドラマ番組部に所属。以来、ドラマ番組の演出、制作を手掛ける。NHK大阪放送局制作部ドラマ統括を経て、現在、NHKエンタープライズ所属。
鈴木 裕美(すずき ゆみ、1963年12月30日 - )は、… 鈴木 裕美(すずき ゆみ、1963年12月30日 - )は、日本の劇作家、演出家。 日本女子大学家政学部住居学科在学中の1982年、大学内で飯島早苗らと劇団「自転車キンクリート」を結成、1985年より飯島が脚本を書き、鈴木が演出に当たった。 結成のきっかけとして、日本女子大学附属高等学校時代に演劇部の先輩であった大石静が永井愛と二兎社を結成したことで、「自分もできるのでは?」と思ったからと語っている。 主たる演出作品として1987年の『水に絵を描く』、1992年の『ソープオペラ』があり、1994年に飯島との共同脚本による『法王庁の避妊法』はヒット作となった。 「自転車キンクリートSTORE」を含め、ほとんどの公演を演出。
光石 富士朗(みついし ふじろう、1963年12月9日 - … 光石 富士朗(みついし ふじろう、1963年12月9日 - )は、日本の映画監督、脚本家、演出家。東京都出身。 日本大学第三高等学校、日本大学文理学部社会学科卒業。大学を卒業後、廣木隆一、神代辰巳らの助監督を務め、プロの現場で活動を始める。2002年の映画『おぎゃあ。』では、予期せぬ妊娠をした少女が母親になるまでの過程を爽やかに描き出し「遊び心があり、革新的でエネルギーに満ち、現実とファンタジーの融合に成功した稀有な作品」と絶賛され、ハワイ国際映画祭でネットパック特別賞(最優秀アジア映画賞)を受賞。その他の主な監督作品に『富江 replay』、『M-1グランプリへの道 まっすぐいこおぜ!』などがある。
鬼頭 理三(きとう みちぞう、1963年11月8日 - )は… 鬼頭 理三(きとう みちぞう、1963年11月8日 - )は、日本のテレビドラマ演出家・映画監督。フリー。愛知県名古屋市昭和区出身。横浜国立大学経済学部経済学科卒業。 愛知県名古屋市昭和区生まれ。名古屋市立八事小学校、名古屋大学教育学部附属中学校、名古屋大学教育学部附属高等学校、横浜国立大学経済学部経済学科を卒業。 大学卒業後、阪本順治、松岡錠司、北野武、滝田洋二郎、堤幸彦、細山智明等の助監督として現場経験を積む。 1998年(平成10年)『少年サスペンス』で監督デビュー。2006年(平成18年)『霧薔薇』(SN プロデュース)で舞台を初演出。2008年(平成20年)3月ユニット『ソ・ノ・ラ・マ』を立ち上げ、旗揚げ公演を成功させた。
竪山 博之(たてやま ひろゆき、1963年11月- )は、日… 竪山 博之(たてやま ひろゆき、1963年11月- )は、日本の演出家・脚本家・俳優。本名同じ。鹿児島県 鹿児島市出身。イトーカンパニーを経て、2013年から中村栄子事務所所属。 身長172cm、体重67kg。南日本放送の社長・会長を歴任した竪山博美は父。 鹿児島県立鶴丸高等学校2年の時に、母親を亡くしたことが動機で俳優を目指す。高校卒業後、大学進学のために上京。一浪するも、俳優養成所へ入所。1984年に日生劇場で上演の、蜷川幸雄演出『にごり江』で初舞台。同年は、同じく蜷川幸雄演出の『元禄港歌』に出演する。その後、音楽制作会社のサラリーマンを経て、俳優に復帰。1988年、鶴丸高校の先輩で、TBSの大山勝美演出、東芝日曜劇場『南の家族』に出演。
千葉 哲也(ちば てつや、1963年10月27日 - )は、… 千葉 哲也(ちば てつや、1963年10月27日 - )は、神奈川県出身の俳優、演出家。身長171cm、血液型はB型。特技は殺陣。鐘下辰男が主宰する演劇企画集団THE・ガジラの中心的な俳優として多くの作品に出演。他にも様々な舞台に出演するほか、演出家としても活動し、評価を得ている。有限会社ザズウ所属。日本映画学校卒業。 ※特に記載のないものはすべて鐘下辰男の作、演出、脚色による。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
本間 律子(ほんま りつこ、1963年10月15日 - )は… 本間 律子(ほんま りつこ、1963年10月15日 - )は、日本のライブプロデューサー、演出家、音楽監督。 1988年 東京女子大学卒業後、ソニー・ミュージックエンタテインメントに正規入社。東京スカパラダイスオーケストラのチーフマネージャーなどを経て、1997年より フリーのライブプロデューサーに。絢香、アンジェラ・アキ、SCANDAL、CHEMISTRY、ORANGE RANGE、斉藤和義、Something ELse、遊佐未森、ばってん少女隊などのライブにおける音楽面と演出面、双方のプランニングとディレクションを行い、手掛けたライブが見違えて生まれ変わる様は、 本間マジックと呼ばれる。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
村上 正典(むらかみ しょうすけ、1963年9月9日 - )… 村上 正典(むらかみ しょうすけ、1963年9月9日 - )は、共同テレビジョン所属のテレビドラマ演出家、映画監督。法政大学卒業。 1986年、23歳で共同テレビに入社する。以後、ほぼ一貫してドラマ制作に携わる。『オレの妹急上昇』『世にも奇妙な物語』『ジュニア・愛の関係』などの演出補を担当するかたわら、フジテレビドラマ『LOVE』の#19「あなたを忘れない」で初演出する。 1993年、『白鳥麗子でございます!』第2話で連続ドラマを初演出、1998年『甘い結婚』で初のメイン監督を担当する。以降、『WATER BOYS』『白い巨塔』『ラストクリスマス』など、共同テレビ制作の作品を多数手がけている。 2005年、『電車男』で映画監督デビューを果たす。
井田 國彦(いだ くにひこ、旧芸名;井田 州彦・井田 弘樹、… 井田 國彦(いだ くにひこ、旧芸名;井田 州彦・井田 弘樹、1963年8月11日 - )は、日本の俳優、演出家である。埼玉県さいたま市出身。 さいたま市立桜木小学校、さいたま市立桜木中学校 、埼玉県立川口高等学校、東京デザイン専門学校卒業。 劇団ひまわり、劇団東京乾電池。吉本興業所属を経て独立し、株式会社スリーベイシスを設立。フジテレビの平岩弓枝ドラマシリーズ『花祭』でテレビドラマデビュー。 幅広いジャンルの演技に挑む個性派の俳優である。俳優活動以外にも、芸術活動として、舞台を中心とした、映画・TV番組などの企画・演出、脚本、プロデュースも手掛ける。 写真家・映像作家としても精力的な活動をしている。
成瀬 活雄(なるせ かつお、1963年6月29日 - )は、… 成瀬 活雄(なるせ かつお、1963年6月29日 - )は、日本の映画監督・脚本家・劇作家・演出家。愛知県刈谷市出身。妻は唐橋ユミ。 愛知県刈谷市出身。刈谷市立依佐美中学校、愛知県立刈谷北高等学校卒業後、東京大学文学部国文学専修課程卒業。大正大学教授。元城西国際大学幕張キャンパス所長。元城西大学日本/東アジア映像研究センター所長。 数々の劇場映画制作に助監督として携わり、映画監督である篠田正浩の元で脚本も手がけるようになる。1997年、『不機嫌な果実』(松竹)で監督デビュー。同年、『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』がベルリン国際映画祭で上映されたほか、最近はテレビ番組にも進出、『夢で逢いましょう』『嫌われ松子の一生』『小さな巨人』『二月の勝者-絶対合格の教室-』などの脚本を担当した。
中江 功(なかえ いさむ、1963年6月13日 - )は、日… 中江 功(なかえ いさむ、1963年6月13日 - )は、日本のテレビドラマ演出家、映画監督。 フジテレビジョン編成制作局ドラマ映画部・エグゼクティブディレクター。1988年入社。 法政大学法学部卒業。妻は脚本家の水橋文美江。 担当した『ひとつ屋根の下』11話(1993年6月21日放送)は37.8%を記録。フジテレビ連続ドラマ最高視聴率。
鈴木 智(すずき さとし 1963年5月22日 - )は、日… 鈴木 智(すずき さとし 1963年5月22日 - )は、日本の脚本家、演出家。小説家。 宇都宮市篠井小学生時代、画家の平澤熊一のアトリエに通う。現在の妻もその時、同じアトリエに通っていた。 学校では、漫画を描いて友達に見せる。地元の絵画コンクールに多数入選。 また、一番最初に書いた脚本は6年生の時、謝恩会用にクラスで演じた劇だった。 早稲田大学教育学部卒。報道・ドキュメンタリーの演出を経て脚本家となる。 映画『金融腐蝕列島・呪縛』(1999年)で、日本アカデミー優秀脚本賞、キネマ旬報最優秀脚本賞を受賞。『誰も守ってくれない』(2008年)でモントリオール国際映画祭最優秀脚本賞受賞。『アニメ 人間失格』(2011年)でイタリア・ボローニャFFFグランプリ受賞。
秋山 純(あきやま じゅん、1963年3月25日 - )は、… 秋山 純(あきやま じゅん、1963年3月25日 - )は、日本のテレビ演出家、テレビプロデューサー、映画監督。元テレビ朝日所属。 神戸市出身。幼少期に父を亡くし、母子家庭で育った。六甲学院中学校・高等学校を経て、一橋大学社会学部を卒業した。 野球やテニスを愛好しており、ウィンブルドン選手権中継に携わりたいという理由でテレビ朝日に入社する。 入社当初はスポーツニュース部に配属されるも生放送の緊張感に耐え切れず、失神により救急搬送された経験もある。2年目に先輩の勧めで『熱闘甲子園』に携わり、29歳の時に本人の希望でドラマ部へ移動する。 40歳前後の頃には仕事を辞めることを考えていたが、ドラマ『傷だらけのラブソング』に感銘を受けてプロデューサーに電話をしたことがきっかけとなり、同じチームによる『特命係長・只野仁』に参加する。
塚本 連平(つかもと れんぺい、1963年2月24日 - )… 塚本 連平(つかもと れんぺい、1963年2月24日 - )は、日本のテレビドラマ演出家・映画監督。フリーランス。主な代表作品は『時効警察』『ドラゴン桜』『着信アリ2』『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』『今日も嫌がらせ弁当』。岐阜県瑞浪市土岐町(現在の土岐市)出身。日本大学芸術学部映画学科監督コース出身。血液型はRh-A型。 主に映画、テレビドラマの監督。脚本家としても『時効警察』等のドラマに参加している。映画『かずら』では福田雄一と共同脚本。企画プロデューサーとしてもドラマ、映画、更に情報バラェテイも開発に携わる。 演出デビュー作(兼プロデューサー)の『寝ないで超Z級映画』では、町山智浩、柳下毅一郎と共に2時間三夜に渡って世界のZ級映画を紹介。