晴野 まゆみ(はるの まゆみ、1957年8月 - )は、日本… 晴野 まゆみ(はるの まゆみ、1957年8月 - )は、日本のフリーライター、株式会社チームふらっと代表取締役社長。東京都大田区[要出典]出身。1992年に日本初のセクハラ裁判「福岡セクシュアルハラスメント事件」の原告として全面勝訴判決を受けた。 1957年(昭和32年)8月、東京都に生まれる。1963年(昭和38年)東京都小平市へ転居[要出典]。1971年(昭和46年)10月、福岡県福岡市へ転居。 福岡雙葉高等学校を経て[要出典]、1980年(昭和55年)3月に西南学院大学文学部外国語学科英語専攻を卒業。 大学卒業後、イベントプロモーターの会社などを経て、1986年(昭和61年)に大学生向け情報誌などを編集する福岡市の出版社(編集プロダクション)へ入社。
岡崎 武志(おかざき たけし、1957年3月28日 - )は… 岡崎 武志(おかざき たけし、1957年3月28日 - )は、大阪府枚方市出身のフリーライター、書評家。「SUMUS」同人。 大阪府立守口高等学校卒業。2浪の後、立命館大学二部文学部日本文学科に入学。卒業後、高校の国語講師になるが、1990年に退職して上京。なお、上京前に雑誌『鳩よ!』で4コマ漫画の連載をしていたこともある。編集者を経てライターになった。「SUMUS」編集長の山本善行は高校時代の同級生である。 古本や古本屋に関する著作が多い。「神保町系ライター」「均一台小僧」を自称する。『ダ・ヴィンチ』書評欄などに連載を持つ。 庄野潤三を愛読し、野呂邦暢や佐藤泰志などの作家の再評価をしている。 2023年からYouTubeチャンネル「岡崎武志OKATAKEの放課後の雑談チャンネル」を配信開始した。
茶木 則雄(ちゃき のりお、1957年 - 2024年9月)… 茶木 則雄(ちゃき のりお、1957年 - 2024年9月)は、日本のライター、書評家、書店員。日本推理作家協会会員。 『このミステリーがすごい!』大賞選考委員を第15回まで務める。 広島県庄原市生まれ。東京大学を目指して、3年浪人。青山学院大学中退。在学中は推理小説研究会に所属。 アルバイトをしていた阿佐ヶ谷の書店「書楽」で白夜書房の藤脇邦夫と知り合い、PR誌『白夜通信』に寄稿。1986年に開店した神楽坂のミステリー専門書店「ブックスサカイ深夜プラス1」の店長を務める。そのかたわら『本の雑誌』に連載をはじめ、書評家、エッセイストとしても活躍し、10年後にフリーライターに転身。2002年に書店の現場に復帰し、ときわ書房本店・聖蹟桜ヶ丘店・いわき店の兼任店長。
神谷 幸之助(かみたに こうのすけ、1957年 - )は、日… 神谷 幸之助(かみたに こうのすけ、1957年 - )は、日本のクリエイティブ・ディレクター、コピーライター、CMプランナー。鳥取県生まれ。石破茂は幼稚園からの幼馴染。 鳥取県立鳥取西高等学校、成蹊大学工学部機械工学科卒業。ローレルバンクマシンにエンジニアとして入社するも、僅か5か月で退社。宣伝会議のコピーライター養成講座を受講し、広告界へ転身。広告制作会社SDG、東急エージェンシーインターナショナル(現・フロンテッジ)、電通、ワイデン+ケネディ トウキョウなどを経て、2008年に仲畑貴志の新会社・株式会社ナカハタ設立に参加。 舘ひろし 禁煙キャンペーン 「タバコはやめるのではなく 治すのだ」 「禁煙に成功した男 」 本格辛口麦 「嵐を呼ぶ男」 あいおいニッセイ同和 MS&AD/三井住友海上 「beginning」 SUBARU(EXIGA) どこまで行けるか。
千葉 望(ちば のぞみ、女性、1957年 - )は、ライター… 千葉 望(ちば のぞみ、女性、1957年 - )は、ライター。 岩手県生れ。早稲田大学文学部日本文学専修卒業。1980年にリクルートホールディングスに入社。佛教大学大学院仏教文化専攻修士課程修了。『AERA』などで人物インタビューや ルポを執筆。
野原 広子(のはら ひろこ、1957年 - )は、日本のフリ… 野原 広子(のはら ひろこ、1957年 - )は、日本のフリーライター。 茨城県桜川市出身。年子の弟がいる。地元の農業高校を卒業後に上京し靴店の住み込み店員となる。のちに喫茶店ウエイトレスに転職。ライターを目指して日本ジャーナリスト専門学校に入学したが学費を払えず中退。雑誌編集者を経てフリーライターに転身。 若い独身女性の性意識を調査し、2年間にわたりのべ116人にもおよぶインタビューを敢行した結果をまとめあげた「マジメなはなし」を1983年に上梓。 1998年に相原実貴の人気コミックであるSO BAD!をノベライズした「SO BAD!」全2巻で作家デビュー。 婦人公論でルポルタージュを連載、2017年には女性セブンのアラ還オバ記者としてエッセイを連載。
吉田 寛(よしだ かん、1957年 - 2021年4月19日… 吉田 寛(よしだ かん、1957年 - 2021年4月19日)は、日本のコピーライター・文筆家。 大分県臼杵市出身。東京の専門学校を卒業後、コピーライターとして活動を始めた。24歳の時に大分県に戻り、大分市の広告制作会社での勤務を経て、1992年に独立した。 2021年4月19日、大分市内の自宅で急逝した。63歳歿。 愛称「寛ちゃん」として大分県民に親しまれていた。焼酎愛好家としても知られた。
川勝 正幸(かわかつ まさゆき、1956年11月21日 - … 川勝 正幸(かわかつ まさゆき、1956年11月21日 - 2012年1月31日)は、音楽や映画などポップカルチャーを守備範囲とする日本のライター、編集者。 自称「ポップ中毒者」。かつては、「ウディ川勝」「ウッディ川勝」という名義(ウディ・アレンに由来)を使用していた。 福岡県福岡市出身。福岡県立修猷館高等学校、中央大学法学部卒業後、1982年に広告代理店「モス・アドバタイジング」にコピーライターとして入社。ワインのPR誌の編集などを担当する。また、勤務のかたわら音楽シーンにもかかわり、加藤賢崇、中嶋勇二、岸野雄一らのバンド「東京タワーズ」を支援。ケラ等の「ナゴムレコード」の創立を援助。 1985年退社しフリーランスに。
小田嶋 隆(おだじま たかし、1956年〈昭和31年〉11月… 小田嶋 隆(おだじま たかし、1956年〈昭和31年〉11月12日 - 2022年〈令和4年〉6月24日)は、日本のコラムニスト、テクニカルライター。 関西大学文学部客員教授、早稲田大学文化構想学部非常勤講師。 東京都北区赤羽生まれ。東京都立小石川高校、早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒業。大学卒業後、味の素ゼネラルフーヅに就職したが、翌1981年に退職。その後、小学校事務員見習い、TBSラジオのアシスタントディレクター、ロックバンド座付き作詞家などを経て、テクニカルライターとなる。1988年、コンピュータに関連するコラム集 『我が心はICにあらず』を著し、以降コンピュータ関係や様々な事物を論じるコラムニストとなる。
岡部 はち郎(おかべ はちろう、1956年11月8日 - )… 岡部 はち郎(おかべ はちろう、1956年11月8日 - )は、福岡のローカルタレント、コピーライター。岡部はち郎事務所代表。愛称・通称はおかはち。 福岡県立福岡中央高等学校出身。横浜放送映画専門学院中退。ウクレレ奏者としても活動している。芸能事務所・オフィスノアール所属。
島村 麻里(しまむら まり、1956年10月30日 - 20… 島村 麻里(しまむら まり、1956年10月30日 - 2008年8月24日)は、日本のフリーライター。本名は杉山麻里。 東京で生まれる。少女時代に大阪へ移り、育った。妹は漫画家の羽衣える。 上智大学外国語学部を卒業した。精密機器メーカーを経て、日本短波放送(現在の日経ラジオ社、愛称はラジオNIKKEI)に入社した。バラエテイ番組、個人投資家向け情報番組等の立ち上げに貢献した。 女性と社会や文化のかかわりをテーマに新聞、雑誌などで執筆活動を行っていた。鬱病を10年以上患って、その体験を闘病記として発表した。 2008年8月24日、くも膜下出血により死去した。51歳没。一人暮らしの自宅で倒れているのを死後数日してライター仲間に発見された。
児島 令子(こじま れいこ、1956年7月17日 - )は日… 児島 令子(こじま れいこ、1956年7月17日 - )は日本のコピーライター。大阪府出身。京都女子大学生活造形学科卒業。 大学卒業後、大阪の企業に勤務する一方で、宣伝会議のコピーライター養成講座を受講し、大阪市内の広告代理店に勤務。その後、フリーに転じ、1986年に内外衣料製品の広告コピーでTCC新人賞を受賞する。 尼崎市総合文化センター結婚式場、同朋舎出版などの企業の広告のコピーを担当。その後1994年からは小野薬品工業の新聞広告のコピーを担当し、TCC部門賞を受賞。関西を拠点に活動するコピーライターでありながら、全国的な知名度を得ると共に、その後も関西を中心にしながら、オッペン化粧品、サントリー、資生堂、松下電器産業、ANA、TOYOTA、タイ国際航空などの企業広告のコピーを担当している。
一志 治夫(いっし はるお、1956年6月10日 - )は、… 一志 治夫(いっし はるお、1956年6月10日 - )は、日本のノンフィクションライター。 長野県松本市生まれ。生後すぐの1957年より東京都三鷹市下連雀に転居し、三鷹市で育つ。1975年東京都立豊多摩高等学校卒。1977年早稲田大学教育学部社会科学専修入学。1978年高校時代の同級生、大学の同級生、体育の授業で一緒になった先輩らに声をかけ、学内ミニコミ誌「マイルストーン」を立ち上げる。その後、一志が声がけしたメンバーの友人らも参加し、同年創刊号を発刊。創刊メンバーの中には藤原昭広(元プレジデント社社長)、坪内祐三(評論家)、佐藤章(湖池屋社長)もいた。 在学中より執筆活動を始め、『月刊現代』記者に。
本橋 信宏(もとはし のぶひろ、1956年4月4日 - )は… 本橋 信宏(もとはし のぶひろ、1956年4月4日 - )は、日本のフリーライター・著作家・評論家。 政治思想評論からサブカルチャーまで幅広い分野で文筆活動を行う。反体制運動やアダルトビデオ、裏本に関する著作や評論で知られる。 埼玉県所沢市出身。埼玉県立川越高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部卒業(ゼミの1年後輩に岡田武史がいた)。辛坊治郎とは高校3年時の同級生で大学も同じ早大に進んだため、終電を逃した時に寝泊まりするためのアパートを共同で借りていたこともある仲。 24歳でフリーライターとして文筆活動を始める。1983年、後にAV監督村西とおるとなる草野博美が実質的経営者だった新英出版の写真誌、「スクランブルPHOTO」の編集長となるが、村西が率いる裏本の流通グループが各地で摘発された影響で、新英出版は資金繰りが悪化し倒産、同誌は半年で廃刊に追い込まれる。
金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2… 金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2013年8月30日)は、日本のサイエンスライター、SF研究家。有限会社コンタクト代表取締役、古脊椎動物学会会員、宇宙エレベーター協会名誉会員、ハードSF研究所所員、CONTACT Japan 会員、宇宙作家クラブ会員。 兵庫県神戸市に生まれ、大阪で育つ。中央大学杉並高等学校を経て、中央大学商学部で経営学を専攻、1978年に同大学卒業。高校時代は地学部の天文班に所属。大学在籍中から執筆活動をはじめ、一般科学雑誌などを活躍の場とする。1980年代には『メカニックマガジン』(ワールドフォトプレス)、さらに1990年代にかけては「最新科学論」シリーズ(学研)や『恐竜学最前線』(同)、1990年代中頃は『科学朝日』(朝日新聞社)、2000年代には『ディノプレス』(オーロラ・オーバル社)などで広く記事を執筆。
金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2… 金子 隆一(かねこ りゅういち、1956年3月11日 - 2013年8月30日)は、日本のサイエンスライター、SF研究家。有限会社コンタクト代表取締役、古脊椎動物学会(英語版)会員、宇宙エレベーター協会名誉会員[4]、ハードSF研究所所員[5]、CONTACT Japan 会員、宇宙作家クラブ会員[6]。
鈴木 宏彦(すずき ひろひこ、1956年1月26日 - )は… 鈴木 宏彦(すずき ひろひこ、1956年1月26日 - )は、日本の将棋・囲碁観戦記者で将棋ライター。 愛知県岡崎市生まれ。1974年(昭和49年)、愛知県立岡崎高等学校卒業。早稲田大学第一文学部卒業。早稲田大学在学中より、石田和雄九段の指導を受け、1978年から1986年まで、日本将棋連盟の雑誌『将棋世界』の編集者をした後、フリーの観戦記者に。観戦記者としてのペンネームは青島たつひこ。他の筆名に立浪健一(タツナミケンイチ)、落合謙。「立浪」「落合」「健一」「謙」という筆名は、鈴木が愛知県出身ということもあり、中日ドラゴンズに関連している可能性がある。 将棋ライターとしては、『週刊将棋』の「序盤初期の有力局面ごとの勝率分析」記事や連載「81桝物語」、『将棋世界』の連載「イメージと読みの将棋観」など、従来なかった、新鮮な内容の記事を続けて執筆している。
五十嵐 佳子(いがらし けいこ、1956年 - )は、日本の… 五十嵐 佳子(いがらし けいこ、1956年 - )は、日本の小説家、時代小説家、ライター。 山形県山形市出身。お茶の水女子大学文教育学部卒業。 「婦人公論」や「クロワッサン」、「ゆうゆう」などの女性誌中心に人物インタビュー、ファッション、インテリア、健康、法律、小説など幅広い分野で活動する。
山本 一太(やまもと いちた、1956年 - )は、音楽ライ… 山本 一太(やまもと いちた、1956年 - )は、音楽ライター(音楽評論家)。元代々木ゼミナール英語科講師。現 郁文館高校非常勤講師 上智大学文学部ドイツ文学科卒業。 予備校英語講師の傍ら、海外CDのライナーノーツを翻訳および執筆。 好きな言葉は“若者はペンを持て”、“Respect for the elderly”
遠藤 諭(えんどう さとし、1956年 - )は、サブカルや… 遠藤 諭(えんどう さとし、1956年 - )は、サブカルやコンピュータ関係を得意とするライター兼編集者である。他の名義にエンドウユイチ、ホーテンス・S・エンドウがある。役職等としては、『東京おとなクラブ』編集長、『月刊アスキー』ライター・編集長(1991年~)、アスキーCOO等を経て、角川アスキー総合研究所主席研究員(2013年〜)。 新潟県長岡市生まれ。プログラマ稼業などのかたわら、1980年代前半より「エンドウユイチ」名義でサブカル系ライターとして活動する。1982年に中森明夫らと発刊したミニコミ『東京おとなクラブ』では、執筆の他に発行人および編集長をつとめた。『東京おとなクラブ』は戸川純や少年ドラマシリーズなどと言った当時のサブカル文化の中心を行く特集内容と、村上知彦や米沢嘉博といった評論家、および岡崎京子や桜沢エリカといったニューウェーブ系漫画家の寄稿により、当時のサブカル界隈において「台風の目」とでもいうような存在だったと振り返られるミニコミとなった。
井上 理津子(いのうえ りつこ、1955年11月21日- )… 井上 理津子(いのうえ りつこ、1955年11月21日- )は、日本のノンフィクションライター。日本文藝家協会会員。 奈良県生まれ。奈良女子大学文学部附属高校(現・奈良女子大学附属中等教育学校)から京都女子大学短期大学部卒業。全日空、女性と暮し社編集部勤務などを経て、1985年にフリーランスに。大阪を拠点に夕刊紙、旅行雑誌、女性誌などに執筆した後、2010年に東京に拠点を移し、活動の幅を広げる。生活環境文化研究所特別研究員(2010年まで)。旅行ペンクラブ会員(同)。代表作『さいごの色街 飛田』(2011年)、『葬送の仕事師たち』(2015年/第14回新潮ドキュメント賞候補)。ハーバード大学医学部准教授の大内啓は甥。
ゆうむ はじめ(1955年11月9日 - )は、日本のオカル… ゆうむ はじめ(1955年11月9日 - )は、日本のオカルト研究家、謎本ライター、小説家。 西風隆介(ならい りゅうすけ)名義で小説も執筆している。 兵庫県神戸市出身。鳥取大学農学部農芸化学科卒業後、丸の内にある商社に就職し、サラリーマンとして4年間勤務したのち、「オカルト現象は科学の領域で説明できる」という信念を抱いて、超能力や霊、気功等を研究する傍ら、東京サザエさん学会に対抗して、「サザエさん」についての研究をするための組織「世田谷サザエさん研究会」を立ち上げ、著書「サザエさんの秘密」「サザエさんの悲劇」など(以上データハウス刊)を刊行、東京サザエさん学会の研究を痛烈に批判し、週刊文春で東京サザエさん学会のメンバーが「恥を知れ!!世田谷サザエさん研究会」なる反論記事が取り上げられるなどして、論争になったことでも知られた。
冨士本 由紀(ふじもと ゆき、1955年5月15日-)は、日… 冨士本 由紀(ふじもと ゆき、1955年5月15日-)は、日本の小説家、コピーライター。『包帯をまいたイブ』で第7回小説すばる新人賞を受賞。 島根県松江市生まれ。小学校を卒業するまでは宍道湖のそばに住み、中学・高校時代は、小泉八雲記念館のそばに住んでいたという。関西女子美術短期大学(現宝塚大学)卒業。広告製作プロダクション、広告代理店勤務を経て、フリーのコピーライターとなる。1994年、『包帯をまいたイブ』(受賞時に「アルテミスたちの事情」から改題)で第7回小説すばる新人賞を受賞する(同時受賞は上野歩『恋人といっしょになるでしょう』)。1995年、同作が刊行、小説家デビューを果たす。 「」内が収録されている冨士本由紀の作品
佐々木 博之(ささき ひろゆき、1955年3月3日 - )は… 佐々木 博之(ささき ひろゆき、1955年3月3日 - )は、日本の芸能レポーター・芸能ライター・週刊誌『フライデー』のベテラン記者である。同じ芸能レポーターの井上公造が代表取締役を務めるKOZOクリエイターズ所属。通称「ささやん」。同姓同名で映画やドラマのプロデューサーである佐々木博之(DHE)がいるが、全くの別人である。 宮城県仙台市出身。中央大学理工学部を卒業後、レーシングチームのマネージメントなどチーム運営に係わっていた。 31歳の時に、講談社と契約して、写真週刊誌「フライデー」の取材記者となり、芸能、事件などの記事を担当する。その後、現在にかけては「フライデー」のほかに、「週刊現代」や「月刊現代」も加えて取材活動を行い、テレビ・ラジオ番組も芸能情報コーナーなど出演している。
米村 でんじろう(よねむら でんじろう、1955年2月15日… 米村 でんじろう(よねむら でんじろう、1955年2月15日 -)は、日本のサイエンスプロデューサー、サイエンスライター、タレント。有限会社でんじろうサイエンスプロダクション代表取締役。本名の米村 傳治郎(読みは同じ)名義での執筆も行っている。 弟子にサイエンスエンターテイナーのチャーリー西村、ジャイアン村上、市岡元気、海老谷浩がいる。
一倉 宏(いちくら ひろし、1955年2月14日 - )は、… 一倉 宏(いちくら ひろし、1955年2月14日 - )は、日本のコピーライター、作詞家である。群馬県渋川市出身。 群馬県立渋川高等学校を経て、筑波大学第一学群人文学類卒業。1978年、サントリーに入社。宣伝部制作室に、コピーライターとして勤務する。傘下の広告制作プロダクション、サン・アドの中心的存在だった、コピーライターの仲畑貴志の薫陶を受け、1979年頃から、オールドなどのコピーライティングに携わるようになる。のちに1980年から1983年まで、同社が東京・大阪などの大都市を中心に展開した「トワイライト・キャンペーン」で、ネーミング考案からキャンペーンのプランニングに携わり、その名を知られるようになる。
池田 憲章(いけだ のりあき、1955年1月14日 - 20… 池田 憲章(いけだ のりあき、1955年1月14日 - 2022年10月17日)は、日本の特撮研究家、映像評論家、フリーライター、編集者、プロデューサー。 日本推理作家協会会員、日本SF作家クラブ会員。名前の読みを「けんしょう」としている場合もある。 埼玉県所沢市出身。駒澤大学文学部卒業。大学在学中に、特撮ムック編集の先駆者であった竹内博が主催する日本最初期の怪獣映画を研究する同人集団『怪獣倶楽部』に参加、ライター・編集活動に入る。 得意とする執筆分野は主に特撮とアニメ。特撮、アニメ関係の専業ライターとしては1970年代より活動する草分け的存在。大学在学中よりプロのライターとして活動し、特撮、アニメ、海外ドラマの書籍の編集を行なう。
渡辺 政隆(わたなべ まさたか、1955年 - )は、日本の… 渡辺 政隆(わたなべ まさたか、1955年 - )は、日本のサイエンスライター、翻訳家。筑波大学広報室教授を経て、東北大学広報室特任教授、同志社大学生命医科学部医生命システム学科特別客員教授。専門は科学史、進化生物学、科学コミュニケーション。 新潟県生まれ。石川県立金沢二水高等学校を経て、東京大学大学院農学系研究科修士課程修了、1985年東京大学大学院農学系研究科農業生物学専攻単位取得満期退学。 2002年文部科学省科学技術政策研究所上席研究官、2008年独立行政法人科学技術振興機構科学コミュニケーションスーパーバイザー、2009年独立行政法人科学技術振興機構エキスパート(科学コミュニケーション推進担当)、2012年1月筑波大学教授(広報室サイエンスコミュニケーター)。
佐伯 修(さえき おさむ、1955年 -2025 )は、日本… 佐伯 修(さえき おさむ、1955年 -2025 )は、日本のフリーライター。 東京都生まれ。北里大学水産学部卒業。 会社勤務を経て、1983年よりポピュラーサイエンスやフォークロア、歴史などを扱うフリーランスのライターとして活動。
山田 健(やまだ たけし、1955年 - )は、日本のコピー… 山田 健(やまだ たけし、1955年 - )は、日本のコピーライター、作家。サントリーホールディングス株式会社社員(サスティナビリティ経営推進本部シニアアドバイザー)である。日本ペンクラブ会員。 1978年東京大学独文科卒、コピーライターとしてサントリーへ入社。ウイスキー、ワイン、音楽等の広告を手がけるかたわらで、1986年より「サントリー世界のワインカタログ」の編集長を兼任。世界中の醸造元めぐりをしつつ、年間2,000種類以上のワインを飲みまくる。 サントリーのグループ会社サン・アドに出向。これまでに取材した醸造元は数百におよび、関係者以外には語られないことを聞き出す深さ、テースティングしたワインの記憶力のよさ、原稿を書き上げる天才的な速さは、右にでるものがないほどと[誰によって?]評される。
かなざわ いっせい(本名・金澤 一成、1955年 - 202… かなざわ いっせい(本名・金澤 一成、1955年 - 2020年3月5日)は、日本のフリーライター。兵庫県姫路市出身。早稲田大学卒。 1975年ごろ、友人に勧められたのをきっかけに馬券を買い始める。1983年末に東京都内の室内装飾会社を退職後、翌1984年から茨城県稲敷郡の競走馬育成牧場に勤務。退職後、北海道の川上悦夫牧場で夏季アルバイトを経験。 1987年、競馬雑誌『優駿』主催の「'87優駿エッセイ賞」に応募し第1次選考を通過、同誌ではのちに書評コーナーを担当。1990年ごろからフリーライターとして活動を始める。1994年、『週刊競馬ブック』にてエッセイ「八方破れ」を連載開始。 雑誌、ムックへの寄稿多数。
中村 俊夫(なかむら としお、1954年9月10日 - )は… 中村 俊夫(なかむら としお、1954年9月10日 - )は、音楽ライター、音楽プロデューサー。東京都生まれ。 葛飾区出身。駒澤大学経営学部卒業。音楽雑誌編集者、レコード・ディレクターを経て、フリーの放送作家、音楽コーディネータとして活動。専門は1950年から1970年代初頭までの音楽・日本映画を含む風俗文化。 90年代からT・レックス、60年代ポップス、GS、日本ロック、昭和歌謡などの音源のCD復刻プロデュースを多数手がける。共著に『みんなGSが好きだった』『ミカのチャンス・ミーティング』『日本ロック大系』『歌謡曲だよ、人生は』『エッジィな男 ムッシュかまやつ』など。60年代の音楽文化愛好家。
チチ 松村(チチ まつむら、本名・松村 正秀(まつむら まさ… チチ 松村(チチ まつむら、本名・松村 正秀(まつむら まさひで)、1954年9月6日 - )は、日本の男性ギタリスト、ラジオDJ、ライター。大阪府生まれで、主に大阪を拠点に活動している。また文筆家としても活動。著書も多い。アコースティックギターデュオ「ゴンチチ」のメンバー。大阪府立寝屋川高等学校卒業。「世界の快適音楽セレクション」DJ。 高校時代からギターを弾き始め、卒業後はアマチュアで関西を拠点としてソロ活動を行い、本名での音源も何点か発表した。ガス点検の仕事をしていたが、1978年にゴンザレス三上(本名・三上雅彦)と出会って意気投合し、ギターユニット「ゴンチチ」を結成。1983年にレコード・デビューした。
小牧雅伸(こまき まさのぶ、1954年7月10日 - 202… 小牧雅伸(こまき まさのぶ、1954年7月10日 - 2022年1月24日)は、日本の編集者、ライター。 京都府福知山市出身。「スタジオ小牧」主宰。城西国際大学メディア学部メディア情報学科非常勤講師。 アニメ雑誌『アニメック』の元編集長で、誌上では(ま)のペンネームを用いた。以前はKを使用していたが、使用者が増えたために変更している。 1974年、東京電機大学入学のため上京。放送中の『宇宙戦艦ヤマト』を知り、ファンクラブ「ヤマトラボ」の設立に携わる。SF・アニメ・特撮のサークルや、江古田の喫茶店「まんが画廊」で人脈を拡げ、1977年に櫛野麻美、浜松克樹、氷川竜介、伊藤秀明らと『月刊OUT』創刊2号のヤマト特集を担当。
中島 久枝(なかしま ひさえ、1954年6月4日 - )は、… 中島 久枝(なかしま ひさえ、1954年6月4日 - )は、日本のフードライター、小説家。 東京都生まれ。学習院女子高等科を経て、学習院大学文学部哲学科を卒業。大学卒業後、絵本の出版社、編集プロダクションなどを経て、1995年に独立。食と料理をテーマに、雑誌や単行本の企画・構成・編集などを行っている。食に関するウェブサイト、イベント企画なども行っている。2013年、時代小説『日乃出が走る 浜風屋菓子話』で第3回ポプラ社小説新人賞特別賞を受賞する。2014年、同作がポプラ文庫より刊行され、小説家デビューを果たす。同作について、文芸評論家の池上冬樹は「料理を扱った小説が増えているが、フードライターの手による本作は他と一線を画している」と評している。
高野瀬 順子(たかのせ じゅんこ、1954年3月16日 - … 高野瀬 順子(たかのせ じゅんこ、1954年3月16日 - )は、日本のフリーランスライター、横浜市出身。東京理科大の創設者・高野瀬宗徳のひ孫。 雑誌での人物クローズアップ記事を中心に動物関連、人間の家庭の医学、ベジタリアン料理等の記事を執筆。 他にもエッセイ、作詞、漫画原作や占い記事リライト、CMコピー制作等幅広く手がけている。また、有名人の書籍構成を行っており、ゴーストライティングの実績もある。 ライフワークは猫を中心とした動物保護活動で、著作には動物・ペットに関するものが多い。本人HPによれば、自身を「動物と、荒れた海と、花が大好き」で、「穏やかな人が好き(威圧的な人は苦手)」、としている。
実川 元子(じつかわ もとこ、1954年3月3日 - )は、… 実川 元子(じつかわ もとこ、1954年3月3日 - )は、日本のライター、翻訳家。 兵庫県出身。上智大学外国語学部フランス語科卒。14年間OLとして社内の翻訳業務に従事したのち、36歳で独立。恋愛、ファッションなどを題材としたエッセイの執筆、翻訳をおこなう。別名片山 かおる名義の著作もある。 2008年より、応援しているガンバ大阪でゲーフラを書くのに必要だということでなぜか書道を始め、一気に深みにはまる。第46回創玄展(平成22年)入選、第47回創玄展(平成23年)準二科賞、第48回創玄展(平成24年)二科賞受賞。令和2年、令和3年 秀逸賞受賞。毎日書道展第62回から9回漢字二類で入選し令和2年より一科に。
中川 ひろたか(なかがわ ひろたか、男性、1954年2月14… 中川 ひろたか(なかがわ ひろたか、男性、1954年2月14日 - )は日本の絵本ライター、シンガーソングライター。埼玉県大宮市出身。ソングブックカフェ所属。 制作楽曲2500曲以上、絵本販売630万部以上。 1979年10月にバンド「こどもあーず」(三輪まさかつ、桂牧と3人組)を結成して1980年2月9日に初コンサートを催すが、中川のソロ活動や三輪の死により自然消滅する。 1983年5月に初のカセット作品『あそびうたがいっぱい』(湯浅とんぼ+中川ひろたか)をレコーディング。同年7月に発売。 1985年11月にユニット「ノボ&ピーマン」(福尾野歩と2人組)を結成。後述の「トラや帽子店」に発展的解消する。
中野晴行(なかの はるゆき、1954年 - )は、フリーライ… 中野晴行(なかの はるゆき、1954年 - )は、フリーライター、漫画評論家。
今井 智子(いまい ともこ、1954年 - )は、日本の音楽… 今井 智子(いまい ともこ、1954年 - )は、日本の音楽評論家、音楽ライター。 新潟県長岡市生まれ。明治学院大学卒業。 大学時代から顔を出していた『宝島』編集部にそのまま就職し、音楽記事担当者として同誌の編集・執筆に携わった。1970年代末に独立し、フリーの音楽評論家へ転向。1990年代には、NHKがBS2で放送していたアマチュアバンドコンテスト『BSヤングバトル』で審査員を務めたり、東海テレビの帯番組『パコ2CH あ・きすとぜねこ』で日替わりキャスターを務めたりしていた。又新宿ロフトプラスワンにおいて不定期に開店する居酒屋ロックの店長も務めていた。 この項目は、音楽に関連した書きかけの項目です。
加藤 芳一(かとう よしかず、1953年10月1日 - 19… 加藤 芳一(かとう よしかず、1953年10月1日 - 1995年10月20日)はライター、放送作家、演出家、インタビュアー。東京銀座出身。日本大学藝術学部文芸学科卒業。 中学3年の頃から高平哲郎と知合い、高平の紹介により、ライター、放送作家となる。1987年に、川勝正幸、渡辺祐、佐川秀文と事務所「トーテムポール」を結成。 放送作家として活動中の1995年に、ガンのため、42歳で死去。 放送作家の後輩の高橋洋二は、著書『オールバックの放送作家』において、80年代後半のテレビのお笑い/サブカル・シーンをリードしていた存在であったと、加藤を高く評価した。
川本 耕次(かわもと こうじ、1953年〈昭和28年〉5月3… 川本 耕次(かわもと こうじ、1953年〈昭和28年〉5月3日 - 2022年〈令和4年〉12月26日)は、元みのり書房、アリス出版、群雄社出版の漫画編集者、官能小説家、カメラマン、ライター。批評集団『迷宮』メンバー。 伝説的自販機本『少女アリス』2代目編集長。三流SF漫画誌『Peke』編集長。『ロリコンHOUSE』監修者。後に実業家、ブロガー、アダルトメディア研究家に転身。WEBサイト『ネットゲリラ』管理人。三流劇画ブーム・ロリコンブームの仕掛け人といわれる。 座右の銘は「ネットゲリラは潜水艦戦である。潜水艦戦に前線はない。自分に有利な時と場所で戦闘を開始する」。 静岡県三島市出身。大学在学中から貸本劇画を研究していた縁で米沢嘉博や長谷川秀樹らと出会い、コミックマーケットの創設母体となった批評集団「迷宮」の集会に出入りする。
吉永 良正(よしなが よしまさ、1953年(昭和28年)1月… 吉永 良正(よしなが よしまさ、1953年(昭和28年)1月3日 - )は日本のサイエンスライター、作家、翻訳家、教育家。 専門は科学論・科学哲学。大東文化大学文学部教育学科教授。 長崎に生まれる。1975年(昭和50年) 京都大学理学部数学科を卒業。1977年(昭和52年) 京都大学文学部哲学科を卒業。1991年(平成3年) 講談社ブルーバックスから出版した『数学・まだこんなことがわからない』により第7回講談社出版文化賞科学出版賞を受賞。 最近は「数学概念を介した哲学と数学の交渉/没交渉の歴史とその再解釈」や「複雑系・生物進化・宇宙論の哲学の構築」について研究している。
山平 重樹(やまだいら しげき、1953年 - )は、日本の… 山平 重樹(やまだいら しげき、1953年 - )は、日本のノンフィクション作家・フリーライター。 山形県出身。法政大学文学部卒業。アウトローものを得意とし、ルポ、小説、ノンフィクション、映画原作、漫画原作など多数の著書がある。 「竹書房バンブーコミックス 実録ピカレスクシリーズ」のうち下記を改題し電子書籍化 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
上原 秀樹(うえはら ひでき、1953年 - )は、日本の小… 上原 秀樹(うえはら ひでき、1953年 - )は、日本の小説家、漫画原作者(別名)、フリーライター(別名)。 立教大学独文科卒業。1986年、「修理屋一平」(少年マガジン掲載)で漫画原作賞。1989年、「走る男」が第32回群像新人文学賞の優秀作に選ばれる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
天野 礼子(あまの れいこ、1953年 - )は、日本の環境… 天野 礼子(あまの れいこ、1953年 - )は、日本の環境運動家、環境問題評論家、アウトドアライター。 長良川河口堰建設をやめさせる市民会議代表。日本に健全な森をつくり直す委員会事務局長。 京都市生まれ。ろうけつ染め作家の一人娘として生まれる。同志社中学・高等学校、同志社大学文学部美学芸術学専攻卒業。大学在学中の19歳より釣りを始め、国内外の川、海を年に100日ほど釣り歩いていた。 1988年、作家・開高健を会長に「日本のダムを問う運動」を立ち上げ、長良川河口堰建設反対運動を展開。1989年に国会内で超党派国会議員による「長良川河口堰問題を語る会」が設立されるなど、「川とダム」を問う国民運動に育て上げ、国会で議論をつくった。
窪田 僚(くぼた りょう、1952年6月7日 - 2025年… 窪田 僚(くぼた りょう、1952年6月7日 - 2025年8月1日)は、日本の小説家、コピーライター。北海道出身。北海道大学工学部建築学科卒業、経済学部中退。 パルコ出版発行の雑誌『ビックリハウス』の読者投稿コーナー「ビックラゲーション」に投稿していた。優秀作2編は、1976年にブロンズ社から発行された単行本「ビックラゲーション選」に収録され、窪田の顔写真も掲載されている。 1976年、23歳の時に「ビックリハウス」が主催した短編小説賞『エンピツ賞』第1回に入選する。なお、受賞作『しづこちゃん』は「エンピツ賞傑作選」(1984年1月、パルコ出版)に収録されている。 エンピツ賞受賞後、ショートショート、青春小説、エッセイを執筆する。
楠田 枝里子(、1952年1月12日 - )は、日本のフリー… 楠田 枝里子(、1952年1月12日 - )は、日本のフリーアナウンサー、タレント、テレビ司会者、エッセイスト、翻訳家、サイエンスライター、チョコレート研究家。元日本テレビアナウンサー。身長170cm。独身。日本ペンクラブ会員。 三重県伊勢市古市出身。三重県立伊勢高等学校、東京理科大学理学部第一部応用化学科卒業後、1974年、日本テレビにアナウンサーとして入社。同期には松永二三男と小池裕美子がいる。 1981年秋に退社、フリーアナウンサー、エッセイストに転身。『なるほど!ザ・ワールド』『世界まる見え!テレビ特捜部』などの海外情報系番組を多く担当した。日本テレビ『金曜娯楽館』とフジテレビの年末大型イベント『FNS歌謡祭』においては、芳村真理の後任として抜擢された。
馬場 憲治(ばば けんじ、1951年10月20日 - )は、… 馬場 憲治(ばば けんじ、1951年10月20日 - )は、日本のフリーライター、カメラマン、タレント。
山崎 一夫(やまざき かずお、1951年4月15日 - )は… 山崎 一夫(やまざき かずお、1951年4月15日 - )は、ギャンブルライター、雀荘経営者。高知県土佐山田町(現 香美市)出身。銀玉親方の愛称を持つ。順位・期待値などの概念を取り入れた理論的な打法を提示し、人気を得る。漫画家の西原理恵子とは付き合いが長く、西原と山崎の共著という形での著書も多い。 銀玉親方の名は、本来は山崎のパチンコライターとしてのペンネームであったが、麻雀などパチンコ以外のジャンルにおいても山崎を指してよく使われている。 駒澤大学に在学中からギャンブル記事の執筆を始める。パチンコ店・雀荘勤務・雀荘と弁当店の経営などを経て、30代中ごろにはパチンコライターを経験。一度は雀荘の経営に失敗したが、1996年に高田馬場で開店した雀荘「たぬ」は、その後順調に店舗数を増やし、新宿・高田馬場・神保町に計3店舗を構えていた。