坂田 健史(さかた たけふみ、1980年1月29日 - )は… 坂田 健史(さかた たけふみ、1980年1月29日 - )は、日本の元プロボクサー、政治家。広島県安芸郡府中町出身。東京都稲城市議会議員(4期)、同市議会議長。元WBA世界フライ級王者。協栄ボクシングジム所属。山陽高等学校、専修大学商学部卒業。愛称は "Burning Fist"。入場曲はEUROPEの "The Final Countdown"。 元世界王者の竹原慎二と同じく安芸郡府中町出身。総合格闘家・中村和裕は坂田の卒業した府中緑ヶ丘中学校を1年先に卒業している。 2006年7月に結婚。2007年7月にハワイ・ホノルルで挙式を行い、2009年10月には長女が誕生した。 2007年7月1日の初防衛・王座統一戦以降、「あこがれのグローブだった。
河野 雄大(こうの たけひろ、1980年1月17日 - )は… 河野 雄大(こうの たけひろ、1980年1月17日 - )は、日本のキックボクサー。愛媛県出身。身長172cm。武勇会館所属。愛媛県立小松高等学校出身。 元MA日本キックボクシング連盟ライト級王者。2005年MA日本キックボクシング連盟ウェルター級新人王。
大橋 弘政(おおはし ひろまさ、1979年12月31日 - … 大橋 弘政(おおはし ひろまさ、1979年12月31日 - )は、日本のプロボクサー。愛知県名古屋市出身。HEIWAボクシングジム所属。第36代・第38代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者。 2000年11月23日、名古屋市総合体育館でプロデビュー戦に2回KO負けを喫した。2002年7月7日、名古屋国際会議場で児玉卓郎(岐阜ヨコゼキジム)と4回戦を行い、4回1-1(39-38、38-39、38-38)の判定で引分となった。2006年3月12日、岐阜商工会議所にて児玉卓郎と10回戦で再戦し、8回0-3(76-77×2)の負傷判定負けとなった。同年10月8日、名古屋国際会議場で日本スーパーフライ級4位の三枝健二(新開)とバンタム級10回戦を行い、6回TKO負けを喫した。
山口 真吾(やまぐち しんご、男性、1979年11月25日 … 山口 真吾(やまぐち しんご、男性、1979年11月25日 - )は、日本の元プロボクサー。東京都武蔵野市出身。第24代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。渡嘉敷ボクシングジム所属。叡明高等学校卒業。 高校卒業後、畑山隆則に憧れてプロボクシング界に。所属ジムの会長渡嘉敷勝男は世界を取れなければ、ボクシングをやめても良いとまで発言している。 1998年10月28日、プロデビュー。4R判定で敗れる。次の試合も敗れ3連敗したなら引退しようと考えていた。 2001年12月19日、3戦目から引分を挟み10勝で、日本ライトフライ級王者横山啓介とのノンタイトルマッチに挑み、戦前の予想を覆し10R判定で勝利。
アマラ忍(あまら しのぶ、1979年11月20日 - )は、… アマラ忍(あまら しのぶ、1979年11月20日 - )は、モンゴルの男性キックボクサー。ダルハン・オール県ダルハン市出身。元WPMF世界スーパーライト級王者。本名はツグト・アマラバヤサガラン(蒙: Цогтын Амарбаясгалан)。 1994年ごろに極真空手に入門し、1997年に極真空手の国内大会のクラス別で優勝。1998年にはモンゴル空手で優勝。2001年4月に訪日し、東金ジムに所属。5月4日に開催されたマーシャルアーツ日本キックボクシング連盟主催の北沢大会に千葉忍名義でプロデビュー。1R1分30秒でKO勝利。 リングネームを花戸忍に改名し、2002年3月30日に開催された「KING COMBAT 2002 60kgトーナメント」に出場し優勝。
内山 高志(うちやま たかし、1979年11月10日 - )… 内山 高志(うちやま たかし、1979年11月10日 - )は、日本の元プロボクサー、実業家。埼玉県春日部市出身。ワタナベボクシングジム所属。元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者。 「ノックアウト・ダイナマイト」の異名を持ち、日本におけるボクシング世界王者として歴代3位となる11回連続防衛の記録を保持した。入場曲はThree 6 Mafiaの「It's A Fight」。 長崎県の三人兄弟の次男として生まれ、幼少期に埼玉県春日部市に転居。小学校時代は内牧少年野球クラブで野球に親しみ、春日部市立春日部中学校時代にはサッカー部に所属。辰吉丈一郎や川島郭志などの影響を受け、ボクシングの強豪である花咲徳栄高校に進学し、ボクシングに転向した。
瀬藤 幹人(せとう みきひと、1979年11月4日 - )は… 瀬藤 幹人(せとう みきひと、1979年11月4日 - )は、日本の元プロボクサー、元日本スーパーバンタム級暫定王者。千葉県市原市出身、千葉経済大学附属高等学校、日本体育大学卒業。協栄ボクシングジム所属。 2000年5月15日、プロデビュー戦は4R判定負けとなり、この後5連勝を収めた。2001年9月27日、東日本スーパーバンタム級新人王トーナメント準決勝で田口晴康(フラッシュ赤羽)に判定負けとなり、この後4連勝を収めた。 2002年9月10日、第16回KSD杯争奪B級トーナメントバンタム級準決勝で竹下隆之(宮田)に1-2の判定負けとなった。同年11月18日、染谷勘太(東京拳闘会)とのスーパーフェザー級8回戦で最終8RにTKO勝利を収め、再起を果たした。
板倉 直人(いたくら なおと、1979年10月18日 - )… 板倉 直人(いたくら なおと、1979年10月18日 - )は、日本のキックボクサー。東京都新宿区出身。身長181cm。スクランブル渋谷所属。「キック界の燃える闘魂」。 WPMF日本ウェルター級7位、元全日本ウェルター級3位。 2010年に行われたWPMF日本ウェルター級王座決定トーナメントでは優勝候補にも名前があがった。 2012年6月24日、メインイベントで基流・ザ・ビャーと対戦、ローキックが相手の下腹部に偶発的にヒットし、ドクターストップによるノーコンテストとなった。 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
四ヶ所 麻美(しかしょ あさみ、女性、1979年10月17日… 四ヶ所 麻美(しかしょ あさみ、女性、1979年10月17日 - )は、東京都板橋区出身の元プロボクサー。フラッシュ赤羽ボクシングジム所属。初代OPBF東洋太平洋女子フライ級王者。 2002年の女子アマチュアボクシング解禁とともに、競技に参加する。第1回東京都大会で後のWBC世界王者小関桃とスパーリング。 2003年から2007年まで全日本アマチュア5連覇を達成。2003年はフライ級だったが、2004年以降はライトバンタム級でエントリーし、2005年は決勝で後の世界王者好川菜々を退ける。 国際大会では2003年と2005年のアジア選手権に出場し、2大会連続で3位。 2008年にJBCプロ公認となりB級プロテスト合格。
秋山 泰幸(あきやま やすゆき、1979年10月6日 - )… 秋山 泰幸(あきやま やすゆき、1979年10月6日 - )は、日本のプロボクサー。神奈川県小田原市出身。ワタナベボクシングジム所属。第49代OPBF東洋太平洋ミドル級王者。元WBOアジア太平洋ミドル級王者。 2015年8月8日、後楽園ホールでOPBF・日本ミドル級王者の柴田明雄とタイトルマッチを行ない、8回1分40秒TKO負けを喫した。 2016年7月19日、後楽園ホールで行われた「ダイナマイトパンチ101」で胡朋宏とミドル級8回戦を行い、8回59秒TKO負けを喫した。 2017年12月2日、大阪府立体育会館第二競技場でOPBF東洋太平洋ミドル級王者の太尊康輝とOPBF東洋太平洋・WBOアジア太平洋同級タイトルマッチを行い、5回1分46秒TKO勝ちを収め両王座を獲得した。
小笠原 恵子(おがさわら けいこ、女性、1979年9月16日… 小笠原 恵子(おがさわら けいこ、女性、1979年9月16日 - )は、日本のプロボクサー。埼玉県川越市出身。トクホン真闘ボクシングジム所属。階級はフライ級。 生まれつき耳が聞こえず、小中学校は普通学級だったものの、高校は聾学校に通っていた。 卒業後は、職を転々とした後、歯科技工士として勤務する傍ら、真闘ジムに入門しプロとなる。 2010年7月27日、村瀬生恵戦でデビュー。1回KO勝利を飾る。 9月22日、半谷美里と対戦して、2-0判定勝利。 2011年2月15日、塚下真理に1回TKO負け。 2013年3月19日、2年ぶりの試合として川口美里に1回TKO勝利で再起。
榎 洋之(えのき ひろゆき、1979年9月14日 - )は、… 榎 洋之(えのき ひろゆき、1979年9月14日 - )は、日本のプロボクサーである。秋田県秋田市手形山中町出身。1998年に角海老宝石ボクシングジム所属としてプロデビューし、2004年には日本フェザー級王者に、2006年にはOPBF東洋太平洋フェザー級王者になる。 14歳の頃、兄の影響でボクシングを始める。金足農業高校時代、1997年のなみはや国体では3位に入賞した。この時、内山高志との準決勝での判定に納得がいかず、皇族が観覧していた表彰式では客席の椅子を蹴り倒すなどして暴れ、退場した。このために進路内定を取り消され、アマチュア界から追放扱いされた。このことによってプロボクサーを志すようになる。
三浦 数馬(みうら かずま、1979年7月18日 - )は、… 三浦 数馬(みうら かずま、1979年7月18日 - )は、日本の元プロボクサー。青森県弘前市出身。第33代日本スーパーバンタム級王者。ドリームボクシングジム所属。東洋大学卒業。ストレートが武器の技巧派ボクサー。ボクシングスタイルは変則の右ボクサーファイター。ニックネームは「SWEET」。現在は母校である東洋大学でボクシング部の監督を務めている。 青森県立弘前実業高等学校でボクシングを始め、インターハイベスト8(敗れた相手は臼井欽士郎)。高校卒業後、東洋大学に進学し、東洋大学ボクシング部では主将を務め、関東大学ボクシングリーグ(2部)で活躍した。関東大学ボクシングリーグ戦では後のWBC世界バンタム級王者山中慎介とも対戦しており勝利している。
大内 さくら(おおうち さくら、本名:大内 直子、1979年… 大内 さくら(おおうち さくら、本名:大内 直子、1979年7月13日 - )は、日本の女子プロボクサー。福島県郡山市出身。シャイアン山本ジム所属。旧リングネームSAKURA(さくら)。階級はアトム級。地方公務員ボクサーとして知られる。 高校時代は新体操部所属。元東洋太平洋チャンピオン林田龍生と知り合ったことを機にボクシングを始める。 2006年4月30日、岡山オレンジホールにてJWBC最高齢の藤澤ノリ戦でプロデビュー。しかし、2R負傷判定で敗れる。同年6月10日、関友紀子戦で判定により初勝利。10月29日、江口凡子を判定で下し2連勝。しかし2007年2月12日、神田桃子のデビュー戦の相手である相川周子に1RKO負けを喫し戦績は4戦2勝2敗となった。
相澤 国之(あいざわ くにゆき、1979年6月26日 - )… 相澤 国之(あいざわ くにゆき、1979年6月26日 - )は、日本の元プロボクサー。宮城県大崎市出身。三迫ボクシングジム所属。第27代OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者。宮城県農業高等学校、拓殖大学卒業。
北野 隼(きたの じゅん、1979年6月11日 - )は、日… 北野 隼(きたの じゅん、1979年6月11日 - )は、日本の元プロボクサー。元日本ライトフライ級チャンピオン。神奈川県出身。武相高等学校卒。ヨネクラボクシングジム所属。双子の兄 良 は、同じジム所属の日本ランカーにして高校選抜優勝の実力者。
升田 貴久(ますだ たかひさ、男性、1979年5月24日 -… 升田 貴久(ますだ たかひさ、男性、1979年5月24日 - )は、日本のプロボクサー経験者及びプロボクシング・トレーナー。愛媛県松山市出身。第25代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。三迫ボクシングジム所属。 新田高等学校を1年で中退し1996年12月15日、グリーンツダボクシングクラブ所属でプロデビューし4R判定で勝利。以降3連勝も、2引分で引退を考え愛媛に戻ったこともあった。三谷大和に憧れ同郷の三迫仁志が創始者たる三迫ボクシングジムに移籍する。その後菊井徹平に10R判定負けし三谷が自身のジムを作るために三迫を離れたこともあり、半ば引退状態であったが、その状態を聞いた三谷からの声を掛けられ、三谷ジムに通い再度復帰を誓った。
喜入 衆(きいれ とも、1979年5月24日 - )は、日本… 喜入 衆(きいれ とも、1979年5月24日 - )は、日本のキックボクサー。神奈川県出身。身長170cm。フォルティス渋谷所属。元J-NETWORKスーパーライト級王者。日本体育大学体育学部卒業。 K-1 MAX出場経験あり。アマラ忍と対戦経験あり。 丹精な顔立ちかと褐色の肌で女性からの人気があるファイターである。 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
伊礼 喜洋(いれい よしひろ、1979年5月8日 - 200… 伊礼 喜洋(いれい よしひろ、1979年5月8日 - 2002年4月9日)は、日本の男性プロボクサー。沖縄県中頭郡北谷町出身。八王子中屋ボクシングジム所属。昭和薬科大学付属高等学校、東京工科大学卒業。左フックを得意とした。 大学入学後に八王子中屋ジムに入門し、2000年6月30日、プロデビューを果たした。翌2001年11月3日、岡村正道(白井・具志堅)に3-0の判定勝利を収め、東日本フライ級新人王を獲得した。同年12月15日、竹村貴宏(明石)に2-1の判定勝利を収め、全日本フライ級新人王を獲得した。 2002年3月24日、八王子市民会館で内藤佳紀(横田スポーツ)とフライ級6回戦を行い、6R終了間際にロープダウンをとられ、55-59、55-59、56-57の0-3で判定負けとなった。
小松 則幸(こまつ のりゆき、男性、1979年4月21日 -… 小松 則幸(こまつ のりゆき、男性、1979年4月21日 - 2009年4月13日)は、日本のプロボクサー。大阪府寝屋川市出身、大阪府立枚方西高等学校卒業。第29代ならびに第34代OPBF東洋太平洋フライ級王者。入場曲は、TOM★CATの「TOUGH BOY」。 1997年9月9日、エディタウンゼントジム所属でプロデビュー。岩本和宏(尼崎亀谷)に4回引き分け。 2002年9月11日、OPBF東洋太平洋フライ級王座決定戦に挑戦。孫正五(韓国)に12R判定勝ちし王座獲得。 2003年2月16日、フィリピンGABフライ級王者でOPBF同級1位の指名挑戦者ロリー・ルナス(フィリピン)に2回TKO勝ちで初防衛に成功した。
石川 直生(いしかわ なおき、1979年4月18日 - )は… 石川 直生(いしかわ なおき、1979年4月18日 - )は、日本の男性キックボクサー。東京都出身。青春塾所属。 1998年、日本大学第一高等学校卒業。 1999年1月24日、ニュージャパンキックボクシング連盟でプロデビュー。当時は所属していた岩本道場がNJKF所属であったが、全日本キックボクシング連盟に移籍(道場名も青春塾に変更)。 2000年1月21日、2戦目かつAJKFデビュー戦で森下知之と対戦し、膝蹴りによるKO勝ちを収めた。 2003年9月、全日本フェザー級挑戦者決定戦で山本元気と対戦しKO負け。 2004年10月17日、全日本フェザー級挑戦者決定戦で山本真弘と対戦し、判定負け。 2005年6月、IKUSA-GP1回戦でTURBOにKO勝ち。
瀧谷 渉太(たきや しょうた、1979年4月15日 - )は… 瀧谷 渉太(たきや しょうた、1979年4月15日 - )は、日本のキックボクサー。KSS健生館所属。初代Krush -55kg王者。 2006年11月12日、第16回西日本新空手道交流大会 in 京都のK-2トーナメント軽量級で準優勝。 2007年5月3日、「K-2 GRAND PRIX 第18回全日本新空手道選手権大会」軽量級(60kg以下)に出場。準決勝で嶋田翔太、決勝で小山泰明に左ハイキックで一本勝ち、18歳での優勝を果たした。 2007年7月29日、18歳で全日本キックボクシング連盟興行でプロデビューし、ケンゴと対戦。左膝蹴りでKO勝ち。プロデビュー戦を勝利で飾った。 2008年1月4日、全日本キックボクシング連盟興行で菊地慧と対戦し、右前蹴りでKO勝ち。
小林 タカヤス(こばやし タカヤス、男性、1979年4月1日… 小林 タカヤス(こばやし タカヤス、男性、1979年4月1日 - )は、日本のプロボクサー。福井県福井市出身。福井県立羽水高等学校中退。川島ボクシングジム所属。 アマチュアボクシングで活躍する先輩に憧れ、高校でボクシングを始める。しかし指導内容等に疑問を抱き、退部。2年生で学校も退学した。その後、大阪のジムに入門を申し込んだものの視力が弱いことを理由に断られ、一旦プロボクサーへの道を諦めたが、当時の職場の先輩に「夢を諦めるな」と諭され奮起。当時高額だった視力回復手術の費用を稼ぐために夢中で働いた。手術後、東京の数件のジムに入門希望の電話をしたが、1件だけ親身に話を聞いてくれたところがあった。そのジムが川島ボクシングジムで、電話の相手が川島郭志(元WBC世界スーパーフライ級王者)だったと後で知り、小林は感激した。
魔裟斗(まさと、1979年3月10日 - )は、日本の元キッ… 魔裟斗(まさと、1979年3月10日 - )は、日本の元キックボクサー、タレント、俳優、スポーツ解説者。千葉県柏市出身。K-1 WORLD MAX 2003・2008世界王者。元ISKA世界ウェルター級王者。ISKA殿堂入り。 本名・旧リングネームは小林 雅人(こばやし まさと)。妻は女優・タレントの矢沢心。株式会社MASA・CHAEL所属。 所属ジムはシルバーウルフ。 千葉県柏市にて4700グラムで誕生した。小学校2年生の時に両親の都合で千葉県柏市から沖縄県へ引っ越す。小学校6年生の時に再び両親の都合により埼玉県朝霞市へ転居。小学6年次・中学校・高校時代を朝霞市で過ごす。埼玉栄高校へ進学するも中退。
山崎 静代(やまさき しずよ、1979年〈昭和54年〉2月4… 山崎 静代(やまさき しずよ、1979年〈昭和54年〉2月4日 - )は、日本の女性お笑いタレント、女優、元ボクサー。お笑いコンビ南海キャンディーズのボケ担当。愛称は、しずちゃん。相方は、山ちゃんこと山里亮太。 京都府福知山市生まれ、大阪府茨木市育ち。吉本興業所属。NSC大阪校22期と同期扱い。夫は俳優の佐藤達。 誕生時の体重が5000gという大きめの体で産まれた。 茨木市立春日小学校、茨木市立西中学校、大阪府立茨木西高等学校、聖和大学短期大学部卒業。 中学では陸上部に、高校では女子サッカー部に所属。高校の先輩に、ナインティナイン、元ビッキーズのすっちーがいる。 幼い頃からおニャン子クラブや南野陽子などのアイドルに憧れ、全日本国民的美少女コンテストやモーニング娘。
石井 宏樹(いしい ひろき、1979年1月16日 - )は、… 石井 宏樹(いしい ひろき、1979年1月16日 - )は、日本の男性キックボクサー。東京都目黒区出身。新日本キックボクシング協会ライト級王者。7連続KO、8度の王座防衛を果たし、日本人4人目のラジャダムナン・スタジアム王座(スーパーライト級)を獲得。ラジャダムナン・スタジアム並びにルンピニー・スタジアムの王者となった5人の外国人選手で初めて防衛戦に勝利した。 入場曲は、SPENTE LE STELLE(スペンテ・レ・ステッレ)。 中学時代は太っておりダイエットのため高校入学後、15歳で目黒ジムに入門した。 2000年5月、ムアンファーレッグに押され判定ドロー。2002年1月、ムアンファーレッグにTKO負け。
藤原 あらし(ふじはら あらし、1978年12月22日 - … 藤原 あらし(ふじはら あらし、1978年12月22日 - )は、日本の男性キックボクサー。和歌山県出身。元WPMF世界スーパーバンタム級王者。日本人としては異例のムエタイの本場ルンピニースタジアムのトップ選手。バンゲリングベイ・スピリット所属。サウスポースタイル。 苗字は「ふじわら」ではなく、「ふじはら」と読む。 高校時代は陸上中距離の選手として、近畿大会に出場するなど活躍していた。この時にキックボクシングの基礎となる脚力、スタミナなどが鍛えられた。 大学時代は入学当初から明治大学キックボクシング部に所属し、全日本学生キックボクシング連盟主催の後楽園ホールでの試合に多数出場し経験を積んだ。当時から左ミドルキックを中心とした蹴り技が武器であった。
福原 力也(ふくはら りきや、1978年12月18日 - )… 福原 力也(ふくはら りきや、1978年12月18日 - )は、日本の元プロボクサー。千葉県出身。第30代日本スーパーバンタム級王者。ワタナベボクシングジム所属。入場テーマ曲はLinkin Parkの「Numb」。 2000年6月27日、21歳の時にスーパーバンタム級でプロデビュー、初回TKO勝ちを収めた。 2001年9月28日、東日本スーパーバンタム級新人王トーナメント準決勝で望月義将(大橋)と対戦し、判定で引き分けたが望月の優勢勝ちとなり敗退した。 2004年1月21日、元日本フェザー級王者の雄二・ゴメス(八王子中屋)に8回KO勝ちを収めた。この試合後、福原は日本ランクを獲得、雄二・ゴメスは3年半近くリングを去ることになった。
菊井 徹平(きくい てっぺい、1978年12月13日 - )… 菊井 徹平(きくい てっぺい、1978年12月13日 - )は、日本のプロボクサー。神奈川県小田原市出身。元日本スーパーフライ級王者。コーエイ工業小田原ボクシングジム所属選手としてプロデビュー、2000年より花形ボクシングジム所属。2009年8月よりリングネームをサラリーマン 徹平と改めた。 小学6年生の時にコーエイ工業小田原に入門。花形ジムでは星野敬太郎の弟弟子であった(世界王者時代のスパーリングパートナーを務めたこともある)と共に、星野が料理長を務めていた上大岡のとんかつ店でも星野の部下だった。ただし現在はいずれも退職している。 1997年4月13日、ライトフライ級でコーエイ工業小田原所属でプロデビュー。
三澤 照夫(みさわ てるお、1978年12月11日 - )は… 三澤 照夫(みさわ てるお、1978年12月11日 - )は、日本の元プロボクサー。第20代日本ミニマム級王者。埼玉県熊谷市出身。帝拳ボクシングジム所属。身長157cm。明治大学法学部卒業。 大学進学と同時に18歳で帝拳ジムに入門。鈴木啓正に指導を受ける。 1998年10月3日、プロデビュー戦に2RKO勝利を収めた。 1999年9月27日、東日本ライトフライ級新人王トーナメントに出場も、準決勝で北野隼に敗れ5連勝でストップと共に敗退。その後ライトフライ級からミニマム級に階級を落とした。 2005年3月19日、その後12戦9勝3引分で日本ミニマム級王者小熊坂諭に挑戦するが、判定で敗れ挑戦に失敗。 2005年11月8日、1勝後元日本ミニマム級王者鈴木誠との試合で10R判定勝利を収めた。
松橋 拓二(まつはし たくじ、男性、1978年12月3日 -… 松橋 拓二(まつはし たくじ、男性、1978年12月3日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道芦別市出身。帝拳ボクシングジム所属。入場曲は「必殺仕事人」のテーマ。 北海道恵庭南高等学校では3年次にウェルター級で選抜・インターハイ・国体の高校三冠を達成。高校時代の勝ち星すべてKO/RSCだった。 拓殖大学進学後も2年次に全日本選手権優勝。同年のアジア大会、翌年の世界選手権にも出場。3年次の全日本選手権も2年連続決勝進出を果たすが、後にプロで同門となる日大の佐藤幸治に敗れる。 大学卒業後、帝拳の門を叩きプロ転向。 2001年12月1日、デビュー戦を1回KO勝利で飾る。 3連続KO勝利後、2002年8月24日にByung Chul Ohに2回KO負けを喫する。
仲 宣明(なか のぶあき、1978年11月17日 - )は、… 仲 宣明(なか のぶあき、1978年11月17日 - )は、日本のプロボクサー。元日本バンタム級チャンピオン。兵庫県尼崎市出身。身長170cm。兵庫県立尼崎北高等学校卒。尼崎ボクシングジム所属。 渋る親を説得し高校でボクシングを始める。アマ戦績16戦14勝2敗。 1997年4月27日、プロデビュー。桑田貴夫に4R判定勝ちを収めた。 1998年12月19日、7連勝で全日本バンタム級新人王決定戦で晝間勇希を2RKOで下し、7連続KOで新人王となった。 2000年3月14日、その後3連勝で西岡利晃が返上し、空位の日本バンタム級王座を尾高栄一と争い、圧倒的2RTKOを下し戴冠。当時最年少10連続KOで王座奪取 池森久貴との防衛戦では疑惑の判定となったが、これを再戦で圧倒的なTKOで下したり、仲里繁らを退け7度防衛(7連続防衛)したタイトルを2002年11月30日、返上した。
辻 昌建(つじ まさたて、男性、1978年11月16日 - … 辻 昌建(つじ まさたて、男性、1978年11月16日 - 2009年3月24日)は、日本のプロボクサー。広島県広島市出身。帝拳ボクシングジム所属。崇徳高等学校、法政大学卒業。 中学時代までを似島で過ごし、その後、広島市へ移った。アマチュア時代は、高校でインターハイベスト8、大学で国体ライトフライ級準優勝の成績を残した。大学時代はボクシング部の主将も務めた。 2002年10月19日、プロデビュー戦では久田恭裕に2-0の判定勝利を収めた。2003年11月18日、熊田和真に2-1(59-57、59-57、58-59)の判定勝利。2004年4月2日、黒木健孝に3-0(78-74、78-76、78-76)の判定勝利を収めた。
大之伸 くま(だいのしん くま、1978年10月22日 - … 大之伸 くま(だいのしん くま、1978年10月22日 - )は、日本の元プロボクサー。元日本フェザー級チャンピオン。本名久間 大之伸。兵庫県尼崎市生まれの福岡県宗像郡福間町(現福津市)育ち。福岡県立水産高等学校卒。福岡ボクシングジム(旧福間スポーツ)所属。 プロデビューから26連勝の当時日本記録を達成した。 父親の影響で中学校1年よりアマチュアボクシングを始め、高校全九州フェザー級チャンピオンなどアマ戦績7勝(4KORSC)3敗を残す。 1997年3月20日、宗像ユリックスで迎えたプロデビュー戦を4回TKO勝ちを収めた。 1998年12月19日、後楽園ホールで西軍代表として全日本フェザー級新人王決定戦に出場し、東日本新人王永田書林を6R判定で下し、新人王となった。
古賀 友子(こが ともこ、1978年10月19日 - )は、… 古賀 友子(こが ともこ、1978年10月19日 - )は、日本の元プロボクサーである。福岡県大牟田市出身。現役時代は博多協栄ボクシングジム所属。YuKOフィットネスボクシングジム前会長。 小学生の頃から、ボクシングの魅力に取り付かれ、杉森女子高等学校3年で近所の鳥居ボクシング&フィットネスジムで一日体験をして更にはまりこむようになる。 20歳の時、女子プロボクシングを知り、シュガーレイジムに移籍してプロを目指す。 2003年6月25日、プロデビュー。九州初の女子プロボクサーとなる。 2006年6月10日、JWBCバンタム級王座をツバサと争うが、敗れて王座戴冠ならず。 2008年、JBCの女子公認に伴い、博多協栄ジムへ移籍。
佐藤 賢治(さとう けんじ、1978年10月16日 - )は… 佐藤 賢治(さとう けんじ、1978年10月16日 - )は、日本の元プロボクサー。福島県相馬市出身。三迫ボクシングジム所属。入場曲はB.P.2011「DANCEHALL GANGSTA」。 佐野日大付属高校を退学後に編入した西武台千葉高校からボクシングを始め、その時代の日本一の日本大学に推薦をもらい、進学。1年から活躍しだし、2年から4年まで関東大学リーグ戦に全出場し、19勝(15KO)1敗。大学2年時全日本選手権で準優勝。3年4年とライトミドル級、ミドル級優勝と2連覇を果たす。 2000年シドニーオリンピック日本代表に選出されるが、アジア予選にて敗退。 大学卒業後、三迫会長とトレーナーの三谷大和からの誘いでプロ転向。
北山 高与志(きたやま たかよし、1978年10月13日 -… 北山 高与志(きたやま たかよし、1978年10月13日 - )は、日本の男性キックボクサー。本名は北山 高与始(きたやま たかよし)。大阪府交野市出身。フリーランス。 チームドラゴン所属の選手と対戦する機会が多く、その勝率よりドラゴンキラーの異名を持つ。 現在、神戸市中央区にある特定非営利活動法人アイコラボレーション神戸で、車椅子の人たちとホームページを作る仕事をしている。 1994年、一燈園高校在学中にキックボクシングジムに入門(当時17歳)。 2000年、近畿大学在学中に関西アマチュアSB選手権大会・全日本アマチュアSB選手権大会 優勝。 2001年、就職のため、一時現役を引退。 2003年、神戸にあるS.F.Kキックボクシングジムにコーチとして入門。
加藤 督朗(かとう まさあき、1978年(昭和53年)9月2… 加藤 督朗(かとう まさあき、1978年(昭和53年)9月28日 - )は、日本の男性元キックボクサー。東京都墨田区出身。PHOENIX主宰。スネーク加藤のリングネームで知られる。元WPMF世界ウェルター級王者。 1994年(平成6年)6月、15歳で士道館扇橋道場の革命塾に入門。アマチュア制がなかったため、高校生にしてフェザー級でプロの試合に出る。しかし、5戦して4敗1分と1度も勝てなかったため、士道館総本部道場の若虎寮に入寮してキック漬けの毎日を送る。6戦目の三津山文朗戦で初勝利を飾り、「スネーク」のあだ名を授かる。 以後ジュニアライト級に転向。さらに1997年(平成9年)11月22日のエスィー樋口戦でライト級に転向すると、1998年(平成10年)1月の初代MA日本ジュニアライト級王座決定トーナメントに出場。
山本 博(やまもと ひろし、1978年〈昭和53年〉9月5日… 山本 博(やまもと ひろし、1978年〈昭和53年〉9月5日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優、声優、元プロボクサー、絵本作家、ゲーム実況者、YouTuber。お笑いトリオ・ロバートのメンバー。群馬県邑楽郡邑楽町出身。吉本興業所属。 小学校時代は少年野球で三番ショートのキャプテンを務め、陸上クラブで走り高跳びの選手だった。動けたことからバスケットのチームにも助っ人で所属。中学時代は軟式テニス部、高校で硬式テニス部に所属するが、うまく適応出来ず退部し、回転寿司屋でのアルバイトに専念。足利工業大学附属高等学校電気科卒業。 卒業後はフォークリフトの運転手として就職する予定で、内定先が決まって入社式も控えていたが、高校卒業間際、友人にお笑いの道に誘われて上京。
今井 教行(いまい のりゆき、1978年8月18日 - )は… 今井 教行(いまい のりゆき、1978年8月18日 - )は、日本の男性シュートボクサー。東京都台東区出身。2006年から2009年までのリングネームはえなり のりゆきであった。シーザージム所属(職員としても働いている)。元SB日本スーパーバンタム級暫定王者。 えなりかずきを意識した衣装で入場し、入場曲は「渡る世間は鬼ばかり」のテーマ。スパッツにはドラマに出てくる中華料理店名である「幸楽」と書かれている。親交のある三又又三が言い出したことによりえなりのりゆきというリングネームが付けられた。 弟の今井秀行も元プロシュートボクサー。 高校入学前の15歳でシーザージムに入門。 アマチュアシュートボクシングを経て、2000年3月22日にプロデビュー。
久保田 和樹(くぼた かずき、1978年7月25日 - )は… 久保田 和樹(くぼた かずき、1978年7月25日 - )は、日本の元プロボクサー。第50代日本ライト級チャンピオン。神奈川県藤沢市出身。神奈川県立藤沢北高等学校卒。相模原ヨネクラボクシングジム所属。
竹原 真敬(たけはら まさたか、1978年7月14日 - )… 竹原 真敬(たけはら まさたか、1978年7月14日 - )は、日本のプロボクサー。現在のリングネームは竹原 虎辰(たけはら こたつ)。三重県名張市生まれ、大阪府八尾市出身。緑ボクシングジム所属。日本人では数少ないヘビー級ボクサーの一人。
有永 政幸(ありなが まさゆき、1978年7月9日 - )は… 有永 政幸(ありなが まさゆき、1978年7月9日 - )は、日本の元プロボクサー。福岡県福岡市出身。第28代日本スーパーフライ級王者。第25代OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者。 1999年1月17日、関ジム所属で、デビューし4R判定勝利。 1999年12月18日、坂田健史と全日本フライ級新人王を争うも、6R判定負け。 2000年10月10日、後楽園ホールでのエキサイトボクシング、4連勝後に新日本木村ジム移籍間もない元WBA世界ライトフライ級王者山口圭司と戦い、下馬評を覆す4RKO勝利。 2001年4月20日、ジェス・マーカの持つOPBF東洋太平洋バンタム級王座に挑戦。12R判定まで持ち込むも敗れた。
石川 健太郎(いしかわ けんたろう、1978年5月24日 -… 石川 健太郎(いしかわ けんたろう、1978年5月24日 - )は、日本の総合格闘家、空手家、キックボクサー。士道館士魂村上塾愛媛所属。別名、達磨石川。愛媛県四国中央市出身。 愛媛県川之江市(現・四国中央市)に生まれる。家族は父、母、姉の4人構成。幼少期から柔道を学び、高校からフルコンタクト空手を学ぶ。小学生のころから不良少年であり、中学2年生のころから車を無免許で乗り回していた。高校に入学すると、車、バイクの無免許運転で学校に通学。休みの日もほとんど車の無免許運転で移動していた。1993年にアメリカで開催されたアルテメット大会を雑誌で知り、総合格闘技を志す。 2022年9月24日、地元の四国中央市で開催された「チャクリキ17四国中央格闘まつり」にて、プロレスラーの田馬場貴裕とMMA肘ありUFCルールで戦い、カウンターパンチからパウンドでTKO勝ち。
黒田 アキヒロ(くろだ あきひろ、1978年(昭和53年)4… 黒田 アキヒロ(くろだ あきひろ、1978年(昭和53年)4月28日 - )は、日本の男性キックボクサー。本名は黒田 哲広。神奈川県相模原市出身。フォルティス渋谷所属。神奈川県立麻溝台高校、専修大学卒業。現・J-NETWORKライト級王者。 小学校1年から高校までは野球を経験。専修大学2年時に大学のキックボクシング部に入部し、キックボクシングを始めた。大学では3試合に出場した。大学卒業後の2001年(平成13年)、増田博正に憧れてサバーイ町田ジムに入門した。 2003年(平成15年)10月19日、黒田哲広としてJ-NETWORKでプロデビュー。 2004年(平成16年)12月5日の7戦目からリングネームを黒田アキヒロに変更した。
ノブ・ハヤシ(本名:林 伸樹(はやし のぶき)、1978年4… ノブ・ハヤシ(本名:林 伸樹(はやし のぶき)、1978年4月27日 - )は、日本のキックボクサーである。徳島県徳島市出身。ドージョー・チャクリキ・ジャパン所属。通称、逆輸入ファイター。
山口 直子(やまぐち なおこ、女性、1978年4月25日 -… 山口 直子(やまぐち なおこ、女性、1978年4月25日 - )は、日本の元プロボクサー。三重県津市出身。元OPBF東洋太平洋女子スーパーフライ級王者。元WBA女子世界スーパーフライ級王者。白井・具志堅スポーツジム所属。 中学・高校と陸上をしており、津商業高等学校では、やり投げでインターハイ優勝、国体経験を持つ。 国士舘大学進学後、肘を故障したため七種競技に転向するが、結果は残せなかった。 高校・大学の1年後輩に砲丸投現日本ジュニア記録保持者の市岡寿実、大学の2年後輩に森千夏がいた。 大学卒業後、山木ジム(現山木ボクシングジム)でボクシングを始め、2001年10月10日、八木橋悦世をTKOで下しデビューを飾る。
木村 登勇(きむら のりお、1978年3月15日 - )は、… 木村 登勇(きむら のりお、1978年3月15日 - )は、日本の元プロボクサー。青森県三沢市出身。第48代日本ライト級王者。 第31代日本スーパーライト級王者。日本スーパーライト級王座は13度防衛し、同級の最多連続防衛記録。仙台ボクシングジム(現・新日本仙台ボクシングジム)所属選手としてプロデビュー後、八戸帝拳ボクシングジムを経て、2000年より横浜光ボクシングジム所属。光星学院高等学校卒業。 キックボクサーの小比類巻太信とは三沢市の同郷で、小学校から高校まで同じ学校に通い、登下校、トレーニングなどをともにした古くからの親友である。 中学2年生から八戸帝拳ボクシングジムに通う。光星学院時代、1、2年時は顧問が掛け持ちを禁止していたため部活に所属できず、3年で顧問が代わり出場できたインターハイではライトウェルター級8位の実績を残した。
中島 吉謙(なかじま よしかね、1978年2月17日 - )… 中島 吉謙(なかじま よしかね、1978年2月17日 - )は、日本のプロボクサー。新潟県新潟市出身。第28代日本スーパーバンタム級王者。角海老宝石ボクシングジム所属。 1996年5月15日、ボクシングでプロデビューを果たす。デビュー後は4戦して1勝3敗で黒星が先行し、その後勝ち負けを繰り返したが、2000年8月2日、当時日本バンタム級1位の石川浩久に3-0(100-93、99-92、99-94)の判定勝ちを収めた。 ここから連勝を重ね2003年6月7日には当時7度目の防衛戦だった安定王者渡辺純一から圧倒的不利の予想を覆し3-0の判定勝利で日本スーパーバンタム級王座を獲得すると「勝てたのはまぐれです」と控え目に語る。
中島 健(なかじま けん、1978年2月12日 - )は、日… 中島 健(なかじま けん、1978年2月12日 - )は、日本の男性プロボクサー。グリーンツダボクシングクラブ所属。北海道河西郡芽室町出身。身長163cm。北海道帯広三条高等学校、近畿大学卒業。 中学2年生からボクシングを始める。1994年、高校選抜ライトフライ級で優勝し、1996年・1998年全日本選手権でそれぞれ3位に入賞した。アマチュア戦績は、72戦58勝14敗。 1999年10月21日、プロデビュー戦で1RKO勝ち。 2001年1月28日、ロデル・マヨール(フィリピン、後のOPBF東洋太平洋ミニマム級王者)に6R判定負けでプロ初の黒星を喫した。 2004年10月11日、8連勝で元WBA世界ミニマム級王者チャナ・ポーパオイン(タイ)と戦うも、6R判定で2敗目を喫した。