勝方 恵子(かつかた けいこ、1947年 - )は、日本の教… 勝方 恵子(かつかた けいこ、1947年 - )は、日本の教育者、沖縄学研究者。早稲田大学名誉教授。学位は、博士(学術)(早稲田大学・2013年)。早稲田大学琉球・沖縄研究所元所長。 沖縄県具志川市(現うるま市)出身。第24回沖縄文化協会賞(仲原善忠賞)受賞(2002年)。アメリカ文学の研究から出発し、ジェンダー論研究、エスニシティ論研究、沖縄学研究を行う。
職業が研究者:2,457人
勝方 恵子(かつかた けいこ、1947年 - )は、日本の教… 勝方 恵子(かつかた けいこ、1947年 - )は、日本の教育者、沖縄学研究者。早稲田大学名誉教授。学位は、博士(学術)(早稲田大学・2013年)。早稲田大学琉球・沖縄研究所元所長。 沖縄県具志川市(現うるま市)出身。第24回沖縄文化協会賞(仲原善忠賞)受賞(2002年)。アメリカ文学の研究から出発し、ジェンダー論研究、エスニシティ論研究、沖縄学研究を行う。
坂野 仁(さかの ひとし、1947年 - )は、日本の生命科… 坂野 仁(さかの ひとし、1947年 - )は、日本の生命科学研究者、神経生物学者、分子生物学者、免疫学者。理学博士。東京大学名誉教授。 福井県の商人の家に生まれる。文筆家を志したこともあったが、大病を経て、研究者の進路を選ぶ。京都大学の小関治男研究室の志村令郎准教授の下でRNAのプロセシングの研究を行い、博士号を取得する。海外に渡り、利根川進研究室でのちにノーベル賞の受賞対象となるV(D)J遺伝子再構成の分子機構の解明を行う。カリフォルニア大学バークレー校教授を勤めた後、帰国し、東京大学で嗅覚神経を扱う神経生物学の研究室を主宰する。1つの嗅覚神経細胞の中には1000個もある嗅覚受容体の中からたった1つの嗅覚受容体のみが選択的に発現されているという「1神経・1受容体」ルールの解明や、嗅覚神経が嗅球へ秩序だって投射する機構の解明などを行った。
芦川 進一(あしかわ しんいち、1947年 - )は、ドスト… 芦川 進一(あしかわ しんいち、1947年 - )は、ドストエフスキー研究者。 静岡県三島市生れ。哲学者小出次雄(1901-90、小出正吾の弟)に師事。静岡県立沼津東高等学校を経て東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業。 マヤコフスキー学院でロシア語を学んだ後、東京大学大学院比較文学比較文化専攻に進み、修士課程及び博士課程にてドストエフスキイにおけるキリスト教思想を研究する。津田塾大学講師としてドストエフスキイ・比較文学の講義を担当した。のち代々木ゼミナール講師を経て、現在河合塾英語科専任講師。河合文化教育研究所研究員でもあり、1987年より「ドストエフスキイ研究会」を主宰、後進を育成している。
中村 愿(なかむら すなお、1947年(昭和22年) - )… 中村 愿(なかむら すなお、1947年(昭和22年) - )は、日本の中国研究者、岡倉天心研究家。 福岡県京都郡豊津町(現・みやこ町)生まれ。小倉工業高校化学科卒業。雑誌『中国』(徳間書店)の編集にたずさわり、1985年神保町に中国美術の店蘭花堂を開く。
岡田 誠之(おかだ せいし、1947年 - )は、日本の研究… 岡田 誠之(おかだ せいし、1947年 - )は、日本の研究者。東北文化学園大学名誉教授及び客員教授。岡山県生まれ。 1970年(昭和45年)関東学院大学工学部建築設備学科入学、修士課程を経て1983年(昭和58年)、関東学院大学大学院博士課程修了(工学博士)。1984年3月まで関東学院大学助手を務める。1996年4月から1998年3月まで日本水工設計株式社・上席調査役就任。 1998年2月から2000年3月まで東北科学技術短期大学建築設備環境学科・教授に就任。1999年4月から2015年まで東北文化学園大学科学技術学部環境計画工学科(現:建築環境学科)教授に就任。2011年から2015年3月まで学校法人東北文化学園大学理事に就任。
釈 悟震(しゃく ごしん、1947年 - )は、インド学仏教… 釈 悟震(しゃく ごしん、1947年 - )は、インド学仏教学、宗教学、比較宗教学の研究者。博士 (仏教学)。出家比丘僧。公益財団法人中村元東方研究所(東京)副総括研究員、東方学院(東京)講師。元東京大学講師。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
日野 安昭(ひの やすあき、1947年 - )は、日本のドイ… 日野 安昭(ひの やすあき、1947年 - )は、日本のドイツ文学の研究者である。名古屋工業大学大学院工学研究科教授。東京都生まれ。
松村 健吾(まつむら けんご、1947年 - )は、日本の哲… 松村 健吾(まつむら けんご、1947年 - )は、日本の哲学研究者、大東文化大学名誉教授。 愛媛県の弓削島に生まれ、同地の小中学校、今治西高を経て、1970年、埼玉大学教養学部卒業。その後、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。大東文化大学文学部教授を経て同大学名誉教授。2005年、『初期ヘーゲル論考』で一橋大学より博士(社会学)を取得。審査員は島崎隆、岩佐茂、平子友長。
鈴木 款(すずき よしみ、1947年 - )は、海洋科学研究… 鈴木 款(すずき よしみ、1947年 - )は、海洋科学研究者。現在、静岡大学教授。 1972年3月・静岡大学工学部卒業、1981年7月・理学博士(名古屋大学)。 「海洋におけるセレンの地球化学的研究 」。 2010年8月に第25回海洋化学学術賞、2011年7月には第4回海洋立国推進功労者(内閣総理大臣表彰)を受彰。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
赤川 彰彦(あかがわ あきひこ、1947年 - )は、愛知県… 赤川 彰彦(あかがわ あきひこ、1947年 - )は、愛知県出身の研究者。三菱総合研究所客員研究員。
岡田 明憲(おかだ あきのり、1947年 - )は日本の宗教… 岡田 明憲(おかだ あきのり、1947年 - )は日本の宗教学者、ゾロアスター教研究者、マズダ・ヤスナの会代表。東京生まれ。 1973年、東洋大学文学部仏教学科卒業後、インド、イランをフィールドワーク。1979年、東海大学文明学科博士課程修了。 いわゆる京都学派の哲学者高山岩男の指導を受ける。イラン学、インド学、古代文明学、オリエント学研究者。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
荒井 利明(あらい としあき、1947年 - )は、日本の中… 荒井 利明(あらい としあき、1947年 - )は、日本の中国研究者。 元滋賀県立大学教授(現代中国論担当)。専攻は、現代中国論、中国地域文化論、中国語文献購読、現代中国特論。石川県出身。 東京大学教養学部在学中に中国の文化大革命に触れ、北京特派員を目指す。1971年に大学卒業後、読売新聞社に入社。1980年2月から北京特派員、1985年5月からバンコク特派員、1997年9月からロンドン特派員、1999年8月から論説委員を経て、2006年から滋賀県立大学教授、2013年同定年退職。 新聞社勤務の経験を生かし、「中国はどこへ向かっているのか」、「日中関係はいかにあるべきか」といった問いを探求している。
清水 哲郎(しみず てつろう、1947年 - )は、日本の哲… 清水 哲郎(しみず てつろう、1947年 - )は、日本の哲学研究者、東北大学名誉教授。 東京都生まれ。1968年東京大学理学部天文学科卒、同年東京都立大学人文学部哲学専攻に学士入学、72年卒業、77年同大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学、同大学助手、80年北海道大学文学部助講師、82年助教授、93年東北大学文学部助教授、90年「オッカムの言語哲学」で都立大文学博士。96年教授、2007年東京大学人文社会系研究科教授、東北大名誉教授。2012年定年、死生学応用センター特任教授。2017年、岩手保健医療大学学長に就任。その後2021年に退任。 この項目は、哲学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:哲学)。
細川 亮一(ほそかわ りょういち、1947年 - )は、日本… 細川 亮一(ほそかわ りょういち、1947年 - )は、日本の哲学研究者。九州大学名誉教授。 東京都生まれ。1970年東京大学文学部卒業。75年同大学院博士課程満期退学。山口大学講師、1980年九州大学文学部助教授、のち教授。1984-1986年フンボルト奨学生としてドイツに学ぶ。1991年「意味・真理・場所 -ハイデガーの存在の問い」で東大文学博士。九州大学人文科学研究院教授。2012年定年退任。
芋川 玄爾(いもかわ げんじ、1947年 - )は、日本のス… 芋川 玄爾(いもかわ げんじ、1947年 - )は、日本のスキンサイエンス研究者。スキンサイエンス研究所所長及び宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター特任教授。医学博士。専攻分野は、皮膚科学、化粧品科学、細胞生物学、生化学など。 新潟県新潟市生まれ。名古屋大学工学部応用科学修士課程修了後、花王株式会社研究所を経て、神戸大学医学部皮膚科研究生となる。花王株式会社ではビオレやキュレルシリーズの開発を行った。同大で医学博士を取得後、計8大学の医学部皮膚科にて非常勤講師を歴任。2007年に東京工科大学応用生物学部教授に就任。中部大学生物機能開発研究所客員教授、アメリカ合衆国オハイオ大学Eduson Biotechnology Institute客員教授を経て、現在スキンサイエンス研究所所長及び宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター特任教授。
北田 幸恵(きただ さちえ、1947年 - )は、日本近代文… 北田 幸恵(きただ さちえ、1947年 - )は、日本近代文学の研究者。 北海道中標津町出身。1969年北海道教育大学卒業、1977年北海道大学大学院文学研究科博士課程修了。 1970年代には須見容子の筆名で、宮本百合子研究を『民主文学』誌に書いたり、宮本百合子の『道標』の新日本文庫版の解説を書いたりしていた。 その後、研究に専念し、近代文学をジェンダー論と関係づける研究を多く試みる。城西国際大学の教授をつとめた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
川井 良介(かわい りょうすけ、1947年 - )は、日本の… 川井 良介(かわい りょうすけ、1947年 - )は、日本のメディア研究者、東京経済大学コミュニケーション学部教授。専門は、出版論、雑誌論。 1972年に明治大学商学部を卒業し、1976年に明治大学大学院政治経済学研究科修士課程を修了した(政治学修士)。1979年、上智大学大学院文学研究科博士課程単位取得(新聞学専攻)。 大学院を離れて以降は、藤竹暁・山本明 編『図説 日本のマスコミュニケーション』の編集作業の裏方を務め、分担執筆も行なったり、清水英夫の推薦を得て『世界大百科事典』(平凡社)や『日本大百科全書』(小学館)に寄稿するなど、専業非常勤講師の立場で教育・研究活動に従事した。川井自身をこの時期を「高学歴フリーターの生活」であったと回顧している。
佐久間 保明(さくま やすあき、1947年(昭和22年) -… 佐久間 保明(さくま やすあき、1947年(昭和22年) - )は、日本近代文学研究者、武蔵野美術大学教授。福岡県生まれ。早稲田大学教育学部国語科卒業、同大学院博士課程後期日本文学専攻満期退学。高等学校教諭、1988年武蔵野美術大学講師、助教授、1995年教授。
棚橋 正博(たなはし まさひろ、1947年 - )は、日本近… 棚橋 正博(たなはし まさひろ、1947年 - )は、日本近世文学研究者、帝京大学元教授。秋田県秋田市土崎港出身。 1972年早稲田大学文学部卒業。1978年同大学院文学研究科日本文学専攻修士課程修了。1995年早稲田大学より「江戸戯作文藝の研究」で文学博士の学位を取得。1981年帝京大学文学部講師。1989年助教授。1996年教授。1987年、窪田空穂賞受賞。 滑稽本・黄表紙など近世後期戯作が専門であるが、ほかに近世の実態を知らしめる一般書も著す。一方で、日本国語大辞典・大辞泉(小学館)・古語辞典など辞典の編集も手懸ける。 経済学者の中村達也とは母方の従兄弟にあたる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
須田 朗(すだ あきら、1947年 - )は、日本の哲学研究… 須田 朗(すだ あきら、1947年 - )は、日本の哲学研究者。中央大学名誉教授。専門は、ドイツ近現代哲学。 1947年、千葉県市原市で生まれた。1965年に千葉県立千葉東高等学校を卒業し、山形大学文理学部文学科に進学。哲学を専攻し、1969年に卒業。東北大学大学院文学研究科哲学専攻に進み、1972年に修士課程を修了。1973年に博士課程を単位取得退学した。 同1973年、東北大学文学部助手に採用された。1978年、弘前大学教養部助教授に就いた。1984年に中央大学文学部助教授に転じた。1989年に文学部教授昇格。2017年に中央大学を退職し、名誉教授となった。 専門はドイツ近現代哲学で、カント及びマルティン・ハイデッガーの研究を主としている。
中島 利郎(なかじま としを、1947年 - 2025年5月… 中島 利郎(なかじま としを、1947年 - 2025年5月25日)は、日本の中国・台湾文学研究者、岐阜聖徳学園大学名誉教授。 北海道小樽市生まれ。1978年関西大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学、大阪経済大学助教授、1990年聖徳学園岐阜教育大学助教授、岐阜聖徳学園大学教授。はじめ清末小説を研究していたが、その後研究の中心を台湾文学に移し多くの業績をあげる。1970年代から1990年代にかけて咿啞之会を主宰し、中国近現代文学研究誌『咿啞』を1号(1973年12月)から28号(1995年12月)まで刊行。咿啞は幼児が言葉を発する時の音写。 2025年5月25日に死去。享年78。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
山田 俊幸(やまだ としゆき、1947年〈昭和22年〉 - … 山田 俊幸(やまだ としゆき、1947年〈昭和22年〉 - 2024年〈令和6年〉11月3日)は、日本近代文学研究者、少女文化研究者。元帝塚山学院大学教授。 新潟県柏崎市生まれ。國學院大學文学部卒業。帝塚山学院大学文学部助教授、教授、リベラルアーツ学部教授を歴任。日本絵葉書会会長。大正イマジュリィ学会常任委員。『一寸』同人。 2024年11月3日、多臓器不全のため死去。77歳没。
西ヶ谷 恭弘(にしがや やすひろ、1947年 - 2025年… 西ヶ谷 恭弘(にしがや やすひろ、1947年 - 2025年1月1日)は、日本の城郭研究者。 神奈川県横浜市出身。専修大学学部卒。東京大学文学部大学院国史研究生等でも学ぶ。 高校時代に大類伸先生・鳥羽正雄先生・伊礼正雄先生・桜井成廣先生に関東地方の中世城郭のご指導を得、くまなく先生方と歩き学んだ。大学に入り、学生研究会で杉山博先生と出会い、戦国時代と城の見方を直接学んだ。名著出版編集部において月刊『歴史手帖』編集長、東京都荒川区史編纂委員、東京都江東区船番所発掘調査団長、土浦城発掘調査団長、古河城発掘調査団長等々を歴任。その後、立正大学文学部史学科講師、日本城郭資料館長、日本城郭史学会代表、板橋区郷土資料館運営協議会会長として、また朝日カルチャーセンター常任講師(33年間)、クラブツーリズム常任講師(13年間)を務められた。
天野 正幸(あまの まさゆき、1947年 - 2018年11… 天野 正幸(あまの まさゆき、1947年 - 2018年11月27日)は、日本の哲学研究者、東京大学名誉教授。ギリシャ哲学を専攻。 兵庫県西宮市生まれ。 灘高等学校を経て、1971年東京大学文学部哲学科卒、1975年東京大学大学院人文科学研究科博士課程(哲学)中退、山形大学人文学部講師(倫理学)、1981年助教授、1985年東北大学文学部助教授(哲学)、1989年東京大学文学部助教授(哲学)、1993年教授。1998年「プラトン哲学の発展史的研究」で東大文学博士。2012年定年退任、名誉教授。 2018年11月27日死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
服部 民夫(はっとり たみお、1947年 - 2015年8月… 服部 民夫(はっとり たみお、1947年 - 2015年8月5日)は、日本の社会学者、韓国経済研究者、東京大学名誉教授。元現代韓国朝鮮学会会長。組織学会高宮賞受賞。 1971年、同志社大学文学部社会学科卒業。アジア経済研究所に入所。在職中、ソウル大学校、ハーバード大学客員研究員を務めた。 1991年、東京経済大学経営学部教授。 1996年、同志社大学文学部社会学科教授。 2002年、東京大学学大学院人文社会系研究科教授。 2004年、現代韓国朝鮮学会会長(2006年まで)。 2012年、東大を定年退職し、東京大学名誉教授。
天野 文雄(あまの ふみお、1946年12月20日 - )は… 天野 文雄(あまの ふみお、1946年12月20日 - )は、日本の美学者、能楽研究者。京都造形芸術大学舞台芸術センター所長、大阪大学名誉教授。 東京都八王子市生まれ。早稲田大学第一法学部卒業後、編集者などを経て國學院大學文学部に学士入学。1980年同大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。1996年『翁猿楽研究』で法政大学文学博士、また同書で観世寿夫記念法政大学能楽賞を受賞する。上田女子短期大学助教授、大阪大学文学部助教授を経て、1996年教授。2006年大阪大学文学部長に就任。2008年『世阿弥がいた場所』で河竹賞受賞。2006年より2014年まで日本演劇学会会長。2010年大阪大学を定年退職、名誉教授となる。
三浦 雅士(みうら まさし、1946年12月17日 - )は… 三浦 雅士(みうら まさし、1946年12月17日 - )は、日本の編集者、文芸評論家、舞踊研究者。日本芸術院会員。1978-80年は執筆時に今井裕康というペン・ネームを使用した。 「ユリイカ」「現代思想」の編集長を経て評論家に。文学、芸術、思想を中心に批評活動を展開する。著書に『メランコリーの水脈』(1984年)、『小説という植民地』(1991年)、『考える身体』(1999年)、『人生という作品』(2010年)など。 青森県弘前市出身。青森県立弘前高等学校卒業。 1969年、青土社創業とともに入社、『ユリイカ』創刊に参画。1972年より『ユリイカ』編集長。1975年より『現代思想』編集長。1982年退社。
服部健二(はっとり けんじ、1946年12月9日- )は、日… 服部健二(はっとり けんじ、1946年12月9日- )は、日本の哲学研究者、立命館大学名誉教授。 大阪府大阪市旭区生まれ。大阪府立北野高等学校卒、1971年四国学院大学人文学科卒業。1977年立命館大学大学院文学研究科西洋哲学専攻博士課程単位取得退学。1981年立命館大学文学部助教授、91年教授、97-99年文学部長、2012年名誉教授。
高橋 和夫(たかはし かずお、1946年12月5日 - 20… 高橋 和夫(たかはし かずお、1946年12月5日 - 2021年12月20日)は、日本の哲学者、スウェーデンボリ研究者、文化女子大学名誉教授。日本スウェーデンボルグ協会会員。 新潟県佐渡市生まれ。1973年学習院大学文学部哲学科卒、80年同大学院博士課程満期退学。文化女子大学文学部講師、助教授、現代文化学部教授、学部長。2012年名誉教授。
武井 協三(たけい きょうぞう、1946年(昭和21年)11… 武井 協三(たけい きょうぞう、1946年(昭和21年)11月20日 - )は、日本の演劇研究者。国文学研究資料館・総合研究大学院大学名誉教授。専門は日本近世演劇(歌舞伎・人形浄瑠璃)。 京都生まれ。1971年早稲田大学文学部演劇学卒、1974年同大学院演劇専攻修士課程修了。園田学園女子大学講師、助教授、国文学研究資料館教授、総合研究大学院大学教授(併任)。その間にロンドン大学客員教授。1999年「若衆歌舞伎・野郎歌舞伎の研究」で早大博士(文学)。2012年国文学研究資料館を定年退任、名誉教授。 2001年『若衆歌舞伎・野郎歌舞伎の研究』で日本演劇学会河竹賞受賞。
川村 晃生(かわむら てるお、1946年〈昭和21年〉11月… 川村 晃生(かわむら てるお、1946年〈昭和21年〉11月4日 - )は、日本の文学研究者・国文学者。学位は、文学博士(慶應義塾大学・論文博士・1991年)。慶應義塾大学名誉教授。現在は市民運動家。「緑のイーハトーブ」代表。 山梨県甲府市生まれ。1965年山梨県立甲府第一高等学校卒業、1969年慶應義塾大学文学部文学科国文学専攻卒業。1976年同大学院文学研究科国文学専攻後期博士課程単位取得退学。同年慶應義塾大学文学部非常勤講師となり1979年同助手、1982年助教授、1992年教授。1995年文学研究科委員。2012年定年退任、名誉教授。 1981年 「僧正遍照-その詠歌の特質をめぐって」ほか過去の業績に対し第7回日本古典文学会賞受賞。
半田 宏(はんだ ひろし、1946年10月22日 - )は、… 半田 宏(はんだ ひろし、1946年10月22日 - )は、日本の医師、研究者。東京工業大学名誉教授。東京工業大学教授、国立遺伝学研究所客員教授、慶應義塾大学客員教授、東京医科歯科大学客員教授、東京農業大学非常勤講師、産業技術総合研究所の客員研究員、信州大学特任教授、東京医科大学特任教授等を歴任。 「サイエンスは個性とプライド」、「優れた基礎研究は必ず応用に結び付く」を研究教育モットーとして、「個性的な発想、初心、失敗を恐れず何事にも前向き、ブレずにやり抜く」を念頭に置き、異分野融合研究を実践。 特定タンパク質を捕まえるアフィニティナノビーズ(SG/FGビーズ)を作製し、ケミカルバイオロジーに応用。
中ノ堂 一信(なかのどう かずのぶ、1946年10月11日 … 中ノ堂 一信(なかのどう かずのぶ、1946年10月11日 - )は、日本の美術史研究者。京都造形芸術大学教授(芸術表現・アートプロデュース学科)。専門は工芸文化史、生活芸術史。東洋陶磁学会、芸能史研究会、意匠学会に所属。 京都府京都市生まれ。立命館大学文学部史学科卒業後、東京国立近代美術館(主任研究官)、国立国際美術館(学芸課長)を経て現職。1993年 - 94年には文化庁在外研究員としてオランダ、フランス、米国で研究活動に従事。1997年にはオーストラリア政府招聘美術館研究員として近代日本工芸作品の調査に参加した。研究活動の他、各地での講演や、展覧会の企画などにも携わる。
栗原 敦(くりはら あつし、1946年10月9日 - )は、… 栗原 敦(くりはら あつし、1946年10月9日 - )は、日本近代文学研究者。実践女子大学名誉教授。英文学者の栗原裕は兄。 群馬県渋川市生まれ。1965年群馬県立前橋高等学校を経て、1970年東京教育大学文学部国文科を卒業後、1972年同大学院修士課程を修了し、立正女子大学(現・文教大学)専任講師となる。1977年金沢大学法文学部専任講師、1980年助教授。1982年実践女子大学文学部助教授を経て、教授となる。 金沢大学在勤当時に、同大学図書館所蔵の暁烏敏文庫に、宮沢賢治の父である宮沢政次郎から暁烏に送られた書簡が残っていることを発見して、1981年に『宮沢賢治周辺資料 : 金沢大学暁烏文庫蔵 暁烏敏宛 宮沢政次郎書簡集』として刊行した。
竹長吉正(たけなが よしまさ、1946年10月3日- )は、… 竹長吉正(たけなが よしまさ、1946年10月3日- )は、日本の国語教育学者、児童文学作家、日本近代文学研究者、埼玉大学名誉教授。筆名・吉志海生(きっし・かいせい)。 福井県美浜町に生まれる。東京学芸大学卒業。大東文化大学大学院日本文学研究科修士課程修了。東京学芸大学大学院教育学研究科国語教育修士課程修了。埼玉県立羽生高等学校教諭、埼玉県立菖蒲高等学校教諭、東京学芸大学附属高等学校大泉校舎教諭、埼玉大学教育学部助教授、教授、2010年定年退任、名誉教授。白鴎大学教授、2017年退職。埼玉県立衛生短期大学(現・埼玉県立大学)、群馬県立女子大学などでも講義を行った。日本近代文学、児童文学、国語教育の講義を行う。
瞳 みのる(ひとみ みのる、本名:人見 豊【読みは同じ】、1… 瞳 みのる(ひとみ みのる、本名:人見 豊【読みは同じ】、1946年9月22日 - )は、日本のドラマー、中国文学・中国語研究者。グループ・サウンズ:『ザ・タイガース』のメンバーとして活躍。ザ・タイガース解散以後は慶應義塾高等学校教諭として中国語・漢文を担当し、漢文・中国語関連参考書を出版したことでも知られる。近年は作詞、作曲、訳詩、戯曲の原作、脚本、日中近代音楽の交流史の研究などを行なっているが、旧ザ・タイガースのメンバーとの音楽活動を再開したり、自らバンドを組織したり、戯曲の原作やプロデュースによる独自の芸能活動・執筆活動も行っている。2016年は初めて自らのバンドにて、北京で公演を行った。
神野志 隆光(こうのし たかみつ、1946年9月19日 - … 神野志 隆光(こうのし たかみつ、1946年9月19日 - )は、日本の日本文学研究者。学位は文学博士(東京大学・論文博士・1994年)。東京大学名誉教授、明治大学特任教授。 和歌山県海南市に生まれる。和歌山県立桐蔭高等学校、1970年に東京大学文学部国文科卒、1974年に同大学大学院博士課程中退。 名古屋大学助教授、1986年に東京大学教養学部助教授、1991年に教授。1994年に「柿本人麻呂研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。2001年に三島海雲財団記念学術奨励金を授与される。2010年に定年退任、明治大学特任教授。 『古事記』など上代文学を専門とするが、特に天皇制を相対化し捉えた研究をしている。
揖斐 高(いび たかし、1946年9月18日 - )は、日本… 揖斐 高(いび たかし、1946年9月18日 - )は、日本の近世日本文学研究者。学位は文学博士(1999年)。近世漢詩、特に柏木如亭が専門。成蹊大学名誉教授。日本学士院会員。紫綬褒章・瑞宝重光章受章。 1946年、福岡県で生まれた。東京大学文学部国文科で学び、1971年に卒業。同大学大学院文学研究科に進み、大学院生時代に、富士川英郎『江戸後期の詩人たち』に出会い、近世漢文学研究を志した。1976年に博士課程を単位取得満期退学。 その後は成蹊大学で教鞭を執った。1999年、学位論文『江戸詩歌論』を東京大学に提出して文学博士号を取得。2017年、日本学士院会員に選出された。 2021年1月、皇居での講書始の儀で進講を務めた。
井上 義夫(いのうえ よしお、1946年9月 - )は、日本… 井上 義夫(いのうえ よしお、1946年9月 - )は、日本の文芸評論家、イギリス文学研究者、翻訳家。一橋大学名誉教授。和辻哲郎文化賞受賞。 徳島県生まれ。徳島県立城南高等学校を経て、1969年一橋大学経済学部卒業、1974年一橋大学大学院社会学研究科博士課程中退。指導教官は増谷外世嗣。同年相模女子大学短期大学部専任講師、1976年助教授、1980年一橋大学法学部助教授、1983年から1985年ケンブリッジ大学客員研究員、1990年一橋大学教授、1998年から1999年、2000年から2002年評議員、2000年言語社会研究科長、2003年から2004年にウィーン大学客員教授。2010年一橋大学名誉教授、一橋大学大学院言語社会研究科特任教授、テクスト研究学会会長。
佐藤 一郎(さとう いちろう、1946年8月26日 - )は… 佐藤 一郎(さとう いちろう、1946年8月26日 - )は、日本の男性画家であり、絵画材料学、絵画技術学の研究者である。1999年から2014年に東京芸術大学教授を務め、定年退職後、2014年から2019年まで金沢美術工芸大学大学院専任教授、2019年から2025年まで東北生活文化大学学長。。 マックス・デルナーの『絵画技術体系』の訳者にしてウィーン幻想派の画家ルドルフ・ハウズナーに師事した画家にふさわしい、混合技法による数々の絵画を描いている。それは、グレーズ (彩色技術)(英語版)やインプリマトューラといった技法を巧みに用い、強い光沢を備えているものもそれでいてくどくない、油絵具の透明性や物体性を活かした霊妙な作品である。
西岡 直樹(にしおか なおき、1946年8月14日 - )は… 西岡 直樹(にしおか なおき、1946年8月14日 - )は、日本のインド・ベンガル研究者、エッセイスト。 宮崎県生まれ。宇都宮大学農学部卒業。1973年から1978年まで、インド・西ベンガル州のシャンティニケトン大学、カルカッタのジャドブブル大学で、ベンガル語を学んだ。その傍らインド北部の村々を回り、少数民族や、民族創世物語、植物に関する著書を刊行。
関沢 英彦(せきざわ ひでひこ、1946年7月27日 - )… 関沢 英彦(せきざわ ひでひこ、1946年7月27日 - )は、発想コンサルタント、コピーライター、生活・広告・コミュニケーション戦略・創造性の研究者。東京経済大学名誉教授。 東京都出身。慶應義塾大学法学部卒業。博報堂入社後、コピーライター。博報堂生活総合研究所設立と同時に、同所。主席研究員を経て、所長(1996年-2004年)。後に顧問(2004年-2015年)。現在、博報堂DYMPメディア環境研究所顧問。公益財団法人博報堂教育財団評議員。 2003年、東京経済大学コミュニケーション学部教授(2017年まで)。広告論・コミュニケーション戦略論・コンセプトと表現・日本語ワーショップなどを担当。
倉沢 愛子(くらさわ あいこ、1946年7月26日 - )は… 倉沢 愛子(くらさわ あいこ、1946年7月26日 - )は、日本の東南アジア社会史研究者。慶應義塾大学経済学部名誉教授。学位は、Ph.D.(コーネル大学[要文献特定詳細情報]・1988年)、学術博士(東京大学・論文博士・2012年)。 大阪市生まれ。東京大学在学中から日本占領期のインドネシア史を研究対象とした。その後、インドネシア研究の世界的拠点であるコーネル大学大学院に留学。後に、同大学で博士号を取得。同博士論文は『日本占領下のジャワ農村の変容』として日本で出版され、1992年のサントリー学芸賞を受賞した[要出典]。その後、視点を現代のインドネシア社会に移し、現地での生活とフィールドワークを通じて、開発政策の中で変容していく庶民の地域生活を分析、研究している。
水田 英実(みずた ひでみ、1946年7月5日 - )は、西… 水田 英実(みずた ひでみ、1946年7月5日 - )は、西洋中世哲学研究者、広島大学名誉教授。 神奈川県生まれ。1969年京都大学文学部哲学科卒、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1995年「トマス・アクィナスの知性論」で広島大学文学博士。 福井大学教育学部講師、助教授、1989年広島大学文学部助教授、1996年教授。2010年定年、名誉教授、放送大学客員教授。広島大学中世研究会を組織した。
岡部 佳世(おかべ かよ、1946年5月23日 - 202… 岡部 佳世(おかべ かよ、1946年5月23日 - 2023年2月26日)は、日本の地理空間情報学研究者。地理情報システムを適用して屋外レクレーション空間、公園、野鶏の空間行動、農村女性問題などの分析や、地域文化活動の推進をおこなった。
高橋 康夫(たかはし やすお、1946年4月24日 - 20… 高橋 康夫(たかはし やすお、1946年4月24日 - 2023年4月14日)は、日本の建築史・都市史研究者。位階は従四位。京都大学名誉教授。 1946年、大阪府で生まれた。1965年、大阪府立天王寺高等学校を卒業し、京都大学工学部建築学科に進学。1969年に卒業。同大学大学院に進み、1971年に修士課程を修了。 修了後は、京都大学工学部助手に採用された。1980年、学位論文『中世京都の展開過程に関する都市史的研究』を京都大学に提出して工学博士の学位を取得。1981年に講師、1987年に助教授、1995年に教授に昇任。2010年に京都大学を定年退職し、名誉教授となった。同年4月からは花園大学教授として教鞭を執った。
木村 一信(きむら かずあき、1946年4月24日 - 20… 木村 一信(きむら かずあき、1946年4月24日 - 2015年9月26日)は、日本近代文学研究者。学位は、文学博士(立命館大学・論文博士・2000年)。熊本県立熊本女子大学助教授・立命館大学教授などを経て、立命館大学名誉教授。 福岡市生まれ。関西学院大学文学部日本文学科卒、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。2010年4月にプール学院大学・プール学院大学短期大学部学長に就任。2015年4月からは大阪成蹊短期大学学長。現職のまま、2015年9月26日午後11時34分大阪府の高槻赤十字病院にて、すい臓癌のため逝去。 主として中島敦を研究し、昭和初期の南方における文学について考究した。
宝賀 寿男(ほうが としお、1946年4月17日 - )は、… 宝賀 寿男(ほうが としお、1946年4月17日 - )は、日本及び北東アジアの古代史・系譜の研究者。日本家系図学会の会長(2009年 - )であり家系研究協議会の2代会長。(2012年 - 2024年)元大蔵省(現財務省)の官僚。2003年から弁護士。 北海道札幌市に生まれる。1965年、札幌第一高等学校卒業。1969年、東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業後、大蔵省に入省(関税局企画課配属)。省内各局・国税庁などのほか、外務省(在中国大使館)、経済企画庁でも勤務する。1993年6月より富山県副知事となり、1995年に理財局たばこ塩事業審議官。1996年7月に東京税関長。1997年7月より関税局担当の大臣官房審議官。
岩佐 壯四郎(いわさ そうしろう、1946年4月 - )は、… 岩佐 壯四郎(いわさ そうしろう、1946年4月 - )は、日本近代文学研究者、関東学院大学名誉教授。専攻は日本近代文学、比較文学。 島根県生まれ。1969年早稲田大学教育学部国文科卒、1977年早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。1976年山口女子大学講師。1979年関東学院女子短期大学助教授、1998年『抱月のベル・エポック』でサントリー学芸賞受賞、2001年関東学院大学文学部教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
河田 恵昭(かわた よしあき、1946年3月4日 - )は、… 河田 恵昭(かわた よしあき、1946年3月4日 - )は、日本の研究者。京都大学名誉教授、関西大学社会安全研究センター長・特別任命教授、人と防災未来センター所長。東日本大震災復興構想会議委員。正確な漢字表記は「恵」ではなく「惠」である。工学博士。大阪府出身。 日本自然災害学会会長や、日本災害情報学会会長を歴任するなど、災害分野における著名研究者の一人である。「減災」「縮災」という言葉を提起し、災害が起きることを前提として建物の耐震・防火化から避難訓練、復興準備までをあらかじめ行うべきだという文理融合型の防災・減災を主張している。学会賞や功労賞の受賞数も多く、内閣府や全国の都道府県、市町村といった自治体の委員・委員長を歴任してきた。