竹内 功(たけうち いさお、1951年〈昭和26年〉12月1… 竹内 功(たけうち いさお、1951年〈昭和26年〉12月18日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚。参議院議員(1期)、鳥取県鳥取市長(3期)を務めた。 鳥取県鳥取市生まれ。鳥取県立鳥取西高等学校を経て、東京大学法学部卒業。1974年、建設省(現国土交通省)に入省。 2002年4月7日に行われた鳥取市長選挙に出馬。現職の西尾迢富ら3候補を破り、初当選を果たした。同年4月15日、市長就任。 2012年8月14日夜、鳥取しゃんしゃん祭の閉会式で、高さ1メートルの仮設ステージで挨拶し階段を下りる際にバランスを崩し、転落する 2012年5月、「耐震改修を実施」と「新築移転」の2択で実施された住民投票に際し、住民投票の結果を尊重すると公言していた。
石井 道遠(いしい みちとお、1951年(昭和26年)12月… 石井 道遠(いしい みちとお、1951年(昭和26年)12月11日 - )は、日本の財務官僚、昆虫研究家。第40代国税庁長官。東日本銀行頭取・会長、コンコルディア・フィナンシャルグループ副社長を歴任した。東京都出身。趣味は昆虫採集。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
金森 越哉(かなもり えつや、1951年12月10日 - )… 金森 越哉(かなもり えつや、1951年12月10日 - )は、日本の文部官僚。香川県教育委員会教育長などを経て文部科学審議官を最後に退官。元一般財団法人教職員生涯福祉財団専務理事。香川県出身。 現、学校法人東京歯科大学理事、公立学校共済組合理事長。2014年6月に香川県高松市に本店のある百十四銀行取締役に就任。2024年、瑞宝重光章受章。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
増田 優一(ますだ ゆういち、1951年11月27日 - )… 増田 優一(ますだ ゆういち、1951年11月27日 - )は、日本の官僚。元国土交通事務次官。国立京都国際会館館長。 京都市副市長時には京都広場(フランス語版)の命名式に立ち会った。
東條 敬(とうじょう さとし、1951年11月14日 - )… 東條 敬(とうじょう さとし、1951年11月14日 - )は、日本の財務官僚。財務総合政策研究所教授や、財務省北海道財務局長を経て、株式会社福邦銀行代表取締役頭取を務めた。 東京都出身。1974年日本大学法学部卒業。 1978年大蔵省入省。2003年財務省東海財務局理財部長。2005年財務省財務総合政策研究所研修部長兼研究部教授。2005年国家公務員共済組合連合会総務部長。2008年財務省北海道財務局長。2009年預金保険機構財務部長。2010年株式会社福邦銀行専務取締役。2011年から株式会社福邦銀行代表取締役頭取を務め、経営強化にあたった。2015年には越前市との間で包括的地域連携を締結。
榊 正剛(さかき せいごう、1951年11月6日 - )は、… 榊 正剛(さかき せいごう、1951年11月6日 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通審議官を経て退官後、東日本高速道路株式会社(NEXCO東日本)代表取締役副社長に就任。 兵庫県赤穂市出身。淳心学院高等学校を経て、1974年東京大学法学部卒業、建設省入省。国土交通省大臣官房総括審議官を経て、2005年内閣府政策統括官(防災担当)。2006年から国土交通省住宅局長を務め、建築士の見直しなどを進めた。2007年国土交通省総合政策局長。2008年兼国土交通省大臣官房建設流通政策審議官。同年から国土交通審議官を務め、国土計画と北海道開発の総括を担当した。2009年退官。2010年東日本高速道路(NEXCO東日本)顧問。
横畠 裕介(よこばたけ ゆうすけ、1951年〈昭和26年〉1… 横畠 裕介(よこばたけ ゆうすけ、1951年〈昭和26年〉10月12日 - )は、日本の官僚、検察官。第2次安倍内閣で内閣法制局長官に就任。東京都出身。 1973年(昭和48年)9月、司法試験第二次試験合格。翌1974年(昭和49年)3月に東京大学法学部を卒業し、4月より司法修習生。司法修習修了後、1976年(昭和51年)4月に検事として任官され、東京地方検察庁を振り出しに、長野地方検察庁・東京地検・静岡地方検察庁・法務省刑事局付検事・札幌地方検察庁・東京地検を歴任した。長野地検時代には、富山・長野連続女性誘拐殺人事件(1980年発生)で被疑者として逮捕された男性(1992年に無罪が確定)の取り調べを担当した。
勝丸 充啓(かつまる みつひろ、1951年10月10日 - … 勝丸 充啓(かつまる みつひろ、1951年10月10日 - )は、日本の検察官、法務官僚、弁護士。 大阪府大阪市生まれ。灘高等学校を経て、1974年3月東京大学法学部卒業。1976年4月司法修習。1978年東京地方検察庁検事、1989年7月-1992年在ドイツ日本国大使館一等書記官、2000年6月法務省刑事局刑事課長、2001年6月法務省刑事局総務課長、2003年1月法務省大臣官房会計課長。2005年4月法務省大臣官房審議官(総合政策統括担当)。 2005年12月福井地方検察庁検事正、2007年6月水戸地方検察庁検事正、2008年10月さいたま地方検察庁検事正、2010年1月最高検察庁公安部長、2010年12月高松高等検察庁検事長を経て、2012年広島高等検察庁検事長。
岡田 秀一(おかだ ひでいち、1951年 10月- )は、日… 岡田 秀一(おかだ ひでいち、1951年 10月- )は、日本の通産官僚、経産官僚。小泉内閣の総理大臣秘書官、経済産業省の商務情報政策局長、通商政策局長、経済産業審議官を歴任した。
宿利 正史(しゅくり まさふみ、1951年9月29日 - )… 宿利 正史(しゅくり まさふみ、1951年9月29日 - )は、日本の国土交通官僚。勲等は瑞宝重光章。国土交通省総合政策局長や、国土交通省大臣官房長、国土交通審議官、国土交通事務次官等を歴任した。 山口県下関市生まれ。福岡県福岡市及び大分県別府市出身。大分県立大分上野丘高等学校を経て、1974年東京大学法学部卒業、運輸省入省。 1979年運輸省東京陸運局総務部企画課。 1980年内閣官房交通安全対策室総合調整第1担当主査。 1981年内閣官房交通安全対策室総合調整第1担当参事官補。 1982年運輸省大臣官房環境課海洋汚染対策室長。 1983年運輸省大臣官房人事課(外務研修)。 1984年外務省在インドネシア日本国大使館一等書記官。
後藤 敬一(ごとう けいいち、1951年9月28日 - )は… 後藤 敬一(ごとう けいいち、1951年9月28日 - )は、日本の経産官僚。元国土交通省大臣官房審議官。退官後は、JX日鉱日石金属副社長を務めた。長崎県出身。 1951年、長崎県生まれ。1975年に東京大学工学部を卒業後、通商産業省(現:経済産業省)に入省。入省同期に参議院議員の太田房江らがいる。同省所管の金属鉱業事業団、石油公団(現:石油天然ガス・金属鉱物資源機構)等での勤務を経て、1995年通産省非鉄金属課長、1997年資源エネルギー庁鉱業課長。2000年に国土交通省出向、都市整備に係わる部局の官房審議官を務め、2001年退官。 2003年に日鉱金属(現:JX金属)執行役員となり、2008年常務執行役員、2010年取締役、2013年取締役副社長。
新保 智(しんぽ さとし、1951年9月15日 - )は、日… 新保 智(しんぽ さとし、1951年9月15日 - )は、日本の郵政官僚、実業家。郵政事業庁近畿郵政局長や、日本郵政公社郵政総合研究所長を務めた。 1974年一橋大学経済学部卒業、郵政省入省。2001年から郵政事業庁近畿郵政局長を務め、高祖憲治派の公職選挙法違反に絡み前局長らが逮捕された事件で、「郵政事業に対する国民の信頼を損ねた」と謝罪し、信頼回復にあたった。 2003年からは日本郵政公社近畿支店長を務め、豊中郵便局保険課課長代理ら職員17人が、簡易保険の不正契約を行っていたことが発覚したことを受け、再発防止に取り組んだ。2004年日本郵政公社郵政総合研究所長。2005年財団法人郵便貯金振興会理事。
八幡 和郎(やわた かずお、1951年9月 - )は、日本の… 八幡 和郎(やわた かずお、1951年9月 - )は、日本の通産官僚、評論家、文筆家、歴史作家。徳島文理大学教授。 滋賀県大津市出身。1975年、東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。入省同期に、太田房江、石田徹、三本松進、藤田昌央など。 入省後は官費留学生として、フランス国立行政学院に1980年から2年間留学する。在職中から論壇で盛んに執筆し、「朝まで生テレビ」に出演するなど、通産省の論客として知られる存在だった。 国土庁長官官房参事官、通産省大臣官房情報管理課長を経て、アジア経済研究所総務部次長を最後に1997年に退官。1998年の滋賀県知事選挙への出馬が取り沙汰されたが実現しなかった。 松下政経塾特別研究員を経て、2004年、徳島文理大学教授に就任。
飯島 健司(いいじま たけし、1951年8月14日 - )は… 飯島 健司(いいじま たけし、1951年8月14日 - )は財務官僚。財務省大臣官房審議官や大阪税関長等を務めた。苫米地俊博は義父。 大阪府大阪市住吉区出身。1970年大阪府立天王寺高等学校卒業。1974年に一橋大学商学部を卒業し、大蔵省(後の財務省)入省。大臣官房企画調査課(現在の総合政策課)配属。 1998年に福岡財務支局長に就任。1999年2月の全国財務局長会議では福岡県、佐賀県、長崎県の北部九州三県の景気の現状につき、最終需要の低迷から、景気停滞状態が続いている旨の報告をした。 財務省大臣官房審議官や大阪税関長を務めた。 2021年瑞宝中綬章受章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
高木 典雄(たかき のりお、1951年〈昭和26年〉8月10… 高木 典雄(たかき のりお、1951年〈昭和26年〉8月10日 - )は、日本の政治家、国土交通官僚。元福岡県うきは市長(3期)。 福岡県浮羽郡浮羽町(現・うきは市)生まれ。1970年、福岡県立浮羽東高等学校を卒業し、建設省九州地方建設局に入省。1974年、福岡大学商学部2部卒業。 1994年、建設省九州地方建設局から浮羽町助役に出向(1998年まで)。 国土交通省福岡国道事務所副所長、九州地方整備局調査官、九州地方整備局総括調整官などを歴任。 2012年3月、国土交通省を退官。同年5月25日、うきは市長の怡土康男が任期中、肺炎により死去。怡土の死去に伴って行われた市長選挙(7月8日告示、7月15日執行)に立候補し、無投票で初当選した。
片山 善博(かたやま よしひろ、1951年〈昭和26年〉7月… 片山 善博(かたやま よしひろ、1951年〈昭和26年〉7月29日 - )は、日本の政治家、自治官僚、政治学者。大正大学特任教授・地域構想研究所所長。 鳥取県知事(2期)、鳥取大学客員教授、地方制度調査会副会長(第29代)、行政刷新会議議員、総務大臣(第14代)を務めた。岡山県岡山市東区出身。 岡山県赤磐郡瀬戸町(現・岡山市東区)生まれ。両親ともに教師であった。1970年3月、岡山県立岡山大安寺高等学校卒業。1974年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、自治省入省。鳥取県庁や国土庁への出向を経て、自治大臣秘書官、自治省国際交流企画官・固定資産税課長・府県税課長などの役職を歴任し、1998年12月に退官した。
神原寧(かみはら やすし、1951年7月28日 - )は日本… 神原寧(かみはら やすし、1951年7月28日 - )は日本の財務官僚。 東京都出身。東京教育大学附属高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1974年 大蔵省入省(大臣官房秘書課)。国税庁長官官房会計課長、金沢国税局長などを歴任。2001年7月10日 税務大学校長。2002年7月9日に退官。同年8月1日 国際観光振興会理事(〜2005年7月20日)。2011年5月10日 株式会社オオゼキ監査役(〜2015年5月11日)。2021年11月瑞宝中綬章受章。
松本 正夫(まつもと まさお、1951年7月7日 - )は、… 松本 正夫(まつもと まさお、1951年7月7日 - )は、日本の郵政・総務官僚。衛星通信の専門家として知られ、総務省大臣官房 技術総括審議官などを歴任した。 1951年、長崎県で生まれた。長崎県立島原高等学校を経て、京都大学工学部に進学。同大学大学院工学研究科に進み、修士課程を修了。パデュー大学への留学経験もある。 1976年に郵政省入省。「さくら3号」など多くの衛星事業に携わり、省内きっての衛星通信のエキスパートとして知られた。1985年11月からは防衛庁装備局に出向し、通信課において、海上自衛隊の衛星通信の導入を担当した。使用する周波数の決定や衛星本体の性能決定、軌道位置確保のための国際調整、衛星打ち上げ後の管理体制など、郵政省の支援と協力なくしては成り立たない問題を次々と処理していった。
太田 房江(おおた ふさえ、1951年〈昭和26年〉6月26… 太田 房江(おおた ふさえ、1951年〈昭和26年〉6月26日 - )は、日本の政治家、実業家、タレント、通産官僚。本名は齊藤 房江(さいとう ふさえ)、「太田」は旧姓である。通称は「ふぅちゃん」。 参議院議員(2期)、経済産業副大臣兼内閣府副大臣(第2次岸田第1次改造内閣)、厚生労働大臣政務官(第3次安倍第1次改造内閣)、参議院文教科学委員長、大阪府知事(公選第15・16代)、岡山県副知事、通商産業省大臣官房審議官、自由民主党副幹事長、同参議院副幹事長、同政務調査会内閣第一部会長代理、自由民主党女性局長などを歴任。日本初の女性知事としても知られている。 国鉄社員の父の長女として広島県呉市に生まれる(現住所は大阪府豊中市新千里南町3丁目)。
田中 正昭(たなか まさあき、1951年5月31日 - )は… 田中 正昭(たなか まさあき、1951年5月31日 - )は、日本の財務官僚。総務省大臣官房審議官や東京国税局長等を経て、日本酒類販売社長、酒卸ユニオン<創SOU> 理事長。 三重県一志郡出身。麻布中学校・高等学校を経て、1974年に一橋大学経済学部を卒業し、大蔵省(のち財務省)入省。柔道3段。 大蔵省入省以来、予算編成に携わることが多く、防衛庁長官官房会計課長や阪神・淡路復興対策本部主任局員を務めるなど、他省庁への出向も多く経験した。名古屋国税局長や東京国税局長を歴任したのちに、退官し、日本酒類販売社長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
石田 直裕(いしだ なおひろ、1951年5月29日 - 20… 石田 直裕(いしだ なおひろ、1951年5月29日 - 2023年3月13日)は、日本の総務官僚、外交官。位階は従四位。 大阪府出身。1970年灘高等学校卒業。1974年東京大学法学部卒業。自治省入省後、総務省大臣官房審議官、総務省総合通信基盤局国際部長、総務省行政管理局長等を歴任した。退官後、一般財団法人地域活性化センター理事長を経て、2013年全国町村会事務総長に就任。 全国町村会館館長を経て、2017年から駐パラグアイ特命全権大使を務め、同年訪パラグアイ時の岡本三成外務大臣政務官立ち合いのもと、無償資金協力「パラグアイ川浚渫機材整備計画」に関する書簡の交換を行った。この間国際人材創出支援センター理事等も務めた。
岡 誠一(おか せいいち、1951年5月22日 - )は、日… 岡 誠一(おか せいいち、1951年5月22日 - )は、日本の元文部官僚。 東北大学工学部を卒業後、1974年に文部省入省(技官)。文教施設部(後の文教施設企画部)指導課監理室長、同施設企画課監理室長、同技術課長、同計画課長、文教施設企画部計画課長、同施設企画課長などを経て、2007年4月より文教施設企画部技術参事官。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
西原 政雄(にしはら まさお、1951年5月18日 - )は… 西原 政雄(にしはら まさお、1951年5月18日 - )は、日本の財務官僚。金融庁検査局長、金融庁監督局長、証券取引等監視委員会事務局長等を経て、全国地方銀行協会副会長。血液型はO型。 北海道室蘭栄高等学校を経て、1975年 東京大学法学部第2類(公法コース)卒業、大蔵省入省(理財局国有財産総括課)。1976年9月 大臣官房調査企画課。1977年9月 仙台国税局調査査察部。1978年7月 銀行局調査課調査主任。1980年7月 長浜税務署長。1981年7月 関税局監視課長補佐。1982年6月 防衛庁経理局会計課。1984年7月 主計局法規課長補佐(第四)。1985年6月 主計局主計官補佐(司法、警察係主査)。
米村 敏朗(よねむら としろう、1951年(昭和26年)4月… 米村 敏朗(よねむら としろう、1951年(昭和26年)4月26日 - )は、日本の警察官僚。第87代警視総監、第17・18代内閣危機管理監を経て、内閣官房参与(第2次安倍内閣)。 兵庫県西宮市生まれ。熊本県出身。京都大学法学部卒業。1974年、警察庁入庁。警務局人事課配属。 主に警備公安畑を歩み、外務省出向(在ユーゴスラビア連邦大使館1等書記官)も経験。 警視庁では、警備部第2機動隊長、神田警察署長、警備部警備第1課長、警務部人事第1課長、公安部長、副総監を歴任。警視庁幹部在任中はJR浦和電車区事件や松崎明によるJR東日本労組組合費横領疑惑に関するJR東日本への強制捜査に反対した。 2003年に警察庁長官官房審議官(警備局担当)に就任し拉致問題を担当。
三國谷 勝範(みくにや かつのり、1951年4月25日 - … 三國谷 勝範(みくにや かつのり、1951年4月25日 - )は、日本の大蔵官僚。元金融庁長官。 青森県五所川原市出身。青森県立弘前高等学校を経て(1970年卒)、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。東大卒業後、大蔵省(現・財務省及び金融庁)入省。2009年、金融庁長官に就任。2011年に退官。退官後は、預金保険機構理事長、ニトリホールディングス顧問、オープンハウスグループ顧問、プロクレアホールディングス取締役などに就任している。 2021年、瑞宝重光章受章。
片桐 裕(かたぎり ゆたか、1951年(昭和26年)4月23… 片桐 裕(かたぎり ゆたか、1951年(昭和26年)4月23日 - )は、日本の警察官僚。第23代警察庁長官。 東京都出身。東京大学法学部卒業。1975年警察庁入庁。2011年10月17日警察庁長官に就任し、「正しく、強く、国民の立場に立った警察を目指す」と述べた。また暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴力団対策法)改正について「なるべく早く成就するよう全力を尽くす」と決意を語った。 オウム真理教元幹部平田信が警視庁本部に出頭した際、別の警察署に赴くよう指示された問題で事実関係を認めた。「対応として不適切と言わざるをえない。基本にのっとって緊張感を持って職務に当たるよう指導を徹底して参りたい」と述べた。
村上 秀徳(村上 秀德、むらかみ ひでのり、1951年4月4… 村上 秀徳(村上 秀德、むらかみ ひでのり、1951年4月4日 - )は、日本の農林水産官僚、外交官。農林水産審議官、チリ駐箚特命全権大使などを務めた。 熊本県出身。熊本県立熊本高等学校を経て、1974年(昭和49年)東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業し、農林省(現在の農林水産省)に入省する。1979年オックスフォード大学農業経済学修士、1981年経済局国際部国際協力課技術協力官、1984年外務省在米国大使館一等書記官、経済局国際部貿易関税課国際専門官、1988年国際経済課課長補佐(企画班担当) 、1988年9月林野庁管理部管理課課長補佐(給括) 、1990年6月林野庁業務部業務第二課国有林野総合利用推進室長、1991年8月水産庁漁政部水産流通課水産貿易調整官、1993年8月農蚕園芸局種苗課長、1995年食品流通局品質課長、大臣官房総務課長、総合食料局国際部長、総合食料局長、国際担当総括審議官、農林水産大臣特別補佐官(国際担当)など農水省の国際畑を歩く。
増田 好平(ますだ こうへい、1951年4月 - )は日本の… 増田 好平(ますだ こうへい、1951年4月 - )は日本の元防衛官僚。第27代防衛事務次官。弁護士。一般社団法人市ヶ谷論壇理事長。 東京都出身。武蔵中学校・高等学校卒業。東京大学法学部第1類(私法コース)卒業後、1975年に防衛庁入庁。国家公務員上級試験を上位で合格し、司法試験にも合格している。 出世コースに乗っていたが、守屋武昌防衛事務次官時代には人事で冷遇され、「おしん」と呼ばれたこともある。 2007年8月に小池百合子防衛大臣が守屋武昌防衛事務次官を更迭後の次官人事で、小池大臣が警察庁出身の西川徹矢官房長を主張する一方で、守屋次官が推す防衛庁生え抜きの山崎信之郎運用企画局長を主張して対立。
中村 達朗(なかむら たつろう、1951年3月23日 - )… 中村 達朗(なかむら たつろう、1951年3月23日 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通省中国運輸局長や、航空・鉄道事故調査委員会事務局長を経て、空港環境整備協会理事長、日本旅行業協会理事長などを歴任した。 静岡県出身。1969年静岡県立磐田南高等学校卒業。1973年東北大学法学部卒業、運輸省入省、航空局総務課。運輸省海運局総務課補佐官、海上保安庁警備救難部警備第一課補佐官等を経て、1982年石油公団備蓄計画部計画課長代理。1984年運輸省地域交通局鉄道業務課補佐官。 1986年運輸省四国運輸局運航部長。1990年運輸省運輸審議会審理官。1992年国際観光振興会ロンドン観光宣伝事務所長。1995年運輸省自動車交通局保障課長。
二宮 洋二(にのみや ようじ、1951年3月23日 - )は… 二宮 洋二(にのみや ようじ、1951年3月23日 - )は、日本の財務官僚、実業家。北海道財務局長、佐賀共栄銀行代表取締役頭取などを経て、同行代表取締役会長。血液型はA型。 神奈川県出身。東京都立北園高等学校を経て、1975年 一橋大学経済学部を卒業し、大蔵省(現財務省)入省。主計局調査課配属。1978年7月 理財局国庫課国資第一係長心得。1980年7月 伊勢崎税務署長。1986年5月 外務省在シンガポール日本国大使館一等書記官、1989年 大蔵省国際金融局調査課長補佐(総括・企画)。1990年7月 近畿財務局理財部長。 1997年7月 大蔵省銀行局特別金融課長、1998年6月 大蔵省大臣官房政策金融課長、1999年7月 北海道財務局長、2001年7月 財務省大臣官房参事官(大臣官房担当)、2002年7月 神戸税関長、2003年7月 国土交通省大臣官房審議官兼財務省大臣官房付。
上田 善久(うえだ よしひさ、1951年(昭和26年)3月1… 上田 善久(うえだ よしひさ、1951年(昭和26年)3月17日 - )は、日本の大蔵・財務官僚、外交官。2014年(平成26年)1月28日からパラグアイ駐箚特命全権大使。 兵庫県芦屋市出身。灘高等学校を経て、1973年(昭和48年)9月東京大学法学部在学中に国家公務員採用上級試験(法律)に合格する。1974年(昭和49年)東大法学部を卒業して、大蔵省に入省した。配属先は主税局国際租税課。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
殿谷 正行(とのや まさゆき、1951年3月13日 - )は… 殿谷 正行(とのや まさゆき、1951年3月13日 - )は、国土交通省の官僚。独立行政法人航空大学校理事長。 1973年名古屋大学工学部航空学科卒業後、運輸省(現国土交通省)に入省。那覇空港事務所長、関西空港事務所長、航空保安大学校長等を経て、2007年独立行政法人航空大学校理事長に就任した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
根本 匠(ねもと たくみ、1951年〈昭和26年〉3月7日 … 根本 匠(ねもと たくみ、1951年〈昭和26年〉3月7日 - )は、日本の政治家、建設官僚。 厚生労働大臣(第21代)、復興大臣(第2代)、内閣総理大臣補佐官(行政改革の推進及び食品安全委員会(仮称)等に係る施策担当)、内閣府副大臣、内閣総理大臣補佐官(経済財政担当)、衆議院国家基本政策委員長、同予算委員長、同経済産業委員長、衆議院議員(9期)、自由民主党広報本部長、同金融調査会長(第7代)、同福島県支部連合会長を歴任した。 曾祖父は貴族院議員を務めた根本祐太郎[要出典]。父は根本正良。 福島県郡山市生まれ。福島県立安積高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。1974年、建設省に入省(道路局高速国道課)。
阿曽沼 慎司(あそぬま しんじ、1951年〈昭和26年〉3月… 阿曽沼 慎司(あそぬま しんじ、1951年〈昭和26年〉3月5日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 広島県出身。広島学院高等学校を経て、1974年(昭和49年)3月、京都大学経済学部を卒業。 京都大学在学中、大学院に進学して研究者になる道を考えていたが、下宿先の仲間6人のうち5人が医学部の学生であったことから、自身も患者の立場に立った医療行政に携わりたいと思い立ち、厚生省への入省を志望。1973年(昭和48年)8月、国家公務員採用上級甲種試験(経済)に合格。翌1974年(昭和49年)4月、厚生省に入省し、厚生省大臣官房人事課に配属。 厚生省大臣官房総務課広報室長、同老人保健福祉部老人福祉課シルバーサービス指導官、同政策課企画官、年金局年金課長、薬務局経済課長、健康政策局経済課長、同総務課長、厚生労働省大臣官房会計課長、同審議官(医薬保険・医政担当)などを歴任。
二宮 茂明(にのみや しげあき、1951年2月18日 - )… 二宮 茂明(にのみや しげあき、1951年2月18日 - ) は、日本の大蔵省・財務省に勤務した官僚。愛媛県出身。 愛光高等学校を経て、1973年に京都大学経済学部を卒業した。 卒業と同年4月に大蔵省に入り、1990年に東京国税局査察部長、1992年に国税庁課税部酒税課長など、税務関連の役職を歴任した。1995年6月から銀行局保険部保険第一課長、1997年には北陸財務局長を務めた後、1998年に日本たばこ産業に出向する。 2000年に大蔵省大臣官房参事官兼内閣審議官(内政審議室)として復帰。以後財務省への省庁再編後は2001年から関東財務局長を務めた。 2002年7月に国民生活金融公庫の理事に転じる。
名尾 良泰(なお よしやす、1951年(昭和26年)2月 -… 名尾 良泰(なお よしやす、1951年(昭和26年)2月 - )は、埼玉県さいたま市出身の経済産業官僚。1974年に東京大学法学部を卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。在イタリア日本国大使館参事官、関東経済産業局長等を経て2003年7月に退官。2004年より日本自動車工業会の副会長・専務理事を10年務める。尚、実父は元参議院議員の名尾 良孝(なお りょうこう、1917年(大正6年)3月18日 - 1991年(平成3年)5月6日)。
関 有一(せき ゆういち、1951年 - )は、日本の総務官… 関 有一(せき ゆういち、1951年 - )は、日本の総務官僚。消防庁審議官や、総務省大臣官房審議官、総務省行政評価局長等を経て、中央大学総合政策学部教授。 群馬県出身。群馬県立渋川高等学校を経て、1975年東北大学法学部卒業、行政管理庁入庁。1979年コーネル大学大学院政治学研究科修士課程修了。行政管理庁行政監察局企画担当課長補佐、総務庁行政管理局行政手続法制定準備室長等を歴任し、行政手続法策定などにあたった。 1999年総務庁長官官房会計課長。2001年総務省中国四国管区行政評価局長。2002年総務省郵政企画管理局次長。2003年消防庁審議官。2004年総務省大臣官房審議官。2005年総務省関東管区行政評価局長。
竹本 和彦(たけもと かずひこ、1951年 - )は、日本の… 竹本 和彦(たけもと かずひこ、1951年 - )は、日本の環境官僚。地球環境審議官、環境省参与、国連大学サステイナビリティ高等研究所長、東京大学未来ビジョン研究センター特任教授等を歴任した。 兵庫県加西市出身。兵庫県立北条高等学校を経て、1974年東京大学工学部都市工学科卒業、環境庁入庁。1989年世界銀行アジア技術局環境スペシャリスト。1992年ジョンズ・ホプキンズ大学ポール・H・ニッツェ高等国際関係大学院卒業、国際公共政策修士(専門職)。1993年環境庁研究調査室長。1995年International Institute for Applied StudiesAnalysis (IIASA)研究員。
喜多村 悦史(きたむら えつし、1951年(昭和26年) -… 喜多村 悦史(きたむら えつし、1951年(昭和26年) - )は、日本の元厚生官僚、社会福祉学者。東京福祉大学大学院社会福祉学研究科教授、一般財団法人日本ウエルネス協会理事。博士(社会福祉学)。専門は社会保障、労働法、財政。 広島県福山市生まれ。京都大学法学部を卒業後、1974年(昭和49年)、厚生省に入省し、社会保険制度の企画・運営に従事する。内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官、財団法人結核予防会専務理事等を経て、現在は東京福祉大学大学院社会福祉学研究科教授。2011年(平成23年)、「国民保険創設(社会保障の統合)とその財政見通し」により、東京福祉大学から博士(社会福祉学)を取得した。
上瀧 守(こうたき まもる、1951年 - )は、日本の防衛… 上瀧 守(こうたき まもる、1951年 - )は、日本の防衛官僚。技術研究本部副本部長や、防衛庁長官官房報道官、防衛監察本部副監察監、防衛省人事教育局長等を歴任した。退官後、一般財団法人自衛隊援護協会理事長。 東京都出身。都立富士高等学校、1975年中央大学法学部卒業。1976年防衛庁入庁、長官官房総務課配属。1988年防衛庁防衛局調査第2課総括・分析班長。1991年防衛施設庁労務部労務厚生課長。1992年防衛施設庁施設部施設対策第3課長。1994年防衛施設庁福岡防衛施設局施設部長。1996年防衛庁経理局監査課長。1998年防衛施設庁会計課長。2000年防衛庁人事教育局人事第1課長。2002年防衛施設庁広島防衛施設局長。
小澤 敬市(おざわ けいいち、1951年 - )は、日本の国… 小澤 敬市(おざわ けいいち、1951年 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通事務次官事務代理等を経て、国土交通審議官を最後に退官し、不動産協会副理事長や、自転車駐車場整備センター理事長を務めた。 愛知県出身。1976年東京大学法学部卒業、建設省入省、都市局都市政策課配属。国土交通省大臣官房総括審議官等を経て、2007年国土交通省土地・水資源局長。2008年国土交通省大臣官房建設流通政策審議官。2010年から国土交通省大臣官房長を務め、体制見直しなどにあたった。2011年には竹歳誠が内閣官房副長官に抜擢されたことを受け国土交通事務次官事務代理も務めた。同年国土交通審議官。2013年不動産協会副理事長兼専務理事。
浅野 賢司(あさの けんじ、1951年 - )は、日本の厚生… 浅野 賢司(あさの けんじ、1951年 - )は、日本の厚生労働官僚。内閣官房内閣参事官、厚生労働省大阪労働局長、中央労働委員会事務局長などを歴任した。 長野県出身。1976年一橋大学法学部卒業、労働省入省。富山県商工労働部職業安定課長、労働省労政局労政課中小企業労働対策室長を経て、1994年労働省職業安定局地域雇用対策課長。1996年労働省職業安定局業務調整課長。1998年労働省職業安定局能力開発課長。1999年労働省労働基準局監督課長。2001年厚生労働省大臣官房参事官(会計担当)。2002年厚生労働省政策統括官付労働政策担当参事官室長。2003年内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)。同年大阪労働局長(労働基準監督官)。
滑川 雅士(なめかわ まさし、1951年 - )は、日本の内… 滑川 雅士(なめかわ まさし、1951年 - )は、日本の内閣府官僚。内閣官房内閣審議官兼構造改革特区推進室長、駐フィジー特命全権大使、電通顧問、ミクロネシア連邦大統領補佐官等を務めた。 1974年一橋大学経済学部卒業、経済企画庁入庁。国土庁出向、経済企画庁長官秘書官事務取扱、経済企画庁調整局対日投資対策室長、総合研究開発機構総務部長等を経て、タイ王国に派遣され長期経済発展計画を担当。2001年外務大臣官房審議官(経済協力局担当)。2003年内閣官房内閣審議官兼地域再生推進室長兼内閣府地域再生事業推進室長、内閣官房構造改革特区推進室長、内閣府構造改革特区担当室長。2005年フィジー兼キリバス兼ナウル駐箚特命全権大使。
長谷見 雄二(はせみ ゆうじ、1951年(昭和26年) - … 長谷見 雄二(はせみ ゆうじ、1951年(昭和26年) - )は、日本の建築学者、建設技官官僚。 東京都渋谷区に生まれる。1973年(昭和48年)早稲田大学理工学部建築学科を経て、1975年(昭和50年)同大学理工学研究科建設工学修了。旧建設省に奉職し、建築研究所研究員となる。ついで、米国商務省国立標準局(現・アメリカ国立標準技術研究所)客員研究員、建設省建築研究所主任研究員、建設省建築研究所防火研究室長を経て、1997年(平成9年)早稲田大学理工学部建築学科教授となる。 のち福井大学大学院非常勤講師、東京理科大学客員教授、東京工業大学応用セラミックス研究所客員教授などを兼任した。ほか、日本建築学会代議員、日本火災学会会長、日本建築防災協会理事などを歴任した。
佐々木 英治(ささき ひではる、1951年 - )は、日本の… 佐々木 英治(ささき ひではる、1951年 - )は、日本の元総務官僚。 和歌山県和歌山市出身。1975年、郵政省入省。近畿郵政局人事部長、総務省郵政事業庁郵務部長、郵政公社近畿支社長、日本郵政株式会社専務執行役、執行役副社長、NTT東日本監査役を歴任。
岡本 保(おかもと たもつ、1951年 - )は、日本の総務… 岡本 保(おかもと たもつ、1951年 - )は、日本の総務官僚。自治財政局長、自治行政局長、消防庁長官、総務審議官(自治行政担当)、総務事務次官、自治体国際化協会理事長などを歴任。 1966年に東京教育大学附属中学校(現・筑波大学附属中学校)、1969年に東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)を卒業。中学ではテニス部に所属。宮澤洋一元経済産業大臣や斉藤親元国土交通省大臣官房技術審議官、北條春夫東京工業大学名誉教授は高校で3年間同じクラスに属した同級生。 当時は東大紛争で東京大学の入試がなく、京都大学を受けるも不合格となった。予備校に通い、1970年に東京大学に入学。1974年に東京大学法学部を卒業。
白須 敏朗(しらす としろう、1951年(昭和26年) - … 白須 敏朗(しらす としろう、1951年(昭和26年) - )は、日本の農林官僚。一般社団法人大日本水産会会長。水産庁長官、農林水産事務次官(在任2007年-2008年)を歴任。
田盛 正幸(たもり まさゆき、1951年 - )は、日本の警… 田盛 正幸(たもり まさゆき、1951年 - )は、日本の警察官僚。 広島県比婆郡西城町生まれ。1973年、獨協大学法学部卒業。 1973年、広島県警察巡査。警察庁に移り、外務省在ベルギー大使館二等書記官、警察庁警備局外事第二課課長補佐、岩手県警察本部警備部公安課長、警察庁長官官房総務課課長補佐(國松孝次長官秘書官)、兵庫県警察本部警務部長、大分県警察本部長を歴任、警察庁警備局外事情報部国際テロリズム対策課長を最後に定年退官。 2011年5月10日より、西日本旅客鉄道東京本部担当部長。
永岡 洋治(ながおか ようじ、1950年〈昭和25年〉12月… 永岡 洋治(ながおか ようじ、1950年〈昭和25年〉12月24日 - 2005年〈平成17年〉8月1日)は、日本の政治家、農林水産官僚。自由民主党(亀井派)に所属した。妻は洋治の死後地盤を引き継いで衆議院議員となった永岡桂子。 茨城県古河市出身。埼玉県立春日部高等学校を経て、東京大学法学部卒業。ハーバード大学大学院修了。1975年(昭和50年)、農林水産省に入省。1985年(昭和60年)、鹿児島県農政課長。1987年(昭和62年)、農林水産省大臣官房予算課長補佐。1990年(平成2年)、農林水産省大臣官房企画室上席企画官。1991年(平成3年)、農林水産省大臣官房総務課調査官。1993年(平成5年)、農林水産省経済局国際部ガット室長。
石毛 博行(いしげ ひろゆき、1950年〈昭和25年〉12月… 石毛 博行(いしげ ひろゆき、1950年〈昭和25年〉12月8日 - )は、日本の団体役員、元通産・経産官僚、元外交官。 千葉県立佐原高等学校を経て東京大学経済学部卒業。 1974年、通商産業省入省。同期に仁坂吉伸(和歌山県知事)、市川祐三など。 1989年5月より在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官、1991年に同代表部参事官。 2003年7月、資源エネルギー庁次長。経済産業省製造産業局長。 2006年7月、中小企業庁長官。 2007年7月、通商政策局長。 2008年8月、経済産業審議官。 2010年7月、退官。同年10月より損害保険ジャパン顧問。 2011年10月、日本貿易振興機構理事長(第12代、2019年3月まで)。