濵錦 竜郎(はまにしき たつろう、1976年(昭和51年)1… 濵錦 竜郎(はまにしき たつろう、1976年(昭和51年)11月23日 - )は、 熊本県熊本市出身で追手風部屋所属の元大相撲力士。本名は髙濵 竜郎(たかはま たつろう)。現役時代の体格は身長181cm、体重129kg。趣味は音楽鑑賞、血液型はO型。最高位は東前頭11枚目(2002年3月場所)。2012年2月から2016年10月まで春日山部屋の師匠を務めた。
職業が相撲:1,301人
濵錦 竜郎(はまにしき たつろう、1976年(昭和51年)1… 濵錦 竜郎(はまにしき たつろう、1976年(昭和51年)11月23日 - )は、 熊本県熊本市出身で追手風部屋所属の元大相撲力士。本名は髙濵 竜郎(たかはま たつろう)。現役時代の体格は身長181cm、体重129kg。趣味は音楽鑑賞、血液型はO型。最高位は東前頭11枚目(2002年3月場所)。2012年2月から2016年10月まで春日山部屋の師匠を務めた。
巨武蔵 大喜(おおむさし だいき、1976年10月8日 - … 巨武蔵 大喜(おおむさし だいき、1976年10月8日 - )は、東京都新宿区出身で武蔵川部屋(現在の藤島部屋)に所属していた元大相撲力士。本名は木村 謹仁(きむら のりひと)。現役時代は、身長175cm、体重141.5kg。最高位は東幕下19枚目(2001年11月場所)。 小学生時代はわんぱく相撲全国大会の出場を経験。中学2年生のときに武蔵川部屋関係者の知り合いから勧誘され、部屋との交流が生まれる。 1992年3月場所が初土俵。翌5月場所まで木ノ村謹仁(きのむら きんじ)を名乗って土俵に上がった。7月場所以降は巨武蔵 大喜(おおむさし だいき)を引退まで名乗ることに。取組に対する恐怖心や部屋の雑用による負担から精神的に参ってしまうこともあったが、入門前に周囲から受けた激励を思い出し、角界でやっていこうと決意していた。
舞風 昌宏(まいかぜ まさひろ、1976年9月21日 - )… 舞風 昌宏(まいかぜ まさひろ、1976年9月21日 - )は、青森県十和田市出身で尾車部屋に所属した元大相撲力士。本名は佐藤 昌宏(さとう まさひろ)。身長179cm、体重135kg。得意手は突き、押し。最高位は西十両10枚目(2005年1月場所)。愛称は「舞ちゃん」 十和田市立北園小学校5年から相撲を始め、十和田市立三本木中学校でも相撲部に所属した。中学1年生の時に巡業の先発として訪ねて来た尾車親方(元大関・琴風)が相撲部の稽古を見に来たので、道場の関係者を通じて勧誘され、3年生の夏に尾車部屋を見学に行った。中学校を卒業する前に進路を考えた時、勉強は好きではなかったのと相撲が好きだったことと、尾車親方が馴染み深い十和田市の喫茶店で出会った事も1つのきっかけとなり入門を決意した。
春ノ山 竜尚(はるのやま たつなお、1976年8月2日 - … 春ノ山 竜尚(はるのやま たつなお、1976年8月2日 - )は、愛知県豊田市出身で松ヶ根部屋に所属した元大相撲力士。本名は春山 竜尚(はるやま たつなお)。身長188cm、体重180kg。得意技は左四つ・寄り。最高位は東前頭10枚目(2004年5月場所)。 趣味はテレビ鑑賞、血液型はO型。 元在日朝鮮人(三世)。元幕下・嶋の龍の実弟。小学校1年生から相撲を始め、全国大会でも活躍した。また柔道も強く、愛知県大会では見事に優勝を収めた。子供の頃から相撲が好きだったという。 豊田市立逢妻中学校卒業後の1992年3月場所で初土俵を踏んだ。2000年11月場所に新十両。1場所で幕下に落ちたが、2001年1月場所西幕下筆頭で全勝優勝を飾り十両に復帰した。
5代 式守 慎之助(ごだい しきもり しんのすけ、1976年… 5代 式守 慎之助(ごだい しきもり しんのすけ、1976年(昭和51年)7月31日 - )は、大相撲の十両格行司である。本名は水谷 洋二(みずたに ようじ)。片男波部屋→松ヶ根部屋→二所ノ関部屋→放駒部屋所属。血液型はA型。 鹿児島県指宿市出身。1992年11月場所で片男波部屋から式守玉男の名で初土俵を踏む(のちに松ヶ根部屋に移籍)。2013年7月場所十枚目格昇進。2014年1月場所式守慎之助に改名。2014年12月松ヶ根部屋は二所ノ関部屋に改称。2021年二所ノ関部屋は放駒部屋に改称したため、放駒部屋所属となった。 この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ相撲)。
駿傑 悠志(しゅんけつ ゆうじ、1976年7月13日 - )… 駿傑 悠志(しゅんけつ ゆうじ、1976年7月13日 - )は、埼玉県三郷市出身(生まれは東京都葛飾区)で放駒部屋に所属した元大相撲力士。本名は石出 祐二(いしで ゆうじ)。身長176cm、体重124kg。最高位は西前頭12枚目(2005年9月場所)。得意技は左四つ、寄り。趣味は読書。血液型はAB型。 出羽平(平)、大翔山(西野)とは幼馴染である。 駒光の四股名と駿傑の四股名は両方とも知人が命名した。駒光から駿傑へ改名する際、当初は「俊傑」とする予定だったが、字のバランスなどを考え「駿傑」となった。以前同じ放駒部屋に駒光という別の力士が存在した。さらに、2007年5月場所には同部屋の林田が駒光と改名、偶然にも駿傑の引退と同時に引退している。
旭光 誓一(きょくひかり せいいち、1976年7月6日 - … 旭光 誓一(きょくひかり せいいち、1976年7月6日 - )は、愛媛県松山市出身で大島部屋(引退時は友綱部屋)に所属していた元大相撲力士。本名は本田 誓一(ほんだ せいいち)。身長179cm、体重198kg、血液型はB型。得意手は押し、なまくら四つ、寄り。最高位は東幕下35枚目(2001年5月場所)。 地元松山市の中学校に通っていた頃から既に体重130kgを超えていたことで大島部屋関係者の目に留まり、大島親方(元大関・旭國)が実家までスカウトに来たことを受けて大島部屋に入門、1992年3月場所で初土俵を踏んだ。当初の四股名は本名と同じ「本田」。同場所では史上最多の新弟子検査受験者数(151名)を記録し、同期生は同部屋の旭天鵬、旭鷲山の他、若の里、隆乃若、智乃花、朝乃翔、隆の鶴、春ノ山、駿傑、出羽乃富士、舞風、一の谷らがいる。
後藤 友和(ごとう ともかず、1976年7月4日 - )は、… 後藤 友和(ごとう ともかず、1976年7月4日 - )は、埼玉県川口市出身で貴乃花部屋(入門時は藤島部屋)に所属していた元大相撲力士。本名同じ。身長186cm、体重181kg、得意手は左四つ、寄り、最高位は東幕下筆頭(2002年初場所)、血液型はB型、趣味は音楽鑑賞。一般には藤ノ花の四股名で認知される。 川口東中学校2年から相撲を始め、3年時に関東中学校相撲大会で優勝。名門埼玉栄高校からも勧誘され、本人も高校から大学と相撲を続け、そこから大相撲界に入門するつもりだったが、相撲部の顧問に勧められて稽古見学に行った藤島部屋で当時の藤島親方(元大関貴ノ花)のラブコールを受け、迷った末に入門を決意。1992年3月に初土俵を踏んだ。
隆の鶴 伸一(たかのつる しんいち、1976年6月18日 -… 隆の鶴 伸一(たかのつる しんいち、1976年6月18日 - )は、鹿児島県出水市出身で鳴戸部屋に所属した元大相撲力士。本名は積山 伸一(せきやま しんいち)。身長188cm、体重175kg。長く伸びた揉み上げが特徴。最高位は西前頭8枚目(2003年3月場所)。得意技は左四つ、寄り。現在は年寄・田子ノ浦。血液型はB型。好物は牛すじ、寿司。趣味は食べ歩き。 理髪店の長男として生まれる。両親ともに耳が聞こえず、手話で会話を行っていた。1992年3月場所に初土俵を踏んだ。同じく関取まで昇進した同部屋の若の里と隆乃若(現・タレント)は同期入門である。三段目までは順調に番付を上げていったが、幕下を目前にして小さいころから悩まされていた足の病気が限界に達したため、1995年7月場所と続く9月場所を連続して休場し、最初となる足の手術を行った。
龍巍 生明(りゅうぎ たかあき、1976年6月17日 - )… 龍巍 生明(りゅうぎ たかあき、1976年6月17日 - )は、岡山県総社市出身で放駒部屋に所属した元大相撲力士。本名は守安 年章(もりやす としあき)。高梁市に居住していた時期もあるため、高梁市出身を自称する場合もある。 身長191cm、体重134kg。血液型A型。星座は双子座。 得意技は右四つ、上手投げ。最高位は幕下2枚目(2008年10月現在)。 1992年(平成4年)3月水野(みずの)の四股名で初土俵。 1993年(平成5年)3月には、四股名を魁松山 巧瞭(かいしょうざん たかあき)に改名。さらに1999年(平成11年)の初場所・春場所では一時的に四股名の読みを「かいしょうやま」とする。
一の谷 崇帥(いちのたに そうし、1976年6月10日 - … 一の谷 崇帥(いちのたに そうし、1976年6月10日 - )は、青森県南津軽郡大鰐町出身で中村部屋所属の元大相撲力士。本名は木田 崇帥(きだ そうし 以前は木田 崇師(読み方は同じ))。現役時は身長182cm、体重128kg。最高位は東十両12枚目(2004年7月場所)。得意技はもろ差し、寄り。 大鰐町立大鰐中学校在籍中は野球部に所属していたため、相撲経験は無かった。しかし相撲が盛んな地域であったため、父の勧めにより中学卒業と同時に中村部屋に入門。1992年3月場所に初土俵を踏んだ。初土俵から4年で幕下まで番付を上げたが、定着するまでに時間が掛かったため幕下と三段目を往復する生活が続いた。2002年頃から幕下に定着。
十文字 友和(じゅうもんじ ともかず、1976年6月9日 -… 十文字 友和(じゅうもんじ ともかず、1976年6月9日 - )は、青森県三戸郡階上町出身で陸奥部屋(入門当時は立田川部屋)に所属した元大相撲力士。本名同じ、愛称はモン。身長185cm、体重160kg、血液型はB型。得意手は右四つ、寄り。最高位は東前頭6枚目(2003年7月場所、2004年3月場所)。2011年の大相撲八百長問題にて引退勧告処分を受け、引退した。 漁師の長男で、小学校時代は野球部に所属しており、相撲は階上町立道仏中学校に入ってから始めた。本人と親族の希望で高校進学を入門の条件として上京し、師匠が同郷である立田川部屋へ入門し、部屋から関東第一高等学校へと通った。しかし、ちゃんこ番免除等の特別扱いが兄弟子の不評を買ってしまい、結局、高校は中退に追い込まれた。
武州山 隆士(ぶしゅうやま たかし、1976年5月21日 -… 武州山 隆士(ぶしゅうやま たかし、1976年5月21日 - )は、青森県南津軽郡浪岡町(現在の青森市)出身で藤島部屋所属(入門時は武蔵川部屋)の元大相撲力士。本名は山内 隆志(やまうち たかし)。身長191cm、体重174kg、血液型はO型。最高位は西前頭3枚目(2009年11月場所)。現在は年寄清見潟として、藤島部屋で後進の指導に当たっている。
高見盛 精彦(たかみさかり せいけん、1976年5月12日 … 高見盛 精彦(たかみさかり せいけん、1976年5月12日 - )は、青森県北津軽郡板柳町福野田常盤出身で東関部屋所属の元大相撲力士。アマチュア相撲出身。本名は加藤精彦(かとう せいけん)、愛称はカトちゃん、たかみー、角界のロボコップ。身長188cm、体重145kg、血液型はO型。得意手は右四つ、寄り。最高位は東小結(2002年9月場所、2003年11月場所)。現在は年寄・振分として同部屋で後進の指導に当たっている。
千代大海 龍二(ちよたいかい りゅうじ、1976年(昭和51… 千代大海 龍二(ちよたいかい りゅうじ、1976年(昭和51年)4月29日 - )は、大分県大分市出身(出生地は北海道千歳市)で九重部屋に所属した元大相撲力士。本名は須藤 龍二(すどう りゅうじ)、旧姓は廣嶋(ひろしま)。最高位は東大関。現在は、年寄・九重。九重部屋の師匠を務めている。 オリンピック候補にまで上がった柔道家の父の下に生まれ、3歳から柔道を始め、父の下で柔道のスパルタ英才教育を受けたが、父は廣嶋が5歳の時に死去している。柔道は小学校に進学した際に一度中断し、その後小学3年生までサッカーを行っていた。4年生の時の1年間だけ野球をやり、5年生から柔道に復帰した。野球は投手か三塁手を希望していたが捕手をやらされ、サッカーは走るポジションを希望したがゴールキーパーをやらされたため、それらが不満で止めた。
隆乃若 勇紀(たかのわか ゆうき、1976年4月2日 - )… 隆乃若 勇紀(たかのわか ゆうき、1976年4月2日 - )は、長崎県北松浦郡生月町(現在の平戸市)出身で、鳴戸部屋に所属した元大相撲力士。本名は尾崎 勇記(おざき ゆうき)。最高位は東関脇(2003年1月場所、2003年3月場所)。身長190cm、体重152kg、血液型はA型。得意手は右四つ・上手投げ。父は元プロ野球選手の尾崎亀重。 小学校、中学校と父には野球を強要されたが、反発していた尾崎は頑なに野球をやらなかった。運動神経が良く中学時代はバスケットボール部で活躍した。生月島の宮相撲を視察していた鳴戸親方(元横綱・隆の里)に勧誘され、1992年(平成4年)3月場所初土俵。関脇若の里、元幕内隆の鶴は同部屋で同期生である。
岩木山 竜太(いわきやま りゅうた、1976年3月2日 - … 岩木山 竜太(いわきやま りゅうた、1976年3月2日 - )は、青森県中津軽郡岩木町(現弘前市)出身で境川部屋(入門時は中立部屋)所属の元大相撲力士。本名は對馬 竜太(つしま りゅうた)、愛称はツシマ。身長184cm、体重177kg、血液型はO型、趣味は音楽鑑賞と競馬研究。最高位は東小結(2005年3月場所)。現在は、年寄・関ノ戸。
大翔大 豪志(だいしょうだい つよし、1976年2月25日 … 大翔大 豪志(だいしょうだい つよし、1976年2月25日 - )は、東京都江戸川区出身で追手風部屋(入門時は友綱部屋)に所属していた元大相撲力士。2代目大翔山。本名は西野 豪(にしの つよし)。身長176cm、体重162kg。最高位は西十両筆頭(2006年1月場所)。得意手は突き・押し四股名 西野→大翔大→大翔山趣味はスポーツ観戦と映画鑑賞。現役引退後、追手風部屋マネージャー。 小学生の頃から相撲を始め、埼玉栄高等学校、日本大学時代を通じて同級生の齊藤(元関脇・追風海)と共に活躍した。幕下付出の資格を得ることは出来なかったが、齊藤と共に追手風親方(元前頭2枚目・大翔山)の内弟子として友綱部屋に入門。
古市 貞秀(ふるいち さだひで、1976年2月21日 - )… 古市 貞秀(ふるいち さだひで、1976年2月21日 - )は、大阪府交野市(出生地は大阪市)出身で阿武松部屋所属の元大相撲力士。本名同じ。身長174cm、体重103kg、血液型B型。得意手は食い下がり、頭捻り、腕捻り。兄は押尾川部屋所属の元力士の若隆盛。趣味は買い物と散歩。最高位は東十両12枚目(2002年11月場所)。 実家がアマチュア相撲では高名な古市道場という相撲道場を営んでいて、幼い頃から道場で相撲を始めた。この道場は、アマチュア横綱の朝陽丸、高校横綱の豪栄道、古市と同郷の勢など、多くの大相撲力士を輩出している。 その後、交野四中、南京都高でも相撲を続け、近畿大学に進学して全国大会に出場する活躍を見せた。
安壮富士 清也(あそうふじ せいや、1976年1月17日 -… 安壮富士 清也(あそうふじ せいや、1976年1月17日 - )は、青森県西津軽郡深浦町出身で伊勢ヶ濱部屋(入門時は安治川部屋)所属の元大相撲力士。本名は杉野森清寿(すぎのもり きよとし)、愛称はキヨ。身長181cm、体重126kg、血液型はO型、趣味はカラオケ、格闘技観戦。得意手は右四つ、投げ、突き。最高位は東前頭13枚目(2006年11月場所)。2011年の大相撲八百長問題にて引退勧告処分を受け、引退した。
金開山 龍(きんかいやま りゅう、1976年1月7日 - )… 金開山 龍(きんかいやま りゅう、1976年1月7日 - )は、長崎県大村市出身で出羽海部屋に所属した元大相撲力士。本名は松山 龍水(まつやま りゅうすい)。旧名は金 龍水(キム・ヨンス)。現役時体格は身長183cm、体重163kg。最高位は東前頭6枚目(2003年11月場所)。得意手は右四つ、寄り。現在は年寄・高崎。 1991年3月場所初土俵。同期に千代天山、春日錦らがいる。 早くから期待され、1998年1月場所には十両に昇進した。新十両の場所で12勝3敗の成績で十両優勝。その勢いで勝ち越しを続け同年7月場所新入幕を果たした。しかし、立合いが遅く相手に組まれる相撲が多く幕内に定着することが出来ず、長く十両と幕内を往復した(6回)。
3代 木村 光之助(さんだい きむら みつのすけ、1975年… 3代 木村 光之助(さんだい きむら みつのすけ、1975年(昭和50年)12月30日 - )は、大相撲の幕内格行司である。本名は川原 誠(かわはら まこと)。二子山部屋→花籠部屋→峰崎部屋→高田川部屋所属。血液型はA型。 長崎県雲仙市吾妻町出身。元関脇の太寿山忠明(15代花籠親方)と遠縁の親戚であったことから「床山にならないか」と誘われ、太寿山が当時所属していた二子山部屋に入門。 入門当初、日本相撲協会所属の床山の定員が満杯であったため、枠に空きが出るのを待ちながら当時の二子山部屋師匠だった初代若乃花幹士(10代二子山)の小間使などをしていたが、NHK BSの相撲中継で行司のかっこ良さに憧れるようになり、その時に行司の定員枠に空きが出来たことから行司になることを決めて太寿山の花籠親方に申し出て行司として協会構成員になった。
玉ノ国 光国(たまのくに みつくに、1975年12月28日 … 玉ノ国 光国(たまのくに みつくに、1975年12月28日 ‐ )は、福島県西白河郡泉崎村出身(出生地は秋田県湯沢市(旧雄勝郡雄勝町))で片男波部屋に所属していた元大相撲力士。本名は、岡部 光国(おかべ みつくに)。得意手は突き、左四つ、寄り。あだ名は本名に由来する"黄門様"。最高位は東十両7枚目(2001年3月場所)。 後述の通り、現役後期は玉光国 喜太郎(たまみつくに きたろう)の四股名を名乗り土俵に上がっていたが、十両在位時は全て玉ノ国の四股名で通した。 元プロボクサー・タートル岡部の長男で、元関脇玉乃島の兄である。また、元大関清國の甥で、落語家林家希林は従弟にあたる。 自身の出生地は秋田県、育ちは東京都文京区であるが、日本相撲協会へは父親の故郷である福島県を出身地として届け出た。
魁道 康弘(かいどう やすひろ、1975年10月24日 - … 魁道 康弘(かいどう やすひろ、1975年10月24日 - )は、東京都府中市出身で、友綱部屋所属の元大相撲力士。最高位は、東十両4枚目(2004年5月場所)。本名は、田中 康弘(たなか やすひろ)、愛称はヤス。身長177cm、体重152kg。得意手は左四つ、寄り、押し。趣味はラジコン、好物はエビ、学生時代の得意科目は、数学と体育、血液型はAB型。 子供の時は野球も経験したが、府中市立南町小学校3年生で立川練成館に通って相撲を始め、5年生の時にはわんぱく相撲全国大会で優勝を果たし、わんぱく横綱となった。その後明治大学付属中野中学校に入学し、3年生の時には全国都道府県中学生相撲選手権大会・全国中学校相撲選手権大会の両大会で優勝し中学生横綱、史上初の中学二冠となった。
泉州山 喜裕(せんしゅうやま よしひろ、1975年9月1日 … 泉州山 喜裕(せんしゅうやま よしひろ、1975年9月1日 - )は、大阪府堺市堺区出身で高砂部屋所属の元大相撲力士、株式会社KP所属のタレント。本名は、佐藤 喜裕(さとう よしひろ)。大相撲時代の体格は身長178cm、体重142kg、現在は身長178cm、体重120kg。得意手は、突き、押し。自己最高位は、東十両筆頭(2002年11月場所、2005年7月場所)。趣味は、舞台鑑賞、釣り、バイクツーリング。
春日錦 孝嘉(かすがにしき たかひろ、1975年〈昭和50年… 春日錦 孝嘉(かすがにしき たかひろ、1975年〈昭和50年〉8月22日 - 2020年〈令和2年〉4月24日)は、千葉県夷隅郡岬町(現在のいすみ市)出身で春日野部屋に所属した大相撲力士。本名は鈴木 孝洋(すずき たかひろ)。愛称は本名から「スズキ」、四股名から「ニシキ関」、容貌から「梅三郎」「梅さん」(アニメ『ど根性ガエル』の登場人物にちなんで)など。身長188cm、体重152kg。血液型はB型、趣味は釣り、水彩画。社交的・温厚な性格で、ファンサービスが良い力士として知られた。得意手は突き、押し。最高位は西前頭5枚目(2003年9月場所・2004年1月場所・2006年1月場所)。 料理店の次男として産まれる。
追風海 直飛人(はやてうみ なおひと、1975年7月5日 -… 追風海 直飛人(はやてうみ なおひと、1975年7月5日 - )は、日本の元大相撲力士、政治家。元日本オリンピック委員会委員。本名は齊藤 直飛人(さいとう なおひと)、愛称はサイトー。力士としては追手風部屋(入門時は友綱部屋)に所属し、現役時代の体格は身長184cm、体重129kg、得意手は右四つ、寄り。最高位は西関脇(2000年11月場所)。政治家としては自由民主党に所属し、青森県議会議員(3期)、青森県板柳町議会議員(1期)を務めた。血液型はO型。趣味は読書。 前廻しを取っての寄りや投げを得意とし、玄人受けする力士だった。 青森県北津軽郡板柳町出身。板柳町立板柳中学校から埼玉栄高校に進学し相撲部へ入部。
壽山 勝昭(じゅざん かつあき、1975年4月8日 - )は… 壽山 勝昭(じゅざん かつあき、1975年4月8日 - )は、茨城県笠間市出身で押尾川部屋に所属した元大相撲力士。本名は石崎 勝昭(いしざき かつあき)。身長180cm、体重167kg。最高位は東十両2枚目(2001年7月場所)。得意技は押し、右四つ、寄り。趣味は音楽鑑賞。愛称は「エイヘイ」、血液型B型。報道では「壽」を新字体表記の「寿」に改編した寿山表記となる場合もある。 幼い頃から相撲を始めた。中学時代は柔道部に所属し、全国大会に出場する活躍を見せた。3年の夏に元幕内大至の父に勧誘され押尾川部屋の入門が決まり、中学卒業直前の1991年3月場所に初土俵を踏んだ。幕下までは順調に昇進したが、同期生の金開山や千代天山らが早々と上位に番付を上げていったのとは対照的に、怪我の影響で長く幕下中位で低迷していた。
若光翔 大平(わかこうしょう たいへい、1975年3月4日 … 若光翔 大平(わかこうしょう たいへい、1975年3月4日 - )は、兵庫県西脇市出身で松ヶ根部屋に所属した元大相撲力士。本名は三浦 太平(みうら たいへい)。身長185cm、体重181kg。趣味は釣り。最高位は東前頭14枚目(2000年11月場所)、血液型はO型。 中学時代は野球部に所属していたが、知人の紹介で松ヶ根部屋に入門。1990年5月場所初土俵。幕下上位までは順調に番付を上げていったが膝を故障し、長らく幕下の土俵が続いた。1999年11月場所には東幕下筆頭まで番付を上げ、3勝3敗で迎えた7番相撲で舞の海を寄切り勝ち越しを決めた(この一番を最後に舞の海は引退)。翌2000年1月場所に十両に昇進。
床鳴(とこなる、1975年2月25日 - )は、大相撲の床山… 床鳴(とこなる、1975年2月25日 - )は、大相撲の床山。本名は相馬大岳。青森県青森市出身。現在田子ノ浦部屋所属(所属部屋履歴は鳴戸部屋→田子ノ浦部屋)。現在一等床山を務めている。 稀勢の里の初土俵から断髪式まで17年半にわたって稀勢の里を担当してきた床山である。
2代 木村 要之助(にだい きむら ようのすけ、本名:奥野 … 2代 木村 要之助(にだい きむら ようのすけ、本名:奥野 真志(おくの まさし)、1975年2月4日 - )は、大相撲の幕内格行司である。三重県伊勢市出身。八角部屋所属。血液型はA型。 伊勢市立倉田山中学校在学中は野球に親しんでいたが、三重県相撲連盟の理事長を務める父親が12代東関(元関脇・高見山)と友人だった縁で東関部屋に入門することが決まり、中学校卒業後の1990年3月場所で初土俵を踏んだ。同期入門には3代木村銀治郎がいる。師匠は33代木村庄之助であり、1994年に師匠の若名乗りだった木村要之助の2代目を襲名した。 2006年3月場所から三重県出身者としては初めてとなる十両格に昇進、2015年5月場所から幕内格に昇進している。
光昭(みつあき、1975年(昭和50年)1月31日 - )は… 光昭(みつあき、1975年(昭和50年)1月31日 - )は、大相撲の幕内呼出である。本名は金井 光昭(かない みつあき)。埼玉県本庄市出身。鳴戸部屋→田子ノ浦部屋所属。血液型はO型。
3代 木村 銀治郎(きむら ぎんじろう、本名:遠藤 紀行(え… 3代 木村 銀治郎(きむら ぎんじろう、本名:遠藤 紀行(えんどう のりゆき)、旧姓:糸井、1974年12月30日 - )は、大相撲の元幕内格行司。最終所属は芝田山部屋。 千葉県八千代市にて生まれ、生後半年後に同県市川市に転居。小学1年生まで同地で過ごした。その後、東京都墨田区向島へ転居。 幼稚園では、現在女流囲碁棋士として活躍中の桑原陽子(旧姓祷)とは同クラスだった。 将来は音大を卒業してピアニストになりたいという夢を持ち、それと同時にプロ野球や大相撲にも目を向けて、東京場所になると毎日国技館まで自転車を漕いで通いつめ、日々学校が終わると、東京場所開催期間中は昼間は国技館、夜は野球観戦、その合間にピアノの練習もするという生活を送っていた。
床健(とこけん、1974年12月27日 - )は、大相撲の床… 床健(とこけん、1974年12月27日 - )は、大相撲の床山。本名は西崎健。和歌山県御坊市出身。現在武蔵川部屋所属(所属部屋履歴は武蔵川部屋→藤島部屋→武蔵川部屋)。現在一等床山を務めている。和歌乃山の弟。
日出ノ国 太子郎(ひでのくに たいしろう、1974年11月8… 日出ノ国 太子郎(ひでのくに たいしろう、1974年11月8日 - )は、日本の元大相撲力士、元総合格闘家。栃木県那須郡西那須野町(現・那須塩原市)出身。本名は宮下 成喜(みやした のりき)。大相撲時代は間垣部屋所属であり、最高位は西十両13枚目。得意技は押し。 相撲は那須塩原市立南小学校1年生の頃に始め、近所の神社で行われる祭りの相撲には景品を目当てに必ず参加し、小学生でありながら体重が50kgに達していたので小学校の高学年とも互角に戦った。小学3年生からは柔道を始め、サッカーも小学校の間は続けた。那須塩原市立西那須野中学校では小学校から始めた柔道を続けるために柔道部に所属し、中学1年で初段を取るほどの腕前だったが、柔道部の顧問の考えで平衡して相撲大会にも出場し、3年生で「相撲で優勝しておくと、進学の時に有利かな」と思い本格的に相撲を始めると強味を増していき県大会でも活躍した。
双筑波 勇人(ふたつくば ゆうと、1974年10月7日 - … 双筑波 勇人(ふたつくば ゆうと、1974年10月7日 - )は、茨城県つくば市出身で立浪部屋所属の元大相撲力士。本名は廣瀬 昌司(ひろせ まさし)。身長185cm、体重144kg。最高位は西十両13枚目(1999年1月場所)。得意技は左四つ、寄り、上手投げ、小手投げ。 誕生時の体重は3750gもあり、幼少期から同年代の子どもよりも体が大きかった。相撲好きの祖父の影響で、幼少期からテレビで相撲を観戦していた。小学校5年生の頃には既に力士を志しており、当時は千代の富士の大ファンであった。小学校6年生時から石下町体育協会の柔道教室に通っていたが、協会長の紹介で、中学3年時には、立浪部屋に体験入門をしたこともあった。
禄郎(ろくろう、1974年(昭和49年)10月4日 - )は… 禄郎(ろくろう、1974年(昭和49年)10月4日 - )は、大相撲の十両呼出である。本名は荒木 謙三(あらき けんぞう)。京都府長岡京市出身。押尾川部屋→尾車部屋→二所ノ関部屋→中村部屋所属。血液型はA型。 当初は力士志望だったが、身長が足りないため呼出に転身した。
出羽平 真一(でわたいら しんいち、1974年9月13日 -… 出羽平 真一(でわたいら しんいち、1974年9月13日 - )は、東京都足立区出身で出羽海部屋所属の元大相撲力士。本名は平 伸一(たいら しんいち)、身長178cm、体重152kg。趣味は散歩。最高位は西十両4枚目(1999年11月場所)。得意手は突き、押し。血液型はB型。 葛飾区立上千葉小学校4年の頃から相撲を初め、6年生の時にわんぱく相撲全国大会で優勝した。葛飾区立青葉中学校3年の時には中学生横綱となり、埼玉栄高時代から全国大会に出場し将来を嘱望されていた。日本大学時代には全日本相撲選手権大会で入賞する活躍を見せた。大学卒業と同時に出羽海部屋に入門し、1997年3月場所に幕下付出で初土俵を踏んだ。
緑富士 優(みどりふじ まさる、1974年8月2日 - )は… 緑富士 優(みどりふじ まさる、1974年8月2日 - )は、山梨県中巨摩郡田富町出身で阿武松部屋に所属した元大相撲力士。本名は大金優(おおがねまさる)。184.5cm、159.5kg。最高位は西幕下筆頭。現役後期には富士龍優耀(ふじりゅうまさる)の四股名を名乗っていた。 東京都八王子市生まれ。小学校に上がる前、父の転勤で山梨県中巨摩郡田富町に引っ越した。中学時代は水泳のバタフライの選手。ラグビーをやっていた兄と同様、体が大きかった。山梨県立谷村工業高校の清水監督に誘われ、同校の相撲部に入った。1年生のときは板倉将昭コーチの家に下宿して指導を受けた。3年次のインターハイは個人戦で全国ベスト32。
武雄山 喬義(ぶゆうざん たけよし、1974年7月29日 -… 武雄山 喬義(ぶゆうざん たけよし、1974年7月29日 - )は、愛知県豊橋市出身で武蔵川部屋に所属した元大相撲力士。本名は富永 丈喜(とみなが たけよし)。現役時代の体格は身長181cm、体重164kg。得意手は突き、押し。最高位は東前頭筆頭(2002年3月場所)。現在は年寄・山分。 愛知県豊橋市の農家の家に生まれた。3人兄弟の末っ子で、次兄は競輪選手の富永益生。小学校時代は体が弱く、水泳をやっていた。地元の豊橋市立北部中学校、その後愛工大名電高校を経て、明治大学を卒業。同級生には玉力道等がいる。愛称は「トミー」、「タケヨシ」、「トミナガ」など。座右の銘は「前へ前へ」。好きな食べ物は焼き鳥、コーヒー、焼肉。
東心山 徳幸(とうしんやま のりゆき、1974年7月28日 … 東心山 徳幸(とうしんやま のりゆき、1974年7月28日 - )は、鹿児島県大島郡徳之島町出身で玉ノ井部屋に所属していた元大相撲力士。本名は廣田 徳幸(ひろた のりゆき)。最高位は西幕下10枚目(2000年9月場所、2001年1月場所)。 高校時代は鹿児島県の相撲大会で優勝の経験があった。高校時代は調理科に在学していたが、3年次に高校を中退して鹿児島県内の寿司屋に勤務開始。その後、玉ノ井部屋から勧誘を受け「上京のチャンスだ」という趣旨の言葉から入門を決意。1994年1月場所初土俵。初土俵同期は安壮富士、玉春日、成松勇起夫(智ノ花の従弟)。入門時は部屋の力士に敵わなかったというが、部屋の兄弟子である大日岳や後に出世頭となる弟弟子の栃東に刺激を受け、初土俵から所要11場所で幕下に昇進するなどそこまでの出世は速かった。
6代 式守 鬼一郎(ろくだい しきもり きいちろう、1974… 6代 式守 鬼一郎(ろくだい しきもり きいちろう、1974年7月17日 - )は、大相撲の幕内格行司である。本名は和智 修(わち おさむ)。追手風部屋所属。血液型はA型。 佐賀県佐賀市出身。中学卒業後の1990年5月場所で大鳴戸部屋から初土俵を踏んだ。1995年1月場所直前に大鳴戸部屋が閉鎖になったため桐山部屋に引き取られ、2011年1月場所後の同年1月27日に桐山部屋が閉鎖になったため追手風部屋に移籍した。 2006年3月1日付で十枚目格に昇進し、式守鬼一郎を襲名した。鬼一郎の名跡は約46年ぶりの復活になった。2018年12月25日付で幕内格に昇進した。 大坂相撲の流れを汲む朝日山部屋の分家である大鳴戸部屋出身である。
闘牙 進(とうき すすむ、1974年7月4日- )は、千葉県… 闘牙 進(とうき すすむ、1974年7月4日- )は、千葉県市川市行徳出身で高砂部屋に所属した元大相撲力士。本名は玉城 順(たまき じゅん)。最高位は東小結(2003年9月場所)。現役時代の体格は189cm、174kg。得意手は突き、押し。趣味は音楽鑑賞。血液型はA型。 父は、高砂部屋の元序二段だった高勇。長く伸びた揉み上げが特徴で、NHKの大相撲中継では「もみあげの闘牙」と評されたこともある。父の開設していた道場で柔道を習い、中学校時代は父の故郷である沖縄県で過ごした。1年先輩には阿嘉(後の元幕内・若ノ城)がいる。中学卒業後、柔道の強豪・東海大学付属相模高校に入学するも、腰を痛めて柔道の道を断念した。
栃栄 篤史(とちさかえ あつし、1974年6月27日 - )… 栃栄 篤史(とちさかえ あつし、1974年6月27日 - )は、佐賀県佐賀郡富士町(現在の佐賀市、出生地は東京都中野区)出身で春日野部屋所属の元大相撲力士。本名は岡本 篤(おかもと あつし)、身長184 cm、体重158 kg。得意技は突き、押し。最高位は西前頭筆頭(2001年1月場所)。趣味は演劇鑑賞、釣り、アウトドア。血液型はB型、愛称はアツシ。現在は年寄・三保ヶ関。 埼玉栄高校出身で、高校横綱にもなった。また、史上初の大学に進学しなかった高校横綱でもある。高校時代、当時の幕下付出基準である全日本相撲選手権大会ベスト16に進出し物議をかもしたが、「幕下付出は20歳以上」という下限を設けたことで決着した。
北勝岩 治(ほくといわ おさむ、1974年6月1日- )は、… 北勝岩 治(ほくといわ おさむ、1974年6月1日- )は、青森県北津軽郡金木町(現在の五所川原市)出身で八角部屋に所属した元大相撲力士。本名は原田 治(はらだ おさむ)。身長177cm、体重167kg。得意手は突き、押し。最高位は東十両10枚目(2002年5月場所)、血液型はB型。 「原田酒店」の長男として生まれ、幼い頃から村祭りの相撲大会等に参加したが、本格的に始めたのは五所川原市立嘉瀬小学校2年生の頃で、体格の大きさを見出した担任から勧められたことがきっかけだった。嘉瀬小学校では通常は部活動に参加できるのは4年生からだったが、特別に認めてもらい、毎日の相撲の稽古に明け暮れた。五所川原市立金木南中学校、五所川原農林高校に進学しても相撲部に所属した。
玉力道 栄来(たまりきどう ひでき、1974年4月19日 -… 玉力道 栄来(たまりきどう ひでき、1974年4月19日 - )は、東京都江戸川区出身で片男波部屋に所属した元大相撲力士。元在日本大韓民国民団(民団)所属の在日韓国人(3世)である。韓国籍時代の本籍地は、大韓民国大邱広域市。本名は安本 栄来(やすもと ひでき)、韓国名趙 榮來(チョ・ヨンレ、조영래)。現役時代の体格は184cm、139kg。得意手は諸差し、右四つ、寄り、上手投げ。時折掛け投げも見せた。最高位は東前頭8枚目(2003年5月場所)。血液型はB型。現在は、年寄・10代松ヶ根として放駒部屋で後進の指導に当たっている。 建設会社の次男。明治大学付属中野中学校・高等学校を経て明治大学に進学。
出島 武春(でじま たけはる、1974年3月21日 - 、本… 出島 武春(でじま たけはる、1974年3月21日 - 、本名同じ)は、武蔵川部屋所属の元大相撲力士。現役時代の最高位は東大関。現在は年寄・大鳴戸。
栃乃洋 泰一(とちのなだ たいいち、1974年2月26日 -… 栃乃洋 泰一(とちのなだ たいいち、1974年2月26日 - )は、石川県七尾市出身で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は後藤 泰一(ごとう たいいち)、愛称はタイチ。現役時代は身長187cm、体重165kg、血液型はO型。趣味は「読書」。得意手は左四つ、寄り、下手投げ、掬い投げ、突き落とし。最高位は東関脇(2001年5月場所)。現在は年寄・竹縄。 漁師の長男で、小学生の頃から相撲を始める。七尾商業高校(現・七尾東雲高校)を経て、拓殖大学3年生の時には全国学生相撲選手権大会で優勝して学生横綱に輝いた。拓殖大学相撲部監督の兄であり、中学校・高校・大学を通しての先輩である千賀ノ浦親方(元関脇・舛田山)を頼る形で春日野部屋へ入門し、1996年1月場所にて幕下付出で初土俵を踏んだ。
増健 亘志(ますつよし のぶゆき、1974年1月22日 - … 増健 亘志(ますつよし のぶゆき、1974年1月22日 - )は、高知県高知市出身で三保ヶ関部屋所属の元大相撲力士。本名は柳川 信行(やながわ のぶゆき)。最高位は西十両6枚目(2003年9月場所)。得意手は左四つ、寄り。身長178cm、体重190kg、愛称は本名に因んで「ノブ」。趣味は漫画を読むこと。好物は焼肉。水瓶座。血液型B型。干支は寅年。 1974年1月22日、高知県に生まれる。奇しくも、後に入門することになる三保ヶ関部屋の大先輩にあたる北の湖敏満は、同月の大相撲本場所にて幕内初優勝を果たし、柳川の誕生日の翌日にあたる23日には、大関昇進伝達式が執り行われた。 相撲は小学校4年から始め、それまでは野球をやっていた。
時津海 正博(ときつうみ まさひろ、1973年11月8日 -… 時津海 正博(ときつうみ まさひろ、1973年11月8日 - )は、長崎県福江市(現・五島市)の出身で時津風部屋所属の元大相撲力士。本名は坂本 正博(さかもと まさひろ)。東京農業大学卒業。最高位は東前頭3枚目(2001年11月場所)。身長184cm、体重137kg。得意手は右四つ・寄り。趣味は釣り。現在は年寄・時津風、血液型はA型、星座は蠍座。