寺田 路恵(てらだ みちえ、1942年11月27日 - )は… 寺田 路恵(てらだ みちえ、1942年11月27日 - )は、日本の女優、声優。東京府北多摩郡武蔵野町(現東京都武蔵野市)出身。 1948年、前進座での『レ・ミゼラブル』で初舞台。 藤村女子高等学校卒業後に俳優座養成所に13期生として入所(同期生に細川俊之・加藤剛・佐藤オリヱらがいる)。 1964年、俳優座養成所卒業後、文学座附属演劇研究所に入所。 1965年、文学座の研究生となり、1968年に劇団員に昇格。 麦人は実弟であり、海外ドラマ『名探偵ポワロ ゴルフ場殺人事件』で夫婦役で共演している。 趣味・特技は新内の名取(鶴賀伊勢鶴)、日本舞踊。
十朱 幸代(とあけ ゆきよ、1942年〈昭和17年〉11月2… 十朱 幸代(とあけ ゆきよ、1942年〈昭和17年〉11月23日 - )は、日本の女優。東京市日本橋区(現:東京都中央区)出身。血液型はO型。父は俳優の十朱久雄。所属事務所は株式会社アクターズ・セブン。 ニッポン放送の朝のラジオ番組『いってらっしゃい』の初代パーソナリティ。「国民の恋人」と称された。文化学院英文科卒業。 父・十朱久雄は日本橋で江戸時代から続く、麻問屋「小倉貿易」の長男だったが、学生時代から芝居に熱中し、家業を継ぐ気が全くなかったことから、祖父が東京を離れれば芝居を辞めるだろうと、母との結婚を契機に自社の機械工場があった奈良県へ送り出した。父が江戸っ子であることに誇りを持っていたため、母をわざわざ東京に送り返し、十朱幸代を東京の病院で出産させた。
大原 ますみ(おおはら ますみ、本名:蝦原 理代子()、19… 大原 ますみ(おおはら ますみ、本名:蝦原 理代子()、1942年11月17日 - )は、東京都出身の女優である。元宝塚歌劇団雪組・星組主演娘役スターである。 公称身長161cm。宝塚歌劇団時代の愛称はエビちゃん。宝塚歌劇団に入団したときの芸名は八方 まつみであった。 1964年、宝塚歌劇団に入団する。入団時の成績は58人中2位(娘役だと首席)。雪組公演『花のふるさと物語』で初舞台を踏む。50期生。同期に女優の鳳蘭(元星組主演男役)、同じく女優の汀夏子(元雪組主演男役)、朝みち子(1986年 - 1990年に月組組長)、元政治家でタレントの但馬久美(1983年 - 1986年に花組組長)、竹生沙由里(元花組主演娘役)らがいる。
江波 杏子(えなみ きょうこ、1942年〈昭和17年〉10月… 江波 杏子(えなみ きょうこ、1942年〈昭和17年〉10月15日 - 2018年〈平成30年〉10月27日)は、日本の女優。東京都渋谷区千駄ヶ谷出身。最終所属はアルファエージェンシー。宝仙学園高等学校出身。本名︰野平香純。スリーサイズ、B89 cm、W61 cm、H90 cm(1968年10月、江波本人の申告)。 高祖父は、最後に沖田総司を匿った植木職人の柴田平五郎。母・江波和子は戦前に東宝で活躍した映画女優。父は千駄ヶ谷で割烹大関を営む。子供の頃はシャイで自意識が強く、本ばかり読んでいた子だったという。 小学生の頃にキャロル・リード監督の『落ちた偶像』を観たのがきっかけで、本人曰く「現実逃避的に」女優になろうと思ったことや、また幼い頃に亡くなった母の仕事を継ぎたい一心で中学生の頃から女優を志し、1959年に十三期ニューフェイスとして大映に入社。
茅島 成美(かやしま なるみ、1942年〈昭和17年〉9月1… 茅島 成美(かやしま なるみ、1942年〈昭和17年〉9月14日 - )は、日本の女優。本名、川上 静江。旧姓、茅島 静江。Grue所属。 東京府(現・東京都)出身。滝野川女子学園高等学校中退。 茅島静江名義で劇団こまどりに所属し、子役として活動。 1959年、東映ニューフェイス6期生に合格。春海 洋子の芸名で東映京都と契約する(同期は千葉真一・亀石征一郎など)。 東映を1962年に退社し、茅島 成美に改名。改名後は大阪制作のテレビドラマに出演。その後、東京へ戻り、『あいつと私』や『五番町夕霧楼』などに出演した。 1979年より『3年B組金八先生』に理科教師・国井美代子役で出演(第4シリーズでは主幹教諭、スペシャル9で教頭に昇進したが、スペシャル11を最後に定年退職という設定)。
霧立 はるみ(きりたち はるみ 1942年8月25日-200… 霧立 はるみ(きりたち はるみ 1942年8月25日-2002年?)は日本の女優。
内田 高子(うちだ たかこ、1942年8月22日 - )は、… 内田 高子(うちだ たかこ、1942年8月22日 - )は、日本の女優、元歌手である。出生名は同じ。1963年(昭和38年)に歌手としてデビュー、1964年(昭和38年)から本格的に女優として活動を開始する。黎明期の成人映画界のスター女優であり、「成人映画界のソフィア・ローレン」と呼ばれた。1971年(昭和46年)に映画監督の向井寛(本名・向江寛城)と結婚・引退、本名は向江 高子(むかえ たかこ)になる。夫・向井の没後1年を経た2009年(平成21年)、テレビドラマ『任侠ヘルパー』に向江 たかこ(むかえ たかこ)名義で出演した。 1942年(昭和17年)8月22日、千葉県銚子市に生まれる。ウェブ上にみる誕生年には諸説あり、Yahoo!映画では「1940年」(昭和15年)、DrillSpin等では「1943年」(昭和18年)とされているが、『日本映画俳優全集・女優編』(キネマ旬報社)や『芸能人物事典 明治大正昭和』(日外アソシエーツ)、およびKINENOTEでは「1942年」(昭和17年)としている。
岡本佳津子(おかもと かつこ、1942年8月21日 - )は… 岡本佳津子(おかもと かつこ、1942年8月21日 - )は、日本のバレリーナ・バレエ指導者・振付家・女優である。本名、岡本勝子。橘秋子のもとでバレエを始め、小牧バレエ団、井上バレエ団などで主役級の役柄を踊った。草創期のテレビ界でも活躍し、テレビドラマ『春のバレリーナ』や『風林火山』、『泣いてたまるか』などに出演した。ダンサーとしての現役を退いた後は、後進の指導にたずさわる傍ら、公益財団法人井上バレエ団の理事長や日本バレエ協会の役員職などを務めている。女子美術大学付属高等学校卒業、文化学院デザイン科卒業。 東京都港区の生まれ。バレエを始めたのは、1950年のことだった。小学校1年生の秋、隣に住んでいた仲の良い女の子がバレエの稽古に通っていたため、クラシック音楽を愛好していた両親の勧めによって彼女もバレエを始めることになった。
奈月ひろ子(なづき ひろこ、1942年8月10日 - )は、… 奈月ひろ子(なづき ひろこ、1942年8月10日 - )は、日本の女優。かつてフジサンケイグループを支配した鹿内一族の出身である。 当初の芸名には、「若柳菊」、「菊ひろ子」などの名前で活動。 鹿内信隆の長女として東京都中野区に生まれる。弟は鹿内春雄。鹿内宏明は義弟(妹・厚子の夫)。娘はフジテレビプロデューサーの鹿内植。 4歳の頃から若柳流の日本舞踊を習い、11歳で名取、22歳で師範。森村学園初等科・中等科、慶應義塾女子高等学校を経て、慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、舞台女優の道に進む。父・信隆はそれに必ずしも賛成したわけではなかったが、娘の意思が固かったため、フジテレビの株主として関係の深い松竹の役員に後押しを頼んだりした。
桑野 みゆき(くわの みゆき、1942年7月17日 - )は… 桑野 みゆき(くわの みゆき、1942年7月17日 - )は、日本の元女優。本名は斎藤みゆき。横浜市鶴見区出身。母は戦前の人気女優桑野通子。 1954年『緑はるかに』(井上梅次監督)の子役募集に応募して13歳で映画デビュー。1956年に松竹に入社。清純派女優として売り出すが、1960年に『青春残酷物語』(大島渚監督)で破滅へと疾走していく女性を演じて注目を浴びる。他に『赤ひげ』(1965年・黒澤明監督)、『大根と人参』(1965年・渋谷実監督)など、松竹を中心に100作を越える映画作品に出演する。 映画『春一番』において、後輩の松竹の看板女優の岩下志麻、倍賞千恵子と共演するが、撮影時から「長く松竹にいるが、松竹とハダが合わないんじゃないか」と悩み始める。
小川 甲子(おがわ かつこ、旧姓:井戸、1942年7月8日 … 小川 甲子(おがわ かつこ、旧姓:井戸、1942年7月8日 - )は、元宝塚歌劇団花組主演男役・元女優。 兵庫県神戸市出身。公称身長は162センチ。出身校は親和学園。宝塚歌劇団時代の芸名は甲 にしき(こう にしき)、愛称はコウちゃん。 中学時代、腎炎にかかり長期の療養生活を強いられる。状態が落ち着いた時、気分転換にと宝塚コドモアテネを利用し始めたことが、歌劇団志望のきっかけになる。 1960年、宝塚歌劇団入団。宝塚歌劇団46期生。宝塚入団時の成績は首席。初舞台の公演演目は星組公演『春の踊り(日本の恋の物語)/ビバ・ピノキオ』。同期に山吹まゆみ(女優)、上月晃(女優)、古城都(本郷功次郎夫人)、振付師司このみらがいる。
池田 和歌子(いけだ わかこ、1942年6月19日 - )は… 池田 和歌子(いけだ わかこ、1942年6月19日 - )は、日本の女優、声優。 和歌山県伊都郡かつらぎ町出身。出生は大阪市西成区。 和歌山県立伊都高等学校卒業。 高校在学中にNHK大阪放送劇団ORTに入団し、高校卒業後の1961年、浪花千栄子の推薦でNHK大阪演技研究所に入所する。卒業後、同期生と「テアトル・ラディー」を結成し、その後は、大宝芸能、東京俳優生活協同組合、オフィス・ほうせいなどに所属していた。 『華岡青洲の妻』(NTV)では水谷八重子と南田洋子に対する名手弁の指導役も兼ねて役を貰っている。 1974年にアニメ作画監督のアベ正己と結婚。結婚後の1975年、「群六舎プロ」を設立して役員となった。
李 麗仙(り れいせん、イ・ヨソン、朝鮮語: 이여선、194… 李 麗仙(り れいせん、イ・ヨソン、朝鮮語: 이여선、1942年〈昭和17年〉3月25日 - 2021年〈令和3年〉6月22日、本名:大靏 初子〈おおつる はつこ〉、旧本名:李 初子〈り はつこ〉)は、日本の女優。舞台での活動が主軸で、その個性的な演技で「アングラの女王」の異名を取る。元夫は俳優の唐十郎、長男は俳優の大鶴義丹。 東京府生まれ。両親は在日韓国人2世だが、日本語しか話さなかったという。生まれた時の名前は李初子(朝: 이초자 イ・チョジャ)。日本名は星山初子(ほしやま はつこ)。東京都立広尾高等学校卒業。 舞台芸術学院在学中に劇作家・演出家・俳優の唐十郎と知り合う。 1963年に舞台芸術学院を中退、唐が設立した状況劇場に参加。
宇野 淑子(うの よしこ、1942年3月18日 - )は、日… 宇野 淑子(うの よしこ、1942年3月18日 - )は、日本のアナウンサー、ジャーナリスト、女優。 東京都立川市出身。戦争疎開で岡山県に移住し、高校卒業まで岡山市(旧都窪郡吉備町)で送る。東京教育大学卒業後、1964年4月、TBSにアナウンサー9期生として入社(同期に石川顯、大沢悠里、小島康臣、平原晋太郎、桝井論平、高階玲子、二村義子、山田照子、吉野好子)。1966年1月、ラジオ局放送部兼テレビ編成局アナウンス部。1967年11月15日、アナウンサー研修室設置に伴いラジオ局第一制作部勤務者兼アナウンサー研修室付に。1969年3月、放送部兼第一制作部兼第二制作部兼アナウンサー研修室付、1970年7月、ラジオ本部アナウンス室、1989年1月、報道総局アナウンス部兼ラジオ総局情報制作局ニュース・情報センター部、1991年5月、アナウンスセンター兼ラジオ制作局にそれぞれ配属。
山本 陽子(やまもと ようこ、1942年〈昭和17年〉3月1… 山本 陽子(やまもと ようこ、1942年〈昭和17年〉3月17日 - 2024年〈令和6年〉2月20日)は、日本の女優。東京都中野区出身。株式会社三陽企画所属。國學院高等学校卒業。 4人兄弟(兄、姉、弟)で、4人年子。 高校卒業後は野村證券投資相談部に勤務していたが、1963年に知人が日活に山本の応募書類を送ったところ合格し、第7期日活ニューフェイスとして芸能界に入る。同期には、西尾三枝子、谷隼人、沖田峻一郎などがいる。1963年に女優デビュー(ただし、マスメディアによっては「1964年4月にデビュー」とする場合もある)。 映画では吉永小百合ら「日活三人娘」の人気に押され、なかなか作品には恵まれなかったが、テレビドラマに進出してからは日本的で清楚な美貌で人気を集めた。
田村 奈巳(たむら なみ、1942年3月4日 - )は、日本… 田村 奈巳(たむら なみ、1942年3月4日 - )は、日本の女優。本名は平野 まゆみ。旧姓・旧芸名は田村 まゆみ。 作曲家田村しげると作詞家寺尾智沙の両親の下、東京市淀橋区(現・東京都新宿区)下落合生まれ。渋谷区千駄ヶ谷出身。宝仙学園高等学校卒業。 小学6年生の頃からラジオ番組や雑誌モデル、テレビドラマに出演。江波杏子とは近所の幼馴染だった。高校の同級生でもあり、仲良しグループのメンバーでもあった。 高校在学中の1959年、東宝に入社し、同年、本名のまま映画『ある日わたしは』でデビューした。1960年、田村を含め共に16歳だった浜美枝、星由里子の三人娘が「ペットのように可愛い」ため、夏木陽介が「東宝のスリーペットだね」と言ったことから正式に「東宝スリーペット」として売り出され、盛大な披露パーティーも催された。
真屋 順子(まや じゅんこ、1942年1月8日 - )は日本… 真屋 順子(まや じゅんこ、1942年1月8日 - )は日本の女優。大分県日田市出身。特技は日舞。
藤山 陽子(ふじやま ようこ、1941年12月17日 - )… 藤山 陽子(ふじやま ようこ、1941年12月17日 - )は、日本の映画女優。東宝専属で1960年代に活躍した。神奈川県横浜市金沢区金沢八景出身。身長161cm。愛称はおふじ。
白石 加代子(しらいし かよこ、1941年12月9日 - )… 白石 加代子(しらいし かよこ、1941年12月9日 - )は、日本の女優。株式会社スタジオオーデュボン所属。夫は早稲田小劇場に所属していた深尾誼(ふかお よしみ)。東京市麻布区(現・東京都港区)東麻布出身。日本芸術院会員。 父・仁志郎(にしろう)、母・フサの長女として生まれる。父は逓信省の役人で、静岡県河津浜電話中継所の所長を務めていた。 5歳の頃、結核で父親を亡くし、家計が常に苦しくなる。 小学生の時、学校にやって来た児童劇団の芝居を見て、すでに舞台の世界に魅力を感じ始めていたが「弟が就職するまでは長女として家計を支えなければならない」という責任感から、麹町学園女子高等学校卒業後は東京の港区役所に就職。
谷口 朱里(たにぐち しゅり、1941年11月29日 - )… 谷口 朱里(たにぐち しゅり、1941年11月29日 - )は、日本の女優、元ファッションモデルである。名の読みは「じゅり」「あかり」とする資料も存在する。本名は平沢 孝絵(ひらさわ たかえ)、初期芸名水原 リエ(みずはら リエ)。伊藤道郎のモデルクラブ「すみれモデルグループ」出身のモデルであり、若松孝二が製作、大和屋竺が監督した『裏切りの季節』に主演したことで知られる。奥野信太郎のエッセイ『女へんの話』に登場することでも知られる。のちに新劇女優に転向した。 1941年(昭和16年)11月29日、日本の第二次世界大戦参戦を目前とした時期、東京府東京市浅草区(現在の東京都台東区浅草地区)に生まれる。
川口 節子(かわぐち せつこ、1941年〈昭和16年〉11月… 川口 節子(かわぐち せつこ、1941年〈昭和16年〉11月6日 - 2013年1月18日)は、日本の女優。東京市(現:東京都)荒川区出身。身長154cm、体重49kg。血液型はA型。 和洋女子大学家政学部中退[要出典]。東宝芸能学校[要出典]、東宝(1963年-1970年代)、新星プログループを経て、宝井プロジェクトに所属していた。 1963年に東宝へ入社し、映画『林檎の花咲く町』でデビュー。東宝が専属俳優制度を廃止した後は、記平佳枝、東静子らとともに新星プロで女優業を継続していた。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
三田 佳子(みた よしこ、1941年10月8日 - )は、日… 三田 佳子(みた よしこ、1941年10月8日 - )は、日本の女優。本名は高橋 嘉子(たかはし よしこ)で、旧姓は石黒(いしぐろ)。女子美術大学付属中学校・高等学校卒業。所属事務所は三田佳子事務所(生島企画室と業務提携)を経て、2017年2月24日付けでプロダクション尾木に移籍。 芸名の三田は、早稲田の高田(馬場)、明治の神田(駿河台)と共に3案示され、慶応の三田を選択。慶応大学野球部のファンだったため。夫は元NHKプロデューサーの高橋康夫。長男は森宮隆、次男は高橋祐也。 代表作は映画『極道の妻たち三代目姐』、ドラマは大河ドラマ『いのち』『花の乱』など。大河ドラマで複数回主演した唯一の女優となっている。
樫山 文枝(かしやま ふみえ、1941年〈昭和16年〉8月1… 樫山 文枝(かしやま ふみえ、1941年〈昭和16年〉8月13日 - )は、日本の女優である。劇団民藝所属。本名は綿引 文枝(わたびき ふみえ、旧姓:樫山)。夫は俳優の綿引勝彦。 1966年 NHK連続テレビ小説『おはなはん』の演技でゴールデン・アロー賞特別賞、ラジオ・テレビ゙記者会賞個人賞受賞。舞台では2008年に『海霧』の演技で第43回紀伊國屋演劇賞個人賞 受賞。テレビドラマ、映画、舞台などで活躍するほか、ナレーションや朗読の仕事でも知られる。 東京府北多摩郡武蔵野町吉祥寺(現:東京都武蔵野市吉祥寺)生まれ。父親は早稲田大学教授・同野球部長を歴任し、ヘーゲルの研究者として著名な樫山欽四郎。両親とも長野県小諸市の出身。
家田 佳子(いえだ よしこ、1941年7月12日 - )は、… 家田 佳子(いえだ よしこ、1941年7月12日 - )は、日本の元女優、元モデルである。本名同じ。 1941年(昭和16年)7月12日、静岡県静岡市に生まれる。 青山学院中等部・高等部に進学する傍ら、舞踊家の貝谷八百子が創設した貝谷バレエ団(現在の貝谷バレエアカデミー)に所属し、4年間舞踊を修得していたが、1957年(昭和32年)5月、同校高等部在学中に実父と懇意だった劇作家の内村直也にスカウトされ、東宝に入社する。同年11月5日に公開された鈴木英夫監督映画『脱獄囚』で池部良と共演し、映画デビューを果たす。以後、同社の新進女優として、ジャンルを問わず多くの作品に脇役、時には準主役として出演した。
倍賞 千恵子(ばいしょう ちえこ、1941年〈昭和16年〉6… 倍賞 千恵子(ばいしょう ちえこ、1941年〈昭和16年〉6月29日 - )は、日本の女優、歌手、声優。愛称は、チコちゃん。妹は同じく女優の倍賞美津子。弟は日産自動車硬式野球部元監督の倍賞明、夫は作曲家の小六禮次郎。元夫は歌手で俳優の小宮健五。 豊島区西巣鴨に生まれ、北区滝野川で育った。戦時中は茨城県に疎開した。北区立滝野川第六小学校、北区立紅葉中学校(現:北区立滝野川紅葉中学校)卒業。 両親は共に東京都交通局職員であり、父は都電の運転士、母は車掌であった。 珍しい倍賞姓は出羽国鹿角郡大湯温泉(現:秋田県鹿角市十和田大湯)に起源を持つ。先祖は久保田藩(佐竹氏)に仕えた守衛で、先祖に賢い者がいたため書記に抜擢され、何らかの賞を受けたのがこの姓の由来という。
長山 藍子(ながやま あいこ、1941年〈昭和16年〉6月2… 長山 藍子(ながやま あいこ、1941年〈昭和16年〉6月21日 - )は、日本の女優。中国内蒙古自治区フフホト市生まれ、静岡県三島市育ちで、3人きょうだいの長女。身長159cm、体重50kg。日本新劇俳優協会理事。夫は俳優の武正忠明(1997年結婚)。 父は同盟通信社記者で東京タイムズ創立に参加した。通信社の記者として父親が赴任していた中国・内蒙古フフホト市で生まれ、幼児期を東北部の新京(現:長春)で過ごした。4歳のとき現地で終戦を迎え、父親と離れてしまい、母・弟とともに引き揚げて、東京に住む。 成蹊小学校・中学校、静岡県立三島北高等学校卒業。小・中学校の同級生に俳優の東野英心がいた。 父親の影響で俳優を目指し、小・中学校時代から演劇部に所属。
日色 ともゑ(ひいろ ともえ、1941年〈昭和16年〉6月4… 日色 ともゑ(ひいろ ともえ、1941年〈昭和16年〉6月4日 - )は、日本の女優。劇団民藝所属。 本名は中園ともゑ(なかその ともえ)。東京都出身。父親は東京新聞社社員で将棋観戦記者・演芸評論家の日色恵。夫は建築家の中園正樹(株式会社松田平田設計代表取締役社長:1995 - 2018年在任)。 小学生の時に観た映画『原爆の子』に心を打たれたことが役者を目指す原点となる。自身も戦争で祖母と叔父、叔母を亡くしており、近年も平和の尊さを訴える朗読劇に積極的に参加している。 『大草原の小さな家』の吹き替えの依頼が来た当初は声優の経験がほとんど無かったことから自信が持てなかったので、1クール(22話分)だけのつもりで引き受けたという。
花柳 幻舟(はなやぎ げんしゅう、本名 川井 洋子、1941… 花柳 幻舟(はなやぎ げんしゅう、本名 川井 洋子、1941年〈昭和16年〉5月15日 - 2019年〈平成31年〉2月28日)は、日本の著作家・舞踊家・女優。フェミニスト・アナキスト。 京阪神を中心に西日本各地を巡回する劇団の子として大阪市に生まれ、2歳で舞台に立つ。東映ポルノ、日活ロマンポルノなどに多数出演。日本舞踊の花柳流に入門。花柳流名取となったが家元制度打倒運動を開始、家元制度批判の著書『花柳流に反逆する』を出版する。 1980年、花柳流家元・三世花柳壽輔を襲撃して包丁で斬りつけ、傷害罪で服役する。この時期、幻舟は歴史学者の羽仁五郎と交際があり、羽仁からは「ぼくのガールフレンド」と呼ばれていた。
田島 和子(たじま かずこ、1941年5月14日 - )は、… 田島 和子(たじま かずこ、1941年5月14日 - )は、日本の元女優。埼玉県大宮市(現:埼玉県さいたま市)出身。東京都立新宿高等学校卒。本名は同じ。夫は俳優の草野大悟(1991年、死別)。作家の佐多稲子は伯母にあたる(田島の父親が佐多の実弟)。 劇団俳優座第12期生。同期には應蘭芳、北川恭子、東野英心、橋本功、山本圭、渡辺康子などがいる。その後は文学座、自由劇場、六月劇場に所属した。
真理 明美(まり あけみ、1941年〈昭和16年〉5月4日 … 真理 明美(まり あけみ、1941年〈昭和16年〉5月4日 - 2017年〈平成29年〉8月8日)は、日本の女優。本名は、須川 久美子 (旧姓:及川 )。岩手県盛岡市出身。夫は映画監督の須川栄三(1998年死別)。身長162cm、B86cm、W58cm、H88cm(1974年3月)。 岩手県立花巻南高等学校卒業後、デパートガールを経て、松竹『モンローのような女』のヒロインに募集し金的を射止め、1963年に松竹入社。同作で主演デビューする。松竹は映画のタイトルに合わせ、芸名を真理明美とし、渡米させてマリリン・モンローの墓に詣でさせるなど鳴物入りの宣伝をしたが空振りに終わり、期待が大きかっただけにその反動で熱が冷めるのも早く、以降の作品は顔見せ程度の出演になった。
小林 哲子(、1941年〈昭和16年〉3月12日 - 199… 小林 哲子(、1941年〈昭和16年〉3月12日 - 1994年〈平成6年〉12月9日)は、日本の女優。 東京都中野区出身。劇団俳優座に在籍。舞台、映画、テレビなどで活躍した。 幼い頃から日本舞踊を習っていた(1973年には藤間流の名取となる)。小学生時代から演劇が好きになり、学習院女子中・高等科では演劇部に所属した。高校卒業後、1959年に國學院大學に入学するが、同時期に劇団俳優座養成所(11期生)入所、1962年に俳優座準団員、1964年に俳優座正団員に昇格した。初舞台は田中千禾夫・作の『大姫島の理髪師』。なお大学は後に中退した。 養成所時代にTBSドラマ『青年の樹』でデビュー。劇団入団後には、東映の時代劇『源九郎義経』で映画デビュー。
真山 知子(まやま ともこ、1941年1月22日 - )は日… 真山 知子(まやま ともこ、1941年1月22日 - )は日本の女優・キルト作家。身長162cm、体重52kg。本名は蜷川 宏子。キルト作家での活動では本名を用いている。旧芸名は中条 宏美。
東 美江(あずま みえ、本名:矢崎ミツエ、1941年1月20… 東 美江(あずま みえ、本名:矢崎ミツエ、1941年1月20日 - )は、日本の女優、声優。東京俳優生活協同組合所属。東京都出身。デビュー当時の芸名は青柳 明子。 東京都立北園高等学校卒業。 小学生の頃から目立ちたがりで、その頃の将来の夢も女優だったという。高校卒業後、柳家金語楼に弟子入り。「金語楼劇団」の一員としてデビュー。 東俳劇団、金星プロダクション、NHK現代邦楽8期を経て、東京俳優生活協同組合に所属。 声種はアルト。方言は甲州弁(甲府・塩山)。 特技は長唄。趣味・スポーツはテニス、登山、カラオケ、園芸。 免許・資格は中型自動車。
炎 加世子(ほのお かよこ、1941年1月16日 - )は、… 炎 加世子(ほのお かよこ、1941年1月16日 - )は、日本の女優。本名三塚 賀世子(みつづか かよこ)、出生名奥津 賀世子(おくつ かよこ)。松竹ヌーヴェルヴァーグの代表的女優として知られる。 1941年(昭和16年)1月16日、東京市本所区両国(現在の東京都墨田区両国)に生まれる。大妻高等学校在学中から劇団に所属、1959年(昭和34年)の卒業後は、浅草公園六区の軽演劇に出演していた。このころに自殺未遂を経験したとされる。 写真家の大竹省二のアシスタントをしていた1960年(昭和35年)に松竹大船撮影所の社員監督大島渚にスカウトされ、同年8月9日に公開された映画『太陽の墓場』で、満19歳にして初主演・映画デビューを果たす、とされるが、同年3月15日に東映が配給して公開された東映東京撮影所製作、小沢茂弘監督の映画『ずべ公天使』 に小さな役ですでに映画出演はしている。
天地 総子(あまち ふさこ、1941年〈昭和16年〉1月3日… 天地 総子(あまち ふさこ、1941年〈昭和16年〉1月3日 - 2019年〈平成31年〉1月6日)は、日本の歌手、声優、女優。最終所属はプロダクションフーコ。本名は岩澤 総子。 東京都出身。国立音楽大学付属高等学校卒業。父はピアニスト・ピアノ教師の天地真佐雄。 童謡や子供向けの歌から、大人向けの歌までレパートリーは広い。特にコマーシャルソングを数多く2000曲以上も歌っており、楠トシエ、スリー・グレイセスと共に「コマソンの女王」とも称される。 阪田寛夫作詞、服部公一作曲で1965年10月にレコードで発売された「マーチング・マーチ」が40万枚を売り上げ、1965年の第7回日本レコード大賞童謡賞を受賞した。
岩下 志麻(いわした しま、1941年1月3日 - )は、日… 岩下 志麻(いわした しま、1941年1月3日 - )は、日本の女優。東京府東京市京橋区(現:東京都中央区)銀座生まれ[4]。本名は篠田 志麻(しのだ しま)。
三島 ゆり子(みしま ゆりこ、本名;木内 三枝子<きう… 三島 ゆり子(みしま ゆりこ、本名;木内 三枝子<きうち みえこ>、1940年12月17日 - )は、日本の女優・タレント。神奈川県横浜市生まれ。学校法人総持学園鶴見女子高等学校中退。MC企画所属。血液型はO型。
二階堂 有希子(にかいどう ゆきこ、1940年〈昭和15年〉… 二階堂 有希子(にかいどう ゆきこ、1940年〈昭和15年〉10月27日 - )は、日本の元女優、元声優。東京都淀橋区出身。八ヶ岳倶楽部初代社長。 夫は俳優の柳生博(2022年没)。長男は園芸家の柳生真吾(2015年没)。 東京女学館高等学校卒業。 劇団俳優座養成所9期生。入所試験ではトップであり、当時の劇団内では看板女優だった岩崎加根子の後継と目されていたという。また、夫となる柳生博ともこの頃に出会う。 劇団俳優座、東映、エヌ・エー・シー、江崎プロダクションを経て、フリーランスで活動。 主に舞台やテレビドラマなどで活躍し、俳優座卒業後は昼の連続ドラマに多く出演。海外ドラマ『ルート66』の吹き替え以降は声優としても活動していた。
古賀 さと子(こが さとこ、1940年10月14日 - 19… 古賀 さと子(こが さとこ、1940年10月14日 - 1996年5月25日)は、日本の歌手、女優。本名は古賀 達子。 東京市(現在の東京都)板橋区出身。上野学園高等学校音楽科を卒業した。1950年代には童謡歌手や子役として人気を博していた。 代表曲は、『子鹿のバンビ』『ピーコポン』など。 父はピアノ調律師の古賀良三。四人姉妹の三女。次姉は田原総一朗の妻でエッセイストの田原節子である。 さと子が小学校2年生のとき、父のピアノ調律師仲間の紹介で作曲家、保田正の組織する「さくら子供会」という合唱団に入る。1948年、ビクターから保田作曲の『動物あそび』で童謡歌手としてデビュー。大きなリボンがトレードマークの愛くるしい姿でたちまち人気者となり、1951年5月「ひばりと麦笛」、1951年10月「ママのおひざ」、1952年3月ディズニーアニメ「バンビ」をモチーフとした「子鹿のバンビ」など大ヒットを次々飛ばす。
下川 江那(しもかわ えな、1940年9月18日 - )は、… 下川 江那(しもかわ えな、1940年9月18日 - )は、日本の女優、声優。福岡県柳川市出身。福岡県立伝習館高等学校卒業。劇団手織座を経て、プロダクション・タンク所属。下川 清子の名を使っていた時期もある。地方出身を活かして柳川弁や久留米弁の方言指導も行う。
笹 るみ子(ささ るみこ、1940年〈昭和15年〉7月10日… 笹 るみ子(ささ るみこ、1940年〈昭和15年〉7月10日 - 2016年〈平成28年〉10月17日)は、昭和時代の映画女優。なべおさみの妻、なべやかんの母。本名・渡邊 瑠美子(旧姓・羽生田)。 1940年(昭和15年)群馬県前橋市曲輪町(現・大手町)に生まれる。眼科医でのちに衆議院議員を務める羽生田進は叔父にあたる。 東京女学館小学校・中学校を経て[要出典]、松蔭高等学校在学中の1957年(昭和32年)に東宝に入社。『青い山脈』でデビューを果たす。 1962年(昭和37年)、東宝テレビ部に移籍。 1966年(昭和41年)、引退 2016年(平成28年)10月17日、肺炎により死去した。76歳没。
草村 礼子(くさむら れいこ、1940年7月5日 - )は、… 草村 礼子(くさむら れいこ、1940年7月5日 - )は、日本の女優、ナレーター。本名:野口 禮子(のぐち れいこ)。
浅丘 ルリ子(あさおか ルリこ、本名;浅井 信子、1940年… 浅丘 ルリ子(あさおか ルリこ、本名;浅井 信子、1940年7月2日 - )は、日本の女優。愛称は「ルリルリ」。身長156cm、体重35kg。血液型はA型。前夫は石坂浩二。
栗原 アヤ子(くりはら アヤこ、1940年6月22日 - 2… 栗原 アヤ子(くりはら アヤこ、1940年6月22日 - 2026年3月21日)は、日本のフリーアナウンサー、タレント、女優。エス・オー・プロモーションの取締役。東京都中野区出身。 夫はフリーアナウンサー、元日本教育テレビ(NET、現在のテレビ朝日)アナウンサーでエス・オー・プロモーション創業者・会長の押阪忍。長男はエス・オー・プロモーション代表取締役社長でDJの押阪雅彦(DJ OSSHY)。次男は、エス・オー・プロモーション監査役の押阪智彦。 1959年にタレントとしてデビューした。 1963年に押阪忍と結婚した。1971年、押阪忍と株式会社エス・オー・プロモーションを設立。1994年、押阪忍と「押阪忍のトークアカデミー」を開校し、副塾長となる。
丸平 峯子(まるひら みねこ、1940年6月16日 - )は… 丸平 峯子(まるひら みねこ、1940年6月16日 - )は、愛媛県宇和島市出身の日本の女優。 愛媛県立宇和島東高等学校卒業。
浅川 みゆ起(あさかわ みゆき、1940年5月23日 - )… 浅川 みゆ起(あさかわ みゆき、1940年5月23日 - )は、日本の女優、声優。本名は佐藤 登美子(さとう とみこ)。東京都渋谷区出身。 日本芸術学院アナウンス科卒。東京俳優生活協同組合、綜芸プロダクション、鈴木事務所、文芸ぷろだくしょん、エヌ・エー・シーなどに所属していた。趣味は日本舞踊、歌唱。 かつては渋沢詩子、日輪マコとともにヤンチャ・トリオとして活動していた。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
岩倉 高子(いわくら たかこ、1940年5月16日 - 20… 岩倉 高子(いわくら たかこ、1940年5月16日 - 2026年1月7日)は、日本の女優。富山県富山市出身。特技はバレエ、日舞。劇団青年座所属。父は作家の岩倉政治。 富山県立富山北部高等学校卒業。 高校を卒業後、上京して俳優座養成所に11期生として入社する。同期には工藤堅太郎、岩本多代らがいる。1964年に舞台でデビューする。その後は、舞台、映画、テレビドラマなどで活躍する。 2026年1月7日、肺がんのため死去した。85歳没。
坪内 ミキ子(つぼうち みきこ、1940年4月12日 - )… 坪内 ミキ子(つぼうち みきこ、1940年4月12日 - )は、東京府(現:東京都)出身の女優・タレント。本名、櫻井美紀子。 父親は演劇評論家・坪内士行(宝塚歌劇団職員・宝塚音楽学校の顧問も歴任した)、母親は宝塚歌劇団1期生であり宝塚歌劇団卒業生の雲井浪子(本名:坪内操、旧姓:高井)。さらに母の姉と妹に同1期生の八十島揖子と同15期生の緒島なお子もいるという、演劇にゆかりのある家庭に生まれた(士行は坪内逍遙の兄の子で、一時、逍遙の養子だったが、1919年に養子縁組を解消した)。日本女子大学附属豊明小学校を経て、日本女子大学附属中学校・高等学校在学中に宝塚音楽学校受験を試みたが、元タカラジェンヌの母親に大反対されて受験を断念する。
浅見 千代子(あさみ ちよこ、1940年4月7日 - )は、… 浅見 千代子(あさみ ちよこ、1940年4月7日 - )は、日本の女優、タレント。株式会社アーキテクト所属。 『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の「おばちゃん1号」「キスおばちゃん」「腰フリおばちゃん」として知られる。パンチパーマ頭が特徴。横浜中華街が地元である。 ダウンタウン(浜田雅功・松本人志)- 月亭方正 - ココリコ(遠藤章造・田中直樹) ライセンス(藤原一裕・井本貴史) 板尾創路 - ジミー大西 - 村上ショージ - モリマン - 笑福亭笑瓶 - 雨上がり決死隊 - FUJIWARA 菅賢治 - 斉藤敏豪 - 土屋敏男 - 高須光聖 - 藤原寛 - 岡本昭彦 - 中村喜伸 おばちゃん1号 - おばちゃん3号 - ダイナマイト四国 - 今夜が山田 - ピカデリー梅田 温泉旅館 - 温泉宿in湯河原 - 高校 - 警察 - 病院 - 新聞社 - ホテルマン - スパイ - 空港 - 熱血教師 - 地球防衛軍 - 大脱獄 - 名探偵 - 科学博士 - アメリカンポリス - トレジャーハンター - 青春ハイスクール - 大貧民GoToラスベガス 笑撃的電影箱 - ダウンタウンスペシャル 男ットコ前やな〜! - ダウンタウンのハッピーニューイヤ〜ンバカ〜ン!! - 発明将軍ダウンタウン - ダウンタウンの裏番組をブッ飛ばせ!! - LAUGH AND PEACE - 26時間ちょっとテレビ オフィスぼくら - 日本テレビ - ダウンタウンのごっつええ感じ(フジテレビ) 軌保博光 - ジミー大西 - 竜泉(放送作家兼)
上月 晃(こうづき のぼる、本名:原口 貴美子(はらぐち・き… 上月 晃(こうづき のぼる、本名:原口 貴美子(はらぐち・きみこ)、1940年4月6日 - 1999年3月25日)は宝塚歌劇団出身の女優、歌手。熊本県山鹿市出身。宝塚歌劇団時代の公称身長162センチ。