小熊 秀雄(おぐま ひでお、1901年9月9日 - 1940… 小熊 秀雄(おぐま ひでお、1901年9月9日 - 1940年11月20日)は、日本の詩人、小説家、漫画原作者、画家である。筆名に、小熊 愁吉(おぐま しゅうきち)、黒珊瑚(くろさんご)、旭 太郎(あさひ たろう)などがある。 1901年(明治34年)9月9日、北海道小樽市稲穂町に生まれる。幼少期を稚内市・秋田・樺太で過ごし、泊居高等小学校を卒業。養鶏場の番人など様々な雑務作業に従事した後、1922年より旭川新聞社で新聞記者となる。この頃から詩作を始め、1923年、旭川新聞に最初の詩作『奪われた魂』などが掲載される。この頃よりペンネームを小熊愁吉(おぐま しゅうきち)や黒珊瑚(くろ さんご)の筆名を使用し、作品や取材記事を書いた。
小穴 隆一(おあな りゅういち、1894年11月28日 - … 小穴 隆一(おあな りゅういち、1894年11月28日 - 1966年4月24日)は、日本の洋画家、随筆家、俳人。俳号は一游亭。
青山 義雄(あおやま よしお、1894年1月10日 - 19… 青山 義雄(あおやま よしお、1894年1月10日 - 1996年10月9日)は、洋画家。フランスに渡り、アンリ・マティスに才能を認められ、生涯、親交を結んだ。美術評論家・コレクターとして知られる福島繁太郎とは家族ぐるみの交際をした。梅原龍三郎に請われて国画会会員となる。第1回佐分賞、中村彝賞を受賞。 神奈川県立近代美術館などに作品が収蔵されている。 日清戦争が勃発した1894年(明治27年)、青山は神奈川県横須賀市に生まれた。海軍省書記官を勤める父の仕事に従い、9歳の時に北海道根室市に引っ越した。以来、北海道の大地が青山の精神形成や画家人生に大きな影響を及ぼす。 小さい頃から絵や文学を好んだ青山は父や周囲の反対を押し切り、画家になる決意を固め上京した。
山口 蓬春(やまぐち ほうしゅん、1893年10月15日 -… 山口 蓬春(やまぐち ほうしゅん、1893年10月15日 - 1971年5月31日)は、大正時代から昭和時代後期にかけて活躍した日本画家。本名、三郎(さぶろう)。文化勲章受章者。 同項目の多くは後述する「山口蓬春記念館」公式サイト内の「年譜」による。 北海道松前郡松城町(現・松前町)生まれ。日本銀行員だった父の転任に伴って松前や札幌に住んだ後、1913年(大正2年)に東京府(現東京都)高輪中学校を卒業後、1年間の志願兵として帝国陸軍に従軍した後に除隊し、1915年(大正4年)に東京美術学校(現東京芸術大学)に進学。当初は西洋画学科だったが、1918年(大正7年)に中途退学の上で日本画学科へ再入学し、松岡映丘に師事し、大和絵を習得した。
木田 金次郎(きだ きんじろう、1893年〈明治26年〉7月… 木田 金次郎(きだ きんじろう、1893年〈明治26年〉7月16日 - 1962年〈昭和37年〉12月15日)は、北海道岩内町出身の画家。 有島武郎の小説「生れ出づる悩み」のモデルとなった画家で、自由奔放な作風によって同町の自然を数多く描いた。 岩内尋常高等小学校高等科卒業後、上京し開成中学、京北中学に通う。京北中学時代から絵を描き始め、また上野の展覧会に通うようになる。1910年、学校を中退し札幌市郊外で絵を描き続ける日々を送る。札幌で開催されていた黒百合会(東北帝国大学農科大学美術部)の展覧会で有島武郎の絵と出会い感銘を受け、スケッチを携えて訪問。以後有島との交友が生まれるが、その後岩内に帰郷し漁業に従事する。
平沢 貞通(ひらさわ さだみち、1892年〈明治25年〉2月… 平沢 貞通(ひらさわ さだみち、1892年〈明治25年〉2月18日 - 1987年〈昭和62年〉5月10日)は、日本のテンペラ画家。北海道小樽市出身(東京府生まれ)。雅号は大暲(たいしょう)、後に光彩(こうさい)。 戦後の混乱期に発生した大量毒殺事件である帝銀事件の犯人として逮捕され、死刑が確定するが刑の執行も釈放もされないまま、逮捕から死までの39年間を獄中で過ごした。 平沢は一流の画家であった。二科展に3回、文展に16回、光風会には毎年入選し、「帝展無鑑査」(過去の輝かしい実績を評価され審査員の鑑査なしに無条件で出品できること)であった。 実力派の画家としての地位を確立していた平沢は、1948年1月26日に帝国銀行(後の三井銀行。
上野山 清貢(うえのやま きよつぐ、1889年6月9日 - … 上野山 清貢(うえのやま きよつぐ、1889年6月9日 - 1960年1月1日)は、日本の画家。俳優の上野山功一は長男。素木しづとの一人娘、茂登山櫻子の子に、茂登山東一郎(画家)、茂登山清文(視覚文化研究者、元放送大学客員教授/元名古屋芸術大学特任教授/元名古屋大学教授)がいる。 北海道札幌郡江別村(現・江別市)生まれ。北海道師範学校図画専科(現北海道教育大学)修了。 小学校代用教員として図画などを教え、同志と「エルム画会」を結成。その後、画家を志して1911年(明治44年)に上京した。太平洋画会研究所に学び、黒田清輝、岡田三郎助に教えを受ける。1915年(大正4年)に作家・素木しづと結婚。1917年しづが死去し悲嘆に暮れる。
岡本 一平(おかもと いっぺい、1886年〈明治19年〉6月… 岡本 一平(おかもと いっぺい、1886年〈明治19年〉6月11日 - 1948年〈昭和23年〉10月11日)は、日本の画家・漫画家・文筆家・仏教研究家。妻は歌人・小説家の岡本かの子。長男は芸術家の岡本太郎。 義弟(妹の夫)に洋画家の池部鈞がおり、甥は俳優の池部良。 津藩に仕えた儒学者、岡本安五郎の次男で書家の岡本可亭(本名:良信(喜信)、通称:竹二郎)と母・正の長男として北海道函館区汐見町に生まれる。東京・大手町の商工中学校から東京美術学校西洋画科に進学し、藤島武二に師事する。この時美校の同級生、中井金三の仲介で大貫カノ(岡本かの子)と知り合い、後に和田英作の媒酌で2人は結婚するが岡本家に受け入れられず、2人だけの新居を構えた。
木下 春菜(きのした はるな)は、日本のモデル、画家。北海道… 木下 春菜(きのした はるな)は、日本のモデル、画家。北海道函館市生まれ、武蔵野美術大学卒業。 幼い頃から絵を描いていた。 高校は芸術を学ぶ通信制に進学。卒業後は武蔵野美術大学に進み、舞台美術を学んだ。 大学在学中、外出時は車椅子に乗るようになった。 大学4年でモデル活動を始める。2024年初個展「Girl with fins」を函館市で開催した。活動拠点は函館と東京。 車椅子ユーザーだが、短距離の歩行はできる。高校時代は髪を茶髪に染めていた。武蔵野美術大学には3カ月の独学で現役合格した。眉毛を全剃りしている。Rakuten fashion week Tokyo (東京コレクション)に書類審査のみで出演が決まった。
中村 岳(なかむら たけし)は日本の現代美術家、画家。 北海… 中村 岳(なかむら たけし)は日本の現代美術家、画家。 北海道室蘭市出身、千葉県在住。多摩美術大学大学院美術研究科修了。 日本建築をコンセプトとしたシンプルな絵画・立体作品を手がける。木目や漆や金属などの質感を生かした、古風だが何処かエキゾチックで暖かみのある作風が持ち味。インスタレーションやミニマルアート風の手法、現代美術と日本美術を併用するなどの試みを行っている()。 北海道に生まれ育ったためか、既存の日本の伝統文化に接する機会が少なく、日本の伝統文化をあたかも異文化のように感じたと言う。そのため、日本建築との絵画の関係の検証を通じ、自分自身の中には無かった日本の伝統に根ざした「文化の再構築」をテーマとした作品作りを行っている。