宇野 常寛(うの つねひろ、1978年11月17日 - )は… 宇野 常寛(うの つねひろ、1978年11月17日 - )は、日本の評論家、編集者。批評誌『PLANETS』『モノノメ』編集長。明治大学特別招聘教授。市民投稿型ニュースサイト「8bitnews」副代表。岩手県文化芸術アドバイザー。一般社団法人パブリックアフェアーズジャパン理事。 著作に『ゼロ年代の想像力』(2008年)、『リトル・ピープルの時代』(2011年)、『母性のディストピア』(2017年)、『遅いインターネット』(2020年)、『庭の話』(2024年)など。 2005年にインディーズで批評誌『PLANETS』を創刊、同誌を足がかりに活動の場を拡大し、2008年7月にデビュー作『ゼロ年代の想像力』(早川書房)を上梓した。
三上 丈晴(みかみ たけはる、1968年9月9日 - )は、… 三上 丈晴(みかみ たけはる、1968年9月9日 - )は、日本の編集者。学習研究社のオカルト雑誌『ムー』の第5代目編集長を2005年から務める。青森県弘前市出身。ホリプロコム業務提携。 青森県立青森南高等学校を経て、筑波大学第一学群自然学類物理学専攻を卒業した。「宇宙の謎を知りたい」と素粒子理論物理学を学ぶ傍らで、『ムー』は中学1年生から愛読し、読者投稿欄の常連だった。 1991年、学習研究社(学研)に入社した。『歴史群像』編集部を経て、入社半年後に『ムー』編集部に配属され、2005年に5代目編集長に就任した。2021年6月から国際未確認飛行物体研究所(福島市)の所長を兼ねる。 2022年、『オカルト編集王 月刊「ムー」編集長のあやしい仕事術』を学研プラスから刊行した。
五十嵐 浩司(いがらし こうじ、1968年 - )は、日本の… 五十嵐 浩司(いがらし こうじ、1968年 - )は、日本の編集者、執筆者、アニメーション研究家。 青森県出身。TARKUS(タルカス)所属。 主にアニメ・特撮の玩具(トランスフォーマー、超合金など多数)を中心に取り扱う書籍の編集、企画、監修、構成、執筆を担当する。 また、タカラトミーやバンダイなどホビー関連のトークイベントにゲスト、司会者として参加することもある。 2024年、『日本の巨大ロボット群像―巨大ロボットアニメ、そのデザインと映像表現―』のゲストキュレータとして、星雲賞自由部門を受賞(西日本新聞イベントサービス、ぴあ(企画)、山口洋三(監修)、廣田恵介、タルカス(五十嵐浩司)の共同受賞)。
三浦 雅士(みうら まさし、1946年12月17日 - )は… 三浦 雅士(みうら まさし、1946年12月17日 - )は、日本の編集者、文芸評論家、舞踊研究者。日本芸術院会員。1978-80年は執筆時に今井裕康というペン・ネームを使用した。 「ユリイカ」「現代思想」の編集長を経て評論家に。文学、芸術、思想を中心に批評活動を展開する。著書に『メランコリーの水脈』(1984年)、『小説という植民地』(1991年)、『考える身体』(1999年)、『人生という作品』(2010年)など。 青森県弘前市出身。青森県立弘前高等学校卒業。 1969年、青土社創業とともに入社、『ユリイカ』創刊に参画。1972年より『ユリイカ』編集長。1975年より『現代思想』編集長。1982年退社。
阿部 達二(あべ たつじ、1937年5月7日)は、日本の編集… 阿部 達二(あべ たつじ、1937年5月7日)は、日本の編集者・著作家。本名は達児。 青森県青森市生まれ。1961年、早稲田大学政治経済学部を卒業。同年、文藝春秋に入社し、編集者として勤務。『文學界』編集長、文春文庫編集長、出版局長、編集局長を歴任した。 1999年、文藝春秋を退職。以後、「阿部達二」名義で著述家として活動。江戸川柳や古典芸能に関する造詣が深く、古典文芸に関する作品を多く執筆している。 編集者時代の主な担当作家に藤沢周平がいる。藤沢とはデビュー以来30年以上の交友を持った。後年藤沢やその作品に関する講演を行い、また著作を発表している。
高橋 正衛(たかはし まさえ、 1923年1月9日 - 19… 高橋 正衛(たかはし まさえ、 1923年1月9日 - 1999年9月26日)は、日本の編集者、歴史学者、昭和史研究家。元みすず書房取締役。筆名は渡辺正治。 青森県八戸市出身。1943年中央大学専門部経済学科卒業。同年12月学徒動員で入隊。1946年みすず書房の創立に加わり同書房に勤務。1963年から小尾俊人編集長と協力し企画、刊行した「現代史資料」は、1965年第13回菊池寛賞を受賞した。1991年に退職した後は、昭和史研究に従事。
赤木 健介(あかぎ けんすけ、1907年3月2日 - 198… 赤木 健介(あかぎ けんすけ、1907年3月2日 - 1989年11月7日)は、日本の詩人、歌人、編集者、歴史家。本名・赤羽 寿(あかばね ひさし)、別名・伊豆 公夫(いず きみお)。 青森市生まれ。九州帝国大学法文学部中退。姫路高等学校時代から『アララギ』に投稿、1928年の三・一五事件以来、左翼運動に挺身。1933年、検挙投獄。1935年、出獄ののち、渡辺順三らの『短歌評論』に参加。1932年、唯物論研究会に属し、日本共産党に入党するが、1938年、一斉検挙にあい、1944年に判決が下って下獄。この間、1940年に「在りし日の東洋詩人たち」で第4回透谷文学賞を受賞した。敗戦後、1945年10月に連合軍により解放される。
三和 精一(みわ せいいち、1902年(明治35年)8月10… 三和 精一(みわ せいいち、1902年(明治35年)8月10日 - 1964年(昭和39年)6月14日)は、昭和期の新聞編集者、実業家、政治家。衆議院議員。 青森県北津軽郡相内村(市浦村を経て現五所川原市)で、三和松三郎、ユキの三男(5人兄弟の末子)として生まれる。生家は「相清」と呼ばれた旧家で、幼少時は西津軽郡十三村で水戸口役人を務めていた祖父のもとで成長し薫陶を受けた。1914年(大正3年)3月、金木明治高等小学校を卒業し、朝鮮在住のリンゴ業者の伯父のもとに寄寓した。開成夜学校を経て、中央大学専門部法科で学んだが1923年(大正12年)9月に中退した。 1927年(昭和2年)4月、東京民友新聞社に入社。
加藤 謙一(かとう けんいち、1896年〈明治29年〉5月2… 加藤 謙一(かとう けんいち、1896年〈明治29年〉5月28日 - 1975年〈昭和50年〉6月30日)は、昭和期の雑誌編集者。戦前は大日本雄辯會講談社『少年倶楽部』の編集長を務め、戦後は独力で起こした学童社から『漫画少年』を編集・刊行し、多くの漫画家を世に送り出した。国立公文書館館長の加藤丈夫は四男。 1896年、青森県弘前市に生まれる。旧制弘前中学校(現・青森県立弘前高等学校)卒業後、学費の不要な陸軍経理学校への進学を目指し、学科試験は合格したものの体格試験に扁平足という理由で不合格となり、やむなく弘前市立三省尋常小学校で代用教員となる。小学校長の薦めで、当時の青森師範学校(現在の弘前大学教育学部)の二部(夜間部)に1916年に入学。
岩谷 山梔子(いわや くちなし、1883年(明治16年)1月… 岩谷 山梔子(いわや くちなし、1883年(明治16年)1月30日 - 1944年(昭和19年)1月4日)は、日本の俳人、俳画家、編集者。別号に木丹亭、黙堂など。本名は健治。青森県出身。 1883年(明治16年)に青森県青森町(現・青森市)に生まれる。10代でカリエスに罹り療養する中で俳句を始め、地元の俳句会「不来会」に参加、20歳で高浜虚子の「ホトトギス」に入会、河東碧梧桐が選者をしていた新聞「日本」にも投句する。碧梧桐の行脚(第一次「三千里」)の際に碧梧桐と会い傾倒。碧梧桐は後に山梔子の句集『山梔子第一句集』の序文で「其の時分の山梔子は世間苦も人間苦も知らないやうなウブな、さうして田舎者の山だしな本質を丸出しにした言はば荒削りな書生だつた。