矢羽々 崇(やはば たかし、1962年 - )は、日本のドイ… 矢羽々 崇(やはば たかし、1962年 - )は、日本のドイツ文学者、獨協大学教授。 岩手県盛岡市生まれ。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1987年に上智大学文学部ドイツ文学科卒業。1989年、ミュンヘン大学哲学部で、主専攻:近現代ドイツ文学、副専攻:哲学、日本学にて修士号 (magister artium) 取得。1994年に上智大学大学院博士課程修了、「詩作の個人性と社会性 - ヘルダーリンの「追想」」で博士(文学)を取得。1994年、獨協大学外国語学部ドイツ語学科専任講師に就任し、2000年に助教授となり、のち教授に昇任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
三角 洋一(みすみ よういち、1948年1月1日 - 201… 三角 洋一(みすみ よういち、1948年1月1日 - 2016年5月4日)は、国文学者。東京大学名誉教授、大正大学特命教授。岩手県生まれ。
三浦 信孝(みうら のぶたか、1945年3月28日 - )は… 三浦 信孝(みうら のぶたか、1945年3月28日 - )は、日本のフランス文学者、フランス文化学者。中央大学名誉教授・日仏会館常務理事。また日本語 - フランス語の通訳者。 1945年、岩手県盛岡市生まれ。1963年、岩手県立盛岡第一高等学校を卒業。東京大学教養学部教養学科フランス分科に進み、1970年に卒業。同大学大学院に進み、1978年東京大学大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻博士課程を満期退学。 1980年、静岡大学教養部助教授に着任。1990年より、慶應義塾大学総合政策学部教授。1995年、中央大学文学部教授となった。2015年に中央大学を定年退職し、名誉教授となった。学界では、日本フランス語教育学会会長を務めた。
安達 正勝(あだち まさかつ、1944年4月6日 - )は、… 安達 正勝(あだち まさかつ、1944年4月6日 - )は、フランス文学者。岩手県盛岡市生まれ。 岩手県立盛岡第一高等学校を経て、東京大学文学部仏文科卒業、同大学院修士課程修了。フランス政府給費留学生として渡仏、パリ大学(第8)博士課程中退。各大学非常勤講師をしつつ、フランスの伝記的読物を執筆している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
横山 紘一(よこやま こういち、1940年(昭和15年)10… 横山 紘一(よこやま こういち、1940年(昭和15年)10月28日 - 2020年(令和2年)7月13日)は、日本の天文学者。国立天文台・水沢観測センター長、国立天文台地球回転研究系研究主幹、国際地球回転・基準系事業第2代理事会会長、日本測地学会名誉会長などを歴任した。 岩手県江刺郡岩谷堂町(現:奥州市江刺岩谷堂)出身。岩谷堂中学校、岩手県立水沢高等学校を卒業し、京都大学理学部宇宙物理学科へ進学、卒業後は緯度観測所(現:水沢VLBI観測所)研究員となった。京都大学宇宙物理学教室の清水彊のもとで大学院に進む予定だったが、清水の指示により、当時新しい望遠鏡の導入に伴う定員増があった岩手県水沢市の文部省緯度観測所(現:水沢VLBI観測所)へ行くことになった。
円子 修平(圓子修平、まるこ しゅうへい、1931年12月2… 円子 修平(圓子修平、まるこ しゅうへい、1931年12月24日 - 2003年9月28日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。東京都立大学名誉教授。 岩手県立盛岡第一高等学校卒。トーマス・マン、ロベルト・ムージルなどを研究、翻訳した。1995年に東京都立大学教授を定年退任後は、明治大学法学部兼任講師を務めた。
佐藤 彰(さとう あきら、1931年〈昭和6年〉4月29日 … 佐藤 彰(さとう あきら、1931年〈昭和6年〉4月29日 - 2002年〈平成14年〉5月3日)は、日本の教育者、文学者(国文学・近世文学)。学位は文学修士(北海道大学・1961年)。静岡県立大学名誉教授。 北海道札幌星園高等学校教諭、釧路工業高等専門学校助教授、静岡女子短期大学教授、静岡女子短期大学学生部部長、静岡県立大学短期大学部教授、大谷女子大学文学部教授、大谷女子大学大学院文学研究科研究科長、園田学園女子大学国際文化学部教授、園田学園女子大学近松研究所所長(第3代)などを歴任した。 国文学を専攻する文学研究者である。古浄瑠璃の研究や近松門左衛門が遺した作品の研究で知られる。農村舞台や人形芝居についての研究でも知られ、「近世文学の権威」と謳われた。
及川 奥郎(おいかわ おくろう、明治29年(1896年)1月… 及川 奥郎(おいかわ おくろう、明治29年(1896年)1月1日 - 昭和45年(1970年)12月27日)は、第二次世界大戦前に小惑星を複数発見した日本の天文学者。 岩手県盛岡市出身。大日本帝国海軍海軍大将の及川古志郎は兄。 岩手縣立盛岡中學校を卒業。1920年に東京帝国大学理学部天文学科を卒業後、1922年より当時麻布区板倉から北多摩郡三鷹村大澤へ移転を進めていた東京天文台に技手として勤務し、ブラッシャー社製20センチ天体写真儀を使って天体の位置観測に従事した。東京天文台の移転に当たってはその経度差を測定している。ブラッシャー写真儀による観測で、1927年から1929年にかけて共同発見1つを含む計8つの小惑星を発見。
阿部 孝(あべ たかし、1895年8月22日- 1984年)… 阿部 孝(あべ たかし、1895年8月22日- 1984年)は、英文学者、高知大学名誉教授。岩手県花巻川口町(現:花巻市)出身。 現在の花巻市鼬弊(いたちべい)にある稲荷神社神主の家に生まれる。花城尋常小学校(現・花巻市立花巻小学校)から旧制岩手県立盛岡中学校に進学。小学校では宮沢賢治より1学年上、中学校では同窓で、中学時代には親交を結んだ。賢治が詠んだ短歌には「這ひ松のなだらを行きて息吐ける 阿部のたかしは がま仙に肖る」という一首がある。 第一高等学校を経て、東京帝国大学英文科卒、旧制高知高等学校教授、戦後高知大学教授、学長を務めた。1966年『ばら色のばら』で日本エッセイストクラブ賞受賞。
佐々木 喜善(ささき きぜん、1886年〈明治19年〉10月… 佐々木 喜善(ささき きぜん、1886年〈明治19年〉10月5日 - 1933年〈昭和8年〉9月29日)は、日本の民俗学者、作家、文学者、文学研究者、民話・伝説・習俗・口承文学の収集家、研究家。一般には学者として扱われるが、佐々木自身は資料収集者であり学者ではないと称している。 オシラサマやザシキワラシなどの研究と、400編以上に上る昔話の収集は、日本の民俗学、口承文学研究の大きな功績で、「日本のグリム」と称される。 岩手県土淵村(現在の岩手県遠野市土淵)の裕福な農家に育つ。母方の祖父である万蔵は近所でも名うての語り部で、喜善はその祖父から様々な民話や妖怪譚を吸収して育つ。その後、祖父の医者になる期待を背負い、明治35年、岩手県医科学校(現在の岩手医科大学)に入学するも、医師としての将来を思い描くことができず、2年後に中退する。
野辺地 天馬(のべち てんま、本名三右衛門、1885年〈明治… 野辺地 天馬(のべち てんま、本名三右衛門、1885年〈明治18年〉1月17日 - 1965年〈昭和40年〉4月24日)は、岩手県二戸郡福岡町(現二戸市)出身の児童文学者、キリスト教牧師、伝道師である。渡辺善太は義兄である。 1885年(明治18年)1月17日、岩手県二戸郡福岡町(現・二戸市)に生まれ、1890年(明治23年)に郵便局勤務であった父の転勤により盛岡市へ転居。1889年(明治22年)、盛岡中学校(現・岩手県立盛岡第一高等学校)へ入学した。同級生には石川啄木、伊藤圭一郎(『人間啄木』の著者)らがいた。 幼いころから教会に通い、1899年(明治32年)に洗礼を受けた。その年11月盛岡で行われた中田重治の集会での説教を聞いて献身を決意する。
村田 真一(むらた しんいち)は、日本のロシア文学者。上智大… 村田 真一(むらた しんいち)は、日本のロシア文学者。上智大学外国語学部ロシア語学科教授。ウクライナ・古典私立大学栄誉教授。日本スラヴィスト協会会長。 岩手県盛岡市生まれ。1983年東京外国語大学外国語学部ロシヤ語学科卒業。東京外国語大学大学院外国語学研究科スラブ系言語専攻修士課程修了。青山学院大学国際政治経済学部助教授などを経て、2004年上智大学外国語学部ロシア語学科教授。2007年プーシキン・メダル(英語版)受賞。2010年上智大学ヨーロッパ研究所所長。2012年日本ロシア文学会理事。2016年ウクライナ・日本スラブ学会会長、ポルタワ国立教育大学名誉教授。2017年上智大学外国語学部長、ウクライナ・古典私立大学栄誉教授。