小笠原 鳥類(おがさわら ちょうるい、1977年 - )は、… 小笠原 鳥類(おがさわら ちょうるい、1977年 - )は、日本の詩人。岩手県釜石市出身。早稲田大学卒業。 文章の構造を組み替えた、主語や述語にとらわれない文章を基調とした現代詩を多く発表している。詩には水中の動物や音楽に関した言葉が用いられることが多い。本の著者紹介欄でも普通の経歴以外にも詩の言葉を織り交ぜる。 思潮社の『現代詩手帖』に投稿をはじめ、1999年に第37回現代詩手帖賞を受賞。2004年には処女作である『素晴らしい海岸生物の観察』を出版し、第15回歴程新鋭賞を受賞する。 『現代詩手帖』のほか、詩誌『歴程』や詩誌『洪水』などに作品を発表している。また、自らのブログでは写真と詩を組み合わせた作品を公開している。
佐々木 貴子(ささき たかこ、1970年7月10日 - )は… 佐々木 貴子(ささき たかこ、1970年7月10日 - )は、日本の詩人。月刊ココア共和国編集。YS賞選考委員。同姓同名の俳人(1979年生まれ)とは別人。 岩手県盛岡市生まれ。岩手大学卒業。上越教育大学大学院修了。兵庫教育大学大学院修了。学校教育学博士。2009年から2016年まで、やなせたかし責任編集「詩とファンタジー」(かまくら春秋社)において、詩とイラストとのコラボレーションとして、宇野亞喜良、葉祥明、味戸ケイコ、灘本唯人、蓬田やすひろ、北見隆、藤本将、君野可代子、平岡瞳、杉山巧など、複数のイラストレーターによる書き下ろしのイラストとともに詩が掲載になる。2012年、「詩とファンタジー」詩部門大賞受賞。
城戸 朱理(きど しゅり、男性、1959年5月23日 - )… 城戸 朱理(きど しゅり、男性、1959年5月23日 - )は、日本の詩人。フェリス女学院大学文学部非常勤講師。女子美術大学大学院非常勤講師。六本木詩人会同人。 岩手県盛岡市生まれ。神奈川県鎌倉市在住。岩手県立盛岡第一高等学校、明治大学文学部入学。中学生のとき読書に目覚め、高校3年で初めて詩を書く。出身高校の先輩に石川啄木や宮沢賢治がおり、詩は身近な存在だった。20歳で『ユリイカ』年間最優秀投稿者となり、新鋭詩人に選ばれる。高貝弘也、田野倉康一、広瀬大志と同人誌『洗濯船』(1982 - 1987)に参加。 1999年から2000年まで読売新聞日曜版書評欄、図書委員をつとめる。 2004年、結婚を機に鎌倉市に転居し、作家の藤沢周や柳美里と交流を持つ。
北畑光男(きたばたけ みつお、1946年 - )は、日本の詩… 北畑光男(きたばたけ みつお、1946年 - )は、日本の詩人。村上昭夫の研究の第一人者。 岩手県岩泉町生まれ。埼玉県上里町在住。岩手県立盛岡農業高等学校、酪農学園大学酪農学部卒。岩手県や埼玉県の公立学校教員を務める。1976年埼玉文学賞準賞。1991年の『救沢まで』で富田砕花賞、2012年『北の蜻蛉』で丸山薫賞受賞。河邨文一郎主宰の詩誌『核』終刊まで同人であり続けた。「撃竹」「歴程」創刊同人。村上昭夫研究誌「雁の声」主宰。2014年日本現代詩人会理事長。
小野寺 悦子(おのでら えつこ、1942年 - )は、日本の… 小野寺 悦子(おのでら えつこ、1942年 - )は、日本の詩人、童話作家。 岩手県盛岡市で生まれ、県北、沿岸と岩手県内を転々とし、戦後水沢へ[要出典]。岩手県立水沢高等学校卒[要出典]。放送会社勤務後、創作活動に入る。1994年、『これこれおひさま』(のら書店)で、第42回産経児童出版文化賞推薦受賞。 ウォルター・デ・ラ・メアの『ピーコック・パイ』や、岸田衿子の『へんなかくれんぼ』に影響を受ける。 盛岡市在住[要出典]。
山浦 玄嗣(やまうら はるつぐ、1940年 - )は、岩手県… 山浦 玄嗣(やまうら はるつぐ、1940年 - )は、岩手県大船渡市出身の医師、詩人、言語学者。 1940年、東京市大森区山王生まれ。出生後すぐに医師であった母親の故郷である岩手県釜石市に移り、同県気仙郡越喜来村や盛町に育つ。1966年に東北大学医学部を卒業、1971年には東北大学大学院修了(学位は医学博士)。その後、東北大学抗酸菌病研究所放射線医学部門助教授を務め、1986年に岩手県大船渡市で山浦医院を開業、2010年には山浦医院を運営する医療法人隆玄の理事長に就任した。 ケセン語の提唱者として有名で、1975年頃からケセン語の研究に取り組み、1990年に地方文化振興に尽力したことを認められ、岩手県教育表彰を受賞した。
若松 丈太郎(わかまつ じょうたろう、1935年6月13日 … 若松 丈太郎(わかまつ じょうたろう、1935年6月13日 - 2021年4月21日)は、日本の詩人。 岩手県江刺郡岩谷堂町(現・奥州市)出身。 岩手県立水沢高等学校、福島大学教育学部卒業後、県内で高校教師として勤務。 主な詩集に『夜の森』(1961年、福島県文学賞受賞)、『海のほうへ 海のほうから』(1988年、第2回福田正夫賞受賞)、『いくつもの川があって』(2001年、福島民報出版文化賞受賞)がある。 日本ペンクラブ、日本現代詩人会会員。福島県南相馬市在住。 1994年にチェルノブイリ原発事故の現場を訪れ、帰国後に詩「神隠しされた街」を発表。 2014年には福島原発事故を題材にした詩集「わが大地よ、ああ」を出版。
村上 昭夫(むらかみ あきお、1927年1月5日 - 196… 村上 昭夫(むらかみ あきお、1927年1月5日 - 1968年10月11日)は、日本の詩人。 岩手県東磐井郡大東町(現:一関市)出身。生地は現在の陸前高田市。両親は叔父と姪の関係であった。岩手中学校(現:岩手高等学校)を卒業。第二次世界大戦中、日本鋳造鶴見工場に学徒動員。工場の寮に募集斡旋があったことから満州国哈爾濱省官吏となるが、8月に終戦。ソ連のシベリアで二年間の過酷な抑留生活を送る。 1946年に帰国後、1947年に盛岡郵便局に勤務、労働組合機関誌を編集して小説や詩を発表する。しかし1950年に結核が発病し、退職を余儀なくされる。この結核との闘病生活は41歳で亡くなる最期まで続く。村上の創作活動は闘病生活の中、サナトリウムでの俳句から始まり、やがて同じサナトリウムに入院してきた詩人の高橋昭八郎の影響から詩に転じた。
寺崎 浩(てらざき ひろし、1904年3月22日 - 198… 寺崎 浩(てらざき ひろし、1904年3月22日 - 1980年12月10日)は、日本の小説家、詩人。 岩手県盛岡市生まれ。父は検事。早稲田大学仏文科中退。1926年、同級の田畑修一郎、火野葦平らと同人誌『街』を創刊。西條八十に師事し、佐伯孝夫らと詩誌『棕櫚の葉』を創刊。のち横光利一に師事。 1935年、文壇デビューを果たし以後は小説を中心に執筆。1936年、徳田秋声の娘喜代と結婚。1941年、報道班員としてマレーに赴く。 戦後は中間小説を多く書いた。代表作に短編集『祝典』、長編『情熱』、詩集『落葉に描いた組曲』など。『からたちの花』は山田耕筰の伝記小説である。墓所はさいたま市思い出の里市営霊園。
富田 砕花(とみた さいか、1890年11月15日 - 19… 富田 砕花(とみた さいか、1890年11月15日 - 1984年10月17日)は、日本の詩人、歌人。校歌や市町歌の作詞など、旺盛な詩作活動を行なったことから「兵庫県文化の父」と称される。 岩手県盛岡市生まれ。本名・戒治郎。日本大学殖民科卒業。1902年に上京し、同年12月から会計検査院に勤める。1908年、与謝野寛と与謝野晶子の新詩社に加わり、石川啄木とともに歌会に参加する。以来、啄木に思想的な影響を受け、啄木の死に際してエッセイを発表した。 1912年、歌集『悲しき愛』を出版する。その前後にホイットマンやエドワード・カーペンターの訳詩集を刊行し、彼らの詩を日本に初めて紹介した。1915年、最初の詩集『末日頌』を上梓。
石川 啄木(いしかわ たくぼく、1886年(明治19年)2月… 石川 啄木(いしかわ たくぼく、1886年(明治19年)2月20日 - 1912年(明治45年)4月13日)は、日本の歌人、詩人。本名は石川 一(いしかわ はじめ)。
宮沢 賢治 は、日本の詩人、童話作家。