飯城 勇三(いいき ゆうさん、1959年9月18日 - )は… 飯城 勇三(いいき ゆうさん、1959年9月18日 - )は、日本の翻訳者、評論家、エラリー・クイーン研究家。宮城県石巻市出身。東京理科大学理工学部卒業。 エラリー・クイーン・ファンクラブ会長。本格ミステリ作家クラブ会員。
宮城県:8人
飯城 勇三(いいき ゆうさん、1959年9月18日 - )は… 飯城 勇三(いいき ゆうさん、1959年9月18日 - )は、日本の翻訳者、評論家、エラリー・クイーン研究家。宮城県石巻市出身。東京理科大学理工学部卒業。 エラリー・クイーン・ファンクラブ会長。本格ミステリ作家クラブ会員。
杉山 光男(すぎやま みつお、1956年 - )は、日本の作… 杉山 光男(すぎやま みつお、1956年 - )は、日本の作家、劇画原作者、歴史研究家、ゴルゴ13研究家。宮城県石巻市生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業。 出版社勤務を経て、1990年より執筆活動を始める。また、歴史研究家として、テレビ東京「新説!?みのもんたの日本ミステリー!〜失われた真実に迫る〜」「新説!? 日本ミステリー」にしばしば出演。「武田信玄と上杉謙信は信長に暗殺されていた」「武田信玄と徳川家康は親子だった」「佐々木小次郎はキリシタンだった」「千利休は家康の指令で秀吉暗殺を企んだ」「篤姫は将軍家定と大老井伊直弼暗殺の黒幕だった」等の奇説を展開している。 ゴルゴ13研究家としては、書籍やWebサイト『THEゴルゴ道』等の企画・執筆・解説等を担当。
若林ひとみ(わかばやし ひとみ、1953年〈昭和28年〉9月… 若林ひとみ(わかばやし ひとみ、1953年〈昭和28年〉9月5日 - 2005年〈平成17年〉11月25日)は、日本のドイツ語翻訳家、ドイツ文化研究家。 宮城県出身(北海道札幌市生まれ)。宮城県第一女子高等学校卒業、1977年東京外国語大学ドイツ語科卒業。1974年から1975年、1980年から1981年ドイツ留学、ビーレフェルト大学(ドイツ語版)・ミュンヘン大学で学ぶ。外資系銀行、出版社勤務の後、フリーランスで通訳、翻訳、ライター等の仕事に従事。また、来日したドイツ人ジャーナリストの取材コーディネーターも務めていた。 児童文学を中心に、数多くのドイツ文学を翻訳・紹介。また、第二次世界大戦中の反ナチス運動「白いバラ」の中心メンバーであったゾフィー・ショルの伝記(ヘルマン・フィンケ著)の翻訳も行った。
阿羅 健一(あら けんいち、 1944年〈昭和19年〉 - … 阿羅 健一(あら けんいち、 1944年〈昭和19年〉 - )は、日本の文筆家・近現代史研究家。 「百人斬り訴訟を支援する会」会長を経て、「中国の抗日記念館の不当な写真の撤去を求める国民の会」会長、主権回復を目指す会顧問、「田母神論文と自衛官の名誉を考える会」顧問を務める。 宮城県仙台市出身。宮城県仙台第二高等学校、東北大学文学部卒業。1966年からキングレコードに勤務し、1984年にフリーとなる。 主に『正論』『諸君!』などにおいて論文を発表している。その一方で『全貌』『月曜評論』『旬刊 世界と日本』などでは著述の際に畠中秀夫というペンネームも使っていたことが後から判明し、秦郁彦は同一テーマについて本名とペンネームを使って書き分けていたことについて意図を図りかねている。 『正論』1986年(昭和60年)5月号から翌年5月号までの13回の連載をまとめたものが、『聞き書 南京事件 日本人の見た南京虐殺事件』(図書出版社)として出版された。
長谷部 楽爾(はせべ がくじ、1928年 - )は、日本の陶… 長谷部 楽爾(はせべ がくじ、1928年 - )は、日本の陶磁器研究家。父は人類学者の長谷部言人。 仙台市生まれ。1948年私立武蔵高等学校卒業後、1953年東京大学文学部美学美術史卒。 1954年、文化財保護委員会美術工芸課。1958年、東京国立博物館学芸部工芸課。のち東洋課長、学芸部長、次長を経て、1988年、退官。文化財保護審議会専門委員、恵泉女学園大学教授、東京国立博物館名誉館員、日本貿易陶磁研究会会長。
近藤 鏡ニ郎(こんどう きょうじろう、1913年 - 197… 近藤 鏡ニ郎(こんどう きょうじろう、1913年 - 1975年)は、日本のアイヌ音楽研究家。アイヌ民族の歌謡や文化の記録・研究に尽力した。本名は近藤善兵衛。 宮城県古川市(現・大崎市古川)に生まれる。宮城県立古川中学校(現・宮城県古川高等学校)卒業後、朝日新聞社に入社。戦時中に海軍に応召され、復員後に郷土芸能・アイヌ歌曲の採譜に尽力した。1957年に「ピリカ・ピリカ」の採譜・編曲により芸術祭文部大臣賞、1960年にユーカラ劇「コタンの森」で北海道芸術新賞を受賞。その他、松前神楽の保存活動・研究にも当たった。1969年、北海道文化団体協議会事務局長に就任。 近藤がアイヌ音楽研究家として活動した時期、日本は高度経済成長期にあり、伝統文化や少数民族の文化保存の重要性が再認識されていた。
庄司 浅水(しょうじ せんすい、1903年11月10日 - … 庄司 浅水(しょうじ せんすい、1903年11月10日 - 1991年9月7日)は、日本の書誌学研究家、ノンフィクション作家。ミズノプリンティングミュージアム名誉館長。日本出版学会、日本ペンクラブ、グロリアクラブ、各会員である。 元京都外国語大学専任講師。書物研究の傍ら、世界の奇談を紹介した。 宮城県仙台市出身。本名は喜蔵。三田英学校(現在の錦城学園高等学校)卒業。1925年、南葵音楽文庫に勤務。 1929年に「ぐろりあそさえて」から実質的な処女作『書籍装釘の歴史と実際』を刊行。1930年に装釘同好会を結成。1931年に佐々木幸四郎、斎藤昌三らと雑誌「書物展望」を創刊。また、書誌出版を志してブックドム社を設立。
天江 富弥(あまえ とみや、1899年(明治32年)3月 -… 天江 富弥(あまえ とみや、1899年(明治32年)3月 - 1984年(昭和59年6月22日)は、日本の児童文化研究家、郷土史家、こけし収集家。本名は「天江富蔵」。日本最初の炉端焼きとされる飲食店を太平洋戦争後に開き、その店主であった事績でも知られる。 宮城県仙台市出身。大崎八幡宮の御神酒の蔵元「天賞酒造」を営む7代目天江勘兵衛の三男として生まれる。本名の「富蔵」は生まれた年に大きな蔵が建設されたことから付けられた(その蔵は「富蔵(とみぐら)」と呼ばれたという)。年齢的にはまだ子どもだった1910年に、天賞酒造は買収した近隣の酒造場を富弥(富蔵)の名義で操業開始した。 市立仙台商業学校(現・仙台市立仙台商業高等学校)を経て、1920年(大正9年)に明治大学商科を卒業し、翌1921年(大正10年)に仙台市でスズキヘキとともに結成したおてんとさん社から童謡雑誌『おてんとさん』を創刊した。