猿田 和三(さるた かずみ、1963年〈昭和38年〉4月3日… 猿田 和三(さるた かずみ、1963年〈昭和38年〉4月3日 - )は、日本の地方公務員で、秋田県秋田市副市長。元秋田県副知事。学生時代には東京六大学野球連盟の選手としての活動歴がある。 秋田県秋田市出身。実家は猿田興業で、3人兄弟の末っ子だった。4歳のころには5歳年上の兄とキャッチボールを始める。小学生のとき、兄が通う秋田県立秋田高等学校が夏の秋田大会で優勝。1年だった兄が打席に立つことはなかったが、兄や見知った顔の選手たちが喜びに沸く姿を球場のスタンドから見ていた。「甲子園に行くってすごいことなんだ」と、甲子園出場を目標にする。 兄の後を追う形で秋田高校に進む。硬式野球部の主将を務め、1学年下の石井浩郎と主軸を形成した。
長谷川 明(はせがわ あきら、1958年または1959年 -… 長谷川 明(はせがわ あきら、1958年または1959年 - )は、日本の地方公務員。東京都環境局長、同財務局長、同政策企画局長、東京都副知事等を歴任。 秋田県秋田市出身。秋田県立秋田高等学校を経て、1982年(昭和57年)早稲田大学政治経済学部卒業、東京都庁入庁、財務局主計部長、2011年 (平成23年) 7月 都市整備局次長、知事本局次長を経て、2013年7月 環境局長。HEMSを中核に燃料電池等を活用したスマートハウスの導入に対し初期費用軽減を図るため、燃料電池や蓄電池等への補助制度を創設し、家庭のエネルギー利用の効率化と市場活性化を促した。2015年4月 財務局長。在任時の投資的経費が17年ぶりに1兆円台となり、東京五輪の施設の整備や、耐震化などの防災対策、道路橋梁などの社会資本の老朽化対策などに充てた。
堀井 啓一(ほりい けいいち、1952年6月12日 - )は… 堀井 啓一(ほりい けいいち、1952年6月12日 - )は、日本の地方公務員。秋田県総務企画部長等を経て、秋田県副知事。勲等は瑞宝中綬章。 秋田県河辺郡雄和町(現秋田市雄和)出身。1971年秋田県立秋田高等学校卒業。1977年北海道大学経済学部卒業、秋田県庁に入庁、鹿角土木事務所配属。総務部秘書課政策監等を経て、2003年総務部秘書課長。2004年健康福祉部福祉政策課長。2006年総務企画部参事兼財政課長。2008年総務企画部長。2009年から副知事を務め、秋田新幹線の整備等にあたった。2017年の秋田県豪雨災害では、佐竹敬久秋田県知事が宮城県でゴルフをしていたことの道義的責任として、中島英史副知事とともに給与の一部自主返納を行った。
奥山 恵美子(おくやま えみこ、1951年(昭和26年)6月… 奥山 恵美子(おくやま えみこ、1951年(昭和26年)6月23日 - )は、日本の地方公務員、政治家。旧姓は熊地。 2009年から2017年まで仙台市長を2期務めた。宮城県初の女性首長、政令指定都市初の女性市長である。 1951年、秋田県秋田市生まれ。幼少期から国家公務員だった父親の転勤に伴い各地を転々とした。秋田県立秋田高等学校に入学するが、2年生のときに岩手県立盛岡第一高等学校に転校する。東北大学経済学部卒業後、東京都(世田谷区)勤務を経て、仙台市役所入庁。市役所では生涯学習課長、女性企画課長、せんだいメディアテーク館長、市民局次長、教育長を歴任。副市長に在職中の2007年、仙台市教育委員会教員採用試験の合否通知をめぐる不正問題で渦中の人となった。
高橋 実(たかはし みのる、1946年 - )は、日本史学・… 高橋 実(たかはし みのる、1946年 - )は、日本史学・史料学者、国文学研究資料館・総合研究大学院大学名誉教授。 秋田県横手市生まれ。1969年茨城大学教育学部卒業。茨城県立歴史館研究員、79年作新学院大学経営学部教授。2001年「幕末維新期農村社会史の研究」で中央大学博士(史学)。2003年国文学研究資料館史料館教授、04年同アーカイブズ研究系教授、研究主幹。2010年日本アーカイブズ学会会長。
畠山 健治郎(はたけやま けんじろう、1933年〈昭和8年〉… 畠山 健治郎(はたけやま けんじろう、1933年〈昭和8年〉11月17日 - 2023年〈令和5年〉6月3日)は、昭和から平成期の地方公務員、政治家。位階は正五位。 衆議院議員(2期)、大館市長を務めた。 秋田県北秋田郡森吉町出身。1954年(昭和29年)農業講習所農業科を卒業。同年、秋田県庁に入庁。1962年(昭和37年)大館地方労事務局長。1965年(昭和40年)県北生活協同組合理事。1976年(昭和51年)県職労中央執行委員長。1979年(昭和54年)大館市長に初当選。以降3期務めた。 1993年(平成5年)日本社会党公認で第40回衆議院議員総選挙で旧秋田1区から初当選。1996年(平成8年)の第41回総選挙では社会民主党公認で秋田2区から立候補。
明石 康(あかし やすし、1931年〈昭和6年〉1月19日 … 明石 康(あかし やすし、1931年〈昭和6年〉1月19日 - )は、日本の外交官、国際公務員、政治家。特定非営利活動法人 Reach Alternatives(REALs)顧問、国際教養大学名誉教授、同大学トップ諮問会議委員、名城大学アジア研究所名誉所長、群馬県立女子大学外国語教育研究所所長、京都文教学園学術顧問、神戸大学特別顧問・特別教授。国際連合事務次長や国際連合事務総長特別代表を歴任。 戦国時代のキリシタン武将の明石全登の子孫であるといわれている。母親の実家は、忠犬ハチ公の生家であった。 秋田県北秋田郡扇田町(現在の大館市比内町扇田)出身。築山小学校在学時に秋田市に移住。県立秋田中学校(現在の秋田県立秋田高等学校)から旧制山形高校(現在の山形大学人文学部および理学部)を経て、東京大学に進学。
出口 廣光(でぐち ひろみつ、1925年11月17日 - 2… 出口 廣光(でぐち ひろみつ、1925年11月17日 - 2000年10月30日)は、日本の政治家、官僚、地方公務員。参議院議員(1期、自由民主党)。 秋田県秋田市出身。1949年東北大学法文学部経済学科卒。自治庁に入り、三重県児童課長、青森県広報文書、労政各課長を経て、経済企画庁に出向。福岡県医務、地方各課長、自治大学校教務部長、労働省大臣官房付、大分県企画部長、自治省大臣官房調査官を歴任。1971年に秋田県庁に出向し、総務部長、出納長、副知事を歴任する。1983年の第13回参議院議員通常選挙で秋田県選挙区から自由民主党公認で立候補し当選。1989年の第15回参議院議員通常選挙で落選した。落選後は秋田県信用保証協会会長や県交通安全協会会長などを務めた。