八束 はじめ(やつか はじめ、1948年 - )は、日本の建… 八束 はじめ(やつか はじめ、1948年 - )は、日本の建築家、建築史家、建築評論家、芝浦工業大学名誉教授。 ロシア・アヴァンギャルドを中心とする建築史研究や、卓抜な建築論でも知られる。 妹島和世や日埜直彦など多くの建築家を輩出している茨城県立水戸第一高等学校出身。 東京大学工学部都市工学科卒業。丹下健三が東京大学で教鞭を執っていた際の最後の教え子。同大学大学院(大谷幸夫研究室)修了。 2008年3月には、1994年から美術批評家の多木浩二らと編集委員として始めた雑誌10+1が最終号を迎えることとなり、自らNo50『Tokyo Metabolism 2010』(Inax出版)を編纂。
高宮 眞介(たかみや しんすけ、1939年1月7日 - )は… 高宮 眞介(たかみや しんすけ、1939年1月7日 - )は、日本の建築家。山形県村山市出身。 山形県立山形東高等学校を経て、1962年に日本大学理工学部建築学科を卒業後、大林組に勤務。 1966年から1968年まで、デンマークのクローン・ラスムッセン設計事務所に勤務する。その後丹下健三都市建築設計研究所を経て、 1975年に計画・設計工房を谷口吉生と開設。1980年には谷口建築設計研究所取締役に就任し、1985年に谷口建築設計研究所の代表となり、谷口吉生とともに、資生堂アートハウス、土門拳記念館、東京都葛西臨海水族園、豊田市美術館などを手がけていく。 1996年から2007年まで母校日本大学理工学部建築学科の教授を務める。
山下 寿郎(やました としろう、1888年4月2日 - 19… 山下 寿郎(やました としろう、1888年4月2日 - 1983年2月2日)は、日本の建築家。昭和時代にかけて活躍。山形県米沢市出身。昭和の初めに事務所を設立して以米、幾多の建物設計のなかで霞ヶ関ビルやNHK放送センター等が代表的な作品である。その一方で建築施工に関する研究も続け、28年にわたり東京大学の講師として後進の指導にあたった。 幼少期は教育者であった父、新力から、米沢士族の子弟として、誇高く厳格な家庭教育を受けて成人した。叔父に当る山下源太郎海軍大将に深く私淑し、一生人生の師範として敬った[要出典]。上京の後、旧制第一高等学校を経て、東京帝国大学工学部建築学科に学び、1912年に卒業。
佐野 利器(さの としかた、1880年(明治13年)4月11… 佐野 利器(さの としかた、1880年(明治13年)4月11日 - 1956年(昭和31年)12月5日)は、日本の建築家、建築構造学者。東京帝国大学名誉教授、日本大学教授、清水組副社長を歴任。宮内省工務課長、明治神宮造営局参与、帝都復興院理事、東京都建築局長、日本建築学会会長なども務めた。1950年日本学士院会員。芸術としての建築より、工学としての建築、とくに耐震工学に重きを置き、日本の構造学の発展に貢献した。 山形県西置賜郡荒砥村(現:白鷹町)の旧家の四男、山口安平として生まれた。生家(山口家)は大地主であったが次第に没落し、また実父の山口三郎兵衛が早くに病死したため、米沢中学在籍時に天童織田家の藩士だった佐野誠一郎の養嗣子となった。
妻沼岩彦 (Iwahiko Tsumanuma、Thomas… 妻沼岩彦 (Iwahiko Tsumanuma、Thomas S.Rockrise 1878年~1936年)は、日系アメリカ人建築家。妻沼は、トーマス・S.・ロックライスの名の下に、おもにアメリカ合衆国で活躍した。長男・George T. Rockriseも建築家。塩田武雄と組み、ニューヨークでYamanaka & Companyのギャラリーのデザインなどを手掛けた。 出身は山形市。若くして家業に従事するが失敗し、21歳で国を離れ、アジアとヨーロッパを経由してアメリカに着く。アメリカの高等学校入学卒業を経て、1912年、シラキュース大学建築科に進学し、卒業後、ニューヨークに。TアンドL、バレル・ホフマン建築事務所などを経て、1918年、独立した。
三條 栄三郎(さんじょう えいさぶろう、1872年 - 19… 三條 栄三郎(さんじょう えいさぶろう、1872年 - 1964年)は日本の建築家。明治・大正時代に福岡県で活躍した。 山形県山形市鍛治町出身。1898年蔵前高等工業学校附属教員養成所卒業。旧制仙台市立工業学校教諭、熊本県での教諭を経て、1901年旧制福岡県立工業学校教諭。1905年から1908年まで佐賀県土木部技師、1908年から1924年まで福岡県土木部技師を務めた。同年9月に退職するまでの16年間は、福岡県の多くの施設が洋風建築に建て替えられる時期で、俗に“三條時代”とよばれるように、県の建築業界を牽引した。 三條が設計を担当した建築物は、旧福岡県公会堂貴賓館(明治43年竣工、国の重要文化財)、旧福岡県庁舎(大正4年竣工)、福岡県立図書館(大正7年竣工)、宮地嶽神社、香椎神宮、筥崎宮拝殿・廻廊・楼門(大正3~6年竣工)、太宰府天満宮楼門(大正1年竣工)などで、その他福岡県立福岡高等学校本館も手がけている。