辻元 よしふみ(つじもと よしふみ、1967年〈昭和42年〉… 辻元 よしふみ(つじもと よしふみ、1967年〈昭和42年〉 - )は、日本の服飾評論家、戦史・服飾史・軍装史研究家、時代考証家、翻訳家、オカルト史研究家、ファッション・アドバイザー、ファッション・コラムニスト、詩人、エッセイストである。本名・辻元佳史。 2018年に導入の陸上自衛隊の制服(16式常装)改正にかかわり、山崎幸二・陸上幕僚長より陸上幕僚長感謝状を受けた。2019年から、陸上自衛隊需品学校の部外講師(軍装史学)。東京ベイカレッジ非常勤講師。防衛省職員・自衛官向けの専門紙「朝雲新聞」が「軍装史研究の第一人者」(2014年10月30日付)と評している。NHKなどのテレビ出演も多い。妻はイラストレーターの辻元玲子。
青山 まり(あおやま まり、1964年 - )は、日本のブラ… 青山 まり(あおやま まり、1964年 - )は、日本のブラジャー研究家。 東京都練馬区生まれ。「女性の生き方とブラジャー」をテーマに、様々なメディアで正しい下着の付け方や専門知識のコメントなどの活動を行っている。 茗溪学園高等学校卒業後、20歳で結婚。主婦を経験したのちに青山学院大学に入学。大学卒業後、渋谷の百貨店でアパレル販売の職に就く。30歳のとき美しいバストを持った女性に遭遇し感銘を受ける。その女性がつけていたフランス製のブラジャーを広尾の商店で取り扱っていることを知り、訪問。初めて試着室でブラジャーをつける。普段からノーブラ派だった彼女は自分に合うブラジャーから下着の付け方の指導までしてもらい、感動したという。
髙信 幸男(たかのぶ ゆきお、1956年〈昭和31年〉8月1… 髙信 幸男(たかのぶ ゆきお、1956年〈昭和31年〉8月10日 - )は、日本の名字研究家、司法書士、作家。日本家系図学会理事。元国家公務員(法務省法務局職員)。茨城県久慈郡大子町出身、水戸市在住。 茨城県立大子第一高等学校時代からの趣味で名字研究を始める。法務省法務局職員として長らく戸籍の業務に携わる。水戸地方法務局・札幌法務局・さいたま地方法務局・甲府地方法務局・東京法務局・横浜地方法務局にて勤務。県や市町村、大学等での講演、テレビ・ラジオなどの番組客演や監修に協力。 2017年3月に法務省を退官。以降は、司法書士を本業としつつ、フリーの名字研究家として活動している。 後年はバラエティ番組『沸騰ワード10』にて、「はんのひでしま」店主の秀島徹との対決企画が定期的に特集として組まれて話題となり、名字の由来を世に紹介する文化的な側面で貢献している。
平塚 柾緒(ひらつか まさお、1937年9月3日 - )は、… 平塚 柾緒(ひらつか まさお、1937年9月3日 - )は、日本の戦史研究家。 1937年(昭和12年)茨城県常総市生まれ。徳間書店勤務後、編集プロダクション文殊社代表取締役。取材・執筆・編集グループである太平洋戦争研究会、近現代フォトライブラリー主宰。数多くの従軍経験者への取材を行う、戦争証言アーカイブス編さんを多く行っている。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
長谷川 五郎(はせがわ ごろう、本名:長谷川敏、1932年〈… 長谷川 五郎(はせがわ ごろう、本名:長谷川敏、1932年〈昭和7年〉10月19日 - 2016年〈平成28年〉6月20日)は、日本のボードゲーム研究家、ボードゲーム開発者。特にオセロのパッケージを開発したことで知られる。五郎はペンネームであり、オセロに関しては本名の長谷川敏で商標権を取得している。 日本オセロ連盟元会長。オセロ名誉十段。オセロ以外にも88オセロ、グランドオセロ、ソクラテス、ミラクルファイブ、セルゴ、大碁(だいご)といったボードゲームを開発した。将棋・囲碁共にアマチュア五段でもある。 茨城県水戸市出身。英文学研究者で、茨城大学教授の長谷川四郎を父として生まれる。旧制水戸中学校(現在の茨城県立水戸第一高等学校)に入学。
高瀬 羽皐(たかせ うこう、本名: 高瀬 真卿(たかせ しん… 高瀬 羽皐(たかせ うこう、本名: 高瀬 真卿(たかせ しんきょう)、嘉永6年(1853年)-大正13年(1924年)11月17日)は、明治時代から大正時代にかけてのジャーナリスト、社会事業家、刀剣研究家。幼名・政吉。号は羽皐隠史、往生庵、菊亭静、茂顕、茂卿など。ほかに、高瀬真之助(介)、高瀬松吉、高瀬恭助、高真卿、高瀬鉄窓、高瀬紫峯、鉄窓学人、天賜苑、東台隠士、柳窓外史、茂湿、春雨、春雨静、藤原静、藤原茂、藤の舎茂、高瀬真藁、高瀬巳之吉、佐野尚、近藤東之助、春秋堂、萩村など、約30もの筆名を使った。 茨城県水戸市下市に米穀炭商・高瀬儀平次の長男・政吉として生まれ、水戸学派の川崎巌雄、庄司春村の塾で漢籍を学ぶ。