木本 大地(きもと だいち、2000年4月29日 - )は、… 木本 大地(きもと だいち、2000年4月29日 - )は、日本の陸上競技選手。茨城県つくば市出身。東洋大学経済学部総合政策学科卒業。小森コーポレーション所属。 つくば市立大穂中学校、東洋大学附属牛久高等学校、東洋大学出身。2022年東洋大学駅伝主将の前田義弘は高校時代からの同期である。 3年時の第98回箱根駅伝で三大駅伝デビューを飾ったが、4区で区間18位という成績に終わった。 4年時の第99回箱根駅伝では8区を担当。襷を受け取った時点では10位とは1分45秒の差が開いていたが、前半は抑えて後半に上げる走りで10位と33秒差の11位に浮上。個人では法政大学の宗像直輝と同タイムで区間賞を獲得した。
兎澤 朋美(とざわ ともみ、1999年1月14日 - )は、… 兎澤 朋美(とざわ ともみ、1999年1月14日 - )は、日本の陸上競技選手。2020年東京パラリンピック日本代表。茨城県つくば市出身で、現在は富士通株式会社に所属している。出身高校は常総学院高等学校で、出身大学は日本体育大学。 趣味は買い物。好きな食べ物はトマトと寿司で、嫌いな食べ物は脂っこいものとパクチー。座右の銘は「アグレッシブ」。 1999年1月14日生まれ。茨城県つくば市出身。小学5年生の夏に骨肉腫を発症したことにより、年明けに左脚の太ももから下を切断する。その後、中学2年生の時に陸上競技などを始める。高校では理系を選択しており、将来は建築の分野に進もうと考えていたが、高校3年生の夏に、リオ大会でパラリンピックのアスリートが活躍している姿を見て感銘を受け、陸上の道に真剣に進みたいと考える。
森田 歩希(もりた ほまれ、1996年6月29日 - )は、… 森田 歩希(もりた ほまれ、1996年6月29日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中距離・長距離走。茨城県守谷市出身。竜ヶ崎第一高等学校、青山学院大学社会情報学部社会情報学科卒業。GMOアスリーツ所属。身長169cm、体重54kg。父親は元陸上競技選手の森田桂。 守谷市立御所ケ丘中学校3年時の全日本中学校陸上では予選敗退だった。しかし5000m14分38秒99の中学日本記録(当時)を樹立した。竜ヶ崎第一高校時代は全国高校駅伝への出場はなかった。 2015年、青山学院大学に入学し、陸上競技部に所属した。大学駅伝デビュー戦となった2年次の第48回全日本大学駅伝では6区で区間賞を獲得し、MVPを獲得した。
佐藤 風雅(さとう ふうが、1996年6月1日 - )は、日… 佐藤 風雅(さとう ふうが、1996年6月1日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。ミズノトラッククラブ所属。 茨城県の笠間市立友部中学校では野球部に所属していたが、3年生時に校内陸上大会の400メートル (m)で優勝し、これを契機に陸上競技に取り組む。進学した茨城県立中央高等学校では陸上競技部に所属し、3年生時には県大会の400 mに49秒台のタイムで優勝した。 高校卒業後は作新学院大学に進み、3年生時の第101回日本陸上競技選手権大会では予選に自己ベストとなる45秒99を記録したものの、0秒04差で予選落ちとなった。このショックにより、以後の在学中は記録が伸び悩んだ。 大学卒業後は足利銀行に就職したが1年で那須環境技術センターに転職し、その間は勤務先の理解で自主的なトレーニングを続けていた。
斉藤 真理菜(さいとう まりな、1995年(平成7年)10月… 斉藤 真理菜(さいとう まりな、1995年(平成7年)10月15日 - )は、日本の陸上競技選手。専門競技はやり投。スズキアスリートクラブ所属。 茨城県龍ケ崎市出身。龍ケ崎市立城南中学校を経て、茨城県立土浦湖北高等学校に入学した。その後、国士舘大学に所属した。 2017年の世界陸上競技選手権大会に日本代表として出場した。同年の2017年夏季ユニバーシアードで銀メダルを獲得した。同大会台北で個人記録である62.37メートルを記録した。 2023年、アジア陸上競技選手権大会で61.67メートルをマークし優勝した。同年の第107回日本陸上競技選手権大会で61.14メートルを記録し、5年ぶりの優勝を果たした。
細谷 恭平(ほそや きょうへい、1995年8月31日 - )… 細谷 恭平(ほそや きょうへい、1995年8月31日 - )は、日本の陸上競技選手。茨城県岩瀬町出身。中央学院大学法学部卒業。黒崎播磨陸上競技部所属。 桜川市立岩瀬東中学校、水城高等学校、中央学院大学出身。 三大駅伝デビューとなった2年時の第92回箱根駅伝では8区を走り、区間3位て9位から3つ順位を上げて6位で襷を渡した。 3年時の第93回箱根駅伝では山登りの5区を担当。区間3位の走りで4人を抜き、往路は7位でフィニッシュした。 4年時の第94回箱根駅伝でも2年連続で5区を担当。中央学院大学は2区を走る予定だった高砂大地を怪我の影響で前日に外し、8区を走る予定だった市山翼を急遽2区に起用したこともあり細谷が襷を受け取ったのは16位だったが、昨年に続く区間3位の走りで5人を抜いて往路11位でフィニッシュした。
中村 太地(なかむら だいち、1993年1月15日 - )は… 中村 太地(なかむら だいち、1993年1月15日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は砲丸投。茨城県笠間市出身。ミズノに所属していた。 小学3年生から相撲を始め、中学時代までは相撲道場に通い、全国大会出場経験もある。 茨城県立笠間高等学校に入学してから陸上競技を始め、在学時には円盤投、砲丸投、ハンマー投の投擲競技3種目を経験。2010年5月、県大会では投擲競技3種目全てで優勝を果たす。投擲種目の中でも円盤投で一番実績を残しており、全国大会では8月のインターハイ、10月の国民体育大会(少年男子A)の円盤投で二冠を達成する。同年はシンガポールユースオリンピックには円盤投の日本代表選手にも選ばれたが、世界の壁は厚く14人中12位に終わる。
舘野 哲也(たての てつや、1991年8月5日 - )は、茨… 舘野 哲也(たての てつや、1991年8月5日 - )は、茨城県古河市出身の陸上競技選手。専門はハードル競走の400mハードルで、49秒49の自己ベストを持つ。2012年ロンドンオリンピックの日本代表。現在はCriacao所属。 茨城県古河市出身。血液型はO型。 陸上競技は古河市立総和北中学校に進学してから始めたが、当初は「県大会に出場できればいいな」くらいの軽い気持ちで取り組んでいた。しかし、2年時(2005年)に春の記録会で初めて400mを走り高校生相手に勝利、何気なく出場した四種競技では2位に入るなどしたことから、陸上競技に真剣に取り組むようになると、翌年の3年時(2006年)には全日本中学校選手権の四種競技で優勝、ジュニアオリンピックの400mでは5位に入った。
出口 和也(でぐち かずや、1988年8月14日 - )は、… 出口 和也(でぐち かずや、1988年8月14日 - )は、日本の元陸上競技選手。茨城県守谷市出身。 茨城県立藤代高等学校、日本体育大学卒業後、旭化成陸上部に所属した。2012年に開催された第96回日本陸上競技選手権大会男子5000mの優勝者。
大崎 千聖(おおさき ちさと、1987年4月19日 - )は… 大崎 千聖(おおさき ちさと、1987年4月19日 - )は、日本の女子陸上競技選手。茨城県稲敷郡阿見町出身。聖徳大学附属聖徳高等学校(現・聖徳大学附属取手聖徳女子高等学校)卒業。在学中に10km高校日本最高記録を出す。 卒業後、2006年に三井住友海上に入社し女子陸上競技部所属。トラック競技、駅伝などを中心に活躍する。かつて同じく三井住友海上の陸上選手で、アテネオリンピック5位入賞・世界陸上選手権二大会メダリストの、土佐礼子の練習パートナーも務めていた。 現在はユニクロ女子陸上競技部に所属する。
松村 拓希(まつむら ひろき、1980年12月12日 - )… 松村 拓希(まつむら ひろき、1980年12月12日 - )は、茨城県守谷市出身の陸上競技選手・指導者。専門は中距離・長距離走。 土浦日本大学高等学校、駒澤大学卒業。実業団時代は日清食品グループに所属した。 実業団引退後の2011年、筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻に進学。大学院修了後は2年間コーチを務める。 2015年、東京国際大学駅伝部コーチに就任。2023年よりヘッドコーチを務める。
川崎 真裕美(かわさき まゆみ、1980年5月10日 - )… 川崎 真裕美(かわさき まゆみ、1980年5月10日 - )は、日本の競歩選手。現姓は喜多。 茨城県笠間市出身。茨城県筑西市協和地区にある海老沢製作所に1999年から2008年11月まで所属、2008年12月から2013年1月まで富士通に所属した。日本代表としてオリンピックはアテネ以降の3大会、世界選手権はヘルシンキ以降の4大会に連続出場を果たした。2009年にはアジア選手権20km競歩で優勝、日本選手権20km競歩は2004年第87回大会以降5回優勝を飾った。10km競歩・20km競歩・5000m競歩・10000m競歩など各種目で日本新記録を樹立した。
山内 美根子(やまのうち みねこ、1972年12月10日 -… 山内 美根子(やまのうち みねこ、1972年12月10日 - )は、日本の女子陸上競技選手。 専門種目は長距離走(5,000m・10,000m)、ハーフマラソンおよびマラソン。身長161cm、体重45kg。 茨城県日立市出身。茨城キリスト教学園高等学校を経て中央大学文学部卒業後、1995年に資生堂入社。資生堂ランニングクラブの一員となった。 茨城キリスト教学園高時代は、トラック・駅伝を中心に活動。1989年1月の都道府県対抗女子駅伝出場以降、全国大会に出場。同年の高知インターハイでは初出場の3,000mで第5位。また9月に行われたはまなす国体では3,000mで優勝。全国高校駅伝には女子第1回大会から連続出場。
伊藤 喜剛(いとう よしたか、1970年6月23日 - )は… 伊藤 喜剛(いとう よしたか、1970年6月23日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は100メートル走。茨城県出身。日本体育大学体育学部卒業。 茨城県生まれで、水戸市立新荘小学校、水戸市立第一中学校を卒業後、水戸短期大学附属高校(現在の水戸啓明高等学校)に入学、卒業。1993年アジア選手権4X100mR 4走で初の代表入りし、1994年アジア大会100mで6位入賞、4X100mRで金メダル。1995年世界室内陸上競技選手権大会60M準決勝進出を果たす。同年に日本選手権100mを(当時の日本歴代4位:10秒22)制し代表入り、100m、4X100mRの日本代表として1995年世界陸上競技選手権大会に出場し、4X100mRで5位入賞(準決勝で当時のアジア記録樹立)し、有力なアトランタオリンピック短距離選手の代表候補であった。
平塚 潤(ひらつか じゅん、1969年(昭和44年)1月8日… 平塚 潤(ひらつか じゅん、1969年(昭和44年)1月8日 - )は、日本のスポーツ科学者、陸上競技元選手・現指導者で、専門種目は長距離走、駅伝及びマラソン。1993年世界陸上シュトゥットガルト大会男子10000m代表・1994年広島アジア競技大会男子10000m銀メダリスト。 2001年から2009年まで、城西大学駅伝部の監督を担当。城西大学理学部助手、同経営学部助専任講師、助教を経て2010年より准教授。 茨城県東茨城郡城里町出身。水戸工業高校から日本体育大学へ進学し、体育学部体育学科卒業、同大学大学院体育科学研究科修了。エスビー食品陸上競技部に10年間在籍し、2001年度より城西大学男子駅伝部監督に就任。
打越 忠夫(うちこし ただお、1965年10月30日 - )… 打越 忠夫(うちこし ただお、1965年10月30日 - )は、日本の陸上競技選手。専門はマラソン。水戸農業高等学校、順天堂大学卒業。 順大在学時代、1986年の第62回箱根駅伝では2区を走る予定だったが、直前の怪我で急遽出場出来なくなるなど3年生までは箱根駅伝には縁がなかったが、4年生で迎えた1988年の第64回箱根駅伝で3区区間賞を取り、この年の完全優勝に貢献した。 1988年大学卒業後雪印乳業に入社した。1992年北海道マラソンは日本人トップの成績となる2位、1993年のシュトゥットガルト世界選手権は5位入賞し日本人トップであった。1993年東京国際マラソン6位入賞などの戦績を残した。フルマラソンのベストタイムは1994年ロッテルダムマラソンの2時間12分52秒。
大塚 正美(おおつか まさみ、1960年8月3日 - )は、… 大塚 正美(おおつか まさみ、1960年8月3日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。茨城県神栖市出身。日本体育大学体育学部卒業。現在は城西国際大学経営情報学部教授。 中学校は神栖市立神栖第一中学校、高校は茨城県立水戸工業高等学校出身。高校時代は全国高等学校総合体育大会陸上競技大会の1500mで優勝を果たしている。 大学は日本体育大学に入学すると、1年時に第56回箱根駅伝の8区に出走。前半は慎重に入ったが徐々にペースを上げ、1時間06分20秒の区間新記録をマークし、チームの総合優勝に貢献した。また、8区の区間記録は第71回箱根駅伝で中央大学の榎木和貴が更新するまで15年間破られなかった。約2週間後に行われた全日本大学駅伝では1区を走り区間新記録をマークした。
川島 義明(かわしま よしあき、1934年5月10日 - )… 川島 義明(かわしま よしあき、1934年5月10日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。1956年メルボルンオリンピック代表選手で、同大会のマラソンで5位に入賞した。 茨城県東茨城郡川根村(現・茨城町)に生まれる。 茨城県立水戸農業高等学校時代に、体育教員をしていた篠崎清(1953年ボストンマラソン出場)から陸上競技(マラソン)に勧誘される。川島は1年生時から青森東京駅伝に茨城県チームメンバーとして出場し、2年生時と3年生時にも出場した。 しかし高校卒業時に進学はせずに家業の農家を2年間手伝った。1955年2月に第3回読売全国マラソン青梅大会に出場して2時間31分29秒で3位となった。