大島 保彦(おおしま やすひこ、1955年6月15日 - )… 大島 保彦(おおしま やすひこ、1955年6月15日 - )は、日本の教育者、翻訳家。駿台予備学校英語科専任講師。東大進学塾エミール英語科講師。 群馬県立前橋高等学校卒業、東京大学文学部哲学科卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学、修士論文は『宗教比較の可能性 - ニコラウス・クザーヌスの場合』。 千葉大学、東海大学などで哲学の非常勤講師も務める。 2006年6月には大学英語教育学会関東支部大会の全体シンポジウム「なぜ英語力は低下したのか?」に参加している。
佐藤 良明(さとう よしあき、1950年10月13日 - )… 佐藤 良明(さとう よしあき、1950年10月13日 - )は、日本のアメリカ文学・ポピュラー音楽研究者、翻訳家。東京大学名誉教授。元放送大学教授。 山梨県生まれ、群馬県高崎市育ち。兄は、多摩美術大学名誉教授でグラフィックデザイナーの佐藤晃一。 トマス・ピンチョン研究でデビューし、1980年代に人類学者グレゴリー・ベイトソンの研究や翻訳を軸とした評論活動を行う。 1990年代は、東京大学教養学部における英語教育改革を柴田元幸らと主導。全学共通の英語テキスト『The Universe of English』(東京大学出版会)シリーズは学内外から反響を呼んだ。 2000年以降は、ポピュラー音楽研究に主軸を移し、また『リトル・チャロ』等の放送教材製作に関わり、新潮社『トマス・ピンチョン全小説』の翻訳を完結に導く。
浜名 優美(はまな まさみ、男性、1947年11月5日 - … 浜名 優美(はまな まさみ、男性、1947年11月5日 - 2020年2月25日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。南山大学名誉教授。フェミニズムなども研究した。 群馬県群馬郡久留馬村生まれ。1966年群馬県立高崎高等学校卒業。1971年早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業、1977年同大学院文学研究科フランス文学専攻博士後期課程満期退学。1979年までパリ第3大学に留学。南山大学文学部助教授、1991年教授。1995年ブローデル『地中海』で日本翻訳文化賞受賞。2000年南山大学総合政策学部教授および副学長を務めた。2010年南山学園常務理事。2011年南山大学附属小学校学監。 妻の浜名エレーヌは椙山女学園大学教授。
神宮 輝夫(じんぐう てるお、1932年2月26日 - 20… 神宮 輝夫(じんぐう てるお、1932年2月26日 - 2021年8月4日)は、日本の児童文学者・翻訳家・研究家。青山学院大学名誉教授。 群馬県高崎市生まれ。旧制・群馬県立高崎中学校、旧制・第一早稲田高等学院を経て、早稲田大学第一文学部英文科卒業、早稲田大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。在学中から早大童話会に参加し、鳥越信、古田足日、山中恒らと活躍。「小さい仲間」の同人となる。 英国児童文学の翻訳を精力的に続け、アーサー・ランサム全集のほか、リチャード・アダムズ『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』、モーリス・センダック『かいじゅうたちのいるところ』、ジョン・ロウ・タウンゼンド『アーノルドのはげしい夏』、ウィリアム・メイン、ロイド・アリグザンダー、アラン・ガーナーなど、戦後の代表的な作品の多くを手がけた。
橋本 一明(はしもと いちめい、1927年〈昭和2年〉1月1… 橋本 一明(はしもと いちめい、1927年〈昭和2年〉1月1日 - 1969年〈昭和44年〉1月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。國學院大學教授。 群馬県碓氷郡原市町(現・安中市)に生まれる。旧制群馬県立高崎中学校、旧制第一高等学校を経て、東京大学文学部仏文科を卒業。一高在学時代には原口統三の影響を受け、フランス象徴派の詩人、特にアルチュール・ランボーを研究した。1965年(昭和40年)國學院大学教授。 42歳で肺癌により死去した。墓所は高崎市八幡霊園。 小説家の丸谷才一は國學院大学で同僚だった橋本について次のように語っている。 「わたしの二十代の末から十数年間の国学院時代――と名づけてゐるのですが、その国学院時代のわたしの生活にいちばん縁の深いのはこの三人(注・橋本一明、菊池武一、佐藤謙三)でした。
塩谷 太郎(しおや たろう、旧字体: 鹽谷 太郞、1903年… 塩谷 太郎(しおや たろう、旧字体: 鹽谷 太郞、1903年〈明治36年〉11月8日 - 1996年〈平成8年〉)は、日本の翻訳家、児童文学者。本名・相馬 一正(そうま かずまさ)。 群馬県桐生市生まれ。群馬県立桐生中学校出身。東京外国語学校(現・東京外国語大学)ドイツ語科を卒業。商社勤務を経て翻訳家になる。ドイツ語圏、英語圏の児童文学・ノンフィクションなどを日本語に翻訳した。最初の訳書はおそらく1941年のテオドル・シュトルム『少女ローレ』(改造社)。(ヴィツキー・バウムの長篇 Das große Enimaleins を訳出したが、出版に至っていない。)1962年、『ハウフ童話全集』でサンケイ児童出版文学賞を受賞。
佐藤 雪夫(さとう ゆきお、1901年5月7日 - 1931… 佐藤 雪夫(さとう ゆきお、1901年5月7日 - 1931年12月21日)は、日本の翻訳家、雑誌記者。群馬県室田町(現高崎市)出身。 東京神田の順天中学校を卒業後、1924年に東京外国語学校イタリア語科卒業。同年5月に発行された文芸雑誌「南歐文學」の編集人を務め、イタリア文学紹介、翻訳などで活躍した。同誌の発行元は三田書房、発行人は甲斐田イヨ。南ヨーロッパの文学を紹介・研究することを目的とし、原語からの翻訳やエッセイなどが掲載された。全2冊で、1号は同年5月に発行され、巻頭にポール・クローデルの肖像と題字「水に聴く」を掲載。2号は翌6月の発行。 翌1925年にキネマ旬報社に編集部員として入社し、映画評論、脚色等で活躍した。
瀬沼 夏葉(せぬま かよう、1875年12月11日 - 19… 瀬沼 夏葉(せぬま かよう、1875年12月11日 - 1915年2月28日)は日本の小説家、翻訳家、教師。本名は瀬沼 郁子(旧姓:山田)。アントン・チェーホフを初めて日本に紹介した。 高崎県高崎(現在の群馬県高崎市)で、種子業を営む父・山田勘次郎と母・よかの長女・郁子として生まれる。両親はともに正教会の信者であり、自身も早くから信者となった。1882年に主教のニコライ・カサートキンが高崎教会に来た際にはよかに連れられて他の信徒とともに前橋市まで出迎えに行き、大きくなったら駿河台の正教女子神学校に入学するよう勧められたという。1883年によかが結核のため亡くなったが、キリスト教徒である事を理由に先祖代々の墓所への埋葬を拒否されている。