寺沢 功一(てらさわ こういち、1963年7月5日 - )は… 寺沢 功一(てらさわ こういち、1963年7月5日 - )は、日本のベーシスト。1984年にバンド、BLIZARDのメンバーとしてプロデビュー。尚美ミュージックカレッジ専門学校講師、「ROCK STAR MUSIC SCHOOL」(旧ミュージックスクール音撃塾)の代表も務めている。東京都練馬区出身。神奈川県在住。血液型はB型。長男はTORNADO GRENADE・DECAYSのベーシスト寺沢リョータ。 ベースは練馬区立田柄中学校在学時の14歳から始めた。城西大学附属城西高校に進学後、BLIZARDのギタリスト・村上孝之と出会い、バンド「エンジェルキッス」を結成。原宿でライブを行っていた際、音楽事務所ビーイングのスタッフにスカウトされる。
木野雅之(きの まさゆき、1963年6月1日 - )は、東京… 木野雅之(きの まさゆき、1963年6月1日 - )は、東京都生まれのヴァイオリン奏者。東京都清瀬市出身。
狩野 泰一(かのう やすかず、1963年 - )は、日本の篠… 狩野 泰一(かのう やすかず、1963年 - )は、日本の篠笛奏者。東京都生まれ、佐渡島在住。 1963年、東京都武蔵村山市出身。13歳でドラムを始める。東京都立国分寺高等学校を経て、一橋大学商学部在学中にジャズドラマーとしてライブ活動を開始。ニューヨーク留学中、日系アメリカ人による和太鼓の演奏に出会い、自己のアイデンティティーに目覚めて帰国する。1986年、一橋大学商学部卒業。1987年、佐渡島の鼓童研修生となる。これ以降、鼓童メンバーとして、カーネギー・ホール、ベルリン・フィルハーモニー・ホール、パリ市立劇場を始めとする世界20カ国で1000回を超える公演に参加した。 1997年、鼓童から独立し、佐渡島に暮らしながら、篠笛奏者としてコンサート、ワークショップや講演を開始する。
山形由美(やまがた ゆみ、1962年〈昭和37年〉5月17日… 山形由美(やまがた ゆみ、1962年〈昭和37年〉5月17日 - )は、日本のフルート奏者。尚美学園大学客員教授、フルートサロン「メゾン・デュ・リエール」主宰。東京都出身。 英文学者、山形和美の長女として東京に生まれ、幼少期より音感教育、ピアノ、クラシック・バレエを習う。14歳のクリスマスの夜に出会った音色に強く惹かれたことが後に由美がフルート奏者として活躍する切っ掛けとなった。 立教女学院中学校・高等学校在学中にフルートを始め、野口博司、小泉剛に師事した。東京藝術大学音楽学部器楽科でフルートを専攻し、同大学を卒業した後に渡英している。由美はサー・ジェームズ・ゴールウェイの数少ない弟子のひとりであり、1986年(昭和61年)のデビュー以来、演奏活動と並行してマスコミ活動を行ったことがあった(テレビ番組のレギュラー出演期間は、1987年〈昭和62年〉10月から1991年〈平成3年〉3月20日まで。
染野 和昭(そめの かずあき、1962年2月26日 - )は… 染野 和昭(そめの かずあき、1962年2月26日 - )は、日本のミュージシャン、ベーシスト。東京都墨田区出身。 ヘヴィメタルバンドGENOCIDE nipponを2008年9月に脱退。 現在は、PLATINUM SNAKEにベースで、カルメ焼き&乙にはキーボードで参加している。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、音楽関係者(バンド等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。
山田壮晃(やまだ たかあき、1961年1月12日- )は日本… 山田壮晃(やまだ たかあき、1961年1月12日- )は日本のサクソフォーン奏者、アレンジャー。
稲葉 明徳(いなば あきのり、1961年1月7日 - )は日… 稲葉 明徳(いなば あきのり、1961年1月7日 - )は日本の篳篥奏者、和楽器奏者、作曲家、音楽家。東京都大田区出身。 幼少より篠笛、和太鼓、篳篥、ドラム等を始め、1972年11歳より宮内庁の東儀兼彦(宮内庁式部職楽部主席楽長)に師事。1978年に日本雅楽会へ入会し1979年18歳で東京楽所に入る。以後多忠麿の下 国立劇場を中心に雅楽公演、武満徹の秋庭歌や敦煌文書(パリオ蒐集-パリ国立図者館蔵)の古譜による再興初演(1982)をはじめとする音楽公演、聲明公演、CD制作等に参加。1994年12月の多忠麿の没後、1996年に独立。以後日本音楽集団等に所属し篳篥だけでなく他国のリード楽器や世界の珍しい楽器、太平簫(テピョンソ)葫蘆絲(フルス)巴烏(バーウー)等も研究。
田口 智治(たぐち ともはる、1960年10月27日 - )… 田口 智治(たぐち ともはる、1960年10月27日 - )は、日本のキーボード奏者、ピアニスト、オルガニスト、作曲家、編曲家。1980年代に活躍したC-C-Bのメンバー。身長169.5cm。 C-C-B解散後、音楽活動を続ける傍ら、地元である東京都足立区を中心にボランティア活動に参加した。 田口が高校時代に在籍していたバンド。後にC-C-Bとして共に活動する渡辺英樹がベーシストとして在籍しており笠浩二もドラマーとして在籍していた。1996年に発売した渡辺、田口らのバンドTHE GATESの1stアルバム『もんだらけ』収録の【全裸を許さない頭の社会に対するカラダ達の反抗】はステーションの楽曲『もしもおまえが天使なら』が元になっている。
朝川 朋之(あさかわ ともゆき、1960年9月21日 - )… 朝川 朋之(あさかわ ともゆき、1960年9月21日 - )は、日本の作曲家、編曲家、ハープ奏者。東京都生まれ。フェイス・ミュージック(フェイス音楽出版)所属。日本作編曲家協会(JCAA)理事。JASRACメンバー。 ※オフィシャルサイトなどを参考。 4才よりエレクトーンと作曲、6才よりピアノを始める。以後15才までの間にヤマハの音楽使節として、アメリカ、メキシコ、西ドイツ、香港、シンガポール、インドネシアの各国へ派遣されている。 ハープを始めたのは26歳からとかなり遅く、大学もハープ科ではなくオルガン科だった。 作曲を矢代秋雄、佐藤眞、永冨正之、ピアノを高良芳枝、坂弘子、仙石浩之、エルンスト・ザイラー、パイプオルガンを秋元道雄、酒井多賀志、ハープを景山真菜に師事した。
土橋 安騎夫(どばし あきお、1960年9月19日 - )は… 土橋 安騎夫(どばし あきお、1960年9月19日 - )は、日本の音楽プロデューサー、作曲家、編曲家、キーボーディスト。ロックバンドであるレベッカのメンバー。 東京都三鷹市出身。血液型AB型。立教大学卒業。父親は脚本家の土橋成男。母親は障害児早期教育者の土橋とも子。
石黒 彰(いしぐろ あきら、1960年7月13日 - )は、… 石黒 彰(いしぐろ あきら、1960年7月13日 - )は、日本のキーボーディスト、マニピュレーター、作曲家、編曲家。東京都生まれ。東京都立府中東高等学校、国立音楽大学作曲科卒業。 音楽との出会いは、4歳から受けていたピアノのレッスンであった。中学校時代にポール・マッカートニーの 「Jet」 に衝撃を受けたことがプロを目指すきっかけ。中学校時代にはかぐや姫のコピーバンドを結成し、ボーカルとギターを担当していた。高校時代はハードロックやプログレッシブ・ロックを愛聴していた。その影響から、音楽学校出身であったキース・エマーソンに憧れ、国立音楽大学に進学した。大学卒業後にはジャズやフュージョンに興味を持ち、ジャズ理論などを学んだ。
溝口 肇(みぞぐち はじめ、1960年4月23日 - )は、… 溝口 肇(みぞぐち はじめ、1960年4月23日 - )は、日本のチェリスト、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。東京都出身。東京都立狛江高等学校を経て、東京芸術大学音楽学部器楽科チェロ専攻卒業。元妻は作曲家の菅野よう子。 作曲家として自らの作品を発表し、チェリストとしてソロライブを数多く行う一方、映画やテレビドラマ、アニメの劇伴を多数手がけている。特に著名なものとして『世界の車窓から』のテーマ曲が挙げられる。また、スタジオ・ミュージシャンとして、クラシック音楽、J-POP、ロックなど幅広いジャンルで伴奏を担当する。 所有している楽器は、1723年のアレキサンドロ ガリアノ(ナポリ)で「アンジェラ」と命名して愛用している。
ダン本多(ダンほんだ、1960年3月7日 - )は、日本のキ… ダン本多(ダンほんだ、1960年3月7日 - )は、日本のキーボーディスト、ミュージシャン、レコーディング・エンジニア。本名である本多たけし名義での活動も多い。母娘音楽ユニット「CO906.」の活動もしている女優の佐々木心音は本多の長女である。 1960年、北海道生まれ、東京都世田谷区出身。世田谷区立富士中学校、東京都立駒場高校を経て中央大学理工学部電気電子情報工学科(旧・電気工学科)に進学。その後、音楽学校メーザー・ハウスにて音楽を学ぶ。メジャーデビュー前の仕事ではザ・ぼんちのバックバンドとしてワンクールを経験[要出典]。 1978年から音楽家として活動を始める。ドリカム、池田政典、大江千里、とんねるずのサポート活動後、1980年代後半、爆風スランプのサポートメンバーとしてキーボードを担当した。
清水 信之(しみず のぶゆき、1959年12月14日 - )… 清水 信之(しみず のぶゆき、1959年12月14日 - )は、日本のキーボーディスト、作曲家、編曲家。ギタリストでもあり、ベースやドラムスなども演奏する。元妻は歌手の平松愛理。 幼少時よりピアノを習う。なお、小学生の時にピアノを習っていた同級生が後のギタリスト・鳥山雄司である。 東京都立松原高等学校に在学中、後輩のEPO、佐橋佳幸らとバンド活動を行う傍ら、松岡直也に師事。清水がラテン系のアレンジに強い理由は、この頃の経験によるものだといわれている。 17歳で「紀ノ国屋バンド」に加入、アルバム『SWEET SENSATION』でデビューするも解散。その後、当時の所属事務所「アワ・ハウス」(山下達郎、大貫妙子らが在籍)の新人、竹内まりやのサポートに駆り出される。
国府 弘子(こくぶ ひろこ、1959年8月26日 - )は、… 国府 弘子(こくぶ ひろこ、1959年8月26日 - )は、日本のジャズ・ピアニスト、作曲家、編曲家。 川崎市文化大使、埼玉入間市文化創造施設のアドバイザー、平成音楽大学、尚美学園大学客員教授、CNNj放送番組審議会委員。 ジャズをメインとしているが、ジャンルにとらわれず、クラシック音楽やラテン音楽、ブラジル音楽、ブルース等も積極的に取り入れている。 夫はキーボーディストの大坪稔明。 国立音楽大学ピアノ科在学中にジャズに目覚め卒業後単身渡米。ジャズ界の重鎮バリー・ハリスに師事。帰国後1987年にJVCと契約、デビュー・アルバム『More Than You Know』を発表、メジャー・デビュー、2017年現在23枚のアルバムを国内外で発表。
栗原 正己(くりはら まさき、1959年8月16日 - )は… 栗原 正己(くりはら まさき、1959年8月16日 - )は、日本の作曲家、編曲家、ベーシスト、リコーダー奏者。 東京都西多摩郡瑞穂町出身、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒。後述するように多岐に亘っての音楽活動で知られるが、近年は栗コーダーカルテットでのライブや作品発表を主としている。ゴーストのギタリストである栗原ミチオは弟[要出典]。 1980年代中期に編曲家兼CM作曲家としてキャリアをスタートさせ、ヤマハポピュラーソングコンテスト出場曲やさねよしいさ子のデビュー・アルバムなどに携わる。作曲家としても2008年までの間に500本以上のCM音楽を制作した。 1992年冬、フランス・ブリュッヘンや吉沢実に影響を受けリコーダーを手にする。
斎藤 ネコ(さいとう ネコ、1959年5月29日 - )は、… 斎藤 ネコ(さいとう ネコ、1959年5月29日 - )は、日本のヴァイオリニスト、作曲家、編曲家。 『斎藤ネコカルテット』リーダー。東京都渋谷区出身。本名:斎藤毅(さいとう たけし)。 数多くのCM音楽、歌手の作曲、編曲、アルバムプロデュースを手がけクラシックからハードロックまで幅広く網羅。「斎藤ネコカルテット」のリーダーとして、精力的にライブ活動もしている。日本作編曲家協会元理事、日本音楽著作権協会正会員。 数多くのオリジナル・アルバムにおいて、編曲、ヴァイオリニストとして参加。 毎年開催される弾き語りコンサート『猫森集会』(2001年までは『101人コンサートスペシャル』)のオールリクエストのプログラムでは、キーボードの石井AQを含めた3名だけで演奏を行っている。
茂木 大輔(もぎ だいすけ、1959年3月8日 - )は、日… 茂木 大輔(もぎ だいすけ、1959年3月8日 - )は、日本のオーボエ奏者。東京都出身。エッセイスト、指揮者、コンサートプロデューサー。 東京都生まれ。中央大学附属高等学校、国立音楽大学音楽学部器楽学科オーボエ専攻卒業。1981年にミュンヘン国立音楽大学大学院へ留学、ギュンター・パッシンに師事。修了後、同大学講師を務める。1987年、シュトゥットガルト・フィルハーモニー管弦楽団の第1オーボエ奏者として入団。バイエルン放送交響楽団、バンベルク交響楽団などでも客演首席奏者として活動した。 1990年、帰国。1991年4月より、NHK交響楽団首席オーボエ奏者。また、新星日本交響楽団でのオーボエ奏者を務める傍ら、ソリストとしても山下洋輔らと活動するなど、クラシックのジャンルにとらわれない幅広い活動を展開している。
久保田 巧(くぼた たくみ、1959年2月2日 - )は、東… 久保田 巧(くぼた たくみ、1959年2月2日 - )は、東京生まれのヴァイオリン奏者。
住吉 中(すみよし あたる、1958年12月28日 - )は… 住吉 中(すみよし あたる、1958年12月28日 - )は、日本のベーシスト、作曲家、編曲家、音楽プロデューサーである。東京都世田谷区出身。本名は、金田一 中(きんだいち あたる)。 4才からクラシックピアノを始め、13才の頃からロックに傾倒しギターを始めるが16歳のときにベースギターに転向してプロミュージシャンへの道を目指し始める。東京都立千歳丘高等学校に進学し、その後20才の時にシンガーソングライターである高橋研のツアーメンバーオーディションに合格し、プロデビューを果たした。 プロデビュー後は、安部恭弘、麗美などのツアーに参加していた。1997年から1999年までは久保こーじ率いるバンド「No! Galers」のベース担当として活動した。
沼田 園子(ぬまた そのこ、1958年10月19日 - )は… 沼田 園子(ぬまた そのこ、1958年10月19日 - )は、日本のヴァイオリニスト。 東京都出身。東京藝術大学音楽学部付属音楽高校を経て、1981年東京芸術大学音楽学部弦楽科を首席で卒業。そのまま大学院に進学し、修士課程修了、1984年に博士課程単位習得。これまでに、兎束龍夫、海野義雄、久保陽子らに師事。 1990年より水戸室内管弦楽団のメンバーとして活躍。これまでに、ソリストとして主要オーケストラと共演するほか、各地の音楽祭にそれぞれ演奏家、講師として招待される。ヨーロッパ各国で演奏し、2002年にはルーマニア国立ジョルジュ・エネスコフィルハーモニーのソリストとして招待され、2003年には文化庁国際交流支援事業としてポーランドの各都市にて演奏し好評を博しており、そのほか内外の一流演奏家と共演するなど室内楽においても活発な活動を行っている。
加賀 八郎(かが はちろう、1958年2月28日 - 201… 加賀 八郎(かが はちろう、1958年2月28日 - 2013年7月2日)は、日本のベーシスト・元アイドル。THE GOOD-BYEのベース・ボーカル。血液型はB型。 妻は漫画家の池沢理美。愛称は「ハチ」、「ぱっつぁん」、「スヌーキー」など。 1958年(昭和33年)2月28日、東京都に生まれる。実家は東京都目黒区祐天寺で墓石・石材販売店を営む。 1982年(昭和57年)4月に行われたTHE GOOD-BYEのメンバーを募集するオーディションで、バックバンドを務めた。しかし、オーディションでいいメンバーが見付からず、メインの野村義男と曾我泰久が、「こいつでいいや」と決めたメンバーである[要出典]。
紫園 香(しおん かおり、1958年 - )は、日本のフルー… 紫園 香(しおん かおり、1958年 - )は、日本のフルート奏者。世界24ヶ国から招聘を受けている。東京藝術大学首席卒業。同大学院修了。藝術学修士。天皇から招聘され皇居桃花楽堂にて御前演奏。第7回「万里の長城杯」国際コンクール入賞ほか、受賞多数。NHK洋楽オーディション入選。クラシック「音楽之友」誌で年間コンサートベスト1位、日本時事通信特選CDに推奨。NHK、スイス、アメリカ、韓国、ハワイ、ブラジルなど、世界中のTV、ラジオ、メディアでその多彩な演奏活動が取り上げられている。 (2025年1月現在)
堀米 ゆず子(ほりごめ ゆずこ、1957年12月4日 - )… 堀米 ゆず子(ほりごめ ゆずこ、1957年12月4日 - )は、日本のバイオリニスト。ブリュッセル王立音楽院客員教授。
櫻井 哲夫(桜井 哲夫、さくらい てつお、1957年11月… 櫻井 哲夫(桜井 哲夫、さくらい てつお、1957年11月13日 - )は、東京都出身の、日本のベーシスト。慶應義塾大学商学部卒業。血液型A型。フュージョンバンド、カシオペアにかつて在籍していたオリジナルメンバー。脱退後は、シャンバラやジンサクを経て、現在はソロ・アーティストとフュージョンバンドのかつしかトリオと並行して活動している。 千代田区立番町小学校、千代田区立麹町中学校卒業。4歳でクラシック・ピアノを始め、小学校~中学校には柔道部に所属。中学生の時にベースを始めて、バンド活動も開始。慶應義塾志木高等学校在籍時における校内でのバンド活動はハードロックを趣向としていた。また、学校以外の演奏活動の場として、後にプリズムを結成する和田アキラ、久米大作ら同年代の者たちもいた都内のロック演奏のコミュニティにも所属。
加藤 知子(かとう ともこ、1957年9月6日 - )は、日… 加藤 知子(かとう ともこ、1957年9月6日 - )は、日本のヴァイオリニストである。東京都生まれ。桐朋学園大学教授。
久米 大作(くめ だいさく、1957年7月23日 - )は、… 久米 大作(くめ だいさく、1957年7月23日 - )は、日本のキーボーディスト、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。愛称は大ちゃん。
福田 裕彦(ふくだ やすひこ、1957年5月3日 - )は、… 福田 裕彦(ふくだ やすひこ、1957年5月3日 - )は、日本の音楽プロデューサー及び作曲家・編曲家、キーボーディスト。東京都板橋区出身。早稲田大学第一文学部卒業。株式会社大頭(だいず)代表取締役。 東京都立竹早高等学校卒業後の1976年、早稲田大学第一文学部に進学。1978年には、YAMAHA東京支店主催のバンドコンテスト「EAST WEST '78」決勝大会に「夢職人」として出場、優秀賞を受賞する。 早稲田大学卒業後の1980年にベーシスト鳴瀬喜博(現・カシオペア)、ドラマー岡井大二(元・四人囃子)らと結成したバンド「QUYZ」のキーボーディストとしてプロデビュー。 翌1981年、ギタリスト山岸潤史のソロアルバム『ALL THE SAME』にセッション・ミュージシャンとしてレコード・デビュー[要出典]。
本多 俊之(ほんだ としゆき、1957年4月9日 - )は、… 本多 俊之(ほんだ としゆき、1957年4月9日 - )は、日本のジャズサクソフォーン奏者、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。東京芸術大学客員教授。東京都三鷹市出身。父はジャズ奏者・評論家の本多俊夫(モンティ本多)。 成蹊中学校・高等学校、成蹊大学経済学部卒業。父親の影響で中学生時代からサクソフォーンを吹き始め、高校生の時にはジャズクラブで奏者の一員として活動する。しかし、父は俊之が音楽の道へ進むことには反対していたといい、死去するまで認められることはなかった。 大学在学中に初のリーダー・アルバムをリリース。その後は国内外問わず数多のミュージシャンと共演し、日本を代表するサクソフォーン奏者に数えられる。
桑野 信義(くわの のぶよし、1957年4月4日 - )は、… 桑野 信義(くわの のぶよし、1957年4月4日 - )は、日本のトランペット奏者、歌手、俳優、タレント。ラッツ&スターのメンバー。愛称は桑マン(クワマン)。 東京都大田区出身。ジャパン・ミュージックエンターテインメント(エキサイティング・トリガー)所属。長男はミュージシャンのMASA(桑野将直)、次男は俳優の桑野将春。 東京都大田区出身。父はプロトランペッターの先名信勝(本名・桑野信勝、1931年 - 2024年)。祖父は軍隊でラッパ手をしていた人物で、桑野曰く「ある意味、親子3代ラッパを生業とした家」。 父は1963年に放送のテレビアニメ『エイトマン』主題歌の演奏にトランペットで参加しており、信義自身も30年後にリメイクされたOVA『エイトマンAFTER』で主題歌のトランペット演奏および歌唱を担当している。
岡沢 茂(おかざわ しげる、1957年2月18日 - )は日… 岡沢 茂(おかざわ しげる、1957年2月18日 - )は日本のベース奏者。東京都中央区銀座出身。同じくベース奏者の岡沢章は実兄。 父がジャズ・ギタリストおよび三味線弾き、母が長唄という音楽一家の三男として育つ。15歳の頃、既にプロとして活躍していた兄である岡沢章の薦めでベースを弾き始め、その後フォークデュオの″風″(伊勢正三・大久保一久)のサポートミュージシャンとして活動を始める。 1976年に行われた風のツアーに、佐藤準、吉原マキ(現・矢島マキ)等と参加し、翌年渡辺香津美の誘いでハーヴィー・メイソンのドラム・クリニックと呼ばれるイベントに出演する。同時期に渡辺香津美グループにも加入し、レコーディングやツアーサポートなど数多のセッションに参加する。
向谷 実(むかいや みのる、1956年10月20日 - )は… 向谷 実(むかいや みのる、1956年10月20日 - )は、日本のキーボーディスト、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、実業家、タレント。東京都世田谷区出身。 フュージョンバンド・カシオペアの元キーボード奏者(1977年-2012年)、およびかつしかトリオのキーボード奏者(2021年-)。鉄道関連事業を行っている株式会社音楽館代表取締役社長。 1977年、ネム音楽院(現:ヤマハ音楽院)エレクトーン科在籍中であった20歳の時に、当時まだアマチュアバンドであったカシオペアにキーボーディストとして加入。1979年にカシオペアはメジャーデビューし、2006年の活動休止までリーダーの野呂一生と共に29年間歩み、カシオペアのサウンドを支えてきたが、6年後の2012年に活動再開する際に脱退した。
宮城 伸一郎(1955年12月17日 - )は、東京都出身の… 宮城 伸一郎(1955年12月17日 - )は、東京都出身のベーシスト。チューリップのメンバー。 1975年、チューリップの弟バンドとして、チューリップリーダー財津和夫がプロデュースしたフォーク・グループがむがむに、ベーシストとしてオーディション合格。3枚目のシングル、『青い空はいらない』でデビュー。がむがむ解散後、ARBに加入するも1979年、メンバーチェンジ直前のチューリップツアーに参加。その後、チューリップに正式加入し1989年の一時解散に加えて1997年の再結成後から現在に至り一貫してチューリップのベーシスト。 2006年2月、秋田県立能代高等学校の先輩の松尾一彦と、ジョイント・コンサートを開催。
二代目 中村 梅雀(なかむら ばいじゃく、1955年〈昭和3… 二代目 中村 梅雀(なかむら ばいじゃく、1955年〈昭和30年〉12月12日 - )は、日本の俳優、ベーシスト、作曲家。本名、三井 進一(みつい しんいち)。血液型はAB型。所属事務所は土屋企画。 歌舞伎役者としての続柄は以下の通り。 1955年12月12日、四代目中村梅之助の長男として東京都武蔵野市に生まれる。 5歳で芝居の稽古、日本舞踊、義太夫、長唄、三味線、茶道、書道などの習い事をはじめた。 1965年に「中村まなぶ」として初舞台を踏み、劇団前進座で歌舞伎・演劇を学んでいる。 東京都立荻窪高等学校、桐朋学園短期大学演劇専攻を卒業後、祖父の三代目翫右衛門の「基礎を固めろ」との指示に従い、吾妻徳穂 (初代)の内弟子となって日本舞踊を学んだ。
奧 慶一(おく けいいち、1955年10月14日 - )は、… 奧 慶一(おく けいいち、1955年10月14日 - )は、日本のキーボーディスト、作曲家、編曲家。滋賀県出身。「or-lab.」主宰。 東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京藝術大学音楽学部作曲科卒業、東京藝術大学大学院修士課程中退。 大学院在学中に郷ひろみのバックバンドに参加、1979年8月25日にロックバンド「スペクトラム」の一員としてデビュー。1981年3月21日、アルバム『Misty Morning』でソロデビュー。 スペクトラムの解散後、スタジオ・ミュージシャンとして多数のレコーディング・セッションに参加、また他アーティストの楽曲の作曲や編曲を行い、映像作品の音楽を手掛ける。 2005年4月より洗足学園音楽大学音楽・音響デザインコースの客員教授を務める。
ポーキー(POKI、1955年〈昭和30年〉7月20日 - … ポーキー(POKI、1955年〈昭和30年〉7月20日 - 2020年〈令和2年〉3月)は、東京都立川市出身のDJ、パーカッショニスト。DJの際はDJ POKIと名乗る。仙台と東京において、坊主頭がトレードマークのデコDJとして人気を博し、FMやテレビの音楽番組でDJ・MCとして数多く出演している。本名:砂川純。 ポーキーの名はポークハムに由来し、元々これは高校生時代にジャズバンドの先輩が付けた愛称である。1982年頃から髪の毛が薄くなって来たので、いっそのこと全部剃ってしまおうということで坊主頭が自身の特徴となった。 世之介とのコンビ「サイツ・オフィス」名義で発行した音楽雑誌「ペーパーサイツ」や、同じく「サイツ」名義の深夜のテレビ番組『閑居倶楽部』、カフェバー「ラジャコート」のチーフDJなどで仙台での人気を不動のものとし、当時、仙台近郊のスポーツランドSUGOで毎年開催されていた野外ロックイベント「ロックンロールオリンピック」のMCやFM仙台のDJとしても活躍した。
鈴木 博文(すずき ひろぶみ、1954年5月19日 - )は… 鈴木 博文(すずき ひろぶみ、1954年5月19日 - )は、音楽家、作詞家、作曲家、ムーンライダーズのベーシスト。メトロトロン・レコード(Metrotron Records)主宰。東京都武蔵野市出身。東京都立日比谷高等学校卒業。
伊藤 広規(いとう こうき、1954年2月19日 - )は、… 伊藤 広規(いとう こうき、1954年2月19日 - )は、東京都足立区出身のベーシスト、音楽プロデューサー。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
大澤 健一 (おおさわ けんいち、1954年1月1日 - )… 大澤 健一 (おおさわ けんいち、1954年1月1日 - )は、日本の指揮者・テューバ奏者・編曲家。吹奏楽分野で活動。 東京都新宿区出身。玉川学園を経て国立音楽大学卒業。 国立音楽大学でテューバ・編曲・器楽指導法を学ぶ。国立音楽大学3年生より東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団テューバ奏者となり武岡賞受賞して卒業。各プロオーケストラで演奏活動、東京佼成ウインドオーケストラにて、桂冠指揮者、フレデリック・フェネルと共演した事が機になり、指揮者として活動。 指揮法を高階正光、クルト・レーデル、フレデリック・フェネル、湯浅雄二に師事。 2005年より国立音楽大学のウインドアンサンブル研究会の常任指揮者として、定期演奏会を指揮。
大浜 和史(おおはま かずふみ、1952年9月6日 - )は… 大浜 和史(おおはま かずふみ、1952年9月6日 - )は日本の作曲家、編曲家、ベーシスト、ピアニスト、シンセシスト。 元日本シンセサイザー・プログラマー協会(JSPA)代表理事。NPOサウンドクリエイター理事長。 国立音楽高校作曲科、国立音楽大学器楽科(コントラバス専攻)を卒業。高校3年生時にプロ活動を開始。以後、バンド活動の他、作曲や編曲提供、レコーディング・ステージミュージシャン、電子楽器開発、MIDI検定企画設立に携わる。CMソング制作、携帯着信音開発、音楽講師等、幅広く活動。ハーレーダビッドソン新宿支部長。 現在はバンドマンがメインの活動。PENGUIN(b)、LONG VACATION(大瀧詠一トリビュートバンド)(pf)、September 6(b)、佐藤龍一&The Dragon(b、pf)、THE DIGGERS(key)、つのだ☆ひろ&スペースバンド(key)のメンバー。
神崎 愛(かんざき あい、1952年5月30日 - )は、日… 神崎 愛(かんざき あい、1952年5月30日 - )は、日本の女優、フルート奏者、ソプラノ歌手である。本名:宮本 敦子(旧姓:神崎)。東京都大田区出身。身長162cm、体重48kg、血液型はA型。
後藤 次利(ごとう つぐとし、1952年2月5日 - )は、… 後藤 次利(ごとう つぐとし、1952年2月5日 - )は、日本のベーシスト、作曲家、編曲家、音楽プロデューサーである。
小林 和生(こばやし かずお、1951年12月5日 - )は… 小林 和生(こばやし かずお、1951年12月5日 - )は、日本のフォーク、ロックミュージシャン、ベーシスト。林小 和生(りんこ わせい、リンコワッショー)こばやし やわおとも。RCサクセション時代の愛称は「リンコ」「リンコさん」。 東京都国分寺市出身。忌野清志郎とは小学生の時からの同級生。忌野とともにRCサクセションの最古参メンバー。1966年に忌野、破廉ケンチと共にバンド「ザ・クローバー」を結成。ザ・クローバーは1968年にRCサクセションとなる。 RCサクセションの不遇時代には東京芸術大学のベース科に入学して腕と理論を強化した。実弟の小林キンスケ(一樹)もPAエンジニアとしてRCサクセションと関わっている。
小原 礼(おはら れい、1951年11月17日 - )は、ベ… 小原 礼(おはら れい、1951年11月17日 - )は、ベーシスト、作曲家、音楽プロデューサーである。
岡沢 章(おかざわ あきら、1951年3月23日 - )は、… 岡沢 章(おかざわ あきら、1951年3月23日 - )は、日本のジャズベース奏者。同じベース奏者の岡沢茂は実弟。 1968年、グループサウンズ「M」にてデビュー。1970年には「稲垣次郎とソウル・メディア」に加入。その後、本格的にスタジオ・ミュージシャンの活動を開始。現在、レコーディング・セッションやアーティストのサポートメンバーとして活動する。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、音楽関係者(バンド等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。
船山 基紀(ふなやま もとき、1951年1月13日 - )は… 船山 基紀(ふなやま もとき、1951年1月13日 - )は、東京都出身の作曲家、編曲家、キーボーディスト、音楽プロデューサー。
山本 正治(やまもと まさはる、1950年8月12日 - )… 山本 正治(やまもと まさはる、1950年8月12日 - )は、日本のクラリネット奏者。東京都生まれ。 父は東京芸術大学名誉教授の山本正人、母も音楽家で兄はNHK交響楽団のホルン奏者・山本真という音楽一家に生まれ、幼少より英才教育を施された。 東京芸術大学附属音楽高校、東京芸術大学を卒業。クラリネットを三島勝輔に師事。 1972年、第41回日本音楽コンクール・クラリネット部門第1位受賞。1973年、北西ドイツ音楽アカデミー・デトモルト(現デトモルト音楽大学)に留学。J.ミヒャエルスに師事。1976年、フランス・コルマール国際室内楽コンクール 木管トリオ部門第2位受賞。1979年、北西ドイツ音楽アカデミー・デトモルト、ソリスト試験を終了した。
宮本 文昭(みやもと ふみあき、 1949年11月3日 - … 宮本 文昭(みやもと ふみあき、 1949年11月3日 - )は、日本の元指揮者、元オーボエ奏者。東京音楽大学教授、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団音楽監督。ジャパン・アーツ所属。
新井 淑子(あらい よしこ、1949年 - )は、フィンラン… 新井 淑子(あらい よしこ、1949年 - )は、フィンランド在住、福岡県・現北九州市出身のヴァイオリニスト。夫はフィンランド人のチェロ奏者セッポ・キマネン。 1949年、福岡県戸畑市(現北九州市戸畑区)に生まれる。1968年東京芸術大学付属高校卒業後、同年秋フランス政府給費留学生としてパリ音楽院へ留学。翌1969年プルミエ・プリ獲得にてパリ音楽院卒業。夫のフィンランド人チェリスト、セッポ・キマネンと共に1970年クフモ室内楽音楽祭を創設。1980年、ジャン・シベリウスの親族より許可を得てジャン・シベリウス弦楽四重奏団を結成する。1984年から1992年までシベリウス音楽院で教鞭をとる。1988年、世界初めてシベリウスのヴァイオリンとピアノのための小品全曲を収録したCDをオンディーヌよりリリース。
崎元 讓(さきもと じょう、1947年9月11日 - )は、… 崎元 讓(さきもと じょう、1947年9月11日 - )は、日本のクラシック系ハーモニカ奏者。 世界ハーモニカ・コンクール第2位入賞者。CD「ポエム・ハーモニカ」により、2002年度文化庁芸術祭レコード部門で優秀賞受賞。日本音楽家ユニオン代表運営委員、日本芸能実演家団体協議会常任理事を歴任。現在CPRA(実演家著作隣接権センター)運営委員長。新垣勉らのCDのレコーディングに参加。テレビ、ラジオ、映画、CM音楽などの分野でも活躍。 現在CPRA(実演家著作隣接権センター)運営委員長。