イェーモンミャ(Yee Mon Myat, 2006年12月… イェーモンミャ(Yee Mon Myat, 2006年12月27日 - )は、東京都出身の女子バレーボール選手。 東京都江東区出身。両親はミャンマー人。小学校2年生でバレーボールを始める。 世田谷区立北沢中学校では3年生時の2021年に柳千嘉とともに全日本中学校選手権準優勝を経験した。 2022年に下北沢成徳高等学校に進学。1年生から主力として試合に出場。全日本高等学校選手権(春高バレー)には第76回・第77回の2大会にエースアタッカーとして出場し、いずれも準優勝となった。 2025年1月、柳千嘉・川岸夕紗とともにSVリーグのデンソーエアリービーズへの入団内定が発表された。SVリーグでは外国籍選手として登録。
河俣 心海(かわまた ここみ、2006年9月19日 - )は… 河俣 心海(かわまた ここみ、2006年9月19日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 東京都出身。小学5年生でバレーボールを始める。 2022年4月に下北沢成徳高等学校に進学。同年6月、第14回アジアU18選手権代表に選出され、優勝を経験した。 2024年の第76回全日本高等学校選手権大会(春高バレー)では決勝に進出するも、就実高等学校に敗れ準優勝となった。同年は全国高校選抜に選出され、海外遠征に参加。 2025年の第77回全日本高等学校選手権には、東京都大会で秋本美空擁する共栄学園高等学校を破り第一代表として出場。2024年インターハイ優勝の金蘭会高等学校に準決勝で勝利し決勝に進出するも、共栄学園に敗れ2年連続の準優勝となった。
秋本 美空(あきもと みく、2006年8月18日 - )は、… 秋本 美空(あきもと みく、2006年8月18日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 神奈川県出身。元日本代表の大友愛の長女として生まれる。小学校2年生のとき、つくばユナイテッドアカデミーでバレーボールを始める。 2019年、共栄学園中学校に進学。中学校時代は主にオポジットを担い、ミドルブロッカーやセッターを経験した。 2021年、全国都道府県対抗中学大会に出場し、オリンピック有望選手賞を受賞した。 2022年3月、共栄学園高等学校入学前ながら同校の選手として全国私立高等学校男女選手権大会(さくらバレー)に出場し、高校バレーデビューを果たす。同年4月、共栄学園高等学校に進学。同年6月、第14回U18アジア選手権代表に選出され、負傷の影響で出場機会は限られたが優勝を経験した。
川野 琢磨(かわの たくま、2006年7月25日 - )は、… 川野 琢磨(かわの たくま、2006年7月25日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 東京都足立区出身。小学校入学前にバレーボールを始める。小学校時代は東金町ビーバーズに所属。 2021年には渕江中学校で全日本中学校選手権大会優勝、東京都代表でJOCカップ(全国都道府県対抗中学大会)優勝に貢献。JOCカップではJOC・JVAカップ(最優秀選手)とオリンピック有望選手に選出される。 駿台学園高等学校時代は全日本高等学校選手権大会(春高バレー)に3度出場。第75回・第76回では主にオポジットの途中出場で連覇を経験。3年生を前にアウトサイドヒッターに転向し、エースとしてインターハイ・国スポ・春高(第77回全日本高等学校選手権)の全国3冠を達成した。
野田 祐希(のだ ゆうき、2004年11月5日 - )は、日… 野田 祐希(のだ ゆうき、2004年11月5日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 東京都目黒区出身。友人に誘われて小学4年生からバレーボールを始めた。 八王子実践高等学校に進学し、3年時の2022年、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)で3位に入った。また、U-21女子日本代表候補にも選出された。2022-23シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するデンソーエアリービーズの内定選手となった。 2023年、高校卒業後に、デンソーエアリービーズに入団した。入団1シーズン目となる2023-24シーズンにV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。
成瀬 ももか(なるせ ももか、2004年5月10日 - )は… 成瀬 ももか(なるせ ももか、2004年5月10日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 東京都東村山市出身。 2020年、八王子実践高等学校に進学。2022年、第21回アジアジュニアバレーボール選手権の候補選手に選ばれる。同年、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)で3位。2022/23シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するJTマーヴェラスの内定選手となった。内定選手としてV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2023年4月1日、JTマーヴェラスに入団した。
堤 亜里菜(つつみ ありな、2003年9月9日 - )は、日… 堤 亜里菜(つつみ ありな、2003年9月9日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 2019年、共栄学園高等学校に進学。全日本高等学校選手権大会(春高バレー)ではエースとして活躍し、ベスト8にまで進んだ3年時の2022年、準々決勝の古川学園を相手に1-2で敗れはしたが、自身にボールを集め、気迫のアタックを多く決めて存在感を出した。同年、明海大学に進学することとなり、その際、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するヴィクトリーナ姫路の『Victorina Early Challenge』制度(有望学生奨励制度)適用により、同チームに入団となった。それにより、明海大学での勉学や部活動を優先しながら姫路のトレーニングや公式戦にも参加することとなった。
加地 春花(かじ はるか、2003年3月24日 - )は、日… 加地 春花(かじ はるか、2003年3月24日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 東京都大田区出身。小学3年生のとき、ロンドンオリンピックを観たこときっかけにバレーボールを始めた。 2017年12月25〜28日に渡りエディオンアリーナ大阪で開催された第31回JOCジュニアオリンピックカップの東京選抜メンバー12名に選出。ベストセッター賞を受賞するなど活躍を見せたものの、結果は3回戦敗退に終わった。 2019年4月、イタリアのポルチャで開催されたコルナッキアワールドカップ2019(U-18)の代表メンバー12名に選出。全7試合中3試合にスターティングメンバーとして出場。ベストセッター賞を受賞する活躍を見せ、日本の優勝に貢献した。
宮地 佳乃(みやぢ かの、2001年7月28日 - )は、日… 宮地 佳乃(みやぢ かの、2001年7月28日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 東京都府中市出身。2人姉妹の次女。小学2年生のとき、ママさんバレーをやっていた母の影響を受けバレーボールを始めた。 2020年2月、ヴィクトリーナ姫路の内定選手となった。2020-21シーズンでVリーグデビューを果たした。 2022-23シーズン、ヴィクトリーナ姫路はV2に降格。同シーズンをもってヴィクトリーナ姫路を退団した、V1女子のPFUブルーキャッツに移籍した。 2024年、PFUを退団。カノアラウレアーズ福岡に移籍した。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り(VCup含む)。
付 欣田(フ シンテン、2001年5月3日 - )は、中国の… 付 欣田(フ シンテン、2001年5月3日 - )は、中国の女子バレーボール選手である。 遼寧省大連市出身。監督に誘われて10歳の頃からバレーボールを始める。 2020年、共栄学園高等学校卒業後、鈴鹿大学に入学するも中退して、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する岡山シーガルズに入団した。入団1シーズン目となる2020/21シーズンにV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2023年、2022-23シーズン終了をもって岡山シーガルズを退団し、V2女子に所属するGSS東京サンビームズに移籍した。 2024年7月、V・サマーリーグを最後に東京サンビームズを退団した。
仁井田 桃子(にいだ ももこ、2000年8月1日 - )は、… 仁井田 桃子(にいだ ももこ、2000年8月1日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 東京都武蔵村山市出身。母は元日立ベルフィーユの金子亜矢である。姉や「アタックNo.1」から影響を受け、小学1年生からバレーボールを始める。 2016年、下北沢成徳高等学校に進学。1年生のときにチームは全日本高等学校選手権大会(春高バレー)で優勝。2年生、3年生のときもベスト4に入った。2018/19シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する埼玉上尾メディックスの内定選手となった。 2019年、高校卒業後に、埼玉上尾メディックスに入団した。入団1シーズン目となる2019/20シーズンにV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。
依田 茉衣子(よだ まいこ、2000年6月3日 - )は、日… 依田 茉衣子(よだ まいこ、2000年6月3日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 下北沢成徳高等学校、青山学院大学を経て、2022/23シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するKUROBEアクアフェアリーズの内定選手となった。内定選手としてV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2023年、大学卒業後に、KUROBEアクアフェアリーズに入団した。
岩澤 実育(いわさわ みいく、1999年10月13日 - )… 岩澤 実育(いわさわ みいく、1999年10月13日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 東京都町田市出身。小学2年生のとき、幼馴染みに誘われたことをきっかけにバレーボールを始めた。 2015年、下北沢成徳高等学校に進学。2016年、2017年の春高バレーで優勝を経験。2017年には、U20日本代表に選出され、7月に開催された世界ジュニア女子選手権に出場し、銅メダル獲得に貢献した。 2018年、V.LEAGUE DIVISION1の埼玉上尾メディックスに入団。チームは山岸あかねがリベロのレギュラーを務めているためなかなかレギュラーにはなれず、レシーバーとしての途中出場がメインであった。 2022-23シーズン、V1開幕戦のNECレッドロケッツ戦で自身初となるスタメン出場を果たす。
藤井 莉子(ふじい りこ、1999年2月25日 - )は、日… 藤井 莉子(ふじい りこ、1999年2月25日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 東京都江東区出身。姉の影響で小学3年生からバレーボールを始める。 実践学園高等学校、松蔭大学を経て、2020/21シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するNECレッドロケッツの内定選手となった。内定選手としてV1の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2021年、大学卒業後に、NECレッドロケッツに入団した。 2024年12月、シーズン途中ながら天津渤海銀行への2025年3月までの期限付き移籍が発表された。中国リーグのシーズン終了後復帰。 2025年4月、2024-25シーズン限りでの退団が発表された。
上林 直澄(かんばやし なおずみ、1998年10月14日 -… 上林 直澄(かんばやし なおずみ、1998年10月14日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 鶴岡市立鶴岡第一中学校から東亜学園高等学校に入学。第69回春高バレーでは準優勝を経験している。 明治大学卒業後、バレーボールの第一線から離れ、山形県に帰郷しWellOne株式会社に入社。 社会人2年目にクラブチームで競技を再開。2023年に出場した第75回国体では山形県選抜のキャプテンを務め、入賞を果たしたチームを牽引した。 国体出場時に対戦した筑波大学監督の秋山央からの打診を受け、2023年12月に行われた男子日本代表若手有望選手合宿に参加。男子日本代表監督のフィリップ・ブランから指導を受けた。
堀江 美志(ほりえ みゆき、1998年10月12日 - )は… 堀江 美志(ほりえ みゆき、1998年10月12日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 東京都江東区出身。内気な少女であったためその性格を直そうとして、小学2年次からバレーボールを始めた。世田谷区立北沢中学校を経てバレーボール強豪校である下北沢成徳高等学校に進学した。 2015年8月にペルーのリマで開催された女子ユース世界選手権のメンバーに選出された。2016年にはジュニア代表に選出され、7月にタイのナコンラチャシマで開催されたアジアジュニア選手権で準優勝に貢献。翌2017年7月にメキシコで開催された第19回世界ジュニア選手権でもメンバー入りし、銅メダル獲得に貢献した。 国内では2016年8月に開催されたインターハイで、下北沢成徳高校の14年ぶり2度目の優勝に大きく貢献し、自らもベスト6に耀いた。
荒谷 栞(あらたに しおり、1998年9月22日 - )は、… 荒谷 栞(あらたに しおり、1998年9月22日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 東京都品川区出身。4人兄弟の長女(兄、妹、弟がいる)。小学3年生のとき、祖母の勧めでバレーボールを始めた。 共栄学園中学校を経て、共栄学園高等学校に進学した。 2014年10月11〜19日にタイのナコンラチャシマで開催された第10回アジアユース選手権大会の代表メンバーに選出。全7試合にスターティングメンバーとして出場し、日本チームの優勝に大きく貢献した。 2015年8月7〜16日に渡ってペルーのリマで開催された第14回世界ユース女子選手権大会の代表メンバーに選出。全8試合にスターティングメンバーとして出場。
渡邉 かや(わたなべ かや、1998年6月9日 - )は、日… 渡邉 かや(わたなべ かや、1998年6月9日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 東京都世田谷区出身。3人兄弟。保育園の時にTVで初めてバレーボールを見て憧れ、小学3年生のときにバレーボールを始めた。 2014年、下北沢成徳高等学校に進学。自身が2年、3年のときに全日本高等学校選手権大会(春高バレー)を連覇したが、自身はレギュラーを獲得できず、3年のときも1年の石川真佑がレギュラーに選ばれたためレギュラーになれなかった。 2017年、日本大学に進学。1年のときチームは関東大学リーグ2部在籍だったが、同年秋季リーグ後に1部昇格を果たす。以前から自信を持っていたレシーブに加え攻撃にも磨きをかけ、2年時の2018年春季1部リーグでチームの4位への躍進に貢献し、ベストスコアラー賞とレシーブ賞を受賞した。
池谷 優佳(いけや ゆうか、1997年12月27日 - )は… 池谷 優佳(いけや ゆうか、1997年12月27日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 東京都江戸川区出身。2人姉妹の次女。幼稚園のとき、姉がバレーボールを始めた影響を受け自身もバレーボールを始めた。 2019年7月、イタリアのナポリで行われる第30回ユニバーシアードの代表選手に選出。全6試合にスターティングリベロとして出場し、粘り強い守備でチームを支え銅メダルを獲得。ユニバーシアード女子日本代表チームの3大会連続メダル獲得に貢献した。 2020年1月9日、久光スプリングスへの入団内定が発表。同期入団は白澤明香里、荒木彩花。 2023年4月、久光からの退団が発表された。現役引退を表明していたが、同年7月にPFUブルーキャッツに入団した。
武藤 鉄也(むとう てつや、1997年11月5日 - )は、… 武藤 鉄也(むとう てつや、1997年11月5日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 東京都武蔵村山市出身。小学1年生のときに友達の影響でバレーボールを始める。 東亜学園高等学校を経て早稲田大学に進学。大学時代は全日本インカレで2年時から3年連続で優勝。2019-20シーズン、V.LEAGUE DIVISION1(V1)に所属するFC東京の内定選手となった。 2020年、大学卒業後に、FC東京に入団。同時に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に進学(2022年修了)。入団1シーズン目となる2020-21シーズン、V1リーグ戦デビューを果たした。しかし、同シーズンの練習中に左手を負傷してしまい、「左小指MP関節橈側側副靭帯損傷」(全治3ヶ月)の診断をされ、2021年2月5日に手術をした。
森田 茉莉(もりた まり、1997年9月18日 - )は、日… 森田 茉莉(もりた まり、1997年9月18日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 東京都羽村市出身。母の知り合いがコーチであることがきっかけで小学1年生からバレーボールを始める。 八王子実践高等学校、日本女子体育大学を経て、2019/20シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するPFUブルーキャッツの内定選手となった。 2020年7月31日、背番号が20から3へ変更された。 2023年、2022-23シーズンをもってPFUブルーキャッツを退団した。 2023年6月22日、ヴィクトリーナ姫路入団が発表された。その後のV・サマーリーグは背番号6でプレーしたが、2023-24シーズンに向けての背番号は14となった。
笠利 真吾(かさり しんご、1997年1月29日 - )は、… 笠利 真吾(かさり しんご、1997年1月29日 - )は、日本の男子プロバレーボール選手である。 東京都杉並区出身。小学2年生のときに両親の影響でバレーボールを始める。 東洋高等学校、国士舘大学を経て、2018年、V.LEAGUE DIVISION1(V1)に所属するVC長野トライデンツの内定選手となった。内定選手として、2018-19シーズンのリーグ戦にも出場した。 2019年、大学卒業後に、VC長野に入団。 2022年1月、2021-22シーズンの途中でVC長野を退団。自身も含め同時に選手3名が退団した。 2021-22シーズン終了後、FC東京のチーム譲渡により誕生したプロクラブ・東京グレートベアーズに入団した。
鵜野 幸也(うの ゆきや、1996年6月28日 - )は、日… 鵜野 幸也(うの ゆきや、1996年6月28日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 東京都小平市出身。母親の影響で小学1年生の頃からバレーボールを始める。 早稲田実業高等学校、早稲田大学を経て、2018-19シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属する堺ブレイザーズ(現・日本製鉄堺ブレイザーズ)の内定選手となった。 2019年、大学卒業後に、堺ブレイザーズに入団した。入団1シーズン目となる2019-20シーズン、V1の試合に出場しVリーグデビューを果たした。 2025年3月、2024-25シーズン限りでの現役引退が発表された。5月29日に引退選手として公示。
柳田 光綺(やなぎた みずき、1996年3月26日 - )は… 柳田 光綺(やなぎた みずき、1996年3月26日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 東京都葛飾区出身。実姉の影響で小学3年次からバレーボールを始めた。文京学院大女中を経て文京学院大女高に進学。 文京学院大女高では1年時からポイントゲッターとして活躍。 2013年1月の 第65回全日本高等学校選手権大会では、2年生ながらエースアタッカーとして活躍し、ベスト8進出。 2013年8月の世界ユース選手権の初戦・中国戦で36得点をマークし、勝利の原動力となった。同年10月に開催された国民体育大会では東京都代表として出場し、東京都に11年ぶりとなる優勝をもたらした。 2014年2月、NECレッドロケッツへの入団が内定。
林 有紀奈(はやし ゆきな、1996年3月23日 - )は、… 林 有紀奈(はやし ゆきな、1996年3月23日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 父は、1981年に藤嶺藤沢高校で春の高校バレー3位に入った時の選手の一人。その父の勧めで小学校2年生の時からバレーを始める。 2011年下北沢成徳高校へ入学。一つ上の先輩小笹奈津子や同期の辺野喜未来、大室璃紗(3名とものちに上尾メディックスでプレー)などと共に2年次で春の高校バレー優勝を飾る。 3年時では世界ユース選手権の日本代表に辺野喜未来と共に選出され5位、また東京国体では地元開催ということで下北沢成徳のほか文京学院大女子高校、共栄学園高校、八王子実践高校の4校から3名ずつ選出の中、背番号1をつけ優勝に大きく貢献。
吉岡 可奈 (よしおか かな、1995年10月14日 - )… 吉岡 可奈 (よしおか かな、1995年10月14日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 東京都あきる野市出身。中学生のとき、バレーボール部の顧問の先生に誘われてバレーボールを始める。 2015年9月11日、青山学院大学在学中、秋季リーグ東海大学戦の最中に腹痛を訴え病院へ搬送され緊急入院。その後、3年生時は選手登録しつつ治療に専念し、それから約1年7ヶ月後(2017年4月22日)の小田原アリーナにて行われた春季リーグ松蔭大学戦第2セットにコートへ舞い戻り、チームメートと応援席から祝福を受けた。その年、青山学院大学女子バレーボール部は9年ぶりとなる全日本インカレ優勝を果たした。 2017/18シーズン、ヴィクトリーナ姫路の内定選手となった。
戸嵜 嵩大(とざき たかひろ、1995年6月14日 - )は… 戸嵜 嵩大(とざき たかひろ、1995年6月14日 - )は、日本の男子プロバレーボール選手である。 東京都西東京市出身。中学1年生の頃、両親がプレーしていた影響でバレーボールを始める。 中学2年のとき、東京都選抜の候補に挙がるほど評価されていたが、『大腿骨頭すべり症』というまともな歩行ができないほどの症状に陥り、2年に渡る闘病生活(入院・リハビリ等)を余儀なくされる。なかなか思うように歩行できるようにならず、中学でバレーボールを辞めようと考えていたが、春高バレー観戦で柳田将洋のプレーに魅了され、自分も柳田のようになりたいと思い、高校でもバレーボールを続けることを決断。 両親の勧めで駒澤大学高等学校に学校見学に行き、そこでバレーボール部監督の戸田光信に誘われていたこともあり、その高校に進学。
上野 香織(うえの かおり、1995年1月6日 - )は、日… 上野 香織(うえの かおり、1995年1月6日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 東京都世田谷区出身。母と姉の影響で小学3年次からバレーボールを始めた。 高校は都内のバレーボール強豪校である文京学院大学女子高等学校に進学し、第65回全日本バレーボール高等学校選手権大会ではベスト8に食い込んだ。一方、2012年には全日本ジュニア代表メンバーとなり、10月にタイで開催された第16回アジアジュニアバレーボール選手権に出場して、銅メダル獲得に貢献した。 2013年2月、VプレミアリーグのNECレッドロケッツは上野ら3選手の入団内定を発表した。翌2014年1月26日、パイオニアレッドウィングス戦に途中出場してVプレミアリーグデビューを果たした。
関田 誠大(せきた まさひろ、1993年11月20日 - )… 関田 誠大(せきた まさひろ、1993年11月20日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 東京都江東区出身。実姉の影響で小学1年次より東金町ビーバーズでバレーボールを始めた。東洋高等学校バレー部では、1年生からレギュラーセッター。1学年上の柳田将洋らと共に出場した2010年3月の春高バレーでは、同校を初優勝に導いた。 中央大学法学部に進学。バレー部(2学年下に石川祐希も在籍)で4年次には主将を務め、「ミキプルーンスーパーカレッジバレー2015全日本大学選手権」では最優秀選手賞を受賞。ユニバーシアード(2015年 第28回 光州大会)にも出場した。 2015年12月1日、パナソニックパンサーズに内定(同期は今村貴彦と山内晶大)。
鈴木 千代(すずき ちよ、1993年11月18日 - )は、… 鈴木 千代(すずき ちよ、1993年11月18日 - )は、日本の女子ビーチバレー選手、バレーボール選手。現姓・畑辺(はたべ)。 東京都江戸川区出身。2008年、共栄学園中学在校中からビーチバレージュニア代表候補生となり、高橋有紀子監督が継続して強化を図ってきた選手の一人である。 2011年の世界選手権U-21大会では、日本人ペアとして史上初の勝利をあげ9位。2013年5月のアジアビーチツアーU-21大会では、日本人ペア初の銀メダルを獲得した。 2013年はベテランの浦田景子とペアを組みJBVツアーに参戦している。 2015年6月に開催されたJVAビーチバレーボールシリーズA南あわじ大会で石坪聖野とのペアで準優勝を果たした。
芳賀 舞波(はが まいは、1993年5月11日 - )は、日… 芳賀 舞波(はが まいは、1993年5月11日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 東京都町田市出身。友人に誘われて、小学6年次よりバレーボールを始めた。 町田市立鶴川中学校を卒業後、下北沢成徳高等学校に進学する。同級に大竹里歩がいる。2012年1月に開催された第68回全日本バレーボール高等学校選手権大会では、準決勝で東九州龍谷高等学校と死闘を演じ破れはしたもののベストフォーに輝いている。同校卒業後は、筑波大学に進学し、関東大学バレーボールリーグなどで活躍した。 2016年1月、日立リヴァーレの内定選手となりVリーグに登録された。同年11月5日のトヨタ車体戦にリリーフサーバーとして出場しプレミアデビューを果たした。
木村 築(きむら きずく、1992年10月6日 - )は、日… 木村 築(きむら きずく、1992年10月6日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 東京都江戸川区出身。 聖徳学園高等学校を経て、法政大学に進学。大学時代は、V・チャレンジリーグ(当時のVリーグ2部リーグ)に所属する東京ヴェルディにインターンとして所属。2013/14シーズンにV・チャレンジリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2014/15シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属するFC東京の内定選手となった。 2015年4月、FC東京に入団した。入団1シーズン目となる2015/16シーズンにV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグ1部デビューを果たした。
山本 湧(やまもと ゆう、1992年9月9日 - )は、日本… 山本 湧(やまもと ゆう、1992年9月9日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 東京都東大和市出身。バレーボールをやっていた姉の影響で、10歳からバレーボールを始める。 東亜学園高校3年時、第63回全日本バレーボール高等学校選手権大会で優勝、大会最優秀選手に選ばれた。ツーアタックやブロックで、自らも積極的に得点を奪う攻撃型のセッターとして活躍。 2011年、専修大学商学部へ進学。4年時にはキャプテンを務め、東日本インカレに於いて優勝。 2014年10月、Vプレミアリーグ・サントリーサンバーズが山本の入団を発表した。 2015年11月15日、ジェイテクトSTINGS戦に途中出場しVリーグデビューを果たした。
柳田 将洋(やなぎだ まさひろ、1992年7月6日 - )は… 柳田 将洋(やなぎだ まさひろ、1992年7月6日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 公益財団法人日本バレーボール協会(JVA)理事、JVAアスリート委員会委員長、国際バレーボール連盟(FIVB)アスリート委員。 東京都江戸川区出身。バレーボールは両親の影響で始めた。 東洋高等学校在校中の2010年3月、第41回全国高等学校バレーボール選抜大会に主将として出場して優勝を果たし、2011年に慶應義塾大学環境情報学部に進学。 2013年に全日本メンバーに登録され、2014年6月には東京オリンピックの強化指定選手であるTeam COREメンバーに選出された。同年10月、Vプレミアリーグ・サントリーサンバーズに内定。
池田 政之(いけだ まさゆき、1991年6月4日 - )は、… 池田 政之(いけだ まさゆき、1991年6月4日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 東京都小金井市出身。姉の影響を受けてバレーボールを始める。 駿台学園高等学校、東海大学を経て、2014年初めにパナソニックパンサーズの内定選手となった。以降、清水邦広の控えオポジットとして活躍。特に2016/17シーズンでは出場機会が増えた。2017/18シーズン、清水が怪我で離脱したV・プレミアリーグファイナルでは、第2戦のファイナルセットで二枚替えで出場して優勝を大きく引き寄せるアタックを決めた。 2019年5月、第68回黒鷲旗大会をもって現役引退。引退後は社業に専念。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。
荒木 夕貴(あらき ゆき、女性、1991年5月22日 - )… 荒木 夕貴(あらき ゆき、女性、1991年5月22日 - )は、日本のバレーボール選手である。Vプレミアリーグの上尾メディックス所属。
藤井 桜子(ふじい さくらこ、女性、1990年10月15日 … 藤井 桜子(ふじい さくらこ、女性、1990年10月15日 - )は、日本のビーチバレー選手。立飛ホールディングス所属。 東京都多摩市出身。小中学校時代を通じて同じ東京多摩地区で、溝江明香とはライバル同士であった。バレーボール有力校からオファーはあったが、二人は都立駒場高校に進学。「全国大会で私立高を倒す」が合い言葉であったという。夢叶わなかったが、最後の想い出にと以前から練習していたビーチバレーのマドンナカップに出場し優勝を果たす。 高校卒業後は日本体育大学体育学部へ進学。溝江はビーチバレーを選択したが、藤井は「インドアでまだやり残したことがある」として6人制バレーを選択した。その後語学留学を兼ねてピアースカレッジ(英語版)に入学。
星野 秀知(ほしの ひでとも、1990年9月29日 - )は… 星野 秀知(ほしの ひでとも、1990年9月29日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 東京都世田谷区出身。小学2年生の頃、友人の父に誘われたのがきっかけでバレーボールを始める。 中学はサレジオ中学校に進学し、2005年度、全国優勝を果たした。 高校は東亜学園高等学校に進学し、春高では、2007年、2008年に連覇を達成した。 高卒後、東海大学に進学し、2009年、2011年に全日本インカレで優勝した。 2013年、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部)の東レアローズに入団した。また、同年、日本代表登録メンバーに選出された。 2016年にも日本代表に選出され、ワールドリーグに出場した。
溝江 明香(みぞえ さやか、1990年7月16日 - )は、… 溝江 明香(みぞえ さやか、1990年7月16日 - )は、日本の元ビーチバレー選手。元ビーチバレー日本代表。日本最年少優勝記録保持者。3代目ビーチバレーボール選手会会長。 東京都町田市出身。小学校4年生よりバレーボールを始める。東京都立駒場高等学校でも女子バレーボール部に所属した。3年生の夏前まで活動後、同級生とビーチバレーに転向。神奈川の平塚ビーチに通い、プロから指導を受ける。その夏(2008年8月)に開かれたビーチバレージャパン女子ジュニア選手権大会で優勝。 2009年4月、産業能率大学に入学、同大ビーチバレー部に所属。ビーチバレーに転向した菅山かおるとペアを組み、ジャパンツアーに参戦したが、同年6月に菅山とのペアを解消。
三橋 聡恵(みつはし さとえ、1989年9月27日 - )は… 三橋 聡恵(みつはし さとえ、1989年9月27日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 東京都品川区出身。母親の影響で小学4年よりバレーボールを始める。 東京女子体育大学時代にはエースとして、2011年の全日本インカレベスト8などの成績を残しチームを牽引した。2012年4月、V・プレミアリーグのパイオニアレッドウィングスに入団。 2012年11月17日のVリーグ開幕戦において、昨シーズン女王の東レと対戦。スタメンとしてチーム最多となる21得点をあげ、プレミアデビューを飾った。 2013年10月の第68回国民体育大会バレーボール競技で山形県12年ぶりの優勝に大きく貢献した。 2014年5月のレッドウィングス廃部発表に伴い、同年7月PFUブルーキャッツに移籍した。
冨永 こよみ(とみなが こよみ、女性、1989年5月1日 -… 冨永 こよみ(とみなが こよみ、女性、1989年5月1日 - )は、日本のバレーボール選手。東京都狛江市出身。プレミアリーグ・上尾メディックスに所属。
高橋 賢(たかはし けん、1988年12月22日 - )は、… 高橋 賢(たかはし けん、1988年12月22日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 東亜学園高等学校、中央大学を経て、2010年、サントリーサンバーズの内定選手になる。2011年正式入団。 2013年、日本代表に選出され、ワールドグランプリに出場した。 2018年、2017/18V・プレミアリーグ終了をもって現役引退。 2022年3月、サントリーの事務局に就任した。2022-23シーズンは運営グループに就任。2023-24シーズンは地域連携/パートナー事業グループに就任した。
滝沢 ななえ(たきざわ ななえ、1987年9月22日 - )… 滝沢 ななえ(たきざわ ななえ、1987年9月22日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。現在はバレーボール指導者、タレント。一般社団法人ライフスタイルスポーツ協会に在籍、所属事務所はFROM THINKプロダクション。 東京都三鷹市出身。母の影響を受けて小学校2年生からバレーボールを始める。 八王子実践高校時代は同級生の服部安佑香、和田麻里江とともに春高バレー等で活躍。リベロとしてプレーし、3年生では主将としてチームを率いた。 2006年、パイオニアレッドウィングスに入団。2007年、2007/08V・プレミアリーグ開幕戦でリーグ戦初出場。パイオニア時代は、吉田真未がリベロのレギュラーでプレーしていた事もあり、レシーバーとしての途中出場が多かった。
山本 友里恵(やまもと ゆりえ、1986年12月17日 - … 山本 友里恵(やまもと ゆりえ、1986年12月17日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 東京都中野区出身。母の影響を受けて、小学校5年生からバレーボールを始める。 学生時代は共栄学園高校、日本体育大学でプレー。 2008年に、日本体育大学在学中にユニバーシアード日本代表に選ばれ、東アジア選手権大会に出場。 2009年に、V・チャレンジリーグの日立佐和リヴァーレに入団(内定登録時はV・プレミアリーグに所属)。 2010年7月に、上尾メディックスに移籍。2010/11Vチャレンジリーグではスタメンで活躍し、同チームの初優勝に貢献した。2012年6月に退社。
内田 暁子(うちだ あきこ、現姓:長谷川、女性、1985年1… 内田 暁子(うちだ あきこ、現姓:長谷川、女性、1985年11月30日 - )は、日本の元バレーボール選手、ビーチバレー選手。東京都江東区出身。ニックネームはキョウ。プレミアリーグ・NECレッドロケッツに所属していた。
草野 歩(くさの あゆみ、1985年6月22日 - )は、東… 草野 歩(くさの あゆみ、1985年6月22日 - )は、東京都出身の元女子ビーチバレー選手である。 共栄学園高校(東京都葛飾区)で2年までインドアの選手として春高バレー・インターハイに出場。 3年でビーチに転向。マドンナカップ優勝を果たす。 日本体育大学進学後もユニバーシアードの代表に選出される活躍を見せる。日体大では、バレーボール部主将を務め人望も厚かった。 卒業後は湘南ベルマーレスポーツクラブに加入。同期の尾崎睦とペアを組み国内外を転戦。JBVツアー愛知大会ではわずか2戦目で3位入賞となる。海外でもユニバーシアード大会で5位、アジアビーチで7位の成績を残す。 2009年にはJBVツアー第4戦東京大会で初優勝。
細川 麻美(ほそかわ まみ、1985年4月20日 - )は、… 細川 麻美(ほそかわ まみ、1985年4月20日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 東京都武蔵村山市出身。実姉の影響で小学校3年生からバレーボールを始める。 成徳学園高校(現・下北沢成徳高校)では、大山未希らとともに春高バレー優勝はじめ四冠を達成した。 2004年、パイオニアレッドウィングスに入団した。 2009年4月、全日本女子代表メンバーに登録された。6月にパイオニアを退団。7月に上尾メディックスに移籍。2011年11月より副主将を務めた。 2013年7月1日、上尾を退社することが発表された。 VリーグおよびVプレミアリーグレギュラーラウンドにおける個人成績は下記の通り。 ※上尾在籍時のデータは、チャレンジリーグのため、記載していない。
松﨑 さ代子(まつざき さよこ、1982年8月23日 - )… 松﨑 さ代子(まつざき さよこ、1982年8月23日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 東京都世田谷区出身。小学校4年生よりバレーボールを始める。都立駒場高校を経て、2001年NECレッドロケッツに入団。2002年全日本代表に初選出され、同年ワールドグランプリに出場した。 2005年第12回Vリーグでは途中から大友愛が離脱したため、それまでのレフトからセンターにコンバートした。慣れないポジションにもかかわらず、ブロック決定率ではリーグ6位、得点ではチーム2位の成績を収めた。副主将として若手選手を牽引した。 2010年6月、現役引退。
井西 彩乃(いにし あやの、1981年10月26日 - )は… 井西 彩乃(いにし あやの、1981年10月26日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。
町野 仁志(まちの ひとし、1981年8月25日 - )は、… 町野 仁志(まちの ひとし、1981年8月25日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 東京都渋谷区出身。幼少期は野球少年だった。中学校へ入学すると、野球部がなかったことから、バレーボール部に入部しバレーを始める。高校は名門東洋高等学校へ進学、春高バレーには1年次と2年次、インターハイは2年次と3年次、国体には2年次と3年次に出場した。 2000年、亜細亜大学へ進学。2003年4年次には全日本インカレ出場、同年には全日本男子B代表に選出されている。その中でセンターやレフトを経験した。 2004年、JTサンダーズへサイドアタッカーとして加入。同期に酒井大祐、飯塚俊彦。1年目は徳元幸人の控えだった。