小澤 登高(おざわ なるたか、1974年 - )は、日本の数… 小澤 登高(おざわ なるたか、1974年 - )は、日本の数学者。京都大学数理解析研究所教授。専門は作用素環論・離散群論。東京大学大学院数理科学研究科准教授時代は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校でも准教授を併任していた。 神奈川県横浜市生まれ。栄光学園中学校・高等学校、東京大学理学部数学科卒業。大学院で作用素環論とバナッハ空間論の境界分野である作用素空間論を勉強していたが、指導教官の河東泰之と泉正己の手に負えなくなったので、テキサスA&M大学に送りこまれた形になった。河東は、書類上は東京大学大学院数理科学研究科で指導教官だったが何も教えてはおらず、逆に小澤に多くのことを教わったという。 1999年に東京大学大学院数理科学研究科修士課程を修了、その1年後には同研究科の博士課程を修了する。
新井 仁之(あらい ひとし、1959年 - )は、日本の数学… 新井 仁之(あらい ひとし、1959年 - )は、日本の数学者、理学博士。早稲田大学教育・総合科学学術院教授、東京大学名誉教授。専門は、実解析学、調和解析学、ウェーブレット解析、視覚・錯視の数学的研究。 神奈川県横浜市生まれ。1982年、早稲田大学教育学部卒業。1984年、同大学大学院理工学研究科修士課程修了。その後、東北大学理学部助手、講師、助教授、教授、プリンストン大学客員研究員、東京大学大学院数理科学研究科教授を経て、早稲田大学教育・総合科学学術院教授、東京大学名誉教授。 1987年、早稲田大学より理学博士。論文の題は「Brownian Martingaleとその多変数Hardy空間への応用 」。
寺杣 友秀(てらそま ともひで、1958年8月11日 - )… 寺杣 友秀(てらそま ともひで、1958年8月11日 - )は、日本の数学者。専門は代数幾何学。東京大学名誉教授、法政大学教授。 1977年 神奈川県立平塚江南高等学校卒業。1982年 東京大学理学部数学科卒業。1984年 東京大学大学院理学系研究科数学専攻修士課程修了。1987年 同 博士課程修了、理学博士。1988年 学習院大学助手。1989年 千葉大学講師。1992年 東京都立大学助教授。1995年 東京大学大学院数理科学研究科助教授。2007年 同 教授。2019年 退官、同 名誉教授、2019年から法政大学理工学部教授。 2019年6月から2期、一般社団法人日本数学会理事長を務めた。 業績としてザギエ予想の解決、ドリーニュ予想への貢献。
今野 紀雄(こんの のりお、1957年 - )は、日本の数学… 今野 紀雄(こんの のりお、1957年 - )は、日本の数学者。横浜国立大学名誉教授。研究テーマは、量子ウォーク、無限粒子系、複雑ネットワーク。 東京都江戸川区平井生まれ。神奈川県立湘南高等学校卒業。東京大学理学部数学科卒業。東京工業大学大学院理工学研究科博士課程単位取得後退学。博士(理学)。室蘭工業大学数理科学共通講座助教授、コーネル大学数理科学研究所客員研究員を経て、1995年度より横浜国立大学工学部助教授、2005年度より横浜国立大学大学院工学研究院教授。現在は同大学名誉教授、立命館大学客員教授、日本大学、放送大学非常勤講師。日本数学会、日本物理学会、日本応用数理学会、日本数理生物学会所属。
関口 晃司(せきぐち こうじ、1954年6月10日 - 20… 関口 晃司(せきぐち こうじ、1954年6月10日 - 2017年11月19日)は日本の数学者(専門:可換代数学)、高知工科大学工学部教授。神奈川県出身。
田中 實(たなか みのる、1949年(昭和24年)2月3日 … 田中 實(たなか みのる、1949年(昭和24年)2月3日 - )は、日本の数学者。東海大学教授。専門は微分幾何学。福岡県出身。
長岡 亮介(ながおか りょうすけ、1947年 - )は、日本… 長岡 亮介(ながおか りょうすけ、1947年 - )は、日本の数学者、数学教育者。 専門は数学史、数学教育。元明治大学特任教授。元予備校講師。「意欲ある若手数学教育者支援組織 TECUM」主催者。 長野県長野市で出生し、神奈川県横浜市で育つ。聖光学院中学校・高等学校卒業。オフコースの小田和正、鈴木康博らと同期。東京大学理科一類入学、東京大学理学部数学科卒業。東京大学大学院理学系研究科科学史科学基礎編専門課程単位取得退学。津田塾大学学芸学部数学科講師/助教授、大東文化大学法学部教授、放送大学教養学部教授を歴任。放送大学を2008年3月に退職。上智大学理工学部非常勤講師、2009年から明治大学理工学部数学科特任教授、2017年明治大学退職。
岡部 進(おかべ すすむ、1935年(昭和10年)11月21… 岡部 進(おかべ すすむ、1935年(昭和10年)11月21日 - )は、日本の数学者。神奈川県小田原市鴨宮出身。 1935年(昭和10年)11月21日、神奈川県小田原市鴨宮に生まれる。1954年(昭和29年)神奈川県立小田原高等学校を卒業、一浪した後、1955年(昭和30年)4月、横浜国立大学学芸学部数学科に入学。同大学を1959年(昭和34年)3月に卒業し、同年5月より1994年(平成6年)3月まで、東京都・神奈川県公立高校数学科教諭、教頭を勤める。この間、数学者・小倉金之助の数学教育論を研究し、授業実験を通して、その理論を検証、同時にこの理論を現代へ生かすべく、授業・単元の三段階論及び「日常性の数学」を提唱した。
絹川 正吉(きぬかわ まさきち、1929年3月7日 - 20… 絹川 正吉(きぬかわ まさきち、1929年3月7日 - 2025年1月23日)は、日本の数学者。国際基督教大学名誉教授・元学長。専門は解析学、フーリエ解析。Ph.D.(ノースウェスタン大学)。神奈川県横浜市出身。 2025年1月23日召天。95歳没。 『教養と大学スタッフ』、東信堂、2022年 (出典:『ACADEMIA』2021年・No.180、全国日本学士会)
東屋 五郎(あずまや ごろう、1920年2月26日 - 20… 東屋 五郎(あずまや ごろう、1920年2月26日 - 2010年7月8日)は、日本の数学者。神奈川県横浜市出身。 1940年、東京大学に入学。1949年、彌永昌吉のもとで学位を取得。多元環の研究で知られており、東屋多元環(英語版)やクルル・シュミット・東屋の定理、東屋の補題(いわゆる中山の補題)に名を残している。名古屋大学、北海道大学などで教授を務め、亡くなる際にはインディアナ大学で教授を務めていた。1949年に中山正と共に第2回中日文化賞を受賞。 この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。