近藤 希美(こんどう のぞみ、2005年〈平成17年〉7月2… 近藤 希美(こんどう のぞみ、2005年〈平成17年〉7月20日 - )は、神奈川県相模原市出身の陸上競技選手。専門は中距離走、3000mSC。相模原市立上溝中学校、東海大学付属相模高等学校卒業。名城大学在学中。 東海大学付属相模高等学校3年次のインターハイでは1500mと3000mに出場し、どちらもカリバ・カロラインに敗れ優勝を逃したが、3000mでは日本人トップとなる5位入賞を果たした。なお、1500mではドルーリー朱瑛里にも先着されており日本人トップも逃した。 名城大1年次にU20アジア選手権に3000mで出場し、3位入賞の成績を残した。しかし駅伝シーズンになると2学年先輩で一般入部上がりの上野寧々を除くチーム全員が不調に陥り、全日本大学女子駅伝では連続優勝を果たせず、近藤も出走できなかった。
辻原 輝(つじはら ひかる、2004年9月20日 - )は、… 辻原 輝(つじはら ひかる、2004年9月20日 - )は、國學院大學文学部史学科に在学中の陸上競技選手である。藤沢翔陵高等学校出身。 中学から陸上を始めるが、目立った活躍は無かった。春の高校伊那駅伝に一度出場するも、2区区間18位だった。 出雲駅伝と全日本大学駅伝での出場はなかったが、第100回箱根駅伝ではルーキーながら重要区間の4区に起用され、区間4位の好走を見せた(チームは総合5位)。 第36回出雲駅伝では3区を担当し、青学大・黒田朝日や駒澤大・山川拓馬と競り合い区間4位。チームは5区で上原琉翔が駒澤大と青学大を逆転してトップに立ち、5年ぶり2度目の優勝を果たした。 第56回全日本大学駅伝では3区を担当。
平島 龍斗(ひらしま りゅうと、2003年〈平成15年〉11… 平島 龍斗(ひらしま りゅうと、2003年〈平成15年〉11月3日 - )は、神奈川県綾瀬市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。相洋高等学校、日本体育大学卒業。安川電機陸上部所属。 綾瀬市立綾北中学校、相洋高等学校、日本体育大学出身。 高校1年時の神奈川県高校駅伝で相洋高は1区8位からのスタートであったが、6区のクレイ・アーロン・竜波がゴールした時点では4位まで順位を上げており、7区の平島も順位を上げて3位入賞に貢献した。高校2年時には相洋高の全国高校駅伝初出場に貢献した。
石川 優(いしかわ ゆう、2002年11月17日 - )は、… 石川 優(いしかわ ゆう、2002年11月17日 - )は、日本の陸上競技選手である。東京オリンピック陸上日本代表。 相洋高等学校、青山学院大学コミュニティ人間科学部に学ぶ。 2021年5月、第100回関東学生陸上競技対校選手権大会100m、200mで2冠を達成。 2021年6月、日本学生陸上競技個人選手権100mで11秒48の自己新記録をマークし、一気に五輪代表に近づく。 2021年7月2日、東京オリンピック代表内定(女子400mリレー)が発表された。 東京オリンピック女子400mリレーで日本は石川以外の4人で予選に臨み、予選落ちした。石川は五輪代表に選ばれながら、男子のデーデー・ブルーノ同様、大会で走ることができなかった。
クレイ・アーロン・竜波(くれい・あーろん・たつなみ、英語: … クレイ・アーロン・竜波(くれい・あーろん・たつなみ、英語: Allon Tatsunami CLAY, 2002年3月25日 - )は、日本の陸上競技選手。陸上競技に於ける専門は中距離走。800m、1000mの室内日本記録保持者。 神奈川県藤沢市出身。父はアメリカ人、母は日本人であり、三兄妹の長男である。藤沢市立片瀬中学校から相洋高等学校卒業。 海岸の近くで生まれ育ったことで幼少時からサーフィンなどマリンスポーツに親しんだ。小学校校2年の時からライフセービング競技を始め、地元藤沢の西浜サーフライフセービングクラブに入ってライフセービング競技に取り組み、藤沢市立片瀬中学校時代に2016年度の第8回全日本ユースライフセービング選手権大会に出場し、ニッパーボードレースとビーチフラッグスの2種目で第1位に輝いている。
並木 寧音(なみき ねお、2001年12月7日 - )は、日… 並木 寧音(なみき ねお、2001年12月7日 - )は、日本の陸上競技選手。神奈川県横浜市出身。東京農業大学国際食料情報学部国際農業開発学科卒業。SUBARU陸上競技部所属。 横浜市立六ツ川中学校、東京実業高等学校、東京農業大学出身。 2年時の第98回箱根駅伝に関東学生連合の一員として出場。2区を走り、区間13位相当の記録だった。 4年時の第55回全日本大学駅伝関東地区選考会ではチームは5位となり、14年ぶりに本戦出場を決めると、第100回箱根駅伝予選会では個人30位・総合11位で10年ぶりの本戦出場を決めた。 1月の第100回箱根駅伝では、当初2区を走る予定だった前田和摩が11月末に故障した影響で万全でなかったため2年ぶりに2区を担当。
丹所 健(たんしょ けん、2001年2月7日 - )は、日本… 丹所 健(たんしょ けん、2001年2月7日 - )は、日本の陸上競技選手。神奈川県横浜市出身。東京国際大学人間社会学部卒業。現在はHonda陸上競技部に所属。 中学校は横浜市立平戸中学校、高校は湘南工科大学附属高等学校出身。 第96回箱根駅伝予選会では、1時間05分00秒で個人50位でチーム5位。第96回箱根駅伝では1区を走り、区間13位だった。 出雲駅伝の中止により、三大駅伝初戦となった全日本大学駅伝では2区を走り、区間8位。第97回箱根駅伝では2年連続1区を走ったが、区間14位にとどまった。尚、チームは10位に入り、2年連続でシード権を獲得した。 初出場の出雲駅伝では3区を走り、日本人トップとなる区間2位の走りで1位に押し上げ、東国大の初出場初優勝に大きく貢献した。
松本 純弥(まつもと じゅんや、2000年9月28日 - )… 松本 純弥(まつもと じゅんや、2000年9月28日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中距離走。 球技が苦手だったことから陸上競技を始め、小学生時代から駅伝大会に出場し、横浜市立錦台中学校から本格的に陸上に取り組むようになる。長距離走選手を志向していたが、法政大学第二高校進学後、「短距離みたいにスピードが求められ、長距離のようにレース展開の面白さがある」と800m走の魅力を感じて転向した。 高校2年生時、インターハイの予選を兼ねた関東大会南関東地区予選会の男子800m走で、クレイ・アーロン・竜波らを抑えて優勝(インターハイでは予選敗退)。3年生時のインターハイでは、男子800m走ではクレイ・アーロン・竜波に0.8秒差で敗れて準優勝に終わったが、メンバーの1人として走った男子1600mリレー走で初優勝を果たした。
福嶋 摩耶(ふくしま まや、2000年4月28日 - )は、… 福嶋 摩耶(ふくしま まや、2000年4月28日 - )は、日本の陸上競技選手、中距離走、長距離走。福嶋紗楽は双子の妹。 神奈川県横浜市立茅ケ崎中学校、神奈川県立荏田高等学校、城西大学経営学部マネジメント総合学科卒業。 双子の妹・紗楽とともに茅ケ崎中・荏田高では陸上競技部に所属していたが、大学では別のチームへ進んでいる。なお、荏田高はスポーツが盛んな学校として知られ、陸上でも近年の卒業生に3学年上の佐藤成葉(立命館大学)、5学年上の森田香織・森田詩織姉妹(共にパナソニック)がいる。 荏田高1年の時、メンバーに起用されチームは県予選を勝ち抜き全国高校駅伝に出場した。しかし、本大会では走ることができず代わって妹・紗楽が走った。
泉谷 駿介(いずみや しゅんすけ、Shunsuke IZUM… 泉谷 駿介(いずみや しゅんすけ、Shunsuke IZUMIYA、2000年1月26日 - )は、日本の陸上競技選手。 専門は110mハードル、三段跳、走幅跳。2020年東京オリンピック、2022年世界陸上競技選手権大会の110mH日本代表。110mHの自己ベストは13秒04。 横浜市立緑が丘中学校、武相高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業、住友電工所属 小学校ではサッカーをしていたものの、「当時はあまり好きではなく、途中で飽きてしまった」と本人は語っている。 横浜市立緑が丘中学校への進学を機に陸上競技を始める。最初は短距離走を取り組んでいたが、1年時と2年時は補欠だった。3年時には出場枠が余っていた四種競技に取り組むも、県大会には到底届かないレベルだった。
鎌田 航生(かまた こうき、1999年5月5日 - )は、日… 鎌田 航生(かまた こうき、1999年5月5日 - )は、日本の陸上競技選手。神奈川県綾瀬市出身。法政大学社会学部社会学科卒業。ヤクルト陸上競技部所属。 綾瀬市立綾瀬中学校、法政大学第二高等学校、法政大学出身。 高校時代は全国高校駅伝に2度出場している。 1年時の第95回箱根駅伝では8区を区間7位で走り、5位で受けた襷をキープして9区に繋いだ。 2年時の第96回箱根駅伝では2区を走ったが、19位で襷を受け取ると、国士舘大学のライモイ・ヴィンセントに抜かれて最下位で襷を渡した。 3年時の第97回箱根駅伝では1区を担当。最初の1km通過が3分33秒もかかる異例のスローペース展開となったが、18km過ぎでスパートをかけ、区間賞を獲得した。
佐藤 成葉(さとう なるは、 1997年10月3日- )は、… 佐藤 成葉(さとう なるは、 1997年10月3日- )は、日本の女子陸上競技選手。長距離走。 大和市立渋谷中学校、神奈川県立荏田高等学校を経て立命館大学卒業。荏田高校の2学年上に森田香織・森田詩織姉妹(共に荏田→パナソニック)、3学年下に福嶋摩耶(城西大)・福嶋紗楽(名城大)姉妹らがいる。大学時代の同年代のライバルには五島莉乃(中大)、関谷夏希(大東大)、棟久由貴(東京農大)、高谷愛奈(大阪学院大)、上田雪菜(筑波大)らがいる。 2019年の大学4年時に主将。同2019年の日本インカレ5000m・10000mではいずれのレースも15分47秒07・33分24秒98の記録で優勝した。5000mでは五島、和田有菜(名城大2年)、10000mでは五島、加世田梨花(名城大3年)、鈴木優花(大東大2年)らとのマッチレースになり、いずれのレースとも五島に1秒差で競り勝った。
エドバー・イヨバ(1997年5月18日 - )は、神奈川県横… エドバー・イヨバ(1997年5月18日 - )は、神奈川県横浜市出身の陸上競技選手。ナイジェリア人の父と日本人の母を持つ。専門は短距離走で、100mの自己ベストはジュニア日本歴代8位タイの11秒66。4×100mリレーでは44秒48のジュニアアジア記録(日本高校記録)を保持している。2016年リオデジャネイロオリンピック女子4×100mリレーの日本代表候補。 横浜市立川和中学校、東京高等学校を卒業後、日本大学(スポーツ科学部)在籍。 かけっこは幼い頃から敵なしで、男子とも張り合っていた。小学生時代は何もしておらず、中学進学後は吹奏楽部に体験入部をしたが運動しないとまずいと思い陸上部に入部する。中学2年時に全日本中学校選手権の100mで8位、ジュニアオリンピックの100mで2位(1位と0秒08差)という成績を残すも、3年時は故障に苦しみ全国大会の入賞を逃した。
館澤 亨次(たてざわ りょうじ、1997年5月16日 - )… 館澤 亨次(たてざわ りょうじ、1997年5月16日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中距離走・長距離走。埼玉栄高校卒業、東海大学体育学部卒業。DeNAアスレティックスエリート→SGホールディングス所属。 埼玉栄高校3年時に全国高校駅伝1区で区間6位の好走。東海大学進学後は初年度から大学三大駅伝すべてに出場し、全日本大学駅伝では区間賞を獲得した。 トラックでは1500mを主戦場とし、2年時は関東インカレ、学生個人選手権と立て続けに優勝。第101回日本選手権1500mでも優勝を果たした。 3年時は第102回日本選手権1500mで連覇を果たすと、日本インカレ1500mでも優勝。 4年時はアジア選手権1500mで5位入賞。
古谷 拓夢(ふるや たくむ、1997年3月12日 - )は、… 古谷 拓夢(ふるや たくむ、1997年3月12日 - )は、神奈川県南足柄市出身の陸上競技選手。専門は110mハードル。自己ベストは13秒61。2015年アジア選手権男子110mハードルの日本代表。 神奈川県南足柄市出身。O型。北足柄小学校、南足柄中学校、相洋高等学校、早稲田大学スポーツ科学部卒業。 北足柄小学校時代は1年生の時から地元のサッカークラブに所属し、長身と足の速さを生かしてゴールキーパーと左フォワードを務めていた。しかし、小学校全体の児童数が50人ほどの地域だったため、4年生の時に人数不足でサッカークラブは解散。そこで5年生の時に南足柄市を拠点に活動している陸上クラブ「明神クラブ」に入って陸上を始めると、わずか2回の練習で出場した全国小学生交流陸上県予選5年100mで15秒10(-1.9)の2位に入った。
米井 翔也(よねい しょうや、1997年2月1日 - )は、… 米井 翔也(よねい しょうや、1997年2月1日 - )は、神奈川県横浜市出身の陸上競技選手。東京高等学校、亜細亜大学法学部卒業。JR東日本ランニングチーム所属。 横浜市立緑が丘中学校、東京高等学校卒業後は亜細亜大学法学部に入学。第95回箱根駅伝には関東学生連合の一員として出場した。 大学卒業後は東日本旅客鉄道八王子支社管轄のJR東日本ランニングチームに加入。 2022年現在は同チームの副主将に就任している。
出水田 眞紀(いずみだ まき、1996年1月22日 - )は… 出水田 眞紀(いずみだ まき、1996年1月22日 - )は、日本の陸上競技選手、中距離走、長距離走。クロスカントリーやハーフマラソンの国際大会で団体金メダリスト。皇后盃全国都道府県対抗女子駅伝競走大会大会記録メンバー。 神奈川県横浜市緑区生まれ。小学校入学時に横浜市磯子区へ転居して過ごす。母は日産自動車で活躍し、横浜国際女子駅伝などに出場した田村有紀で、自身も12歳で陸上競技を始めた。 横浜市立浜中学校から白鵬女子高等学校を経て、2014年に立教大学入学。2016年3月12日の大学2年時、世界大学クロスカントリー選手権(英語版)個人では清水萌衣乃(東農大1年)に次ぐ3位で銅メダルを獲得、団体では清水・菅野七虹(立命大3年)・細田あい(日体大2年)らと金メダルを獲得した。
森田 香織(もりた かおり、1995年9月19日 - )は、… 森田 香織(もりた かおり、1995年9月19日 - )は、日本の陸上競技選手。長距離走。同じくパナソニックに所属する森田詩織は双子の妹。 神奈川県立荏田高等学校から、2014年にパナソニック入社。同年が最後の開催年となった東日本実業団対抗女子駅伝競走大会に、同期入社の妹・詩織らとともに出場(3位入賞)。翌月の全日本実業団対抗女子駅伝競走大会(クイーンズ駅伝)にも出場している(区間14位(3区)、総合12位)。以降クイーンズ駅伝には2024年までに出場9回、うち2回優勝している(2017年、2018年)。2022年には初マラソンとして、コロナ渦で延期されていた東京マラソン2021に出場、MGC出場資格を獲得した(18位)。
森田 詩織(もりた しおり、1995年9月19日 - )は、… 森田 詩織(もりた しおり、1995年9月19日 - )は、日本の陸上競技選手。長距離走。同じくパナソニックに所属する森田香織は双子の姉。
谷口 耕太郎(たにぐち こうたろう、1994年11月3日 -… 谷口 耕太郎(たにぐち こうたろう、1994年11月3日 - )は、神奈川県綾瀬市出身の陸上競技選手。専門は短距離走。100mで10秒37、200mで20秒45の自己ベストを持つ。2015年北京世界選手権男子4×100mリレーの日本代表、2015年世界リレー男子4×100mの銅メダリストである。 神奈川県綾瀬市出身。綾瀬市立北の台中学校、神奈川県立弥栄高等学校、中央大学卒業。凸版印刷在籍。 かつてはエースで4番の野球少年だった。 陸上競技は中学2年時に陸上部の監督から誘われて始め、入部した当初は走幅跳に取り組んでいたが、途中から短距離に転向した。中学3年時には全日本中学校選手権の200mで8位、ジュニアオリンピックの200mで6位入賞を果たしている。
松枝 博輝(まつえだ ひろき、1993年5月20日 - )は… 松枝 博輝(まつえだ ひろき、1993年5月20日 - )は、神奈川県南足柄市出身の陸上競技選手。専門は、長距離種目。2020年東京オリンピック代表。妻は仲野春花。 相洋高校、順天堂大学スポーツ健康科学部を卒業。2020年現在は、富士通に所属している。 小学生の頃まではソフトボールのピッチャーを務めており、たまに地域のマラソン大会に出る程度であった。また、運動会ではヒーローでしたと後のインタビューで語っている通り、小学生の頃から常に夢を持って走ってきた。岩原小学校時代はソフトボール少年だったが、家族と一緒に箱根駅伝を観戦した時、小田原中継所で目にした初代「山の神」順天堂大学の今井正人選手が果敢に山登りに挑む姿に憧れを抱いた。
松下 祐樹(まつした ゆうき、1991年9月9日 - )は、… 松下 祐樹(まつした ゆうき、1991年9月9日 - )は、神奈川県小田原市出身の陸上競技選手。専門は400mハードルで49秒10の自己ベストを持つ。2016年リオデジャネイロオリンピックの日本代表、2015年北京世界選手権のセミファイナリストである。 かつては混成競技を専門としており、高校時代にインターハイの八種競技、大学時代に日本ジュニア選手権と日本インカレの十種競技でそれぞれ日本一に輝く。大学4年の2013年から混成競技とともに400mハードルにも取り組み、日本選手権8位入賞や日本学生個人選手権優勝を果たすと、大学を卒業した2014年からは世界の舞台で戦うために混成競技をやめて400mハードル専門となった。
矢澤 航(やざわ わたる、1991年7月2日 - )は、神奈… 矢澤 航(やざわ わたる、1991年7月2日 - )は、神奈川県横浜市出身の元陸上競技選手。専門は110mハードルで、自己ベストは日本歴代10位の13秒47。中学時代から全国の舞台で活躍し、全日本中学校選手権(中学)・インターハイ(高校)・日本インカレ(大学)・日本選手権(シニア)と、あらゆる世代で日本一に輝いている。2016年リオデジャネイロオリンピックの日本代表。 A型。横浜市立岩崎中学校、法政大学第二高等学校、法政大学卒業。デサントトラッククラブ所属。 小学生の時は4年ほど野球をやっていて、大会では俊足を生かして盗塁王になったこともあったという。しかし、打つのが苦手ということもあり、中学では先輩や親の勧めもあって陸上部に入部。
小林 直己(こばやし なおき、1990年12月20日 - )… 小林 直己(こばやし なおき、1990年12月20日 - )は、神奈川県秦野市出身の陸上競技選手。専門は400mで45秒79の自己ベストを持つ。2015年北京世界選手権男子4×400mリレーの日本代表である。また、世界リレーでは2015年,2016年,2021年(補欠)と三度の日本代表に選出された経歴を持つ。 秦野市立大根小学校、秦野市立鶴巻中学校、神奈川県立秦野総合高等学校、東海大学工学部材料科学科卒業。セゾン情報システムズ入社、HULFT陸上クラブ所属。 陸上を始めたのは小学生の時。授業が終わった後に1時間くらい行われるクラブ活動で陸上クラブに入ったのがきっかけ。 住んでいる学区の中学校に陸上部がなく、無理を言って陸上部がある中学校に入学させてもらったという。
長谷川 大悟(はせがわ だいご、1990年2月27日 - )… 長谷川 大悟(はせがわ だいご、1990年2月27日 - )は、日本の陸上競技、三段跳選手。2016年リオデジャネイロオリンピックでは男子三段跳の日本代表選手となった。現在は、伊藤超短波に所属し現役を続けながら、年間多数のイベントでの講演などで、情報を発信している。 1990年2月27日、神奈川県横浜市に生まれる。 横浜市立仏向小学校、横浜市立橘中学校、桐蔭学園高等学校、東海大学、日立ICTを経て、現在は伊藤超短波に所属。 小学校のときはパソコンクラブに所属しておりスポーツは苦手だった。橘中学校入学時に友人から誘いを受け、陸上部に所属する。高校2年生から三段跳に専念する。 リオデジャネイロオリンピックの代表選考会でもあった2016年4月に開催された織田幹雄記念国際陸上競技大会では自己ベストを更新する16メートル88センチ(日本歴代4位記録)を出し、オリンピック代表の座を獲得した。
矢澤 曜(やざわ よう、1990年1月29日 - )は、日本… 矢澤 曜(やざわ よう、1990年1月29日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走。早稲田大学卒業後、日清食品グループ陸上競技部に所属した。学生結婚をし、現在はオープンハウスに勤務している。 神奈川県出身。多摩高校を経て、早稲田大学教育学部卒業。
梶原 有高(かじわら ありたか、1988年6月16日 - )… 梶原 有高(かじわら ありたか、1988年6月16日 - )は、神奈川県愛川町出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。藤枝明誠高等学校卒業、日本体育大学中退後、松蔭大学経営文化学部卒業。プレス工業陸上競技部に約3年半、ひらまつ病院陸上部に約5年間所属し、現在はコモディイイダ駅伝部に所属。 愛川町立愛川中原中学校入学時から陸上競技を始め、当初から長距離を専門とした。中学3年次には第9回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会に神奈川県代表として出場。2区を走り区間17位の成績を残した。 2004年、藤枝明誠高校に進学。主力として活躍し、チームが2年ぶりに出場した第56回全国高校駅伝では5区を務めた。3年次の第57回全国高校駅伝では最終7区を務めた。
佐分 慎弥(さぶり しんや、1986年6月3日 - )は、日… 佐分 慎弥(さぶり しんや、1986年6月3日 - )は、日本の男子陸上競技選手。専門は短距離走。 神奈川県立荏田高等学校時代の2003年にはシェルブルックで開催された世界ユース陸上競技選手権大会にメドレーリレーで出場し、銅メダルを獲得しており、その翌年にはインターハイ、埼玉国体少年A、ジュニア選手権で100m優勝を果たし3冠を達成した。 高校卒業後は日本体育大学へと進学した。初出場となった2005年の日本陸上競技選手権大会では決勝で10秒40のタイムで優勝をした。この結果から同年にヘルシンキで開催される世界陸上競技選手権大会の4×100mリレーのメンバーに選ばれていたが、右脚太もも裏を痛めたため出場は見送られた。
城下 麗奈(じょうした れな、1986年4月2日 - )は、… 城下 麗奈(じょうした れな、1986年4月2日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は100メートルハードル。所属事務所はベンヌ。
座間 紅祢(ざま べね、旧名:座間マボロベネディック、198… 座間 紅祢(ざま べね、旧名:座間マボロベネディック、1985年8月22日 - )は、陸上競技選手。フィリピン生まれで神奈川県平塚市育ち。身長164cm、体重48kg。 藤沢翔陵高等学校卒業後専修大学に進学し、第81回箱根駅伝予選会では個人4位(日本人1位)の成績を残しチームを予選会突破へと導いた。2005年、第81回箱根駅伝では1年生ながらエース区間の2区を走るが区間17位の成績に終わった。 第82回箱根駅伝予選会ではメクボ・ジョブ・モグス・竹澤健介らに次ぐ個人4位の成績を残し、前年に続きチーム予選会突破の力となった。2006年、第82回箱根駅伝でも2区を走り区間9位と前年から順位を上げた。 第83回箱根駅伝予選会において木原真佐人・竹澤健介らを抑え個人1位の成績を残し、専修大学予選会突破に大きく貢献した。
吉川 美香(よしかわ みか、1984年9月16日 - )は、… 吉川 美香(よしかわ みか、1984年9月16日 - )は、神奈川県相模原市出身の女子陸上競技選手(主に中距離走・長距離走)。神奈川県立荏田高等学校を卒業し、パナソニック女子陸上競技部に所属していた。 2005年度までは全国的に無名に近い存在だったが、2006年度初めの世界クロカンで代表入りしてから徐々に頭角を現す。2006年7月の第90回日本選手権で1500mに出場し、当時優勝候補と目されていた小林祐梨子とラスト90mの直線でデッドヒートを繰り広げて写真判定までもつれ込み、同タイムの僅差で初の日本一となった。また、自己ベストを大きく更新し、第15回アジア大会出場が決定した。以後2010年の第94回日本選手権大会まで1500m走で5連覇を果たした(日本陸上競技選手権大会の記録一覧 (女子)#1500m参照)。
宮内 宏子(みやうち ひろこ、1983年6月19日 - )は… 宮内 宏子(みやうち ひろこ、1983年6月19日 - )は、神奈川県座間市出身の陸上選手。双子である宮内洋子の妹。 白鵬女子高等学校卒業後、全日本実業団対抗女子駅伝で3度の優勝を誇る女子陸上の名門「OKI陸上競技部」に入部。しかし、「OKI陸上競技部」が景気悪化を理由に2009年3月末で廃部となり、2009年4月、同陸上競技部の新原保徳監督と双子の洋子と「京セラ女子陸上競技部」に入部。 京セラ入部後、初マラソンに挑戦。「2009横浜国際女子マラソン大会」では8位に入り、新人賞を獲得(2時間32分30秒)。双子の姉・洋子らと共に出走した「2010札幌国際ハーフマラソン」では9位(1時間13分33秒)。
宮内洋子(みやうち ようこ、1983年6月19日 - )は、… 宮内洋子(みやうち ようこ、1983年6月19日 - )は、神奈川県座間市出身の陸上選手。双子である宮内宏子の姉。 白鵬女子高等学校卒業後、全日本実業団対抗女子駅伝で3度の優勝を誇る女子陸上の名門・沖電気陸上競技部に入部。しかし、沖電気の景気悪化を理由に陸上競技部が2009年3月末で廃部となり、2009年4月、同陸上競技部の新原保徳監督と双子の宏子と京セラ女子陸上競技部に入部。 2010年3月、名古屋国際女子マラソンで初マラソンに挑んだが、24Km過ぎのペースアップについていけず、11位だった(2時間33分36秒)。2010年7月、双子の妹・宏子らと共に札幌国際ハーフマラソンに出走、19位(1時間15分07秒)。
生井 怜(なまい さとし、1981年8月14日 - )は、日… 生井 怜(なまい さとし、1981年8月14日 - )は、日本の陸上競技選手。 小さいころから、箱根駅伝への出場に憧れており、藤沢市立大庭中学校で陸上競技を始める。藤沢翔陵高校を経て東海大学に進学した。 東海大学時代の2003年に全日本大学駅伝対校選手権大会優勝(1区)と第15回出雲全日本大学選抜駅伝競走では4区6.5kmを18分29秒で走り区間賞を獲得した。2004年の第80回箱根駅伝準優勝(1区)に貢献し東海大学黄金期の主力として活躍をする。2004年に大学を卒業し、スズキ陸上競技部に所属した。 2005年7月9日に、静岡県小笠山総合運動公園スタジアムで行われた静岡県選手権の男子5000mでは14分28秒84で優勝した。
秋葉 啓太(あきば けいた、1979年11月27日 - )は… 秋葉 啓太(あきば けいた、1979年11月27日 - )は、日本の男子陸上競技(長距離走・マラソン)選手。神奈川県海老名市出身。小森コーポレーション所属。
菅原 由美子(すがわら ゆみこ、1976年7月17日 - )… 菅原 由美子(すがわら ゆみこ、1976年7月17日 - )は、日本の陸上競技選手。 神奈川県横浜市出身。横浜国立大学教育学部卒業。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
大槻 康勝(おおつき やすかつ、1976年5月7日 - )は… 大槻 康勝(おおつき やすかつ、1976年5月7日 - )は、日本の男子元陸上競技選手。専門は短距離走。川崎市立野川中学校、法政大学第二高等学校、法政大学卒業。現役時代は富士通所属。 現役時代は日本一と称されたスタートダッシュを武器に、1997年の学生三大タイトル(関東インカレ100m、日本学生種目別選手権100m、日本インカレ100m)を総なめにし、1998年にはアジア大会の100mで銅メダル、4×100mリレーで1走を務めて金メダルを獲得するなど活躍した。 父親がシニアリーグのコーチを務めていた関係で野球をやっていたが、中学1年生の時に学校のスポーツテストで50mを6秒4で走り、陸上部監督の目に留まり勧誘を受けた。
ムロツヨシ(本名・非公開、1976年〈昭和51年〉1月23日… ムロツヨシ(本名・非公開、1976年〈昭和51年〉1月23日 - )は、日本の俳優、タレント、喜劇役者。 神奈川県横浜市港北区菊名出身、アッシュアンドエー所属。東京理科大学理学部数学科中退。 4歳のときに両親が離婚、親権は父になったが父は別の女性と親密になったため、5歳上の姉と共に叔母のもとで育つ。横浜市立神大寺小学校、横浜市立六角橋中学校、神奈川県立鶴見高等学校ではハンドボール部に所属、一浪して東京理科大学理学部数学科に進学。入学後に「学びたいことがあってこの学科に来た」と語る同級生たちに出会い、「その志がまぶしく、偏差値の高い大学に入ることしか考えていなかった自分が恥ずかしかった。彼らみたいに、夢を持つ側の人になりたい」と思う。
吉田 孝久(よしだ たかひさ、1970年2月17日 - )は… 吉田 孝久(よしだ たかひさ、1970年2月17日 - )は、日本の元陸上競技選手で、陸上競技指導者、スポーツ科学者。現役時代の専門は走高跳で、元日本記録保持者である。 2000年シドニーオリンピック日本代表選手。 広島市で開かれた1994年アジア競技大会では優勝を果たしている。 神奈川県横浜市栄区出身。姉の影響で、横浜市立庄戸中学校時代に陸上競技を始める。3年生の時に全国大会に出場した。 神奈川県立上郷高等学校時代に全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)で2メートル20の大会記録を樹立した。高校時代に好成績を残せた背景には、走高跳を専門とした教員が着任した事情もあった。 筑波大学に進み、日本ジュニア記録を2度更新(2メートル23、2メートル25)したほか、日本学生記録(2メートル28)も樹立した。
朝比奈 三代子(あさひな みよこ、本名:高橋 三代子(たかは… 朝比奈 三代子(あさひな みよこ、本名:高橋 三代子(たかはし みよこ)、1969年9月24日 - )は、日本の元女子陸上競技(主にマラソン)選手で、元マラソン日本女子最高記録保持者である。神奈川県出身。 中延学園高等学校(現・朋優学院高等学校)時代に日本選手権1500mで優勝。1988年に同校を卒業後、旭化成陸上部入部。同年10月の全日本実業団対抗陸上競技選手権大会では3000mで、増田明美の日本記録を5年ぶりに更新した。その後長距離・マラソンに転向する。 1992年の大阪国際女子マラソンでは、ライバルの小鴨由水(当時初マラソン世界記録及び日本最高記録で優勝)・松野明美(2位)らと共にマラソンデビューを果たし注目を集めたが、30km以降で失速し2時間30分48秒で9位に終わる。
磯崎 公美(いそざき ひろみ、1965年3月20日 - )は… 磯崎 公美(いそざき ひろみ、1965年3月20日 - )は、日本の元陸上競技選手(短距離走)。女子200m、400mの元日本記録保持者である。
森田 修一(もりた しゅういち、1965年2月3日 - )は… 森田 修一(もりた しゅういち、1965年2月3日 - )は、日本の元陸上競技選手(長距離走・マラソン)。神奈川県出身。現在は日清食品グループ陸上競技部で監督を務める。 専修大学出身で、箱根駅伝への出場経験もある。大学卒業後は日産自動車に所属。 1992年8月開催のバルセロナオリンピック男子マラソンの代表選考レースでもあった、1991年12月の福岡国際マラソンでは、自己ベスト記録となる[要出典]2時間10分58秒のゴールタイムで優勝した。この時点で、1991年9月開催の世界陸上東京大会男子マラソンで優勝した谷口浩美がすでに代表に内定しており、残り2名は国内選考会での成績で選出となったが、森田は国内選考会優勝により有力候補となった。
谷口 伴之(たにぐち ともゆき、1961年7月21日 - 1… 谷口 伴之(たにぐち ともゆき、1961年7月21日 - 1990年8月23日)は日本の陸上競技(マラソン)選手。現役中に交通事故で死亡した。 神奈川県立川崎北高等学校卒業後、早稲田大学に入り競走部に所属。4年時の箱根駅伝(第60回大会)では9区で区間賞を獲得し優勝に貢献。1985年ヱスビー食品に入社。陸上競技部に入り、1987年のボストンマラソンで5位入賞。1990年のロンドンマラソンでは9位でゴールした。同年9-10月開催のアジア競技大会(北京)の男子マラソン日本代表に選ばれたが、大会開催を翌月に控えた8月23日、北海道常呂町での合宿中に交通事故に遭い、29歳の若さで死亡した(エスビー食品陸上競技部員交通死亡事故)。
臼井 淳一(うすい じゅんいち、1957年10月5日 - )… 臼井 淳一(うすい じゅんいち、1957年10月5日 - )は、日本の男性陸上競技選手。専門は走幅跳で、元日本記録保持者。1984年ロサンゼルスオリンピック・1988年ソウルオリンピックに代表選手として出場し、ロサンゼルスオリンピックでは7位に入賞した。 神奈川県出身。相模台工業高校、順天堂大学からデサントに進む。 相模台工業高校時代1年時の1973年全国IH三重大会にて走高跳1m98の記録で3位入賞。1974年の2年時久留米大会にて5種競技で5位入賞(11.5秒11.10m15.6秒1.88m50.3秒=3556点)。1975年3年時の東京大会にて400m2位(48.22秒の高校タイ)、走り幅跳3位(7.51m)、三段跳で優勝(15.64m)と3種目に3位以内入賞する大活躍を見せた。
山本 吉光(やまもと よしてる、1954年4月26日 - )… 山本 吉光(やまもと よしてる、1954年4月26日 - )は、日本の元陸上競技選手。神奈川県相模原市緑区出身。東京農業大学卒業。 相模原市立北相中学校、神奈川県立相原高等学校、東京農業大学出身。 中学時代はバレーボール部に所属していたが、短距離走や走幅跳、三段跳などの大会に出場していた。 1年時の秋に長距離走に転向した。全国高等学校駅伝競走大会には3年連続で出場し、1年時は6区区間6位で初優勝に貢献した。 1年生で迎えた第50回箱根駅伝では3区を担当。1区で13位と出遅れたものの、2区を走った服部誠が史上初の12人抜きの快走を見せトップで襷を受ける。区間賞の走りで後続との差を広げ、大学史上初の往路優勝に貢献した。
服部 誠(はっとり まこと、1952年9月9日 - )は、日… 服部 誠(はっとり まこと、1952年9月9日 - )は、日本の元陸上競技選手。神奈川県横浜市出身。東京農業大学農学部卒業。同大学の教員を経て、現在は服部牧場のオーナーを務める。 横浜市立蒔田中学校、神奈川県立相原高等学校出身。 全国高等学校総合体育大会、国民体育大会の5000mで優勝。全国高校駅伝では1区で区間賞を獲得し、初優勝に貢献した。 多数の強豪校からスカウトの声がかかったが、実家の牧場を継ぐために東京農業大学に進学。東京農業大学は箱根駅伝から遠ざかっていたが1年時の予選会を突破し、7年ぶりの本戦出場を決めた。第48回箱根駅伝では2区を走り、1時間15分58秒で区間4位だった。 2年時の箱根駅伝予選会はトップで通過し、2年連続で本戦出場を決めた。
尾崎 好美 は、日本の女子陸上競技元選手。専門は長距離走・マ… 尾崎 好美 は、日本の女子陸上競技元選手。専門は長距離走・マラソン。