岡本 幸一郎(おかもと こういちろう、1968年5月24日 … 岡本 幸一郎(おかもと こういちろう、1968年5月24日 - )は、日本のモータージャーナリスト。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。 富山県滑川市生まれ。父の仕事の関係で幼少期を神奈川県横浜市港北区で送る。 1975年、神奈川県横浜市立城郷小学校入学。このとき俳優の内野聖陽とクラスメートとなる。1976年、富山県滑川市立寺家小学校へ転校。1981年、富山県滑川市立寺家小学校卒業。1984年、富山県滑川市立滑川中学校卒業。1987年富山県立富山中部高等学校卒業。1991年、学習院大学法学部政治学科卒業。[要出典] 1992年、講談社グループの2&4モータリング社入社、『ベストモータリング』編集部員となる。
太田 昌克(おおた まさかつ、1968年 - )は、日本のジ… 太田 昌克(おおた まさかつ、1968年 - )は、日本のジャーナリスト。共同通信社編集委員・論説委員。早稲田大学客員教授、長崎大学客員教授。博士・政策研究。 富山県生まれ。富山県立砺波高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、1992年共同通信社入社。広島支局、大阪社会部(大阪府警察本部担当)、高松支局、外信部、政治部(外務省、首相官邸担当)を経て、2003年から2007年まで、同社ワシントン特派員として、国務省、ホワイトハウス、連邦議会などを担当。その間、広島支局時代以来のテーマである核兵器の問題を取材し続けた。 1999年から2000年には、フルブライト・プログラム留学制度で米・メリーランド大学にリサーチ・フェローとして研修駐在。
出町 譲(でまち ゆずる、1964年10月19日 - )は、… 出町 譲(でまち ゆずる、1964年10月19日 - )は、日本の政治家・作家・ジャーナリスト。富山県高岡市長(1期)。元高岡市議会議員(1期)、元テレビ朝日記者。 富山県高岡市出身。富山県立高岡高等学校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。1990年に時事通信社に入社し、ニューヨーク特派員など務める。2001年にテレビ朝日に転職、「報道ステーション」統括ニュースデスク・「グッド!モーニング」ニュースデスクを歴任し、2021年1月に退職。 2021年4月5日、自民党高岡市連は、次期高岡市長選挙の推薦候補を決めるための選考委員会(委員21人)を開いた。党市連の公募には出町のほか、高岡市議会議員の角田悠紀、元市教育長の米谷和也の3人が応募。
松井 康真(まつい やすまさ、1963年3月13日 - )は… 松井 康真(まつい やすまさ、1963年3月13日 - )は、日本のフリーアナウンサー、ジャーナリスト。元テレビ朝日報道局記者・アナウンサー。 血液型A型。富山県南砺市(旧・東礪波郡井波町)出身。富山県立高岡高等学校、東京工業大学工学部化学工業科卒業。高校時代はモーリー・ロバートソン(広島県の修道高等学校を退学となり、2年生の3学期に編入)と同期。 大学3年終わりにアナウンサーを志し、計画留年した上で恵比寿南の東京アナウンスアカデミーに1年間通った。しかし、東京工業大学からマスコミへ進む事が珍しかった当時、周囲には科学と全く畑違いのアナウンサーを目指し、夢を叶えた松井を咎める者もいたという。 1986年、アナウンサーとしてテレビ朝日に入社した。
宮嶋 泰子(みやじま やすこ、1955年1月9日 - )は、… 宮嶋 泰子(みやじま やすこ、1955年1月9日 - )は、スポーツ文化ジャーナリスト。一般社団法人カルティベータ代表理。元テレビ朝日スポーツコメンテーター、元同局アナウンサーで、編成局アナウンス部エグゼクティブアナウンサー兼編成部。富山県高岡市出身で、後の2歳から25歳までを神奈川県鎌倉市で過ごす。早稲田大学スポーツ科学部で非常勤講師(2006年から2011年まで)。日本女子体育大学招聘教授(2015年から)。順天堂大学客員教授(2015年から2020年まで)。2020年1月末日テレビ朝日を正式に退職。2020年2月5日に一般社団法人カルティベータを立ち上げ代表理事となり、スポーツ文化ジャーナリストとして活動を始める。
ロバートソン 黎子(ロバートソン れいこ、1932年 - 2… ロバートソン 黎子(ロバートソン れいこ、1932年 - 2020年)は、作家、ジャーナリスト。 現在の富山県高岡市能町生まれ。生家は古くからの地主であり、農地改革前は「三歩あるけば一歩は蒲田はんの地面」と言われるほどの土地を所有していた。富山県立高岡北部高等学校の同期に後の高岡法科大学学長吉原節夫がいた。東京外国語大学英語学科を経て1957年に早稲田大学第一政治経済学部卒業。岩波書店とNHKの採用試験にも合格したが、1957年、毎日新聞東京本社に入社。1年間の仙台支局勤務を経て、女性初の外信部記者となる。フルブライト奨学金を獲得し、1958年8月から日本人女性として初めてヴァージニア大学(国際関係論修士課程)に留学していた時、同大学医科大学院在学中に、宣教師の息子で高校時代にインドのダージリンで過ごした経験があるスコットランド系アメリカ人のトマス・リー・ロバートソンJrと知り合う。
中野 謙二(なかの けんじ、1931年9月12日 - 200… 中野 謙二(なかの けんじ、1931年9月12日 - 2004年11月19日)は、日本のジャーナリスト、中国問題評論家。現代中国学会会員。 富山県高岡市生まれ。1954年、東京外国語大学中国語科卒業。 1954年毎日新聞社入社。1970年ソウル支局長、1973年香港支局長、東京本社外信部副部長を経て、1976年北京支局長、1979年論説委員。 1986年高岡短期大学教授に就任。1989年東海大学教授、2002年定年退職。 2000年、アジア人口・開発協会評議員。
翁 久允(おきな きゅういん、1888年2月8日-1973年… 翁 久允(おきな きゅういん、1888年2月8日-1973年2月14日)は、日本の作家、ジャーナリスト。幼名信(ノブ)、筆名六渓、号太稚、稚翁、稚仙。 富山県上新川郡六郎谷(ろくろだん)村壱番地(現在の中新川郡立山町六郎谷)に漢方医の父・翁源指(げんし)(文久元年3月6日生)、母・フシイ(慶應2年1月3日生)の次男として誕生。富山中学校(現在の富山県立富山高等学校)に入学して校友会月刊誌や雄弁会で文才を発揮する。3年生のときに寄宿舎の舎監に反抗して糞を床に撒く事件を起こして新聞沙汰となり、知事や県議会も巻き込む騒ぎとなったため、首謀者ではなかったものの放校処分に遭う(しかし同窓会名簿には第19回卒業生として記載されている)。
山田 毅一(やまだ きいち、1887年(明治20年)1月21… 山田 毅一(やまだ きいち、1887年(明治20年)1月21日 – 1953年(昭和28年)4月15日)は、衆議院議員(立憲民政党)、ジャーナリスト。 富山県東礪波郡福野町(現在の南砺市)出身。早稲田大学・東京外国語学校に学んだ後、『東京日日新聞』・『やまと新聞』・『國民新聞』の記者を務めた。その間、樺太・沿海州・南洋諸島・欧米諸国などを歴訪した。その後、復興通信社を創業し、社長に就任した。 1928年(昭和3年)、第16回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第17回衆議院議員総選挙でも再選を果たした。 その後、南進社、南方産業調査会を主宰し、南方政策を研究した。
横山 源之助(よこやま げんのすけ、明治4年2月21日〈18… 横山 源之助(よこやま げんのすけ、明治4年2月21日〈1871年4月10日〉- 大正4年〈1915年〉6月3日)は、富山県中新川郡魚津町(現在の魚津市)出身のジャーナリスト。号は天涯茫々生。他に有磯逸郎・無膓・夢蝶・漂天痴童・樹下石上人といった筆名を用いた。 魚津の網元の家に私生児として生まれ、すぐに左官職人の横山伝兵衛の養子となる。1881年、魚津明理小学校を卒業後、商家(醤油醸造業)に住み込み奉公をしながら独学し、1885年に富山県立富山中学校に1期生として入学する。しかし2年生の時に中退、代言人(弁護士)を目指して上京し、英吉利法律学校(現在の中央大学)に学ぶ。その後、弁護士試験を数度にわたって受験するが合格できず、各地を放浪する。