笹山 敬輔(ささやま けいすけ、1979年6月6日 - )は… 笹山 敬輔(ささやま けいすけ、1979年6月6日 - )は、日本の近代演劇研究者、実業家。富山めぐみ製薬及び内外薬品の代表取締役社長。 富山県生まれ。「ケロリン桶」の採用を決めた笹山忠松(当時、内外薬品副社長)は祖父。父の笹山和紀は内外薬品前社長。 富山県立富山中部高等学校を経て、2004年3月筑波大学卒、2011年同大学院博士課程人文社会科学研究科文芸・言語専修修了。2010年度に文学博士(博士論文は「日本近代演劇における演技術の歴史」)。2013年、『演技術の日本近代』で日本演劇学会河竹賞奨励賞受賞。 2005年4月に内外薬品に入社し同取締役就任。2015年4月から内外薬品取締役営業本部長。
上田 隆一(うえだ りゅういち、1978年〈昭和53年〉2月… 上田 隆一(うえだ りゅういち、1978年〈昭和53年〉2月16日 - )は日本のロボット研究者。東京大学博士(工学)。日本における確率ロボティクスの代表的人物の一人。「シェル芸」の提唱者。千葉工業大学先進工学部未来ロボティクス学科 教授。学生時代からロボカップ四足歩行ロボットリーグの「TEAM ARAIBO」で活躍し、後にロボカップ@ホームにも出場。東京大学大学院工学系研究科 助教、ユニバーサル・シェル・プログラミング研究所 技術研究員、産業技術大学院大学 助教、千葉工業大学未来ロボティクス学科 准教授、USP友の会 会長を歴任。ロボカップ日本委員会 正会員、ジャパンオープン実行委員会サッカー標準プラットフォームリーグ(英語版)委員。
柴田 崇徳 (しばた たかのり、1967年 - )は、日本の… 柴田 崇徳 (しばた たかのり、1967年 - )は、日本のロボット工学研究者。アザラシ型ロボット「パロ」の開発者。 1967年富山県東礪波郡城端町(現・南砺市)生まれ。富山県立砺波高等学校を経て、1989年名古屋大学工学部電子機械工学科卒業。1992年同大学大学院博士課程電子機械工学専攻修了。博士(工学)。産業技術総合研究所知能システム研究部門主任研究員。 主な業績は、「人と共存し、相互作用により、楽しみや安らぎを提供することを目的にするメンタルコミットロボット」の開発。主著は、「柴田・福田、人工生命の近未来-新たな生をつくるテクノロジー、時事通信社、1994」、「柴田、福田、ファジィロボット-インテリジェントシステムのためのソフトコンピューティング、朝倉書店、1997」。
山下 裕子(やました ゆうこ、1962年 - )は、日本のマ… 山下 裕子(やました ゆうこ、1962年 - )は、日本のマーケティング研究者。一橋大学大学院経営管理研究科教授。北陸電力取締役。 1981年富山県立富山中部高等学校理数科卒業。1985年一橋大学社会学部卒業。1987年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。1990年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。田内幸一に師事。 1990年一橋大学商学部助手。1993年一橋大学商学部専任講師、WZBベルリン社会科学センター客員研究員。1997年一橋大学商学部助教授。2002年国土交通省社会資本整備審議会臨時委員。2004年プリンストン大学社会学部客員研究員。2007年一橋大学大学院商学研究科准教授。
松島 綱治(まつしま こうじ、1952年4月29日 - )は… 松島 綱治(まつしま こうじ、1952年4月29日 - )は、日本の医学研究者。東京理科大学生命医科学研究所・炎症・免疫難病制御部門教授、東京大学名誉教授。専門は免疫学。ケモカインのプロトタイプであるinterleukin-8(CXCL8)とMCAF/MCP-1(CCL2)の発見者。富山県高岡市出身。
福田 敏男(ふくだ としお、1948年〈昭和23年〉12月1… 福田 敏男(ふくだ としお、1948年〈昭和23年〉12月12日 - )は、日本のロボット研究者。セル構造化ロボットシステム「CEBOT」やブラキエーションロボットの提案者。IEEEではアジア人初の会長を務め、国際会議IROS(英語版)やRO-MANを創設。名古屋大学で育てた博士は100人を超える。日本知能情報ファジィ学会では会長も務め、国際ロボットマイクロロボットメイズコンテストも創設した。学位は、工学博士(東京大学)。名古屋大学名誉教授。紫綬褒章、瑞宝中綬章の受章者。 工業技術院機械技術研究所研究員、東京理科大学講師、助教授、名古屋大学教授、名城大学教授、早稲田大学特任教授、エジプト日本科学技術大学研究担当副学長などを歴任。
奥田研爾(おくだ けんじ、1945年8月2日 - )は、日本… 奥田研爾(おくだ けんじ、1945年8月2日 - )は、日本の医師、医学研究者。学位は医学博士(横浜市立大学・1976年)。 横浜市立大学名誉教授・奥田内科院長。 黒屋賞受賞者。「感染症の遺伝子制御」によって1983年の黒屋奨学賞を受賞した。 富山県下新川郡入善町に生まれる。魚津高校を卒業後、大学は横浜市立大学医学部に進学。大学時代は米国への留学を目指し英会話などの語学習得にも努めた。 大学時代、皮膚科学を専門とする野口義國教授に出会い、哲学を踏まえた免疫学の講義に深く影響を受ける。ただし、後には著書で、医学においては哲学よりも事実解明や真実の追求が重要だと述べている。 野口義國教授からの深い影響で免疫遺伝学の道に進み、「誘導ミサイル療法」というテーマで学位を取得した。
高田 衛(たかだ まもる、1930年4月17日 - 2023… 高田 衛(たかだ まもる、1930年4月17日 - 2023年7月5日)は、日本の日本近世文学研究者。旧・東京都立大学名誉教授。 富山県砺波市生まれ。生家は老舗料理旅館の水月楼(現:すいげつろうホテル)。早稲田大学第二文学部日本文学科卒業、同大学院文学研究科修士課程、東京都立大学大学院博士課程修了。立正学園女子短期大学(現・文教大学女子短期大学部)、都立大学、近畿大学の教職を歴任。 専攻は上田秋成研究であったが、1980年に中公新書で『八犬伝の世界』を刊行し、曲亭馬琴『南総里見八犬伝』を道教的な視点から分析し、伏姫を文殊菩薩、八犬士を八大童子とみる説を出して注目を集めた。近世後期の幻想文学の著述紹介に力を注ぐ。
大石 修平(おおいし しゅうへい、1922年3月26日 - … 大石 修平(おおいし しゅうへい、1922年3月26日 - 1991年5月25日)は、日本の近代文学研究者。元東京都立大学人文学部教授。 富山県氷見郡氷見町(現氷見市)出身。父は農政家で氷見農業学校校長、衆議院議員の大石斎治。富山県立氷見中学校 (現・富山県立氷見高等学校)、富山高等学校 (旧制)を経て、東京帝国大学文学部国文科に進学するが、文系学生に対する徴兵免除停止に伴い、1943年に繰上卒業して軍務に服する。 出征から帰還後、1947年に富山県立富山師範学校助教授となる。同年度に附属中学校国語担当講師も務めた。1949年東京都立高校(東京都立大学附属高等学校)教諭。高岡市在住の和田侃が自らの戦中戦後の体験から、作文をとおして「自分で見て自分でものを考えることができる人間に」育てるために発行した『中学作文』に、指針となる著作を多数寄稿。
楠 恭(くすのき きょう、1915年11月17日 - 200… 楠 恭(くすのき きょう、1915年11月17日 - 2000年4月8日)は、浄土真宗の僧、仏教研究者。 富山県小矢部市出身。1942年大谷大学宗教学科卒。寺僧を務めながら妙好人について研究。東京本願寺学院教授。1999年仏教伝道文化賞受賞。
菊盛 英夫(きくもり ひでお、1909年2月14日 - 20… 菊盛 英夫(きくもり ひでお、1909年2月14日 - 2001年12月12日)は、日本の文学研究者、ドイツ文学者、映画・文芸評論家、翻訳家。中央大学教授を歴任。 富山県富山市生まれ。1933年東京帝国大学独文科卒業。1980年まで中央大学教授。 多くの著書、翻訳があり、トーマス・マンを専門とした。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
見田 石介(みた せきすけ、1906年4月23日 - 197… 見田 石介(みた せきすけ、1906年4月23日 - 1975年8月9日)は、日本の哲学者・マルクス主義経済学者・ヘーゲル研究者。旧姓は甘粕、筆名「佐竹 恒有」、「瀬木 健」。 1906年、島根県津和野生まれ。1923年3月県立富山中学校4学年修了。1927年3月旧制第四高等学校理科卒業。1930年京都帝国大学文学部哲学科卒業。波多野精一に師事し、ヘーゲルの歴史哲学を研究した。 1930年4月に同大学大学院に進学し、同時に平安女学院講師に就職するが、1931年3月に大学院を退学。同年4月に平安女学院講師も退職する。1932年10月に創立された唯物論研究会に11月に参加。1933年機関誌『唯物論研究』に執筆開始。
中野 克彦(なかの かつひこ)は、構造工学、鉄筋コンクリート… 中野 克彦(なかの かつひこ)は、構造工学、鉄筋コンクリート構造の研究者、新潟工科大学工学部准教授(工学博士)。