小竹 凱(おだけ かい、1998年〈平成10年〉5月17日 … 小竹 凱(おだけ かい、1998年〈平成10年〉5月17日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の衆議院議員(2期)。 石川県金沢市出身。2011年3月、金沢市立米丸小学校を卒業。2014年3月、金沢市立高岡中学校を卒業。2019年3月、石川工業高等専門学校建築学科卒業し、同年4月、大林組に入社。2023年5月に4年間勤めた大林組を依願退職し、政治家を志して翌6月には国民民主党石川県連青年局長に就任した。また青年局長時代の2023年8月15日からは国民民主党公認団体の国民民主党学生部に参加、10月14日の学生部全体大会で北信越統括部長として公認候補予定者内定の2024年5月まで活動した。 2024年5月7日に次期衆議院選挙に国民民主党石川県第1区公認候補予定者に内定し、2024年10月27日実施の第50回衆議院議員総選挙に石川県第1区から立候補。
宮橋 勝栄(みやはし しょうえい、1979年〈昭和54年〉1… 宮橋 勝栄(みやはし しょうえい、1979年〈昭和54年〉11月5日 - )は、日本の政治家。石川県小松市長(2期)。元小松市議会議員(2期)。 石川県小松市松岡町に生まれる。石川県立小松高等学校卒業。2002年(平成14年)3月、立教大学観光学部卒業。同年4月、物語コーポレーションに就職。直営する丸源ラーメン今伊勢店、岩槻店で店長を務めた後、愛知県豊橋市の本社総務部に勤務。 2008年(平成20年)、クスリのアオキに転職。 2011年(平成23年)4月24日に行われた小松市議会議員選挙に無所属で立候補し初当選した。2015年(平成27年)の市議選は自民党公認で立候補し再選。 2017年(平成29年)3月26日に行われた小松市長選挙に立候補するも、現職の和田愼司に敗れ落選。
安田 真理(やすだ まり、1978年7月19日 - )は、日… 安田 真理(やすだ まり、1978年7月19日 - )は、日本の政治家、フリーアナウンサー。立憲民主党所属の東京都杉並区議会議員(1期)。フリーアナウンサーとしてはエス・オー・プロモーション所属。 石川県金沢市出身。石川県立金沢二水高等学校を経て、2002年3月、金沢大学教育学部保健体育コース卒業。同年から4年間、NHK富山放送局にて契約キャスターとして勤務。 契約満了後、帰郷し2006年石川テレビに入社、2012年3月31日をもって同社を退職。 石川県内の地上デジタル放送推進大使ではただ一人の地元出身者であった。ただ、仕事の都合によっては同僚に代役を任せる場合もあった。 女優として脚本・鈴木三世、磐木大、中島彰則、演出・黒田アーサー『バイオハザードカフェで朝食を』に出演。
田中 美絵子(たなか みえこ、1975年12月16日 - )… 田中 美絵子(たなか みえこ、1975年12月16日 - )は、日本の政治家。民進党所属の元衆議院議員(1期)。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のタレント。
佐々木 紀(ささき はじめ、1974年〈昭和49年〉10月1… 佐々木 紀(ささき はじめ、1974年〈昭和49年〉10月18日 ‐ )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)、国土交通副大臣。 国土交通大臣政務官を歴任。 石川県能美市出身(森喜朗とは同郷)。脚本家の佐々木守は伯父。元プロ野球選手の松井秀喜とは中学の同級生。元石川県議会議員の佐々木博は祖父の弟にあたる。 石川県立小松高等学校を経て東北大学法学部(専攻は税法)卒業。東北大学卒業後、仙台にて友人と輸入ビジネスを起業。2003年に石川県へ戻り、父の経営するビル管理会社に入社した。2010年に小松青年会議所理事長、2011年に日本青年会議所石川ブロック協議会会長に就任し、青年会議所の活動やボランティアなどを通して新潟・福島ゲリラ豪雨や東日本大震災による被災地支援をおこなった。
松平 浩一(まつだいら こういち、1974年9月16日 ‐ … 松平 浩一(まつだいら こういち、1974年9月16日 ‐ )は、日本の政治家、弁護士。立憲民主党所属の元衆議院議員(1期)。 石川県金沢市出身。深溝松平家の末裔にあたる。1993年、金沢大学附属高等学校卒業。1999年、上智大学経済学部卒業。2003年、司法試験合格。弁護士としてベーカー&マッケンジー法律事務所に勤務し、国際取引、M&A、企業再生案件などに携わる。その間、グリー、ソニー、ヤフー及びYJキャピタルに出向、インターネット関連、スタートアップ支援業務に従事した。シンガポールにてプロサッカークラブ(アルビレックス新潟シンガポール)を創設・運営、FIFA公認エージェントとして選手の海外・国内移籍業務を行うほか、公益財団法人日本サッカー協会規律・フェアプレー委員等を歴任するなどサッカー関連の活動も多い。
黒口 啓一郎(くろぐち けいいちろう、1974年 - )は、… 黒口 啓一郎(くろぐち けいいちろう、1974年 - )は、金沢市議会議員(1期目)。元テレビ金沢の記者・アナウンサー。新潟テレビ21の記者。防災士。株式会社AMSの元役員、特定非営利活動法人「Web Directors Forum」の元代表理事。石川県金沢市出身・在住。 石川県金沢市出身。金沢市立新竪町小学校(現・金沢市立犀桜小学校)、金沢市立城南中学校卒業。石川県立金沢泉丘高等学校、新潟大学経済学部を卒業後、1997年4月に新潟テレビ21へ入社。同局在籍時には報道部で記者を務めていた。 新潟テレビ21を退社後、2003年10月にテレビ金沢に入社。報道制作局報道部の記者を経て2005年にアナウンサーとなり、『びービーみつばち』『テレビ金沢ニュースプラス1』『ズームイン!!SUPER』などに出演。
近藤 和也(こんどう かずや、1973年〈昭和48年〉12月… 近藤 和也(こんどう かずや、1973年〈昭和48年〉12月12日 - )は、日本の政治家。中道改革連合所属の衆議院議員(5期)、立憲民主党石川県総支部連合会代表。 石川県鹿島郡鹿島町(現・中能登町)出身。父親はタクシー運転手で、母親は保育士だった。鹿島町立滝尾小学校、鹿島町立鹿島中学校卒業。中学時代に政治家を志した。 1992年3月、石川県立七尾高等学校卒業。同年、代々木ゼミナール京都校に入り、寮生活を送る。1993年、京都大学経済学部に入学。大学4年のとき(1996年)、自民党衆議院議員の瓦力が衆院選・石川3区から立候補。瓦の選挙を手伝った際に知り合った女性とのちに結婚した。1997年3月、同大学卒業。
川 裕一郎(かわ ゆういちろう、1971年10月27日 - … 川 裕一郎(かわ ゆういちろう、1971年10月27日 - )は、日本の政治家、実業家。参政党所属の衆議院議員(1期)、参政党副事務局長(第2代)。 金沢市議会議員(1期)、石川県議会議員(5期)、参政党副代表などを歴任。 石川県金沢市出身。藤花学園尾山台高等学校を経て北陸コンピュータ専門学校を卒業。地元の情報通信企業に就職して会社役員にまでなるが、人生を懸ける仕事でないと考え退職。 情報通信企業退職後に福祉の資格を取り福祉関連会社を設立して代表取締役に就任。福祉の現場で弱者に光が当たっていないことを目の当たりにしたために、社会を変えるために政治家になることを決意。2007年の金沢市議会議員選挙に民主党公認で出馬し、4984票を得てトップ当選。
宮本 周司(みやもと しゅうじ、1971年3月27日 - )… 宮本 周司(みやもと しゅうじ、1971年3月27日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(4期)。参議院財政金融委員長。 商工会の政治組織である全国商工政治連盟の組織内候補であり、商工会組織の国会担当と自称する。 経済産業大臣政務官、財務大臣政務官、参議院財政金融委員長、自由民主党石川県支部連合会長、同政務調査会財務金融部会長を歴任。 石川県能美郡辰口町(現・能美市)生まれ。現住所は能美市松が丘5丁目。父親は辰口町長を務めた宮本長興。石川県立金沢泉丘高等学校卒業。1995年3月、東京経済大学経済学部卒業。 2000年、株式会社宮本酒造店代表取締役就任。2009年、全国商工会連合会青年部連合会会長就任。
平山 佐知子(ひらやま さちこ、1971年1月3日 - )は… 平山 佐知子(ひらやま さちこ、1971年1月3日 - )は、日本のフリーアナウンサー、政治家。参議院議員(2期)。 静岡県庵原郡蒲原町(現・静岡市清水区蒲原)に生まれ、石川県金沢市で育った。前者は父親の出身地で、後者は父親の勤務地。金沢高等学校を卒業と同時に静岡県に引っ越す。その際、浜松市在住の親戚の薦めで、磐田市に転居。 日本福祉大学女子短期大学部保育学科を卒業後、静岡県浜松市の河合楽器製作所に入社。総務部庶務課に配属され、4年半勤務、都市対抗野球のチームマスコットを務めたこともある。 退職後、若いうちに様々な経験を積みたいと考えモデル事務所に所属しファッションショーやCM、イベントの司会、民放のテレビ番組などで3年あまり活動。
茶谷 義隆(ちゃたに よしたか、1965年〈昭和40年〉9月… 茶谷 義隆(ちゃたに よしたか、1965年〈昭和40年〉9月6日 - )は、日本の政治家、税理士。石川県七尾市長(2期)。 石川県七尾市出身。七尾市立御祓中学校(現・七尾市立七尾中学校)卒業。1984年(昭和59年)3月、石川県立七尾高等学校卒業。同年4月、金沢国税局総務部に採用される。1985年(昭和60年)4年、大阪国税局に勤務。 1990年(平成2年)3月、近畿大学法学部卒業。2010年(平成22年)7月、金沢国税局七尾税務署に勤務。2013年(平成25年)7月、金沢国税局を退職し、税理士となる。 2020年(令和2年)6月15日、七尾市長の不嶋豊和は、年内の改装オープンを目指していた複合商業施設「パトリア」について、新型コロナウイルスの影響でテナント誘致に遅れが出ていることを市議会定例会で明らかにした。
泉谷 満寿裕(いずみや ますひろ、1964年〈昭和39年〉4… 泉谷 満寿裕(いずみや ますひろ、1964年〈昭和39年〉4月28日 - )は、日本の政治家。石川県珠洲市長(6期)。 石川県珠洲市生まれ。1987年(昭和62年)3月、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同年4月、野村證券に就職。1995年(平成7年)4月、同社を退社。1855年(安政2年)創業の泉谷菓子舗(実家。「いも菓子」で知られる)に転職。2003年(平成15年)11月、泉谷菓子舗代表となる。2004年(平成16年)7月、食料品卸会社の代表取締役に就任。 2006年(平成18年)5月1日、珠洲市長の貝蔵治が健康上の理由により辞職。同年6月11日に行われた市長選挙に出馬。自由民主党の推薦を受けた前助役の木之下明との一騎打ちを制し初当選した(泉谷:8,413票、木之下:5,287票)。
井出 敏朗(いで としあき、1962年〈昭和37年〉10月8… 井出 敏朗(いで としあき、1962年〈昭和37年〉10月8日 - )は、日本の政治家。石川県能美市長(3期)。元石川県議会議員(3期)。 石川県能美郡寺井町(現・能美市)出身。寺井町立寺井小学校(現・能美市立寺井小学校)、寺井町立寺井中学校(現・能美市立寺井中学校)、石川県立小松高等学校卒業。1985年(昭和60年)3月、群馬大学工学部化学工学科卒業。同年4月、大日本インキ化学工業株式会社(現・DIC)に就職。1987年(昭和62年)4月、ノリタケに転職。1990年(平成2年)4月、井出製陶株式会社に転職。 2011年(平成23年)4月の石川県議会議員選挙に自由民主党公認で出馬し初当選。2015年(平成27年)、再選。
岡田 直樹(おかだ なおき、1962年〈昭和37年〉6月9日… 岡田 直樹(おかだ なおき、1962年〈昭和37年〉6月9日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(4期)。同党参議院幹事長代行、石川県連会長。 内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、地方創生、規制改革、クールジャパン戦略、アイヌ施策)、デジタル田園都市国家構想担当大臣、国際博覧会担当大臣、行政改革担当大臣(第2次岸田第1次改造内閣)、内閣官房副長官(第4次安倍第2次改造内閣・菅義偉内閣)、財務副大臣(第3次安倍第1次改造内閣)、国土交通大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、参議院国土交通委員長、石川県議会議員(1期)、自由民主党参議院国会対策委員長を歴任した。 石川県金沢市出身(現住所は同市窪5丁目)。
山野 之義(やまの ゆきよし、1962年〈昭和37年〉3月3… 山野 之義(やまの ゆきよし、1962年〈昭和37年〉3月30日 - )は、日本の政治家、金沢大学客員教授。公選第21代石川県知事。金沢市長(3期)、金沢市議会議員(4期)を歴任した。 石川県金沢市生まれ。金沢市立中央小学校、金沢市立野田中学校卒業。1980年3月、石川県立金沢泉丘高等学校卒業。1987年3月、慶應義塾大学文学部仏文科を卒業。1990年4月、ソフトバンクに入社。1994年8月31日、ソフトバンクを退社。 1995年4月の金沢市議会議員選挙に立候補し初当選。以後連続4選。市議時代は自民党に所属した。 2010年11月9日に市議を辞職。自民党を離党した上で自民党金沢支部・日本創新党の推薦を受けて金沢市長選挙に立候補。
下沢 佳充(しもざわ よしたか、1961年1月12日 - )… 下沢 佳充(しもざわ よしたか、1961年1月12日 - )は日本の政治家。石川県議(7期目)を務める。過去には、石川県議会副議長、第95代石川県議会議長を務めた。 1961年1月12日、金沢市金石に生まれる。石川県立金沢泉丘高等学校卒業後、1984年、早稲田大学商学部卒業。学生時代は早稲田大学雄弁会に所属していた。森喜朗の議員秘書を12年間務めた後、1995年4月9日の石川県議会選挙に金沢市選挙区から自由民主党公認で立候補して初当選を果たした。2007年5月2日から2008年3月20日まで石川県議会副議長を、2013年3月21日から2014年3月27日まで第95代石川県議会議長を務めた。 2023年4月に行われた石川県議会議員選挙で、金沢市選挙区で有権者らに対し会合を開き、接待をしたとして、警察は支援者や出席者十数人を公職選挙法違反の疑いで書類送検した。
福田 健次(ふくだ けんじ、1960年〈昭和35年〉10月1… 福田 健次(ふくだ けんじ、1960年〈昭和35年〉10月11日 - )は、日本の政治家。本名・旧芸名は福田 浩(ふくだ ひろし)。 かつては、福岡県を拠点にしたローカルタレントとして活動し、アクションを得意とした俳優でもある。福岡県中間市長(3期)。愛称は「けんちゃん」、「福田のけんちゃん」。 選挙に立候補して以降は全ての出演を見合わせている。 すべて福岡ローカルでの放送。
粟 貴章(あわ たかあき、1960年〈昭和35年〉6月11日… 粟 貴章(あわ たかあき、1960年〈昭和35年〉6月11日 - )は、日本の政治家。石川県野々市市長(5期)。元野々市町長(2期)、元石川県議会議員(3期)。 石川県立金沢泉丘高等学校卒業。日本大学法学部卒業。1984年(昭和59年)9月、参議院議員秘書となる。1986年(昭和61年)8月、株式会社国土開発センターに入社。 1991年(平成3年)4月、株式会社国土開発センターを退社。同年同月、石川県議会議員に初当選。1995年(平成7年)の県議選は落選。 1998年(平成10年)に結成された地域政党「新進石川」に参画。1999年(平成11年)の県議選で返り咲く。2003年(平成15年)、3期目の当選。
長田 哲也(ながた てつや、1959年9月26日 - )は、… 長田 哲也(ながた てつや、1959年9月26日 - )は、日本の政治家。石川県議会議員(2期)。元北陸放送(MRO)アナウンサー、同社元報道制作局アナウンス部長。 石川県金沢市出身、星座はてんびん座。妻は元MROアナウンサーの金原ゆかり。 金沢市立額小学校・金沢市立額中学校・石川県立金沢二水高等学校卒業。立教大学文学部フランス文学科卒業後の1984年4月、MROに入社(同期に坂谷順子)。報道制作局アナウンス部に所属し、報道番組のキャスターや記者として活動。2018年10月末をもって退社。 退社に先立つ2018年10月14日、石川県議会議員(当時)の義父・金原博の後援会の席で、金原の後継として2019年石川県議会議員選挙へ出馬する意向を表明。
奥田 建(おくだ けん、1959年〈昭和34年〉1月16日 … 奥田 建(おくだ けん、1959年〈昭和34年〉1月16日 - 2021年〈令和3年〉6月22日)は、日本の政治家。 衆議院議員(4期)、国土交通副大臣(野田内閣・野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣)を務めた。 父は、竹下派七奉行の一人に名を連ねた衆議院議員の奥田敬和。 石川県金沢市生まれ。金沢市立菊川小学校、金沢市立城南中学校、石川県立金沢泉丘高等学校、日本大学理工学部卒業。大林組を経て、1987年に治山社に入社。1990年同社取締役、1997年同社専務取締役。1998年、父の奥田敬和が第18回参議院議員通常選挙の直後に死去。衆議院石川1区補欠選挙に民主党公認で出馬し初当選。2000年の第42回衆議院議員総選挙では自由民主党公認の馳浩に石川1区で敗れ、重複立候補していた比例北陸信越ブロックで復活当選。
田村 敏和(たむら としかず、1957年(昭和32年)3月4… 田村 敏和(たむら としかず、1957年(昭和32年)3月4日 - )は、日本の政治家。石川県白山市長(1期)。 石川県金沢市出身。金沢大学教育学部卒業。白山市内の中学校校長や市教育センター所長などを務め、2021年4月白山市教育長に就任。 2023年3月6日白山市長山田憲昭は市役所内で転倒により脳挫傷、3月10日に死去した。市選挙管理委員会は後任を決める市長選挙を統一地方選挙の臨時特例法に基づき、第20回統一地方選挙後半戦となる4月16日に告示、同月23日に投開票することを決定した。4月2日白山市議会の候補者選考委員会は市教育長の田村敏和を擁立。これを受け、自民党白山市連合支部は役員会で田村への推薦を決定。
坂口 茂(さかぐち しげる、1957年(昭和32年)2月25… 坂口 茂(さかぐち しげる、1957年(昭和32年)2月25日 - )は、日本の政治家。石川県輪島市長(2期)。 石川県輪島市出身。1980年徳島大学工学部建設工学科卒。建設会社勤務を経て、1982年旧輪島市役所に入庁。都市整備課長、企画課長、交流政策部長などを歴任した。2013年輪島市副市長に就任。2022年3月、輪島市長選挙に立候補し、元市職員を破って初当選した。2026年3月、輪島市長選挙に立候補し、無投票当選。
作野 広昭(さくの ひろあき、1957年1月17日 - )は… 作野 広昭(さくの ひろあき、1957年1月17日 - )は、日本の政治家、石川県議会議員(6期)。これまで石川県白山市長(1期)や松任市議会議員(3期)を歴任した。 石川県松任市出身。1975年金沢市立工業高等学校卒。1979年金沢工業大学土木工学科卒。1989年松任市議に初当選。副議長を務めた。1999年石川県議に初当選。3期務め、2010年県議会副議長。同年10月白山市長の角光雄が死去。白山市長選挙に立候補して当選した。在職中は補助金など制度見直しに着手、3期12年を限度とする「多選自粛条例」を提案し。議会で可決された。2014年の市長選挙では再選を目指したが、元石川県議の山田憲昭に敗れた。
徳野 英治(とくの えいじ、1954年12月2日 - )は、… 徳野 英治(とくの えいじ、1954年12月2日 - )は、日本の宗教家、政治家。世界平和統一家庭連合の日本統一教会第11代・13代会長、平和大使協議会会長、一般財団法人国際ハイウェイ財団会長を歴任した。 石川県金沢市生まれ。門前町立諸岡小学校、門前町立門前中学校卒業。石川県立金沢二水高等学校に入学。 カトリックの教会に通っていた1970年12月、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)と出会う。それから3か月間は両方の教会に通い、1971年4月11日に統一教会へ入信した。1979年3月、富山大学経済学部卒業。 原理研究会(CARP)は当時、大学ごとに一戸建ての家を賃借し、「学舎」もしくは「ホーム」と名付け、勧誘した学生と共同生活を行っていた。
岸 博一(きし ひろいち、1954年(昭和29年)12月1日… 岸 博一(きし ひろいち、1954年(昭和29年)12月1日 - )は、日本の政治家。石川県羽咋市長(2期)。元羽咋市議会議員(1期)。 石川県羽咋町(現・羽咋市旭町)出身。石川県立羽咋高等学校卒業。1977年(昭和52年)3月、明治大学法学部卒業。同年4月、羽咋市役所に入庁。教育次長などを歴任。 2016年(平成28年)10月2日に行われた羽咋市長選挙に立候補するも現職の山辺芳宣に敗れ落選。※当日有権者数:19,334人 最終投票率:75.81%(前回比:-4.7pts) 2017年(平成29年)9月3日に行われた羽咋市議会議員選挙に立候補しトップ当選を果たす。 2020年(令和2年)6月10日、市長の山辺は市議会定例会で、任期満了に伴う市長選に出馬しない考えを表明した。
山田 修路(やまだ しゅうじ、1954年(昭和29年)3月1… 山田 修路(やまだ しゅうじ、1954年(昭和29年)3月18日 - )は、日本の政治家、農林官僚。自由民主党の元参議院議員(2期)。 総務大臣政務官(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、参議院農林水産委員長、水産庁長官、農林水産審議官などを務めた。 1954年、石川県加賀市で生まれる。1966年加賀市立錦城小学校、1969年に加賀市立錦城中学校、1972年に金沢大学附属高等学校、1976年に東京大学法学部を卒業。 1976年、農林省に入省。埼玉県庁農政課長、外務省出向(パリOECD代表部参事官)、農林水産省農村振興局長、生産局長、水産庁長官、農林水産審議官などを務めた。 2012年11月に自民党石川県連の公募で参議院議員候補に選ばれる。
本吉 達也(もとよし たつや、1952年(昭和27年)4月2… 本吉 達也(もとよし たつや、1952年(昭和27年)4月29日 - )は、日本のジャーナリスト、政治家、教育者。羽咋市長や小都市市長会会長、全国青年市長会副会長、富山第一高等学校校長等を歴任した。 現在の石川県羽咋市で本吉二六(第3代羽咋市長)の子として生まれ、金沢大学教育学部附属高等学校を経て、一橋大学法学部卒業後、石川テレビ放送報道部記者や、報道部副部長を務めた。 1996年から2004年まで羽咋市長を務め、議長車以外の黒塗り車を廃止してハイブリッドカーを導入するなど、財政再建にあたった。また、直接請求を受け、志雄町や押水町、志賀町等への市町村合併の呼びかけも行った。小都市市長会会長、全国市長会理事、全国青年市長会副会長を歴任。
山辺 美嗣(やまべ みつぐ、1952年4月4日 - )は、日… 山辺 美嗣(やまべ みつぐ、1952年4月4日 - )は、日本の政治家、元通産官僚、元富山県議会議長。公共政策コンサルタント。NPO日露経済文化交流会理事長。地方議員を目指す人を対象としたサイト「議員応援ブログ」を運営している。 福野町立福野中学校卒業。金沢大学教育学部附属高等学校卒業。東京大学工学部卒業。 1976年4月入省。1994年12月に退職するまで、資源エネルギー庁、通商政策局、産業政策局、中部通商産業局に勤務。 通商産業省では、高橋はるみ、岡田克也、長谷川栄一などが同期、仲井真弘多、細田博之、古田肇、太田房江などが先輩にあたる。 通産官僚の間、1980年-1981年に国連貿易開発会議事務局(ジュネーブ)に出向、1988年-1991年まで金属鉱業事業団ニューヨーク事務所と2回の海外勤務を経験する。
和田 愼司(わだ しんじ、1951年(昭和26年)11月26… 和田 愼司(わだ しんじ、1951年(昭和26年)11月26日 - )は、日本の政治家。元石川県小松市長(3期)。 石川県立小松高等学校、同志社大学経済学部卒業。1974年(昭和49年)、株式会社小松製作所に就職。人事、経理、営業部門に勤務。コマツ産機事業本部副本部長などを歴任。2004年(平成16年)12月、同社を退職。 2005年(平成17年)3月27日執行の小松市長選挙に無所属で立候補。現職の西村徹、元職の北栄一郎ら2人の候補者と争うも落選。得票数は、西村:28,633票、和田:25,973票、北:8,658票。投票率は、73.75%。 2009年(平成21年)3月29日執行の小松市長選挙に立候補。
矢田 富郎(やた とみろう、1949年9月17日 ‐ )は、… 矢田 富郎(やた とみろう、1949年9月17日 ‐ )は、日本の政治家。石川県河北郡津幡町長(2期)。
不嶋 豊和(ふしま とよかず、1949年(昭和24年)8月2… 不嶋 豊和(ふしま とよかず、1949年(昭和24年)8月27日 - )は、日本の政治家。前石川県七尾市長(2期)。 石川県七尾市出身。石川県立七尾高等学校、中央大学法学部卒業。1973年(昭和48年)4月、石川県職員に採用される。2009年(平成21年)4月、七尾市副市長に就任。 2012年(平成24年)10月28日に行われた七尾市長選挙に前市長武元文平の後継者として立候補し初当選。11月7日、市長に就任。2016年(平成28年)10月、無投票で再選。 2020年(令和2年)の市長選に、衆議院議員の西田昭二、自民党県議の清水真一路、市議会第一会派「灘会」の市議らの支援を受けて立候補。「パトリア」への「ドン・キホーテ」の確実な誘致、2021年4月の子ども医療費完全無料化、能越自動車道の整備促進などを公約に訴えるが、衆議院議員の近藤和也、自民党県議の和田内幸三、市議会第二会派「新政会」などの支援を受けた税理士の茶谷義隆に敗れ落選した。
油野 和一郎(あぶらの わいちろう、1949年〈昭和24年〉… 油野 和一郎(あぶらの わいちろう、1949年〈昭和24年〉6月23日 - )は、日本の政治家。石川県かほく市長(6期)。元河北郡七塚町長。 1968年3月、石川県立金沢桜丘高等学校卒業。1972年3月、法政大学経済学部経済学科卒業。1972年4月、金庄合繊協業組合入社。1981年4月 、油野繊維株式会社取締役就任。1992年3月、油野繊維株式会社代表取締役就任。1997年12月 、七塚町議会議員就任。2000年3月、現職町長の東与市を破って七塚町長に当選。 2004年4月11日、元高松町長の城村孝一を破ってかほく市長に当選。2008年、無投票でかほく市長再選。2012年3月18日、無投票でかほく市長3選。
寺前 秀一(てらまえ しゅういち、1949年(昭和24年)5… 寺前 秀一(てらまえ しゅういち、1949年(昭和24年)5月1日 - )は、日本の観光学者、政治家、運輸官僚。人流・観光研究所所長。元石川県加賀市長(1期)。学位は博士(観光学)。 石川県加賀市生まれ。1972年、東京大学法学部を卒業し、運輸省(現国土交通省)に入省。1998年より国土庁大臣官房審議官。2001年より気象庁次長。2003年、日本観光協会理事長に就任。2006年から高崎経済大学地域政策学部教授を務めた。2007年、立教大学で博士(観光学)の学位を取得。 2009年10月31日、石川県加賀市長に就任。市長在任中は観光政策に力を入れており、山代・山中・片山津といった温泉や加賀大聖寺藩十万石文化を「加賀ブランド」にイメージされるものとして、各温泉個別ではなく「加賀温泉郷」として加賀市ブランド化戦略を推進したいとしていた。
梶 文秋(かじ ふみあき、1948年〈昭和23年〉11月4日… 梶 文秋(かじ ふみあき、1948年〈昭和23年〉11月4日 - )は、日本の政治家。石川県輪島市長(4期)、旧輪島市長(2期)、旧輪島市議会議員(2期)を歴任。 石川県鳳至郡輪島町鳳至町(現・輪島市鳳至町)生まれ。1967年3月、石川県立輪島高等学校卒業。民間会社を経て、1971年4月に輪島市役所に採用される。 1991年4月、輪島市議会議員に初当選。1995年、市議に再選。 1998年4月、旧輪島市長に初当選。2002年、再選。 2006年2月1日、旧輪島市と鳳珠郡門前町が合併し、新輪島市が誕生。これに伴って3月19日に行われた市長選に当選。2010年、再選。2014年、無投票により3選。 2018年3月、自民党・公明党の推薦を受けて立候補し、元市職員の林平成人を67票差で破り4選(梶:8,389票、林平:8,322票)。
北 栄一郎(きた えいいちろう、1947年8月17日 - 2… 北 栄一郎(きた えいいちろう、1947年8月17日 - 2019年9月16日)は、日本の政治家。元石川県小松市長(2期)。石川県議会議員(1期)。 石川県小松市出身。1971年、東京大学法学部を卒業。同年自治省に入る。のち石川県企画開発部企画課長、総務部次長、企画開発部長、商工労働部長、参与を経て、1992年小松市長選挙に立候補し、現職を破り当選。1996年の市長選でも再選された。 1997年1月、日本海でロシアのタンカー「ナホトカ号」が座礁。大量の重油が沿岸に流出した(ナホトカ号重油流出事故)。この事故の最中、サイパンへ旅行に行っていたことが判明。しかも、休暇の理由が虚偽だったため、北は3月に市長を辞職。
翫 正敏(いとう まさとし、1947年4月11日 - 202… 翫 正敏(いとう まさとし、1947年4月11日 - 2022年1月26日)は、昭和・平成期の日本の政治家(参議院議員1期)・真宗大谷派僧侶。測量士の資格を持つ。 石川県出身。小松高校卒業、1970年に立命館大学理工学部を卒業後に、京都市の建築設計事務所に勤務した後、父の後を継いで小松市の正光寺住職となる。僧侶としての立場から平和運動に参加して宗教者平和ネットワークを創設し、小松基地騒音公害訴訟や能登原発反対運動に参加する。 1989年の第15回参議院議員通常選挙比例区に日本社会党の比例代表名簿第19位で立候補して初当選する。1993年には日本社会党委員長選挙に立候補して村山富市と争うが敗れた。
北村 茂男(きたむら しげお、1945年(昭和20年)11月… 北村 茂男(きたむら しげお、1945年(昭和20年)11月8日 ‐ )は、日本の政治家。 環境副大臣(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、総務大臣政務官兼内閣府大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院議員(4期)、衆議院農林水産委員長、第73代石川県議会議長、石川県議会議員(7期)を歴任した。藍綬褒章受章(地方自治功労)。 石川県輪島市出身。石川県立輪島高等学校を経て明治大学経営学部卒業[要出典]。 旧石川2区選出の衆議院議員稲村左近四郎の秘書を経て、29歳の時に石川県議会議員選挙に自由民主党から出馬し初当選。自民党石川県支部連合会会長や幹事長、政調会長、総務会長を歴任した。また県議会運営委員長、石川県議会最大会派「拓政会」の会長を務めた[要出典]。
桑原 豊(くわばら ゆたか、1945年10月14日 - )は… 桑原 豊(くわばら ゆたか、1945年10月14日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、石川県議会議員を歴任。
宇野 邦夫(うの くにお、1942年12月12日 - 202… 宇野 邦夫(うの くにお、1942年12月12日 - 2024年2月6日)は、日本の政治家。新進石川会長(第2代、第4代)。 金沢市議会議員(2期)、石川県議会議員(8期)、石川県議会副議長を歴任。 石川県出身。石川県立輪島高等学校卒業。 奥田敬和の秘書を経て、1975年に金沢市議会議員に初当選。以降、市議会議員を2期連続で務める。 1983年に執行された石川県議会議員選挙にて初当選。その後、1987年に執行された県議会議員選挙では落選するも、1991年に執行された県議会議員選挙で当選し、以降、2015年まで県議会議員を連続7期務める。 県議会議員に初当選した際は自由民主党に所属していたが、かつて秘書として仕えた奥田が自由民主党を離党して新生党を結成すると、これに同調して新生党に参加する。
一川 保夫(いちかわ やすお、1942年〈昭和17年〉2月6… 一川 保夫(いちかわ やすお、1942年〈昭和17年〉2月6日 - )は、日本の政治家、農林官僚。 衆議院議員(3期)、参議院議員(1期)、防衛大臣(第9代)、参議院災害対策特別委員長、民主党参議院政策審議会長、同参議院幹事長、同幹事長代理、同石川県連代表、石川県議会議員(2期)等を歴任。 1942年に石川県小松市に生まれる。石川県立松任農業高等学校を卒業後、三重大学農学部農業土木学科を卒業した。1965年に農林省(現農林水産省)に入省し、以後25年間勤務する。1990年に農林水産省を退官した。 1991年4月に父・一川保正の後を継いで石川県議会議員選挙に自由民主党公認で出馬し、初当選。石川県議会では石川県選出の奥田敬和系列に属した。
石川 宣雄(いしかわ のぶお、1942年〈昭和17年〉1月3… 石川 宣雄(いしかわ のぶお、1942年〈昭和17年〉1月3日 - 2026年〈令和8年〉2月6日)は、日本の政治家、実業家。 第5代石川県穴水町長(4期)、のと鉄道取締役などを歴任。 石川県鳳珠郡穴水町出身。1960年(昭和35年)3月、石川県立輪島高等学校を卒業。1962年(昭和37年)8月、中央大学文学部を中退。 1996年(平成8年)4月、株式会社いろは代表取締役に就任。地元の食品スーパーの経営などを手掛け、2005年(平成17年)5月には穴水町商工会会長に就任。 2006年(平成18年)1月22日、穴水町長選挙に無所属で出馬し、同じく無所属で新人の布施豊樹を破り、初当選。※当日有権者数:9,384人人 最終投票率:77.94%(前回比: 12.99pts) 同年6月、のと鉄道取締役に就任。
大幸 甚(おおさか じん、1941年(昭和16年)12月23… 大幸 甚(おおさか じん、1941年(昭和16年)12月23日 - )は、日本の政治家。石川県議会議長等を経て、加賀市の初代市長を務めた。 石川県江沼郡大聖寺町本町生まれ。石川県立小松高等学校を経て、専修大学法学部卒業。代議士秘書を経て、29歳で加賀市議会議員に初当選。1975年石川県議会議員(自由民主党)に初当選し、爾後6期務め石川県議会議長にも選出された。1999年加賀市長。2003年再選。加賀市・山中町合併協議会会長として平成の大合併にあたり、2005年には合併後の新制加賀市の初代市長に当選した。
山辺 芳宣(山邊 芳宣、やまべ よしのぶ、1941年2月1日… 山辺 芳宣(山邊 芳宣、やまべ よしのぶ、1941年2月1日 - )は、日本の政治家。元石川県羽咋市長(3期)、元羽咋市議会議員(4期)。 1959年(昭和34年)3月、石川県立羽咋高等学校卒業。 1986年(昭和61年)から株式会社八幡(本社:羽咋市)で総務部長などを務め、1993年(平成5年)6月30日に退社。同年の羽咋市議会議員選挙に初当選した。2004年(平成16年)3月24日から2005年(平成17年)2月22日まで議長を務めた。 2008年(平成20年)9月26日、市議を辞職。同年10月の羽咋市長選挙で初当選し、11月1日に市長就任。2012年(平成24年)、2016年(平成28年)の選挙で再選した。
田中 直紀(たなか なおき、1940年〈昭和15年〉6月19… 田中 直紀(たなか なおき、1940年〈昭和15年〉6月19日 - )は、日本の政治家、実業家。越後交通代表取締役会長。 外務政務次官(宇野内閣、第1次海部内閣)、農林水産副大臣(初代)、防衛大臣(第10代)、参議院議員(3期)、衆議院議員(3期)を歴任した。旧姓は鈴木。父は、内務官僚、自由党衆議院議員であった鈴木直人。妻は越後交通グループ前会長で現相談役である田中眞紀子。 石川県金沢市生まれ。現在は新潟県在住。武蔵高等学校中学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。大学卒業後は日本鋼管(現JFEスチール、JFEエンジニアリング)に入社。1969年に田中角栄元総理の長女・田中眞紀子と結婚して田中家に婿入りし、姓を田中に改める。
西村 徹(にしむら とおる、1939年11月20日 - )は… 西村 徹(にしむら とおる、1939年11月20日 - )は、日本の政治家。元石川県小松市長(3期)。 石川県小松市出身。石川県立小松高等学校を卒業後、石川県庁に入る。県庁内では農林水産部長などを歴任した。農林水産部長時代の1997年1月、日本海でロシアのタンカー「ナホトカ号」が座礁。大量の重油が沿岸に流出した(ナホトカ号重油流出事故)。この事故の最中、当時の小松市長の北栄一郎がサイパンへ旅行に行っていたことが判明。しかも、休暇の理由が虚偽だった。そのことが問題になり、北は市長を辞職。出直し市長選となった。この選挙で前市長の北が再出馬を表明、これに対して西村も県庁を退職し、自民、新進、社民の各党の推薦を受け出馬した。
粟森 喬(あわもり たかし、1939年1月1日 - 2023… 粟森 喬(あわもり たかし、1939年1月1日 - 2023年3月24日)は、日本の政治家、実業家。位階は正五位。参議院議員(1期)を務めた。 1957年金沢大学附属高等学校卒業。1983年、全国電気通信労働組合(全電通)石川県委員長を経て衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧石川県第2区(現在の石川3区)から立候補するが落選する。1989年、第15回参議院議員通常選挙に連合の会(後の民主改革連合)から立候補。定数1の石川県選挙区で現職で自由民主党公認の嶋崎均を抑えて初当選する。 1993年、奥田敬和の自民党離党、新生党結成により協力関係を構築し、翌年の県知事選で推薦した谷本正憲が当選したことで県政の主流派に属する。
森 喜朗(もり よしろう、1937年〈昭和12年〉7月14日… 森 喜朗(もり よしろう、1937年〈昭和12年〉7月14日 - )は、日本の政治家。 内閣総理大臣(第85・86代)、建設大臣(第62代)、通商産業大臣(第54代)、文部大臣(第105代)、内閣官房副長官(福田赳夫改造内閣)、総理府総務副長官(第14代)、衆議院議院運営委員長、同大蔵委員長、衆議院議員(14期)、自由民主党総裁(第19代)、自由民主党幹事長(第34・37代)、自由民主党総務会長(第38代)、自由民主党政務調査会長(第37代)、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長(初代)を歴任した。 石川県能美郡根上町(現在の能美市)に、根上町長を務めた森茂喜と、妻の薫(1944年11月病死)との間に、長男として生まれる。
瓦 力(かわら つとむ、1937年〈昭和12年〉4月1日 ‐… 瓦 力(かわら つとむ、1937年〈昭和12年〉4月1日 ‐ 2013年〈平成25年〉1月13日)は、日本の政治家。位階は正三位。旧姓は戸島。 衆議院議員(12期)、防衛庁長官(第45・62・63代)、建設大臣(第65代)、内閣官房副長官(政務担当・鈴木善幸内閣)、自由民主党国会対策委員長(第38代)を歴任した。 石川県七尾市出身。石川県立七尾高等学校、中央大学法学部卒業。 益谷秀次の秘書を経て地盤を後継。いわゆる防衛族議員とされる。岳父は元カワラ金属社長の瓦辰二。 1988年、潜水艦なだしお事件の責任をとって防衛庁長官を引責辞任する。辞任の翌日から日本中の三十数遺族すべてを線香を持って訪ね歩いた。
酒井 悌次郎(さかい ていじろう、1933年(昭和8年)6月… 酒井 悌次郎(さかい ていじろう、1933年(昭和8年)6月2日 - )は、日本の政治家。元石川県能美市長(3期)。元寺井町長(3期)。旭日小綬章受章。 石川県寺井町出身。石川県立小松高等学校、金沢大学法文学部卒業。 1994年(平成6年)7月14日、寺井町長の中田良三が健康上の理由により辞職。同年8月28日に行われた寺井町長選挙に出馬し初当選。2002年(平成14年)、3選。 2005年(平成17年)2月1日、能美郡の根上町・寺井町・辰口町の3町が新設合併して能美市が発足。これに伴って2月27日に行われた市長選挙に自民党・民主党・公明党・社民党の推薦を得て出馬し初当選した。2009年(平成21年)、再選。