太田 信吾(おおた しんご、1985年9月12日 - )は、… 太田 信吾(おおた しんご、1985年9月12日 - )は、日本の映画監督・俳優・演出家。 埼玉県立浦和西高等学校、早稲田大学文学部卒業。在学中は哲学・物語論を専攻。 『卒業』でイメージフォーラムフェスティバル優秀賞・観客賞を受賞。『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で公開後、世界12カ国で配給され大ヒットを記録。2014年、第27回東京国際映画祭において『解放区』が「日本映画・ある視点」部門に選ばれた。2022年、志賀直哉原作の小説『城の崎にて』の監督を務めることが発表された。 俳優としても舞台・ドラマ・バラエティなどに多数出演。 2017年、韓国のソウル市立美術館で初のインスタレーション作品を発表した。
工藤 伸一(くどう しんいち、1971年9月4日 - )は、… 工藤 伸一(くどう しんいち、1971年9月4日 - )は、日本のCMディレクター、映像監督、演出家、プランナー、プロデューサー。 1971年、長野県佐久市生まれ。コマーシャル、ミュージックビデオ、ドラマなどで監督を務める。2017年、ザ・ブルーハーツ30周年を記念して制作されたオムニバス映画「ブルーハーツが聴こえる」で、永瀬正敏主演「ジョウネツノバラ」で劇場映画初監督。。この映画制作を企画から参加した経験から、その後、様々な映像コンテンツのプロデュースに携わるようになった。清水崇監督、西村喜廣監督を抜擢した360°VRホラー作品「おうちに行こう」は、コロナ禍で上映場所が限られるなか、国内だけでなく台湾、オーストラリア、ラスベガスなど世界で公開された。
金子 文紀(かねこ ふみのり、1971年 - )は、日本のテ… 金子 文紀(かねこ ふみのり、1971年 - )は、日本のテレビドラマの演出家、映画監督。TBSテレビ制作部(旧TBSエンタテインメント)所属。 長野県出身。長野県松本深志高等学校、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。大学在学中は無人島研究会、テレビ放送研究会に所属していた。 1993年入社。『Sweet Home』『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』などのドラマで演出補を経てデビュー。『木更津キャッツアイ』で初のチーフディレクターを務める。 TBS系列制作の宮藤官九郎や堤幸彦の作品を、よく演出・監督をしている。ただし宮藤が手がける『うぬぼれ刑事』と堤が手がける『SPEC』では、映画『大奥』の撮影で多忙のため、1話しか関わっていない。
古厩 智之(ふるまや ともゆき、1968年11月14日 - … 古厩 智之(ふるまや ともゆき、1968年11月14日 - )は、日本の映画監督、テレビドラマ演出家。長野県塩尻市出身。長野県田川高等学校を経て、日本大学藝術学部卒業。C&Iエンタテインメント所属。 妻は女優・作家・映画監督の唯野未歩子。 大学在学中に撮った『灼熱のドッジボール』が、1992年ぴあフィルムフェスティバル (PFF) でグランプリ受賞を果たす。これでスカラシップ権を獲得し、1995年に『この窓は君のもの』で長編デビュー。同作で第35回日本映画監督協会新人賞を受賞。当時26歳であり、これは現在も同賞の最年少受賞である。1995年秋には塩尻市の塩尻東座で『この窓は君のもの』が自主上映され、地元紙にも大きく取り上げられるような成功を収めるとともに、自主上映会フロム・イースト(FROM EAST)発足のきっかけとなった。
飯田 茂実(いいだ しげみ、男性、1967年10月3日- … 飯田 茂実(いいだ しげみ、男性、1967年10月3日- )は日本のダンサー、演出家、小説家である。 長野県諏訪市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1992年3月、大学三年で京都大学文学部を中退後、大野一雄舞踏研究所へ入所。11月に『大野一雄舞踏公演/小栗判官照手姫』(大垣市文化会館大ホール)にダンサーとして出演。以後、1995年まで約50公演で出演するとともに、製作・衣装・音響等も担当する。この間、1994年には『飯田茂実詩集』『老子のダンス』を自費出版している。 1995年7月、研究所を退所。横浜市から京都市へ戻り、ダンスだけではなく、作曲、バンド活動等を並行して行う。1996年からは、京都を拠点として活動するコンテンポラリーダンスグループ「モノクロームサーカス」にも参加し、1998年9-10月には、出張パフォーマンス「収穫祭」をパリなど16箇所で公演した。
丸尾 聡(まるお さとし、1964年〈昭和39年〉1月23日… 丸尾 聡(まるお さとし、1964年〈昭和39年〉1月23日 - )は、日本の俳優、声優、劇作家、演出家、シナリオライター。 長野県長野市生まれ。血液型B型。長野吉田高校を経て、玉川大学文学部芸術学科演劇専攻卒業。東京都狛江市在住。 世の中と演劇するオフィスプロジェクトMの活動を一時停止、現在は演劇ネットワーク@丸尾代表。日本劇作家協会運営委員。日本演出者協会会員。川崎演劇協会幹事。非戦を選ぶ演劇人の会実行委員。コロナ禍においては、劇作家協会コロナ対策室室長、演劇緊急支援プロジェクト事務局として、文化芸術・演劇支援のために奔走。別役実追悼の信濃毎日新聞寄稿文が「ベストエッセイ2021」(日本文藝家協会編)に選ばれる。
新井 章仁(あらい あきひと、1962年12月3日 - )は… 新井 章仁(あらい あきひと、1962年12月3日 - )は、ドキュメンタリー番組の演出家、テレビディレクターである。 長野県飯田市出身。長野県飯田高等学校卒業。ドキュメンタリー番組のディレクターとして活躍中。 アシスタント時代は、毎日放送『中村敦夫の地球発22時』などの番組に従事する。その後、フリーディレクターとして数々のドキュメンタリー番組を手がける。 日本テレビ「Time21」で津軽海峡のサメ獲り漁師の親子鷹をテーマにした「津軽海峡にサメを追え!」で日本民間放送連盟賞を受賞した。その後、ATP賞なども受賞している。 2007年には、テレビ朝日で放送された番組『特捜!』で海上保安庁の潜水士研修の様子を取材し、「ザ・リアル海猿」というサブタイトルで放送した番組がATPグランプリ2007を受賞した。
飯田 譲治(いいだ じょうじ、1959年3月1日 - )は、… 飯田 譲治(いいだ じょうじ、1959年3月1日 - )は、日本の映画監督、脚本家、テレビドラマの演出家。小説家。 長野県諏訪市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、明治大学中退。自主映画出身の映画監督。1980年、8ミリ映画『休憩』でぴあフィルムフェスティバルに入選。友人に、『世にも奇妙な物語』などの作曲で知られる蓜島邦明がいる。 『世にも奇妙な物語』シリーズでは、「中村功一」のペンネームでいくつか脚本を書いている。そのうち、『常識酒場』、『トラブルカフェ』は『NIGHT HEAD』の原型となった。 今井雅之、東根作寿英、豊川悦司、武田真治等、出演当時ほぼ無名であった役者をキャスティングして細かな演技指導を行って彼らをスターダムに押し上げた。
中山 史郎(なかやま しろう、1947年7月9日 - 201… 中山 史郎(なかやま しろう、1947年7月9日 - 2018年9月8日)は、日本のテレビドラマの監督・演出家である。株式会社ザ・ワークス取締役副社長、株式会社The icon取締役。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校を経て、1972年早稲田大学第一文学部卒業後、日本テレビに入社。入社後は「たんぽぽ」の演出補(AD)を務める。1980年「池中玄太80キロ」で演出デビュー。 1984年、日本テレビを退社。その後フリーとなり、ザ・ワークスに入社した。
外波山 文明(とばやま ぶんめい、1947年1月11日 - … 外波山 文明(とばやま ぶんめい、1947年1月11日 - )は日本の俳優、演出家、声優。「椿組」主宰、ジェイ・クリップに業務提携として所属。日本演出者協会会員。 長野県木曽郡南木曽町出身。小さい頃は、小学校や中学校の体育館の移動映画大会で映画を観たり、正月やお盆に近くの岐阜県中津川市で2本立て、3本立ての映画を観たりしていた。その時に映画が好きになり、長野県蘇南高等学校時代は、年間100本くらい、近くの南木曽町の映画館で観ていた。芝居も好きで、村祭りの「どさ芝居」などもよく観に行っており、神社の境内の芝居もワクワクしていたという。 1967年、20歳の時に上京。上京して初めて観ていた演劇は唐十郎の紅テントの「状況劇場」。
岸田 理生(きしだ りお、女性、1946年3月10日 - 2… 岸田 理生(きしだ りお、女性、1946年3月10日 - 2003年6月28日)は、日本の劇作家、演出家、シナリオ作家、小説家、翻訳家。本名︰林 寛美(はやし ひろみ)。 小劇場運動の旗手の一人と目された。怪奇幻想的な作風で、小説も書いたほか、テレビドラマのシナリオを多数執筆した。 長野県岡谷市出身。中央大学法学部卒業。 1974年(昭和49年)、寺山修司が選考委員を務めていた第1回新書館フォアレディース賞を『不眠症の猫』で受賞。それをきっかけに劇団天井桟敷に参加。1983年(昭和58年)に寺山が病没するまでの間、寺山との共作で戯曲『身毒丸』『奴婢訓』『レミング』などを執筆、他に映画『草迷宮』『ボクサー』などの脚本も手掛けた。
あらい 汎(あらい はん、1944年7月30日 - )は、日… あらい 汎(あらい はん、1944年7月30日 - )は、日本の役者、演出家、作家。パントマイム劇団「汎マイム工房」主宰。本名は荒井 範昭(あらい のりあき)。旧劇団転形劇場 プロダクション旧ザッコ所属。 劇団、及び付属養成所の主事、東京女子体育大学非常勤講師、他劇団、養成所講師暦任。日本児童青少年演劇協同組合会員。 長野県岡谷市出身。舞台芸術学院15期卒業。下村正夫、兼八善兼に師事。新劇系劇団研究生を経て小劇団設立。児童劇団などにも関わる。パントマイムグループ「ザ・パントマ」と知り合いパントマイムとのコラボレーション作品に関わる。 銀座のシャンソン喫茶やシャンソンレストランでパントマイムを演じながら、表で看板代わりの人形ぶりを演じる。
竹内 大三(たけうち だいぞう、1943年 - )は、日本の… 竹内 大三(たけうち だいぞう、1943年 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、演出家。長野県塩尻町(現・塩尻市)出身。 テレビ番組『笑点』のオープニング・アニメーションやイラストを手掛けていることで知られる。 小学生の頃より、通信教育で大人向け漫画を学び描いていた。その一方で、落語にも傾倒していたという。 長野県松本県ヶ丘高等学校卒業。卒業と同時に上京し絵本出版社に就職したのち、美術大学の通信学生にもなる。 1963年、20歳の時に東映動画へ入社。同期には宮崎駿がいる。 東映動画退社後は放送動画制作を経て、フリーで活動。アニメのほか、絵本や漫画、似顔絵など様々な仕事をこなす。
小林 志郎(こばやし しろう、1936年8月 - )は、日本… 小林 志郎(こばやし しろう、1936年8月 - )は、日本の演劇研究者、演劇学者・演出家。東京学芸大学名誉教授・元副学長。有明教育芸術短期大学終身名誉学長。 高等教育におけるパーフォーミング・アーツ(演劇・舞踊・音楽)教育のフィロソフィの構築とその実際に尽力。 理論の中心は、日本の伝統芸術(能狂言と歌舞伎、日本舞踊、日本の伝統音楽)の基礎教育と西洋の芸術教育との融合におかれた。専門は演劇教育学、現代演出論。長野県下高井郡木島平村出身。「鬼島志郎」の筆名がある。
片野 満(かたの みつる、1934年 - )は、日本の映画脚… 片野 満(かたの みつる、1934年 - )は、日本の映画脚本家・演出家・監督・プロデューサー。 東京都出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、日本大学芸術学部卒業。岩波映画製作所にて科学映画、教育放送番組の脚本・演出・監督・プロデューサーを歴任し、内閣総理大臣賞ほか多数の受賞作品に携わった。安井電子出版取締役制作本部長を務めた。
印南 高一(いんなみ こういち、1903年4月30日 - 2… 印南 高一(いんなみ こういち、1903年4月30日 - 2001年12月19日)は、日本の演出家、演劇研究者(大学教授)。印南 喬(いんなみ たかし)の筆名がある。本名の印南高一に、「いんなみ たかいち」のルビを振る著書もある。 長野県飯田市出身。印南は同郷の先輩河竹繁俊を介しての、坪内逍遙の孫弟子である。財団法人逍遙協会理事を40年間務めた。早稲田大学坪内博士記念演劇博物館の設立初期から、また坪内が創設した早稲田大学文学部(坪内の当時東京専門学校)に新設された芸術科の設立初期から関わり、半生を奉職した。 演劇の研究分野は東洋演劇をはじめとして、日本、西洋の古今の演劇におよぶ。演出においては、坪内逍遙のページェント(野外劇)運動およびヨーロッパの「音と光」のページェント手法を用いた、シェイクスピア演劇の前衛的な活動などをした。
井出 安軌(いで やすのり)は、日本のアニメーション脚本家・… 井出 安軌(いで やすのり)は、日本のアニメーション脚本家・演出家・監督。長野県松本市出身。 代表作は『おねがい☆』シリーズ監督。 サンライズ制作から、AIC(アニメインターナショナルカンパニー)に演出として移籍。文化放送のラジオドラマ、ツインビーPARADISEの脚本などで頭角を表す。フリーに転身後『おねがい☆』シリーズ監督を務め、人気を博する。自身が関わる作品に於いて楽曲の作詞活動を行う事があり、『花右京メイド隊』(第1期)のOP主題歌は電波ソングとして知られ、同シリーズが原作のブラックさを敢えて消したのは、短期シリーズであった事に加えて井出監督の意向もあったとされる。他にも声優の後藤邑子の1stアルバムの楽曲の作詞提供も行っている。
伊藤 魔鬼(いとう まき、11月9日 - )は、日本のアニメ… 伊藤 魔鬼(いとう まき、11月9日 - )は、日本のアニメ監督、演出家、声優。長野県・松本市出身。旧名義はピエール伊東(ピエールいとう)で、2021年9月20日より現名義に改名した。また、佐々木喜朗名義での活動もある。低予算アニメを中心に、監督・脚本・作画・音響演出などを手掛けるほか、小説・絵本の執筆、舞台活動、CM演出など幅広い分野で活動している。