小野 智彦 (おの ともひこ、1968年7月 - )は、日本… 小野 智彦 (おの ともひこ、1968年7月 - )は、日本の弁護士。静岡県浜松市出身。東京弁護士会。エンターテイメントロイヤーズネットワーク会員。日本奇術協会賛助会員。SAM (Society of American Magicians)会員。 静岡県立浜松北高校、中央大学法学部法律学科を経て1996年11月の司法試験に合格、1999年4月に司法修習(51期) を修了し弁護士登録し豊島法律事務所入所、翌年からパートナーとなった。 金色のガッシュ!!のカラー原稿を小学館が紛失した事件では雷句誠の代理人を務めた。
青山 雅幸(あおやま まさゆき、1962年〈昭和37年〉3月… 青山 雅幸(あおやま まさゆき、1962年〈昭和37年〉3月2日 - )は、日本の政治家、弁護士。元衆議院議員(1期)。弁護士法人ライトハウス法律事務所代表弁護士。自由共和党代表。 静岡県静岡市駿河区出身。静岡県立藤枝東高等学校、東北大学法学部卒業。 1994年に静岡市葵区にて弁護士を開業する。全国B型肝炎訴訟静岡弁護団団長、カネボウ美白化粧品被害静岡県弁護団団長、浜岡原発廃炉訴訟弁護団事務局長などを務める。 2016年8月、次期衆院選の静岡1区の公認候補者を巡って、元衆議院議員の牧野聖修ら民進党静岡1区総支部役員は青山を推した。一方、同党県連は浜岡原発への姿勢などを理由に青山に難色を示し、元メリルリンチ日本証券社員の福村隆を推した。
村松 謙一(むらまつ けんいち、1954年 - )は、日本の… 村松 謙一(むらまつ けんいち、1954年 - )は、日本の弁護士。民事再生法の専門家であり、倒産寸前の企業の再建を支援する「再建弁護士」を標榜する。 静岡県清水市(現:静岡市清水区)出身。静岡県立清水東高等学校卒業。1977年慶應義塾大学法学部卒業。1981年、司法研修所入所(35期)。1983年、東京弁護士会登録、清水直法律事務所入所。1990年、村松謙一法律事務所を開設し、2000年光麗法律事務所に改名。 東京佐川急便や長崎屋などの東証一部上場企業から街角の個人商店まで、再建した会社は200を超える。その活躍ぶりは、2007年と2009年にNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介されて話題となった。
秋山 幹男(あきやま みきお、1946年2月27日 - )は… 秋山 幹男(あきやま みきお、1946年2月27日 - )は、日本の弁護士(昭和〜令和)。朝日新聞社、岩波書店などの顧問弁護士を務めている。元筑波大学法科大学院教授。専門は民事訴訟法。 高2のとき、ハーモニカバンド部の顧問が「外交官になりたい」という夢を聞き、東大法学部への進学を勧めてくれた。法学部の授業が始まると周囲につられ、法律の勉強に没入。法律相談所で市民の相談を受け、事例に則して法律問題を考えたことや、仲間と勉強会で議論したことが役に立ち、在学中に司法試験に合格できたと思うと語っている。自治省に内定し、進路を迷ったが弁護士の道を選んだ。司法研修所に入ると、課外活動も熱心に行い、公害問題を研究するため、町工場の近隣を訪ね、話を聞いて歩いたこともある。
石川 重明(いしかわ しげあき、1944年7月 - )は、日… 石川 重明(いしかわ しげあき、1944年7月 - )は、日本の元警察官僚、弁護士。静岡県出身。2002年8月2日付けで第83代警視総監に就任。2004年に同職退任後、日本道路交通情報センター理事長を務めた。父は石川高稔・元広島大学事務局長。
戸塚 悦朗(とつか えつろう、1942年(昭和17年)- )… 戸塚 悦朗(とつか えつろう、1942年(昭和17年)- )は、日本の弁護士。龍谷大学安重根東洋平和研究センター客員研究員。 「強制従軍慰安婦」、韓国人 慰安婦の対日補償請求運動を支援し、1992年2月国連人権委員会で、朝鮮・韓国人の戦時強制連行問題と「従軍慰安婦」問題をNGO「国際教育開発」の代表として初めて提起し、日本政府に責任を取るよう求め、国連の対応をも要請するなど、今日の日本の慰安婦問題に多大な影響を与えた。また、慰安婦の呼称として「性奴隷(Sex slaves)」を提唱し、日弁連や国連に使用を働きかけた。内縁の妻は元挺対協(現:正義連)山下英愛。 静岡県浜松市生まれ。1960年、立教大学理学部物理学科入学。
渥美 雅子(あつみ まさこ、1940年〈昭和15年〉10月1… 渥美 雅子(あつみ まさこ、1940年〈昭和15年〉10月1日 - )は、日本の弁護士、評論家。 静岡県浜松市生まれ。静岡県立浜松北高等学校を経て、1963年に中央大学法学部を卒業後、1966年に弁護士開業。 千葉県の女性弁護士第1号。 家族、遺産相続、DVなどの問題を担当、人生相談の回答者として活動している。 女性と仕事の未来館館長(2003年 - 2011年)を務めたほか、NPO法人DV被害者支援活動促進のための基金を設立(同理事長)、NPO法人高齢社会をよくする女性の会監事などを務めている。2005年に男女共同参画社会づくり功労者として内閣総理大臣表彰を受けている。 法律事務所の会議室に高座をもうけて講談師を招き、「渥美講談塾」を開設。
吉田 豊(よしだ ゆたか、1933年 - )は、日本の・弁護… 吉田 豊(よしだ ゆたか、1933年 - )は、日本の・弁護士。民法学者。東京学芸大学及び中央大学名誉教授。東京都出身。川村泰啓門下。
柏木 千秋(かしわぎ ちあき、1911年〈明治44年〉10月… 柏木 千秋(かしわぎ ちあき、1911年〈明治44年〉10月22日 - 2003年〈平成15年〉2月21日)は、日本の法学者、弁護士、元判事。法学博士。専門は刑法。名古屋大学名誉教授。司法省事務官として内藤文質、森田宗一とともに1948年少年法の立法に携わった。 東京出身。三重県士族・柏木五百次郎の三男。静岡県立静岡中学校、旧制静岡高等学校を経て、1937年、東京帝国大学法学部卒業。東大在学中に司法試験に合格。 判事司法事務官などを経て、1949年、東京地方裁判所判事から、1949年、名古屋大学に転じ、名古屋大学法学部教授。1975年、名古屋大学を定年退官。 その後、筑波大学、慶應大学教授などを経て、1993年、創価大学教授を退職。
土屋 香鹿(つちや こうろく / かろく、1906年〈明治3… 土屋 香鹿(つちや こうろく / かろく、1906年〈明治39年〉8月28日 - 2006年〈平成18年〉11月26日)は、日本の内務官僚、弁護士。福岡県知事。静岡県浜松市出身。 浜名郡白脇村出身の海軍大佐土屋芳樹の四男として生まれる。1926年(大正15年)3月、静岡高等学校文科乙類を卒業。1928年(昭和3年)高等試験行政科に合格。1929年(昭和4年)東京帝国大学法学部法律学科を卒業。同年内務省に入省し新潟県属となる。1930年(昭和5年)高等試験司法科に合格。新潟県知事官房文書課長、愛媛県地方課長、同農商課長、徳島県警察部特高課長、山形県警察部特高課長、埼玉県警察部特高課長、京都府商工課長、同庶務兼人事課長、岐阜県官房長、同経済部第二部長、山口県経済部第一部長、福岡県警察部長、同県内部部長などを歴任。
福島 正夫(ふくしま まさお、1906年7月11日-1989… 福島 正夫(ふくしま まさお、1906年7月11日-1989年12月14日)は、昭和・平成期の法制史学者・弁護士。社会主義法学・比較法学・日本近代法制史などの研究において業績を残した。 静岡県磐田郡見付町(現在の磐田市)出身。東京府立第五中学校・第一高等学校を経て、東京帝国大学法学部法律学科に入る。穂積重遠・末弘厳太郎の指導を受け、1928年には在学のまま高等文官試験行政科に合格。 1929年(昭和4年)の卒業後は日本不動産に入社しながら学問を続け、1931年には高等文官試験司法科にも合格し、翌年には弁護士登録を行う。ところが、1934年(昭和9年)に日本共産党に資金提供をしていたとして治安維持法違反で摘発されたために会社を退社に追い込まれ、同年東京帝国大学大学院に再入学、我妻栄の下で土地法の研究を行う。
天野 辰夫(あまの たつお、1892年〈明治25年〉2月22… 天野 辰夫(あまの たつお、1892年〈明治25年〉2月22日 - 1974年〈昭和49年〉1月20日)は、大正から昭和にかけての弁護士、国家主義者。 出生地は島根県松江市で、出身は静岡県浜松市。 島根県松江市に生まれる。天皇主権説を唱える上杉慎吉に影響を受けて信奉し、独得の皇道理論を構成。東京帝国大学在学中の1918年(大正7年)に大学内で興国同志会を組織し、新人会に対抗した。 1919年(大正8年)、興国精神復興運動に参画、弁護士を開業した。1923年(大正12年)には法政大学の教授となった。1926年(大正15年)に起きた、父が社長を務める浜松の日本楽器争議の際には、日本主義労農同志会を組織して争議団に攻撃して対抗した。
岩崎 勲(いわさき いさお、1878年(明治11年)2月25… 岩崎 勲(いわさき いさお、1878年(明治11年)2月25日 – 1927年(昭和2年)1月18日)は、日本の弁護士、弁理士、政治家。衆議院議員(静岡県第五区選出、当選4回)。族籍は静岡県士族。 静岡県駿東郡八幡村(清水村八幡を経て現清水町)の人である。三嶋大社の禰宜岩崎元功の長男。家は代々八幡神社の社掌だったが、父の代に至って三嶋神社の禰宜を兼ねた。 静岡県尋常中学校、第一高等学校を経て東京帝国大学に入る。在学中には各大学の同志とともに青年革進協会を組織してその幹部となり、雑誌『革進』の編集主任を務めた。 1903年(明治36年)、東京帝国大学法科大学法律学科(仏法)を卒業、同年文官高等試験に合格したが、官界には入らず弁護士・特許弁理士となった。