植村 稔(うえむら みのる、1955年7月20日 - )は、… 植村 稔(うえむら みのる、1955年7月20日 - )は、日本の(元)裁判官。最高裁判所事務総局刑事局長兼最高裁判所図書館長や札幌高等裁判所長官を歴任する。
静岡県:7人
植村 稔(うえむら みのる、1955年7月20日 - )は、… 植村 稔(うえむら みのる、1955年7月20日 - )は、日本の(元)裁判官。最高裁判所事務総局刑事局長兼最高裁判所図書館長や札幌高等裁判所長官を歴任する。
石川 哲男(いしかわ てつお、1929年(昭和4年) - )… 石川 哲男(いしかわ てつお、1929年(昭和4年) - )は、昭和(戦後)の裁判官。クリスチャン(日本基督教団)。 1929年(昭和4年)、静岡市生まれ。1946年(昭和21年)、静岡県立静岡中学校四年修了、海軍兵学校77期入学。1949年(昭和24年)、静岡高等学校 (旧制)文科卒業。1953年(昭和28年)、東京大学法学部卒業。大学院特別研修課程在籍(3年)。1956年(昭和31年)、北海道大学法学部勤務(1年)。1960年(昭和35年)、裁判官任官。地方裁判所(前橋・熊本・福岡・大阪・松山・名古屋)、名古屋高等裁判所勤務。1986年(昭和61年)、名古屋高等裁判所退官。日本基督教団静岡教会会員。
小河 八十次(おごう やそじ、1919年8月15日 - 19… 小河 八十次(おごう やそじ、1919年8月15日 - 1998年9月22日)は、昭和(戦後)の裁判官。 1919年(大正8年)8月15日生まれ。旧制静岡県立静岡中学校、旧制静岡高等学校を経て、東京帝国大学法学部を卒業後、南満州鉄道に勤務。現地で軍隊に召集され、抑留の後、復員。1947年(昭和22年)司法試験合格。同年に創設された司法修習所第1期出身の裁判官。法律に強い理論派で、厳格な法解釈で知られた。 自衛隊の合憲性が問われた長沼ナイキ事件 控訴審の裁判長。1審で出された初の自衛隊違憲判決を覆し、最高裁の「送り込み人事」、「長沼シフト」と言われた。
柏木 千秋(かしわぎ ちあき、1911年〈明治44年〉10月… 柏木 千秋(かしわぎ ちあき、1911年〈明治44年〉10月22日 - 2003年〈平成15年〉2月21日)は、日本の法学者、弁護士、元判事。法学博士。専門は刑法。名古屋大学名誉教授。司法省事務官として内藤文質、森田宗一とともに1948年少年法の立法に携わった。 東京出身。三重県士族・柏木五百次郎の三男。静岡県立静岡中学校、旧制静岡高等学校を経て、1937年、東京帝国大学法学部卒業。東大在学中に司法試験に合格。 判事司法事務官などを経て、1949年、東京地方裁判所判事から、1949年、名古屋大学に転じ、名古屋大学法学部教授。1975年、名古屋大学を定年退官。 その後、筑波大学、慶應大学教授などを経て、1993年、創価大学教授を退職。
高辻 正己(たかつじ まさみ、1910年1月19日 - 19… 高辻 正己(たかつじ まさみ、1910年1月19日 - 1997年5月20日)は、日本の官僚、裁判官。竹下改造内閣で法務大臣を務めた。甥に外交官の青木盛久がいる。名前は正巳とも。 1910年(明治43年)静岡県沼津出身。東京府立四中、旧制三高を経て、1935年(昭和10年)東京帝国大学法学部卒業。内務省入省。第二次世界大戦後、1951年(昭和31年)には日ソ交渉全権委員の随行員としてソビエト連邦を訪問している。 その後、地方自治庁部長などを経て、内閣法制次長時代に自衛隊を「必要最小限の戦力」と解釈する。1964年(昭和39年)から1972年(昭和47年)にかけて第1次佐藤内閣~第3次佐藤内閣まで内閣法制局長官を務め、東大確認書問題、自衛隊の交戦権問題、沖縄返還や沖縄公用地問題について法律面から佐藤内閣を支えた。
松田 二郎(まつだ じろう、1900年7月30日 - 198… 松田 二郎(まつだ じろう、1900年7月30日 - 1988年4月3日)は最高裁判所判事。静岡県出身。
池田 克(いけだ かつ、1893年5月23日 - 1977年… 池田 克(いけだ かつ、1893年5月23日 - 1977年9月4日)は、日本の司法官僚、検事、裁判官。最高裁判所判事。 静岡県出身。幕臣、郡長・池田忠一の三男として生まれる。三重一中、第一高等学校を経て、1917年7月、東京帝国大学法科大学法律学科(仏法)を卒業。同年8月、司法省に入り司法官試補・東京地方裁判所詰となる。 1917年7月、東京地裁予備検事に発令され、同検事、兼司法書記官・行刑局付、刑事局兼行刑局(思想部長)、大臣官房調査課長などを歴任。治安維持法などを立案し、その後、思想犯担当検事(通称・思想検事)となる。 1935年3月、大審院検事に就任。以後、東京刑事地方裁判所検事正、司法省刑事局長、名古屋控訴院(現:名古屋高等裁判所)検事長を歴任し終戦を迎える。