永田 紅(ながた こう、1975年5月31日 - )は、日本… 永田 紅(ながた こう、1975年5月31日 - )は、日本の生化学研究者・歌人。京都大学助教[リンク切れ]。滋賀県出身。 父永田和宏、母河野裕子、兄永田淳も歌人。13歳で父の主宰する短歌結社「塔」に入会。 同志社高等学校、京都大学農学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了[リンク切れ]。2004年、「Functional analysis of ABC proteins involved in multidrug resistance and membrane lipid dynamics(多剤耐性および膜脂質動態に関わるABCタンパク質の機能解析)」で、京都大学より博士(農学)の学位を取得。
外村 彰(とのむら あきら、1964年8月4日 - )は、日… 外村 彰(とのむら あきら、1964年8月4日 - )は、日本近代文学研究者。 元は高校教諭で、1994年から研究者を志して大学院に進学。学位は、文学博士(立命館大学・論文博士・2010年)。国立呉工業高等専門学校準教授などを経て、現在安田女子大学文学部教授。 滋賀県東近江市生まれ。立命館大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。約11年間の非常勤講師を経験した後、2010年9月から国立呉工業高等専門学校に赴任。2021年4月から安田女子大学に着任。 主として岡本かの子や室生犀星を研究し、昭和の詩歌や地域文芸についても考究している。 ポトナム短歌会会員(2005~2015、2017~現在に至る) 近江詩人会会友(2006~現在に至る) 1964年8月4日、滋賀県東近江市生まれ。
森 佳三(もり けいぞう、1963年12月8日 - )は、滋… 森 佳三(もり けいぞう、1963年12月8日 - )は、滋賀県米原市出身の日本の造形作家、美術史研究者、「グリッド脳トレ」の創案者である。 1988年に多摩美術大学美術学部彫刻学科を卒業し、芸術学士を取得した。1997年から、1998年または1999年もしくは2000年までイタリア政府給費留学生としてフィレンツェ美術アカデミー(イタリア語版)へ留学した。2003年に岐阜大学大学院教科教育研究科教科教育専攻美術教育専修を修了した。2012年に千葉大学大学院社会文化科学研究科都市研究専攻博士課程を修了、博士(学術)の学位を取得した。
傳田光洋(でんだ みつひろ 1960年 -)は、日本の皮膚科… 傳田光洋(でんだ みつひろ 1960年 -)は、日本の皮膚科学研究者、小説家、SF作家。ペンネームは伝江田航洋(つたえだ こーよー)。別名、ツタエダ・コーヨー。 1979年に滋賀県立膳所高等学校を卒業、1983年に京都大学工学部工業化学科を卒業、1985年には同大学院工学研究科分子工学専攻修士課程修了、1994年に京都大学工学博士となり、1993から1996年までの間はカリフォルニア大学サンフランシスコ校研究員、民間企業研究職を経て、2010から2021年3月までの間は国立研究開発法人科学技術振興機構CREST研究者。現在明治大学先端数理科学インスティテュート客員研究員 作家としては、1982年に星新一ショートショート・コンテスト(現在の小説現代ショートショート・コンテスト)に「太り過ぎの終末」で入選。
堀 茂樹(ほり しげき、1952年1月29日 - )は、日本… 堀 茂樹(ほり しげき、1952年1月29日 - )は、日本の進歩的文化人、フランス文学・哲学研究者、翻訳家。「オイコスの会」共同代表。慶應義塾大学名誉教授。専門は20世紀フランス思想を中心とする西洋思想史。アゴタ・クリストフ『悪童日記』など現代フランス文学の翻訳でも知られる。 滋賀県大津市生まれ。1974年、早稲田大学教育学部社会学専修卒業。1977年、慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。フランス政府給費留学生として渡仏し、1979年ソルボンヌ・ヌーヴェル大学高等研究課程(19世紀フランス文学〈オノレ・ド・バルザック〉)、及び1982年ソルボンヌ大学高等研究課程(20世紀フランス哲学〈ジュリアン・バンダ〉)修了。
柳田 聖山(やなぎだ せいざん、旧姓:横井(よこい)、192… 柳田 聖山(やなぎだ せいざん、旧姓:横井(よこい)、1922年12月19日 - 2006年11月8日)は、日本の中国禅宗史研究者。多くの著作がある。 1922年、滋賀県愛知郡稲枝村(現在の彦根市)の延寿寺(臨済宗)に生まれた。寺名の延寿寺は、宋朝文化を代表する五山の一つ杭州西湖の霊隠寺で、宗鏡録を書き上げた高徳、永明延寿の名に基づく。1940年滋賀県立彦根中学校を卒業。 臨済学院専門学校(現:花園大学)、大谷大学を卒業し、永源寺僧堂で修行する。京都大学文学部聴講生となって学び、久松真一に師事してFAS禅運動に共鳴。中国禅宗史研究において批判的資料研究を進め、資料が史実ではなく、その時代の要請によって創作されたことを見抜いた。
山本 素石(やまもと そせき 1919年6月26日 - 19… 山本 素石(やまもと そせき 1919年6月26日 - 1988年8月1日)は、釣り研究者、エッセイスト、宗教家。 滋賀県甲賀郡甲南町(現甲賀市)生まれ。本名、山本幹二。日本随筆協会、日本釣振興会、日本渓流釣連盟、各会員。 各種学校や塾を遍歴して一つも卒業せず、職業も転々として自由業に終始。絵付け職人の傍ら、山釣りと渓魚とツチノコの研究にのめり込み、京都を拠点に北海道北端から九州南端、さらには離島、韓国江原道まで彷徨した。 昭和40年代のツチノコブームの火付役で、田辺聖子の小説「すべってころんで」のモデルにもなった。天理教滋京分教会会長、ノータリンクラブ会長。
橋本 鉄男(はしもと てつお、1917年6月2日 - 199… 橋本 鉄男(はしもと てつお、1917年6月2日 - 1996年10月11日)は、滋賀県の民俗学者、地方史研究者。 滋賀県高島郡今津町(現高島市)生まれ。のち安曇川町(同)在住。1939年、関東局立旅順師範学校卒業。満洲・滋賀県で公立小・中学校の教諭、教頭、校長。滋賀県文化財保護審議会委員・副会長。 旅順師範学校在学中に柳田國男の著作に接し民俗学に開眼。戦後教職の傍ら県内での民俗調査を開始、再興直後の民間伝承の会や近畿民俗学会の会員となり成果を投稿、高島郡内の大将軍信仰の報告で柳田の激励を受ける。1959年、滋賀県臨時文化財専門員として木地屋の生活伝承の記録作成のため、「木地屋の本貫地」と称された永源寺町(現東近江市)蛭谷・君ヶ畑をはじめとして県内の木地屋伝承地の調査を実施、君ヶ畑では新たに「氏子狩帳」多数を確認した。
南 喜市郎(みなみ きいちろう、明治29年(1896年)10… 南 喜市郎(みなみ きいちろう、明治29年(1896年)10月23日 - 昭和46年(1971年)2月20日)は、ホタルの研究者。家業の醸造業を営む傍ら守山ゲンジボタル生態調査を行い、人工飼育に取り組み羽化に成功した。ほたる保護思想の普及啓発と増殖に努めた。 南喜市郎は、明治29年(1896年)10月23日滋賀県野洲郡守山町(現滋賀県守山市)に生まれ、本名は喜右衛門と称した。旧滋賀県立八幡商業学校(現滋賀県立八幡商業高等学校)を卒業後、家業の醤油醸造業を手伝い町の青年団長を務めていた大正8年(1919年)、本山彦一(元大阪毎日新聞社社長)が守山を訪れ、南にゲンジボタルの研究を勧めた。 その後、岐阜の昆虫学者名和靖の依頼から守山ゲンジボタル生態調査の案内役をし調査研究に協力した。