池本 凪沙(いけもと なぎさ、2002年8月25日 - )は… 池本 凪沙(いけもと なぎさ、2002年8月25日 - )は、日本の女子競泳選手。京都府宇治市出身。2020年東京オリンピック競泳日本代表。 宇治市立宇治中学校、近畿大学附属高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。 2019年日本選手権の200m自由形で4位に入り、初の世界選手権代表に選出された。2019年世界水泳選手権では800mフリーリレーに出場し、8位入賞を果たした。 2021年日本選手権兼東京オリンピック選考会の200m自由形で4位に入り、オリンピック日本代表に選出された。2020年東京オリンピックでは800mフリーリレーに出場し、9位で予選落ちとなった。 2023年日本選手権の100m・200m自由形でともに2位に入り、世界選手権・アジア競技大会の代表に選出された。
高橋 美帆(たかはし みほ、1992年12月1日 - )は、… 高橋 美帆(たかはし みほ、1992年12月1日 - )は、京都府長岡京市出身の日本の女子競泳選手。 3歳時に2歳上の兄がやっていたのに影響されて水泳を始めた。長岡京市立長岡中学校、京都外大西高等学校を経て日本体育大学体育学部体育学科在学中。 水泳を始めた当初は平泳ぎ専門であった。中学校時代に全国中学校体育大会にて、平泳ぎで決勝進出経験がある。高等学校時代に個人メドレーへ転向し、2009年のジャパンオープンで優勝。その後は右足首の故障に悩まされ成績は低迷した。 大学ではシドニーオリンピック銀メダリスト田島寧子(日体大の先輩)を育てたコーチの藤森善弘に師事することで力を付けた。2010年のパンパシフィック水泳選手権で初めて日本代表に選ばれる。
青木 愛(あおき あい、1985年5月11日 - )は、日本… 青木 愛(あおき あい、1985年5月11日 - )は、日本の元アーティスティックスイミング選手、タレント。元オリンピック日本代表。スポーツビズ所属。 京都府出身。京都市立錦林小学校、京都市立岡崎中学校、京都文教女子高等学校を経て、びわこ成蹊スポーツ大学を卒業する。 2003年に開学したびわこ成蹊スポーツ大学初の五輪代表選手で、身長173センチメートル (cm) は米田容子とともにアーティスティックスイミングオリンピック代表選手で最も高長身である。大学で女子競輪選手の白井美早子と同ゼミに在籍した。 プロ野球ではオリックス・バファローズのファンである。その理由は阪神よりもオリックスのアットホームな雰囲気が好きということで、京セラドームにもよく観戦に訪れている。
奥野 史子(おくの ふみこ、結婚後の本名・朝原 史子(あさは… 奥野 史子(おくの ふみこ、結婚後の本名・朝原 史子(あさはら ふみこ)、1972年4月14日 - )は、日本の元アーティスティックスイミング選手、タレント、スポーツコメンテーター。 夫は陸上競技・短距離走及び走幅跳の元選手で、北京オリンピック男子4x100mリレーの銀メダリスト の朝原宣治。3児(長男・長女・次女)の母親。 京都府京都市出身で、現在も同市内に在住。京都市中京区にある呉服店に、三姉妹の末っ子として生まれた。4歳のときに、京都市の水泳教室、「京都踏水会」で水泳を始め、さらに6歳(小学校1年生)からシンクロナイズドスイミング(当時)を始めた。京都市立龍池小学校、京都市立城巽中学校を卒業。
竹村 令(たけむら れい、1919年(大正8年)4月29日 … 竹村 令(たけむら れい、1919年(大正8年)4月29日 - 生没不明)は、昭和時代の競泳選手。 京都府立第一高等女学校在学中、1936年ベルリンオリンピックに競泳日本代表として女子100m自由形に出場したが予選落ちに終わった。女子4×100mフリーリレーにも出場したが予選落ちに終わった。
壷井 宇乃子(つぼい うのこ、1917年(大正6年)12月1… 壷井 宇乃子(つぼい うのこ、1917年(大正6年)12月13日 - 1940年(昭和15年)11月4日)は、昭和時代の競泳選手。専門は平泳ぎ。 京都府京都市出身。幼少時代は心臓が悪く、医師から「激しい運動をさせていけない」と言われていた子だったという。このため宇乃子の両親は娘が水泳をすることを快く思わなかったという。宇乃子自身は「水泳を始めたおかげで五尺三寸の体躯となり、精神力が強くなった」ことを後に語っている。 学童時代に大日本武徳会遊泳部(京都武徳会、現在の京都踏水会スイミングクラブ)に入り、本格的に競泳に取り組む。京都武徳会所属で京都府立京都第一高等女学校(現在の京都府立鴨沂高等学校)時代の1934年(昭和9年)の全日本選手権水上競技大会女子200m平泳ぎにて優勝した前畑秀子(椙山女学園)に次いで2位に入賞している。
横田 みさを(よこた みさお、1917年2月3日 - 200… 横田 みさを(よこた みさお、1917年2月3日 - 2003年6月13日)は、日本の水泳選手、女優。同志社高等女学校在学中に女子100m背泳ぎの日本記録を更新し、1932年ロサンゼルスオリンピックに15歳で出場した。その後は芸能界に転身し、松竹歌劇団と宝塚歌劇団に入団、さらに映画女優となった。夫は作曲家の竹岡信幸。 京都市出身。同志社高等女学校(現在の同志社女子中学校・高等学校)に学ぶ。横田在学中の同志社高女は、団体優勝を重ねる水泳の強豪校であった。もっとも学校にはプールがなかったため、スイミングクラブである大日本武徳会遊泳部(のちの京都踏水会)に属し、夷川ダム(琵琶湖疏水)で練習を重ねていたという。
松澤 初穂(まつざわ はつほ、1914年1月8日 - 201… 松澤 初穂(まつざわ はつほ、1914年1月8日 - 2011年1月1日)は、京都府出身の元女子水泳選手。1932年に開催されたロサンゼルスオリンピックに競泳女子代表として出場した。 舞鶴市に生まれる。父は大日本帝国海軍の軍人であり、一時横須賀市に移ったが、関東大震災のため舞鶴に戻った。水泳に取り組むきっかけは、高等女学校3年のときに訪れた。父の退役に伴い転校した市岡高等女学校(現在の大阪府立港高等学校)には、プールと水泳部があり、当時の水泳部顧問にクロール泳法を習ってめざましい進歩を見せた。翌年、大阪府立女子校の水泳大会に出場して50メートル自由形で日本記録に並ぶ好記録を出し、さらに次の年には50メートル自由形及び100メートル自由形で日本新記録を出していた。
新井 信男(あらい のぶお、1909年(明治42年) - 1… 新井 信男(あらい のぶお、1909年(明治42年) - 1990年(平成2年)6月15日)は、日本の競泳選手。1928年アムステルダムオリンピック男子800m自由形リレー銀メダリスト。旧制同志社中学、早稲田大学専門部政治経済科卒業。京都武徳会所属。 1928年のアムステルダムオリンピック競泳男子800m自由形リレーで米山弘、佐田徳平、高石勝男とともに銀メダルを獲得。
木村 象雷(きむら しょうらい、1908年(明治41年)2月… 木村 象雷(きむら しょうらい、1908年(明治41年)2月7日 - 1986年(昭和61年)1月26日)は、昭和時代の競泳選手、スポーツジャーナリスト。選手としては1928年アムステルダムオリンピックに出場。ジャーナリストとしては第二次世界大戦をまたいでオリンピック5大会の取材に当たり、『サンケイスポーツ』の創刊に携わった。 岡山県美作地方(現在の勝田郡勝央町)出身。おじに文学者の木村毅がいる。 京都市の同志社中学(現在の同志社中学校・高等学校)に学ぶ。水泳は大日本武徳会遊泳部(のちの京都踏水会)で習得したという。 早稲田大学に入学。大学在学中、1928年アムステルダムオリンピックに競泳日本代表として男子100m背泳ぎに出場したが予選落ちに終わった。
大本 里佳 は、京都府京都市出身の日本の女性競泳選手。ANA… 大本 里佳 は、京都府京都市出身の日本の女性競泳選手。ANAイトマン所属。