藤縄 祐爾(ふじなわ ゆうじ、1941年(昭和16年)9月2… 藤縄 祐爾(ふじなわ ゆうじ、1941年(昭和16年)9月22日 - )は、日本の陸上自衛官。第26代陸上幕僚長、第23代統合幕僚会議議長。兵庫県出身。
兵庫県:6人
藤縄 祐爾(ふじなわ ゆうじ、1941年(昭和16年)9月2… 藤縄 祐爾(ふじなわ ゆうじ、1941年(昭和16年)9月22日 - )は、日本の陸上自衛官。第26代陸上幕僚長、第23代統合幕僚会議議長。兵庫県出身。
杉山 蕃(すぎやま しげる、1938年(昭和13年)1月16… 杉山 蕃(すぎやま しげる、1938年(昭和13年)1月16日 - )は、航空自衛官。兵庫県出身。第22代航空幕僚長、第21代統合幕僚会議議長。保守系日刊紙『世界日報 (日本)』のコラム「ビューポイント」の常連寄稿者の一人である。現在は千葉県在住。戦闘機パイロット出身でTACネームは“BAN”。
前田 優(まえだ まさる 、1924年(大正13年)8月26… 前田 優(まえだ まさる 、1924年(大正13年)8月26日 - 2011年(平成23年)2月9日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。第14代海上幕僚長。 兵庫県出身。旧制加古川中学校を経て海軍兵学校に入校。太平洋戦争中は空母「鳳翔」などに乗組む。戦後は復員業務に従事したのち海上警備隊に入隊。海上自衛隊では第1術科学校長、佐世保地方総監、自衛艦隊司令官等の要職を歴任し、第14代海上幕僚長に就任。2年余の任期中、海自にとって永年の懸案だった補給実施要領や自衛艦乗員服務規則など各種の内規を整備して実施に移したほか、P-3C部隊の新編、シーレーン防衛議論への対応などに務めた。
上村 健太郎(うえむら けんたろう、1908年(明治41年)… 上村 健太郎(うえむら けんたろう、1908年(明治41年)7月18日 - 1981年(昭和56年)8月4日)は、兵庫県出身の内務官僚、航空自衛官、実業家である。初代航空幕僚長。位階は従三位。 1908年(明治41年)7月18日、兵庫県で陸軍中将・上村良助の長男として生まれる。東京府立四中、旧制一高卒業。府立四中、一高同期に河野一之、佐々木直がいる。1930年(昭和5年)、東京帝国大学法学部政治学科卒業し、内務省に入省。秋田県属。1944年(昭和19年)8月、警視庁官房主事。1945年(昭和20年)4月、警視庁特別高等警察部長に就任。 1952年(昭和27年)9月、保安庁長官官房長。1954年(昭和29年)7月、初代航空幕僚長に就任。
藤原 岩市(ふじわら いわいち、1908年(明治41年)3月… 藤原 岩市(ふじわら いわいち、1908年(明治41年)3月1日 - 1986年(昭和61年)2月24日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。 太平洋戦争においてF機関を指示し、チャンドラ・ボースらと共にインド国民軍の編成や戦後のインド独立に大きな役割を果たした。そのため、インド独立運動に携わり「インド独立の父」と呼ばれるマハトマ・ガンディーに対して、藤原はボースと並び「インド独立の母」とも呼ばれる。 藤原為蔵の二男として兵庫県多可郡(現在の西脇市黒田庄町喜多)に生まれる。柏原中学校を卒業し、陸軍予科士官学校を経て、1931年7月、陸軍士官学校(43期)を卒業、同年10月、陸軍少尉任官、歩兵第37連隊付となった。
庵原 貢(いはら みつぐ、1903年(明治36年)10月3日… 庵原 貢(いはら みつぐ、1903年(明治36年)10月3日 - 1979年(昭和54年)3月31日)は、日本の海軍軍人、海上自衛官。海兵52期・海大35期。第3代海上幕僚長。 兵庫県出身。豊岡中学校(現・兵庫県立豊岡高等学校)を経て海軍兵学校に入校。太平洋戦争中は第三艦隊参謀としてスラバヤ沖海戦などに従軍。1945年(昭和20年)4月、鈴木貫太郎首相秘書官に出向し「日本のいちばん長い日」を体験した。戦後は保安庁警備隊を経て海上自衛隊に入隊。第3代自衛艦隊司令を務めたのち、第3代海上幕僚長に就任。