田中 夢玖(たなか むく、Muku Tanaka、2002年… 田中 夢玖(たなか むく、Muku Tanaka、2002年12月2日 - )は、奈良県北葛城郡王寺町出身のサッカー選手。wyvern所属。ポジションはゴールキーパー。 2002年12月2日、奈良県北葛城郡王寺町生まれ。 2009年、王寺SCジュニアユースに入団。 2015年、法隆寺FCU-15に入団。 2018年、奈良県立香芝高等学校に進学。 2021年、大阪大谷大学に進学し、男子サッカー部に入部。 2025年、中国サッカーリーグ・Yonago Genki SCに入団。 2025年5月、関西サッカーリーグ1部・VELAGO生駒に期限付き移籍。 2025年8月30日、第11節にCento Cuore HARIMA戦でデビューし、4試合に出場した。
近藤 壱成(こんどう いっせい、2001年1月15日 - )… 近藤 壱成(こんどう いっせい、2001年1月15日 - )は、奈良県生駒市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ザスパ群馬所属。ポジションはゴールキーパー。 2022年3月に行われたデンソーカップチャレンジサッカーにて、優勝に貢献。大会MVPを獲得。 2022年11月30日、2023シーズンよりジェフユナイテッド市原・千葉への加入が発表された。 2024年、ザスパ群馬に完全移籍。
和田 育(わだ はぐみ、2000年12月19日 - )は、奈… 和田 育(わだ はぐみ、2000年12月19日 - )は、奈良県三郷町出身のサッカー選手。Jリーグ・FC大阪所属。ポジションはフォワード。 阪南大高校をへて、筑波大学に進学。同大サッカー部では森侑里、岩本翔、森海渡らとプレーした。 2023年1月12日、アスルクラロ沼津に加入することが発表された。3月5日、J3リーグ開幕戦のカマタマーレ讃岐戦でJリーグデビューを飾った。4月16日、第7節の松本山雅FC戦で初ゴールを決めた。 2025年、FC大阪に完全移籍。
福岡 慎平(ふくおか しんぺい、2000年6月27日 - )… 福岡 慎平(ふくおか しんぺい、2000年6月27日 - )は、奈良県奈良市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・京都サンガF.C.所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 京都サンガF.C.U-12SPコース出身で、U-15およびU-18へ順次昇格。2018年1月、京都のトップチームに2種登録された。6月2日、第17節のツエーゲン金沢戦でトップチームデビューを果たした。11月2日、来季からトップチームへ昇格することが発表された。 2019年にトップチームへ昇格した。3月24日、第5節のジェフユナイテッド市原・千葉戦でプロA契約の時間を達成した。 2022年シーズンからアカデミー卒で原川力以来2人目の背番号「10」を背負う。
岸本 武流(きしもと たける、1997年7月16日 - )は… 岸本 武流(きしもと たける、1997年7月16日 - )は、奈良県橿原市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ガンバ大阪所属。ポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。 妻はタレントの三江彩花。 2016年、下部組織を得てセレッソ大阪のトップチームに昇格。5月1日、J3リーグ第7節のY.S.C.C.横浜で丸岡満に変わってJリーグ初出場を果たす。5月15日、J3第9節の鹿児島ユナイテッドFC戦でJリーグ初得点。2017年3月12日、グルージャ盛岡とのJ3開幕戦では2得点をあげる活躍を見せた。リーグカップ戦では出場機会のなかった選手らと共に勝ち上がりに貢献、チームは優勝した。センターフォワードからサイドバックまで様々なポジションで起用できることからも重宝された。
菅田 真啓(すがた まさひろ、1997年6月28日 - )は… 菅田 真啓(すがた まさひろ、1997年6月28日 - )は、奈良県葛城市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ベガルタ仙台所属。ポジションはディフェンダー(DF)。 白鳳中学校、国見高校を経て、福岡大学へ進学。大学2年次には、九州大学リーグでベストDF賞を受賞した。 2020年より、ロアッソ熊本へ加入した。対人能力の高さを買われ、シーズン中盤に負傷した酒井崇一からポジションを奪い、スタメンに定着した。 2023年、ベガルタ仙台へ完全移籍。守備の要としてだけでなく得点でもチームに貢献し、2024年にはリーグ戦全試合出場を達成。 2025年より仙台の副キャプテンに就任。翌2026年シーズンにはキャプテンに就任した。
中野 克哉(なかの かつや、1996年9月13日 - )は、… 中野 克哉(なかの かつや、1996年9月13日 - )は、奈良県奈良市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・栃木SC所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 京都橘高校の1年時の2012年度の第91回全国高等学校サッカー選手権大会で準優勝した。なお、同じ京都橘高校のチームメイトでこの大会の得点王となった仙頭啓矢は2学年上、小屋松知哉が1学年上に当る。また、2013年度および2014年度の全国高等学校サッカー選手権大会で共に優秀選手に選出された。高校卒業後は関西学院大学に入学してサッカー部に入部。大学3年時には13得点で関西学生サッカーリーグで得点王となった。 2018年11月11日、京都サンガF.C.へ加入すると発表された。
島田 拓海(しまだ たくみ、1996年8月25日 - )は、… 島田 拓海(しまだ たくみ、1996年8月25日 - )は、奈良県生駒市出身のサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。Jリーグ・FC大阪所属。 大阪経済大学から2019年に奈良クラブに加入した。 2020年シーズンはリーグ戦15試合すべてに出場で5得点。得点ランキング7位でチーム得点王となった。 2021年よりヴァンラーレ八戸に完全移籍。 2022年12月30日にヴァンラーレ八戸との契約を解除し退団。 2023年1月11日、FC大阪に移籍。3月4日の鹿児島ユナイテッドFC戦ではクラブのJリーグ初得点となるゴールを挙げた。3月12日のテゲバジャーロ宮崎戦では決勝点となるゴールを挙げ、クラブのJリーグ初勝利に貢献した。
大西 勇輝(おおにし ゆうき、1996年7月30日 - )は… 大西 勇輝(おおにし ゆうき、1996年7月30日 - )は、奈良県北葛城郡広陵町出身のサッカー選手。ポジションは、DF。 京都サンガF.C.U-18ではキャプテンを務めた。2014年4月、トップチームに2種登録選手として選手登録された。同年9月、2015年シーズンからのトップチーム昇格内定が発表された。 2016年より奈良クラブに期限付き移籍により加入した。 2017年を以て京都、奈良との契約を満了。同年12月に行われたJリーグ合同トライアウトに出場した が、新たな所属チームを決めなかった。 2018年に立命館大学に入学。同サッカー部に所属した。
堀内 颯人(ほりうち はやと、1996年7月3日 - )は、… 堀内 颯人(ほりうち はやと、1996年7月3日 - )は、大阪府出身のプロサッカー選手。Jリーグ・FC琉球所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)、ディフェンダー(DF)。 大阪体育大学から2019年にHonda FCに加入した。 2021年は27試合に出場。この年のJFLベストイレブンに初選出された。 2022年も28試合出場し、2年連続でJFLベストイレブンに選出された。 2023年、Jリーグに加盟した奈良クラブに完全移籍。 2026年、FC琉球に完全移籍。
鈴木 大誠(すずき だいせい、1996年5月28日 - )は… 鈴木 大誠(すずき だいせい、1996年5月28日 - )は、奈良県生駒市出身のサッカー選手。関西サッカーリーグ・IKOMA FC 奈良所属。ポジションはディフェンダー。 高校では星稜高等学校に進学し、キャプテンとして第93回全国高等学校サッカー選手権大会の優勝に貢献した。大会の優秀選手の一人に選ばれた。筑波大学に進学後は3年時に天皇杯でベスト16入りに貢献。全日本大学サッカー選手権大会では日本一に輝き、高校に続いて大学でも日本一になった。2018年7月に来季からの徳島ヴォルティスへの加入内定が発表された。 2020年、FC琉球へ期限付き移籍。 2022年、愛媛FCへ期限付き移籍。同年12月、移籍期間満了により退団。
平松 遼太郎(ひらまつ りょうたろう、1996年4月5日 -… 平松 遼太郎(ひらまつ りょうたろう、1996年4月5日 - )は、奈良県生駒市出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。中国サッカーリーグ・福山シティFC所属。 IPU・環太平洋大学から、2019年にFC今治に加入した。2020年を以てFC今治を退団。 2021年、JFLの奈良クラブに移籍。 2023年8月14日、福山シティFCへの期限付き移籍が発表された。同年12月5日に奈良との契約満了。同年12月12日に開催されたJリーグ合同トライアウトに出場した。 12月28日に期限付き移籍先であった福山シティFCに完全移籍することが発表された。
平岡 翼(ひらおか たすく[注 1]、199… 平岡 翼(ひらおか たすく[注 1]、1996年2月23日 - )は、奈良県[注 2]橿原市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・栃木SC所属。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。
阪本 翔一朗(さかもと しょういちろう、1995年8月18日… 阪本 翔一朗(さかもと しょういちろう、1995年8月18日 - )は、奈良県橿原市(出生地は大阪府柏原市)出身のプロサッカー選手。ポジションは、フォワード(FW)。元プロサッカー選手の阪本一仁は実兄。 香川西高校時代、3年連続で全国高校サッカー選手権大会に出場した。 2014年より、ツエーゲン金沢へ入団。2015年6月、テゲバジャーロ宮崎へ育成型期限付き移籍。 2016年シーズンをもって、契約満了につき金沢を退団。 2017年、アルビレックス新潟シンガポールへ完全移籍。
寺前 光太(てらまえ こうた、1995年7月9日 - )は、… 寺前 光太(てらまえ こうた、1995年7月9日 - )は、奈良県大和高田市出身の元プロサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 横浜F・マリノスのアカデミー出身。同期には小泉慶や汰木康也が所属。 日大藤沢高校では主将を務めた。 神奈川大学では2年次から出場し全試合に出場。関東大学選抜B、全日本大学選抜候補に選出される。4年次には主将を務め、チームの関東大会三位に貢献した。 2018年より、福島ユナイテッドFCへ加入。 2019年12月、現役引退が発表された。
田村 亮介(たむら りょうすけ、1995年5月8日 - )は… 田村 亮介(たむら りょうすけ、1995年5月8日 - )は、奈良県奈良市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・奈良クラブ所属。ポジションは、ミッドフィルダー、フォワード。 京都サンガF.C.の育成組織出身。2014年、トップチームに昇格した。同年3月16日、Jリーグ・アンダー22選抜の対藤枝MYFC戦で63分にプロ初出場を果たし、94分にプロ初ゴールを記録した。 2015年1月、サガン鳥栖への期限付き移籍が発表された。2015年末で期限付き移籍満了で京都に復帰。 2019年、福島ユナイテッドFCに完全移籍。 2021年、Kリーグ2(韓国2部)のFC安養に完全移籍。 2022年、ガイナーレ鳥取に完全移籍。
古橋 亨梧(ふるはし きょうご、本名:古橋 匡梧〈読み同じ〉… 古橋 亨梧(ふるはし きょうご、本名:古橋 匡梧〈読み同じ〉、1995年1月20日 - )は、奈良県生駒市出身のプロサッカー選手。EFLチャンピオンシップ・バーミンガム・シティFC所属。ポジションはフォワード(センターフォワード)。元日本代表。 欧州リーグでの1シーズンにおける日本人最多得点記録保持者(27得点)。 桜ヶ丘FCでサッカーを始め、アスペガス生駒FC、興國高等学校(同級生に南野拓実がいる)を経て、中央大学へ進学。中央大学在学時には全日本大学選抜に選出された。4年時にはプロ入りを目指し、複数のJクラブの練習に参加するもののなかなかオファーをもらえず、一時期はプロ入りを諦めようとしていた が、最終的にFC岐阜に内定した。
松木 政也(まつき せいや、1994年6月12日 - )は、… 松木 政也(まつき せいや、1994年6月12日 - )は、奈良県奈良市出身のサッカー選手。ポジションは、フォワード(FW)。 大阪桐蔭高校、大阪産業大学を経て、2016年にドイツ・オーバーリーガ(5部相当)のヒラル・ベルクハイム(ドイツ語版)へ加入。2017年、同じオーバーリーガのFV07ディーフレン(ドイツ語版)へ移籍した。 2017年8月、SC相模原へ移籍加入した。2018年8月、同クラブを退団。
澤上 竜二(さわかみ りゅうじ、1993年10月8日 - )… 澤上 竜二(さわかみ りゅうじ、1993年10月8日 - )は、奈良県出身のプロサッカー選手。ポジションはFW。Jリーグ・ヴァンラーレ八戸所属。 中学卒業後、地元の奈良を離れて静岡県の飛龍高校に進学。大阪体育大学では2013年の関西学生リーグで24年ぶりの優勝に貢献し、年間最優秀選手賞を受賞した。 2016年、当時J2に属していたセレッソ大阪に入団。同期は木本恭生。同年3月12日、J2第3節のザスパクサツ群馬でリカルド・サントスに代わって途中出場を果たす。9月11日、J2第31節のV・ファーレン長崎戦でJ2リーグ初得点を決めた。プロ1年目で30試合に出場した。 2017年、チームはJ1に昇格。背番号が「29」から「19」に変更された。
西川 翔大(にしかわ しょうだい、1993年9月21日 - … 西川 翔大(にしかわ しょうだい、1993年9月21日 - )は奈良県出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー、サイドバック。 ディアブロッサ高田FCU-18出身。 ユース卒団後、筑波大学に一般入試で進学し蹴球部に入部。 大学卒業後、ヨーロッパのプロクラブ入団を目指し渡航。トライアウトの結果、モンテネグロ2部リーグのFKコム・ポドゴリツァと契約。 2017年、FKコムでのプレーが評価され、モンテネグロ1部リーグのFKルダル・プリェヴリャに移籍。 同年、同じモンテネグロ1部リーグのOFKペトロヴァツに移籍。 2020年、シンガポールプレミアリーグのタンジョン・パガー・ユナイテッドFCと契約。
二見 宏志(ふたみ ひろし、1992年3月20日 - )は、… 二見 宏志(ふたみ ひろし、1992年3月20日 - )は、奈良県奈良市(出生地は大阪府大阪市)出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。(左サイドバック) 小学校1年でサッカーを始め、セントラルFC奈良では全日本少年サッカー大会でベスト8。中学校時代は高田FCジュニアユースでプレーし、3年時に日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会でベスト8。2007年、奈良育英高校へ進学。1年時からレギュラーを獲得し、同年の全国高校サッカー選手権に出場した。 高校卒業後、2010年に阪南大学へ進学。3年時、関西学生サッカーリーグ1部と総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントの2冠を達成した。
阪本 一仁(さかもと かずと、1991年9月24日 - )は… 阪本 一仁(さかもと かずと、1991年9月24日 - )は、奈良県橿原市出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 高校まではFWとして、プロ入り後は主にサイドのプレーヤーとして起用されている。
佐々木 周(ささき しゅう、1991年2月12日 - )は、… 佐々木 周(ささき しゅう、1991年2月12日 - )は、奈良県奈良市出身のサッカー選手。ポジションはFWまたはMF。 小学校1年生からサッカーを始め、中学時代は奈良YMCA SCジュニアユースでプレー。 奈良育英高校から関西大学に一般入試で進学。卒業後はドイツとオーストラリアで迷った結果、英語力の向上を考えてオーストラリアを選択、2014年2月にトライアルに参加した。トライアルの結果、マルコーニ・スタリオンズFCに入団。翌年にブラックタウン・スパルタンズFCに移籍し、2016年に降格するまで在籍した。 2017年1月、フィリピン・フットボールリーグのグローバル・セブFCに移籍。1月24日のAFCチャンピオンズリーグ2017予選プレーオフのタンピネス・ローバースFC戦で移籍後初出場および国際クラブ大会初出場。
川西 誠(かわにし まこと、1991年1月12日 - )は、… 川西 誠(かわにし まこと、1991年1月12日 - )は、奈良県出身で、JFL・FC大阪所属のサッカー選手。
阿部 浩之(あべ ひろゆき、1989年7月5日 - )は、奈… 阿部 浩之(あべ ひろゆき、1989年7月5日 - )は、奈良県北葛城郡上牧町出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。元日本代表。 妻はモデルの王子咲希。1児の父。 奈良県北葛城郡上牧町出身。小学1年生の頃から地元の少年団でサッカーを始め、中学時代は県下の強豪クラブである高田FCのジュニアユースチームに所属した。 高校は新たにサッカー部を創部した大阪桐蔭高校へ進学。3年生になると主将に就任し、チームを初のインターハイへ導くとともにベスト8まで進出する。サッカー部の同期には満生充がいたほか、野球部の中田翔とは3年間同じクラスだった。 高校卒業後は加茂周が監督を務める関西学院大学に進学。
川西 翔太(かわにし しょうた、1988年10月28日 - … 川西 翔太(かわにし しょうた、1988年10月28日 - )は、奈良県奈良市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・カマタマーレ讃岐所属。登録ポジションはミッドフィールダー。 地元の奈良FCで本格的にサッカーを始める。2004年、青森県の強豪高である青森山田高校にサッカー留学。2年次の2005年にはインターハイ制覇を経験。3年次にはストライカーとして司令塔のベロカル・フランクら共に青森山田の攻撃サッカーを支えた。 2007年に関西に戻って大阪体育大学に進学(同期に藤春廣輝、村田和哉など)。2008年にはチームは関西学生リーグ2部所属ながら総理大臣杯を勝ち進み、決勝戦では川西が2ゴールを挙げ、大体大にとって22年ぶりとなる優勝に貢献した。
奥田 達朗(おくだ たつろう、1988年9月20日 - )は… 奥田 達朗(おくだ たつろう、1988年9月20日 - )は、奈良県出身のサッカー選手。ポジションはGK。 2011年にサガン鳥栖に加入。同年7月10日に行われたカターレ富山戦でJリーグデビュー。鳥栖では、1年目からサポーターナンバーとされることが多い背番号12を着用し、2015年のJリーグにおいては、唯一背番号12を着用している選手であった。2015年シーズン終了後に契約満了により鳥栖を退団。 2016年にジュビロ磐田に移籍したが、シーズン終了後に退団。 2017年1月6日にV・ファーレン長崎への完全移籍が発表された。2018年シーズン終了後、契約満了により退団。同年12月13日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した。
己浪 学(みなみ まなぶ、1988年2月17日 - )は、奈… 己浪 学(みなみ まなぶ、1988年2月17日 - )は、奈良県橿原市出身の元サッカー選手。ポジションは、GK。
佐藤 悠希(さとう ゆうき、1988年2月13日 - )は、… 佐藤 悠希(さとう ゆうき、1988年2月13日 - )は、奈良県出身の元サッカー選手。ポジションはMF、FW。 奈良育英高校時代はU-16日本代表候補トレーニングキャンプメンバーに選出されている。 関西大学では1学年下に金園英学がおり、2トップを組んでいたこともあった。大学卒業後の2010年にジェフリザーブズに加入。 2011年、ジェフリザーブズの解散に伴い、2012年よりAC長野パルセイロに移籍。2018年11月28日、AC長野パルセイロより契約期間の満了が発表。同年12月12日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した。 2019年、FC刈谷に移籍。移籍1年目は東海社会人サッカーリーグ1部で10得点を挙げ、最優秀選手とベストイレブンを受賞した。
村山 拓也(むらやま たくや、1987年8月7日 - )は、… 村山 拓也(むらやま たくや、1987年8月7日 - )は、奈良県生駒市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。 大阪府生まれで幼少期より奈良県で育つ。6歳からサッカーを始め、U12県代表、関西代表候補としてナショナルチーム選考大会に選ばれる一方で怪我に苦しむ。 中学、高校年代とキャプテンとしてチームを率い全国大会に出場するも、引き続き怪我に苦しむ。 高校卒業後はトレーナーの道を志し、早稲田大学に入学。在学中はア式蹴球部に所属しながら、トレーナー活動を開始し自己研鑽に励む。卒業後の進路として外国でサッカー選手として自分の力を試す為に渡豪。オーストラリア2部リーグのチームと契約を結び、プロサッカー選手となる。
中原 浩介(なかはら こうすけ、1987年3月17日 - )… 中原 浩介(なかはら こうすけ、1987年3月17日 - )は、大阪府生まれ、奈良県育ちの元プロサッカー選手、指導者である。現役時代のポジションはMF。
森本 勇一(もりもと ゆういち、1987年1月26日 - )… 森本 勇一(もりもと ゆういち、1987年1月26日 - )は、奈良県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。
馬場 悠(ばば ゆたか、1986年10月4日 - )は、奈良… 馬場 悠(ばば ゆたか、1986年10月4日 - )は、奈良県出身のサッカー選手。ポジションは、DF、MF。JFL・MIOびわこ滋賀所属。
前田 俊介(まえだ しゅんすけ、1986年6月9日 - )は… 前田 俊介(まえだ しゅんすけ、1986年6月9日 - )は、奈良県桜井市出身のサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはフォワード。 幼少期に、父親が指導者を務めていた桜井FCの練習について行っていたことをきっかけにサッカーを始める。小学校5年生の時「毎日サッカーが出来る」という理由で桜井FCより練習日の多い高田FCに移る。中学3年時に複数の高校やクラブチームからスカウトされ数チームに練習参加、当初は高校選手権への出場を夢見て高校サッカーへ行こうとしていたが、部活特有の厳しい上下関係や規律に馴染めず、それらに比べて自由な雰囲気のサンフレッチェ広島ユースに惹かれるようになる。 2002年、広島ユースに入団。
早坂 良太(はやさか りょうた、1985年9月19日 - )… 早坂 良太(はやさか りょうた、1985年9月19日 - )は、奈良県奈良市出身の元プロサッカー選手。現役時のポジションはフォワード、ミッドフィールダー、ディフェンダー。 幼稚園の頃から兄を追いかけてサッカーボールに親しんでいたと言うが、小学校3年の時に寺内スカイSCに加入して正式にサッカーを始める。親の転勤で名古屋に移り、市のトレセンに参加。名東区にある猪高中学校を卒業後、高校は「家から近かった」という理由で愛知高校へ進学、サッカー漬けの毎日を送るが、高校選手権の全国大会には縁が無く、高校でサッカーをやめるつもりでいたという。 「スポーツが学べて、教員免許を取れる所」という理由で、国立の静岡大学へ進学。
吉田 智尚(よしだ ともひさ、1984年5月27日 - )は… 吉田 智尚(よしだ ともひさ、1984年5月27日 - )は、奈良県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー。 2004年10月、大分トリニータから金守智哉と共に愛媛FCへ期限付き移籍した。2005年は水戸ホーリーホックへ期限付き移籍し、2006年にツエーゲン金沢へ移籍した。 FC町田ゼルビア、福島ユナイテッドFCを経て2011年に奈良クラブに加入。2015年11月、現役引退を発表した。 引退後は天理大学サッカー部でコーチを務める傍ら、FC Tenri 2016で選手としてプレー。2019年、ポルベニル飛鳥(現・飛鳥FC)へ移籍した。 2022年2月7日、現役引退と飛鳥FCのコーチ就任が発表された。
石田 雅人(いしだ まさと、1983年4月17日 - )は、… 石田 雅人(いしだ まさと、1983年4月17日 - )は、奈良県出身のサッカー選手、フットサル選手。ポジションはFW、MF。 2001年の高円宮杯第12回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会で、優勝した国見高校に2-2からPKの末敗れるも、2得点と活躍した。 奈良育英高校卒業後すぐ入団した横浜FCでは、1年目に18試合に出場。2年目に右大腿直筋部分断裂などの故障に見舞われ、出場機会を失い退団した。2004年にはフットサルに転向し、関東フットサルリーグのPREDATOR FUTSAL CLUB(バルドラール浦安フットボールサラ)に入団。 2004年8月にはサッカー界に復帰し、2007年までバンディオンセ神戸でプレー。
古田 泰士(ふるた たいじ、1982年8月4日 - )は、奈… 古田 泰士(ふるた たいじ、1982年8月4日 - )は、奈良県出身の元サッカー選手。ポジションはGK。 2006年終盤にレンタル移籍したバンディオンセ神戸では、全国地域リーグ決勝大会2試合、天皇杯(vsFC東京)でゴールマウスを守った。2009年2月19日に現役引退を表明。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。
西嶋 弘之(にしじま ひろゆき、1982年4月7日 - )は… 西嶋 弘之(にしじま ひろゆき、1982年4月7日 - )は、奈良県北葛城郡河合町出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはDF。 兄の影響で、7歳でサッカーを始める。小学校時代は水泳、体操、ピアノ、書道、英会話、サッカーと習い事一色だった。 高校時代は主にFW、攻撃的MF、ボランチとしてプレー。奈良育英高校2年次の第78回全国高等学校サッカー選手権大会1回戦・韮崎高校戦では、ハットトリックも達成している。 2001年にサンフレッチェ広島へ加入。ボランチ→左SB→CBへとコンバートされるも、トップでの出場機会はなかった。 2004年にヴィッセル神戸へ移籍も出場機会はなく、同年9月にコンサドーレ札幌へ完全移籍。
橋垣戸 光一(はしがいと こういち、1982年3月30日 -… 橋垣戸 光一(はしがいと こういち、1982年3月30日 - )は、奈良県出身のサッカー選手。奈良クラブ所属。ポジションはディフェンダー(センターバック)。
北本 久仁衛(きたもと くにえ、1981年9月18日 - )… 北本 久仁衛(きたもと くにえ、1981年9月18日 - )は、奈良県奈良市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 2000年のプロ入りから2018年の契約満了まで、足掛け19年に渡ってヴィッセル神戸でプレーし、2010年ヴィッセル神戸公式サイトの選手紹介には「クラブの象徴と言ってもいいほど、その存在感は絶大だ」との記載がある。主にセンターバックのポジションでディフェンスリーダーとして振る舞うが、2006年は右SBを任され、プレーの幅を広げた。また、攻撃の起点としての一翼も担っており、2009年10月3日のホーム・京都サンガF.C.戦では豪快なダイレクトボレーで自身の通算200試合出場に花を添えた。
渡辺 晋平(わたなべ しんぺい、1981年2月8日 - )は… 渡辺 晋平(わたなべ しんぺい、1981年2月8日 - )は、奈良県出身のサッカー選手。
林 丈統(はやし たけのり、1980年10月14日 - )は… 林 丈統(はやし たけのり、1980年10月14日 - )は、奈良県奈良市出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード。 滝川第二高校サッカー部に所属していた1997年、1998年に2年連続で全国大会に出場。1998年度の大会では当時の大会タイ記録となる通算8得点を挙げて注目され、1999年にジェフユナイテッド市原に入団。主にスーパーサブとして活躍する。2003年に監督に就任したイビチャ・オシムは林の才能を「日本で一番才能のあるストライカー」と評価 する一方でスタミナ不足を指摘したこともあり、2005年のJ1第23節・東京ヴェルディ1969戦で6年ぶりにフル出場し、決勝点を挙げたことを「世界の奇跡」と呼んでいた。
広野 耕一(ひろの こういち、1980年4月16日 - )は… 広野 耕一(ひろの こういち、1980年4月16日 - )は、奈良県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはGK。 奈良育英高校の2、3年次に全国高校選手権に出場。特に3年の時には大会No.1GKの評価を受けるほど注目を集めた。 愛知学院大学卒業後、地元・奈良のスポーツジムでアルバイトをしながら、関西リーグ所属・アマチュアチームの高田FCでプレー。2003年4月に大学関係者の紹介で名古屋グランパスエイトのテストを受けて合格し、プロ入りした苦労人である。 名古屋入団後、高校の先輩である日本代表・楢﨑正剛をはじめとした他のGKの厚い壁を越えられず、長年第3GKにとどまる。 2009年開幕時点で唯一出場したJ公式戦は、2004年9月4日のナビスコカップ準々決勝(vs鹿島アントラーズ)。
中村 祥朗(なかむら よしろう、1979年10月17日 - … 中村 祥朗(なかむら よしろう、1979年10月17日 - )は、奈良県出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー。 右利きだが、主に左サイドバックでプレーする。 奈良育英高校卒業後、1998年に鹿島アントラーズに加入。同期は小笠原満男、中田浩二、本山雅志、曽ヶ端準、山口武士で「鹿島のV6」と呼ばれた。 2001年J1昇格争いをしていた大分トリニータ、翌2002年サンフレッチェ広島と、レンタル移籍で渡り歩く。同年末、鹿島から戦力外通告。2003年からサガン鳥栖に移籍すると、主力として活躍。 その後は関西を中心に活躍、関西サッカーリーグのアイン食品を経て、2008年以降は地元奈良から将来のJリーグ加盟を目指す奈良クラブに所属した。
東 幸一(ひがし こういち、1978年8月23日 - )は、… 東 幸一(ひがし こういち、1978年8月23日 - )は、日本の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィルダー。 大学時代は、関西2部のベストイレブンやアシスト王を獲得。2001年よりサガン鳥栖に加入し、1年目から主力として活躍。 引退後は地元奈良に戻り、アマチュア選手としてプレーを続けていたが、2010年限りで引退を表明。 また現在は、奈良市・木津川市で「ジョインサッカースクール」を運営。 奈良育英高校1年の時に楢崎正剛や中谷勇介らとともに出場した第73回全国高校サッカー選手権大会では初戦で優勝候補筆頭の清水商業高校と対戦し、コーナーキックから見事なボレーシュートを決めチームを勝利に導いた。
矢部 次郎(やべ じろう、1978年5月26日 - )は、奈… 矢部 次郎(やべ じろう、1978年5月26日 - )は、奈良県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。2013年まで奈良クラブの監督を、その後奈良クラブのゼネラルマネージャー、運営法人「NPO法人奈良クラブ」理事長。 名古屋市で4人兄弟の末弟として生まれる。父親の仕事のためで4歳で岡山市に、小学校1年生の時に奈良市に転居した。8歳上の兄がプレーしていたことと『キャプテン翼』の影響があり、小学校に入るとサッカーに魅かれて3年生の時に地元の少年団・二名FCに入団した。週3回の練習では物足りず、毎日1時間は家の前で練習していたという。2歳上に藤井健太、2歳下には林丈統がいるなど二名FCではチームメートに恵まれていた。
國保 塁(こくぼ るい、1976年11月3日 - )は、奈良… 國保 塁(こくぼ るい、1976年11月3日 - )は、奈良県天理市出身のサッカー指導者。 小学1年生時にサッカー始める。1992年に奈良育英高等学校へ進学。3年時にはDFとして、同期の藤井健太、楢﨑正剛と共に選手権に出場し、ベスト4入りした。1995年に福岡大学へ進学したが、2度の膝の手術により競技を断念した。同大学院に進み、サッカー部コーチを務めつつ運動生理学や体力学などを修得した。 2003年、Jリーグ・FC東京に普及部コーチとして加入。働きが認められ、2004年よりトップチームのフィジカルコーチを務め、2007年にB級ライセンスを取得。2010年にはU-18Jリーグ選抜のコーチを務めた。
楢﨑 正剛(ならざき せいごう、1976年4月15日 - )… 楢﨑 正剛(ならざき せいごう、1976年4月15日 - )は、奈良県香芝市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはゴールキーパー(GK)。元日本代表。 母の実家がある徳島県で誕生。小学3年生まで大阪府内で育つ。学生野球をしていた父親の影響で、幼少期は野球をしていた。小学校4年生の時に奈良県へ引っ越し、三和スポーツ少年団にてサッカーを始める。当時から身長が高く、サッカーを始めた当初からGKとしてプレーしていた。中学時代は奈良選抜や関西選抜にも選出された。香芝市立香芝中学校卒業後に奈良育英高校へ入学し、3年時には高校サッカー選手権でベスト4に進出した。同期のチームメイトにフットサル日本代表の藤井健太がいる。
楢﨑 正剛(ならざき せいごう、1976年4月15日 - )… 楢﨑 正剛(ならざき せいごう、1976年4月15日 - )は、奈良県香芝市出身の日本のサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。Jリーグ・名古屋グランパス所属。J1最多出場記録保持者 (2016年時点) 。元日本代表でFIFAワールドカップに4大会連続で選出された。国際Aマッチ7試合連続無失点という日本記録を持つ (2011年時点) 。