三橋 和史(みはし かずし、1988年〈昭和63年〉12月2… 三橋 和史(みはし かずし、1988年〈昭和63年〉12月22日 - )は、日本の政治家、弁護士。奈良県香芝市長(1期)。元奈良市議会議員(1期)。 大阪府大阪市西区生まれ。2000年に大阪府八尾市から奈良県香芝市に転居する。香芝市立下田小学校、香芝市立香芝中学校、奈良県立奈良高等学校、明治大学政治経済学部政治学科卒業。大学では雄弁部に所属した。2011年、南都銀行入行。2014年に退職し奈良県庁入庁。 2017年の奈良市議会議員選挙に日本維新の会公認で立候補し、初当選する。翌年に維新を離党。 2021年、大阪大学大学院高等司法研究科修了。同年6月1日、任期満了に伴う奈良市長選(7月4日告示、11日投開票)への立候補を表明。
松田 美和(まつだ みわ、1965年1月19日 - )は、日… 松田 美和(まつだ みわ、1965年1月19日 - )は、日本の元弁護士。法務に就く前には放送業界で活動していた。 奈良県生まれ。奈良県立畝傍高等学校、大阪市立大学文学部人間関係学科卒業。大学在学時にはNHK大阪放送局のリポーターを務めていた。 大学を卒業後、1988年に朝日放送に入社。同局在籍時にはテレビ営業局に配属されていた。 1992年に朝日放送を退社し、フリーアナウンサーに転身した。 1994年にNHK松山放送局の契約スタッフになり、『おはよう四国』などを担当。そして1997年に東京都へ移住し、NHKの『週刊ハイビジョンニュース』を担当した。その翌年には『NHKラジオ夕刊』の担当になり、またこの頃に法律の勉強を開始する。
村瀬 拓男(むらせ たくお、1962年12月30日-)は、日… 村瀬 拓男(むらせ たくお、1962年12月30日-)は、日本の弁護士。第二東京弁護士会所属。株式会社スタジオジブリ取締役。 大阪府出身。東大寺学園高等学校を経て、1985年に東京大学工学部土木工学科を卒業。同年、新潮社に入社。 雑誌編集(週刊新潮)の後、映像(1988年『火垂るの墓』など)や電子出版などの新規事業(1995年「CD-ROM版新潮文庫の100冊」2002年「新潮ケータイ文庫」など)に関わる。『火垂るの墓』については、入社2年目の1986年に徳間書店とスタジオジブリ(鈴木敏夫)から企画が持ち込まれた際に(それまで宮崎駿の全監督作品を見ていたことから)自ら担当に名乗りを上げ、配給や宣伝を担当するとともに、契約書をすべて作成したと記している。
前川 清成(まえかわ きよしげ、1962年12月22日 ‐ … 前川 清成(まえかわ きよしげ、1962年12月22日 ‐ )は、日本の政治家、弁護士。 衆議院議員(1期)、参議院議員(2期)、内閣府副大臣兼復興副大臣(野田3次改造内閣)、参議院経済産業委員長、参議院議院運営委員会筆頭理事、民主党副幹事長、民主党・民進党奈良県連代表を務めた。 学校法人龍谷大学理事を務め、学校経営にも参画した(浄土真宗本願寺派総長の推薦する学識経験者、2010年 - 2012年)。 奈良県橿原市に生まれる。父は大阪ガス勤務、母は学校給食調理員。 関西大学第一高等学校を経て、関西大学法学部に進み、1985年に卒業した。大学に在学中、母の死去をきっかけに弁護士を志し、1987年に司法試験に合格。
下村 敏博(しもむら としひろ、1950年 - )は、日本の… 下村 敏博(しもむら としひろ、1950年 - )は、日本の弁護士。奈良まほろば法律事務所代表弁護士。奈良弁護士会会長、奈良県労働委員会会長等を歴任。藍綬褒章受章。総務大臣表彰、万葉歌コンクール明日香村長賞等受賞。 奈良県香芝市出身。1974年一橋大学社会学部卒業。1998年奈良弁護士会会長、日本弁護士連合会常務理事。2004年大和高田市に奈良まほろば法律事務所を開設。2009年奈良弁護士会綱紀委員会委員長。 近畿大学法学部非常勤講師、龍谷大学法科大学院非常勤講師、奈良県労働委員会会長、奈良地方裁判所葛城支部民事調停委員・家事調停委員、生駒市情報公開及び個人情報保護運営審議会会長、香芝市情報公開審査会副会長、香芝市公平委員会委員長、奈良県後期高齢者医療広域連合公平委員会委員、大和高田市立病院倫理委員会委員、財団法人南都経済研究所評議員等を歴任。
藤岡 長敏(ふじおか ながとし、1894年(明治27年)8月… 藤岡 長敏(ふじおか ながとし、1894年(明治27年)8月19日 - 1965年(昭和40年)2月21日)は、日本の内務・警察官僚、弁護士。官選県知事。 奈良県宇智郡北宇智村近内(現在の五條市)出身。北宇智村長・藤岡長二郎の三男として生まれる。奈良県立五條中学校(現奈良県立五條高等学校)を経て、第三高等学校を卒業。 1920年、京都帝国大学法学部法律学科を卒業。内務省に入省し京都府属となる。同年10月、高等試験行政科試験に合格。 以後、警視庁警視、広島県書記官・学務部長、鹿児島県書記官・警察部長、静岡県書記官・警察部長、北海道庁部長・警察部長、東京府総務部長、警視庁警務部長などを歴任。 1938年2月、香川県知事に就任。
木村 篤太郎(きむら とくたろう、1886年〈明治19年〉2… 木村 篤太郎(きむら とくたろう、1886年〈明治19年〉2月7日 - 1982年〈昭和57年〉8月8日)は、日本の政治家、検察官、弁護士、剣道家である。 検事総長(第19代)、第一東京弁護士会会長(第16代)、法務大臣(初代)、保安庁長官(初代)、防衛庁長官(初代)、全日本剣道連盟会長(初代)等を歴任した。 太平洋戦争での日本の敗戦直後に政官界へ転じ、幣原喜重郎首相によって検事総長に登用され、続く吉田茂内閣では司法大臣として初入閣。1946年(昭和21年)11月3日に公布された日本国憲法には、首相の吉田、無任所国務大臣の幣原に続き三番目に署名した。 その後、公職追放令により公職追放されるが、追放解除程無くして第3次吉田内閣の改造時に法務府初代総裁として再入閣。
乾 政彦(いぬい まさひこ、1876年(明治9年)11月27… 乾 政彦(いぬい まさひこ、1876年(明治9年)11月27日 - 1951年(昭和26年)4月29日)は、奈良県出身の法学者、弁護士、貴族院議員。弟の東季彦と共に佐佐木信綱門下の歌人としても知られた。 十津川村出身。旧姓中垣。1889年、養子として乾家に入る。郷校文武館(現在の奈良県立十津川高等学校)を経て、1888年に上京。旧制日本中学校から第一高等学校を経て、1900年(明治33年)東京帝国大学法科大学を卒業後、同年、東京高等商業学校(現一橋大学)の講師に着任した。 1901年、文部省留学生としてドイツに渡り、ボン大学で民法を研究。1904年に帰国後、1905年から東京高商教授を務め、1914年に法学博士号を受けたが、1915年に弁護士へ転じ、1920年に東京高商が大学に昇格するまで非常勤講師として教鞭を執った。
米田 実(米田 實、よねだ みのる、1863年8月28日(文… 米田 実(米田 實、よねだ みのる、1863年8月28日(文久3年7月15日) - 1926年(大正15年)9月16日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(奈良県奈良市選出、当選2回)。族籍は奈良県平民。 大和国奈良(現在の奈良県奈良市)出身。生家は代々農業を営む。米田新八の長男。米田奈良吉の兄。 漢学を修めた後、教職に従事していたが、奈良市内衛生委員・町役場委員などの公吏の職に就いた。1887年(明治20年)に明治法律学校(現在の明治大学)に入学し、在学中に代言人試験に合格した。東京で弁護士事務所を開き、東京組合弁護士会評議員に選出された。後に公証人に転じた。 1904年(明治37年)、第9回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。
玉田 金三郎(たまだ きんさぶろう、1858年5月29日(安… 玉田 金三郎(たまだ きんさぶろう、1858年5月29日(安政5年4月17日) - 1915年(大正4年)6月27日)は、日本の弁護士。政治家、衆議院議員(1期)。 大和国添上郡奈良町(現・奈良県奈良市)生まれ。弁護士試験に合格し、その業務に従事する。奈良市会議員、同参事会員、同議長、奈良県会議員、宅地貸借価格調査委員、大阪電気軌道(株)取締役となる。 1890年の第1回衆議院議員総選挙において奈良1区から自由党所属で立候補するが次点で落選した。1892年の第2回衆議院議員総選挙で独立倶楽部から立候補して当選した。衆議院議員を1期務め、1894年の第3回衆議院議員総選挙では無所属で立候補して落選した。
磯田 和蔵(いそだ わぞう、1849年(嘉永元年12月) -… 磯田 和蔵(いそだ わぞう、1849年(嘉永元年12月) - 1901年(明治34年)8月23日)は、明治時代の弁護士、政治家。衆議院議員(2期)。 大和国宇智郡、のちの奈良県宇智郡宇智村(現五條市)出身。漢学を学び、農業を営む。弁護士試験に合格し、弁護士となる。 1894年の第4回衆議院議員総選挙において奈良3区から立候補したが落選した。1898年の第5回衆議院議員総選挙で初当選。同年の第6回総選挙で再選した。在職中の1901年に死去した。