中井 亜佐子(なかい あさこ、1966年- )は、日本の英文… 中井 亜佐子(なかい あさこ、1966年- )は、日本の英文学者、一橋大学教授。 島根県松江市生まれ。山口県宇部市育ち。山口県立宇部高等学校卒、1989年東京大学文学部英文科卒業。1992年同大学院人文科学研究科修士課程修了。1996年オックスフォード大学英文学部博士課程修了。1996年帝京大学文学部専任講師。1997年博士(英文学)の学位取得(オックスフォード大学)。2002年一橋大学言語社会研究科助教授、2007年准教授、2009年教授。 モダニズム期の英文学(特にジョウゼフ・コンラッド)、20世紀後半以降の英語文学、ポストコロニアル批評などを研究する。「英語圏文学とポストコロニアル批評」で第5回(2008年度)日本学術振興会賞受賞。
伊藤 鉃也(いとう てつや、1951年11月 - )は、日本… 伊藤 鉃也(いとう てつや、1951年11月 - )は、日本の国文学者(中古文学)。学位は、博士(文学)(大阪大学・論文博士・2002年)(学位論文「源氏物語本文の研究」)。国文学研究資料館及び総合研究大学院大学教授、大阪大学招へい教授、大阪観光大学学長、学校法人明浄学院理事などを歴任。 島根県出雲市生まれ。1975年、國學院大學文学部日本文学専攻卒業。1978年、同大学院修士課程修了。大阪府立大正高等学校教諭を経て、1987年、大阪府立盾津高等学校教諭。1991年、学校法人明浄学院大阪明浄女子短期大学専任講師、1997年、同短期大学助教授。1997年から大阪大学大学院文学研究科博士後期課程在学、1999年3月、同大学大学院中途退学。
宇野 邦一(うの くにいち、1948年7月30日 - )は、… 宇野 邦一(うの くにいち、1948年7月30日 - )は、日本の哲学者、フランス文学者、翻訳家。立教大学名誉教授。専門は映像身体論、身体論、現代思想。 島根県松江市出身。松江工業高等専門学校、京都大学文学部仏文学科卒業。パリ第8大学でジル・ドゥルーズの指導を受け、アントナン・アルトーについての研究で1980年に博士号取得。1979年、「文学の終末について」で第22回群像新人文学賞評論部門優秀作。1983年神戸市外国語大学助教授、1987年立教大学助教授。法学部、現代心理学部で教授を務めた。2014年退任。立教大学名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
後藤 祥子(ごとう しょうこ、1938年12月8日 - )は… 後藤 祥子(ごとう しょうこ、1938年12月8日 - )は、日本の国文学者。日本女子大学名誉教授。 島根県益田市出身。1961年日本女子大学国文学科卒業。1966年東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専門課程博士課程単位取得満期退学。1967年から1971年まで日本女子大学国文学科助手を務める。1971年同一般教育課程専任講師、1974年助教授、1977年文学部助教授、1986年教授、2001年から2009年まで日本女子大学学長を務める。2009年、同大学を定年退職。名誉教授・理事。
花本 金吾(はなもと きんご、1936年3月21日 - )は… 花本 金吾(はなもと きんご、1936年3月21日 - )は、日本のアメリカ文学者。早稲田大学名誉教授。 島根県生まれ。島根県立浜田高等学校卒、早稲田大学文学部英文科卒、1965年同大学院文学研究科博士課程満期退学、立正女子大学短期大学部専任講師、1969年助教授、1974年早大法学部助教授、教授。2005年定年、名誉教授。2015年11月瑞宝中綬章受章。
佐野 正巳(さの まさみ、1934年6月20日 - 2002… 佐野 正巳(さの まさみ、1934年6月20日 - 2002年11月4日)は、日本の国文学者。 島根県松江市生まれ。中央大学大学院博士課程中退。静岡精華高等学校教諭、東京成徳短期大学専任講師、1970年神奈川大学外国語学部助教授、教授。上代文学(万葉集)および近世文学・国学を専門とした。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3… 入沢 康夫(入澤 康夫、いりさわ やすお、1931年11月3日 - 2018年10月15日)は、日本の詩人・フランス文学者。日本芸術院会員。 第1詩集『倖せ それとも不倖せ』(1955年)以降、知的で技巧を凝らした独特の作品世界を築き、新境地を拓く。作品に『季節についての試論』(1966年)、『わが出雲・わが鎮魂』(1968年)、『遐い宴楽』(2006年)など多数。 島根県松江市出身。東京都立西高等学校、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、在学中に詩集「倖せそれとも不倖せ」を出版。 詩集・詩論集を多く発表し、実作のみならず理論面でも多大な影響を与える。宮沢賢治、ネルヴァル等の研究でも名高い。フランス詩の翻訳も行っている。
岡崎 晋(おかざき すすむ、1925年3月8日 - )は、日… 岡崎 晋(おかざき すすむ、1925年3月8日 - )は、日本の北欧文学者、東海大学名誉教授。 島根県益田市出身。1945年陸軍特別幹部候補生水上特攻隊除隊、1949年京都府農林専門学校農学科卒業、1951年早稲田大学文学部卒業、54年同大学院修士課程修了。55-59年デンマークのコペンハーゲン大学およびアイスランド大学で一般言語学、デンマーク語、アイスランド語を学ぶ。1967年東海大学文学部北欧文学科専任講師となり、助教授、教授。95年定年退職、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
吾郷 寅之進(あごう とらのしん、1914年3月12日 - … 吾郷 寅之進(あごう とらのしん、1914年3月12日 - 1983年6月28日)は、日本の国文学者。文学博士(東北大学・1976年)(学位論文「中世小歌と小歌集の成立に関する研究」)。奈良教育大学名誉教授。 島根県大田市生まれ。旧制福岡県立嘉穂中学校、旧制第五高等学校を経て、1938年に東京帝国大学文学部国文学科を卒業。1950年奈良学芸大学助教授、1959年教授、1966年校名変更で奈良教育大学教授、1976年「中世小歌と小歌集の成立に関する研究」で東北大学より文学博士の学位を取得。1979年奈良教育大学を定年退官、名誉教授、武庫川女子大学教授。同志社大学学長で国文学者の植木朝子は孫。
佐藤 信彦(さとう のぶひこ、1902年5月11日 - 19… 佐藤 信彦(さとう のぶひこ、1902年5月11日 - 1977年2月3日)は、慶應義塾大学文学部教授などを務めた、日本の国文学者。 彦根藩出身の軍人であった父の任地だった島根県那賀郡浜田町(後の浜田市の中心部)で生まれ、宮城県立仙台第一中学校(宮城県仙台第一高等学校の前身)を経て、東京の私立日本中学校(日本学園中学校・高等学校の前身)に転じ、校長だった杉浦重剛の薫陶を受けた。1920年に卒業して、慶應義塾大学文学部予科に入学し、1924年には本科国文学科に進んで、折口信夫の指導を受け、川合貞一や田中豊蔵に学ぶ。1927年に大学を卒業して予科の国語教師に採用され、その後、1943年に藤山工業図書館の事務監督・主事、1945年から1947年にかけて工学部事務監督を兼任となり、戦中戦後の混乱期に、大学行政の一翼を担った。
勝田 孝興(かった たかおき、1886年9月30日 - 19… 勝田 孝興(かった たかおき、1886年9月30日 - 1976年5月23日)は、日本のアイルランド文学者・語学者。 島根県松江市出身。1911(明治44)年、東京帝国大学(現在の東京大学)英文科卒。1925年から2年間、文部省から推薦されアイルランド留学。旧制神奈川県立横須賀中学校(現・横須賀高校)、旧制千葉県立佐倉中学校(現・佐倉高校)の各教諭、旧制商船学校、旧制山形高等学校(現・山形大学)の各教授を経て同志社大学教授に転じ、同専門学校英星版部長を兼任。戦後は滋賀大学教授、大阪工業大学教授。専門はアイルランドの文芸復興関連の演劇やアングロ・アイリッシュの発音に関する研究。著書多数。1976年5月23日に脳血栓のため89歳で逝去。
大谷 繞石(おおたに ぎょうせき/じょうせき、1875年(明… 大谷 繞石(おおたに ぎょうせき/じょうせき、1875年(明治8年)3月22日 - 1933年(昭和8年)11月17日)は、日本の英文学者・俳人。本名は正信。 島根県松江市末次本町出身。島根県尋常中学校(後の島根県立松江北高等学校)在学中に、西田千太郎らの英語教師に教えを受けるとともに、1890年(明治23年)、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が英語教師として同校に赴任すると、学生の中で最もハーンの信任を得た。 1892年(明治25年)、京都の第三高等学校へ入学し、1894年(明治27年)、学制改革のため仙台の第二高等学校へ転校した。第三高等学校、第二高等学校では、同級生に俳人高浜虚子と河東碧梧桐がおり、この頃俳句への傾倒が始まった。
公田 連太郎(こうた れんたろう、1874年10月3日 - … 公田 連太郎(こうた れんたろう、1874年10月3日 - 1963年7月27日)は、日本の漢文学者。 1874年、島根県出雲市古志町生まれ。21歳で上京し、根本通明に約十年師事。在野の漢学者として、多くの漢文の注釈を刊行した。1927年数え54歳で結婚。 1913年、下獄後の失意の北原白秋を勇気づけたことでも知られる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。