末國 龍汰(すえくに りゅうた、2004年9月10日 - )… 末國 龍汰(すえくに りゅうた、2004年9月10日 - )は、日本のプロボクサー。広島県尾道市出身。ライオンズジム所属。第8代ライトフライ級ユース王者。 2022年12月11日、神奈川・横浜大さん橋ホールにて行われたRoad to ONE Japan & BOM 37で名高・エイワスポーツジムと51.1kg契約3分5R対戦し、判定0-3(46-50×3)で敗れた 2026年1月13日、後楽園ホールでアルキザ・ケネスとフライ級6回戦で対戦し、6回2分30秒TKO勝ちを収めた。 2026年4月4日、後楽園ホールで大木彪楽と日本ユース・ライトフライ級タイトルマッチ8回戦で対戦し、8回2-0判定勝ちを収め、王座を獲得した。
池間 亮弥(いけま りょうや、1997年11月11日 - )… 池間 亮弥(いけま りょうや、1997年11月11日 - )は、日本のプロボクサー。広島県広島市出身。第10代WBC世界ユースライトフライ級チャンピオン。広島拳闘会所属。 2013年8月6日に日本ではプロテスト受験資格が17歳以上の為、異例の15歳でのタイでプロデビュー。1回TKO勝ちで白星を飾ったが、2014年3月21日にバンコクで行われた試合では判定負けでプロ初黒星を喫した。 そして2015年3月15日に福岡市九電記念体育館で大石剛志とミニマム級4回戦を戦い、4回2分20秒TKO勝ちを収めて日本デビューを白星で飾った。 2016年10月9日に広島市NTTクレドホールで、OPBF東洋太平洋ライトフライ級8位 デトラノーン・オムクラサックとライトフライ級8回戦を行い、8回3-0(80-74、79-74、78-74)自身初の判定勝ちで勝利を収めた。
増田 陸(ますだ りく、1997年9月23日 - )は、日本… 増田 陸(ますだ りく、1997年9月23日 - )は、日本のプロボクサー。広島県広島市出身。帝拳ボクシングジム所属。第77代日本バンタム級王者。 広陵高校卒業後、立教大学に入学し、2020年3月、同大学を卒業。なお立教大学時代、ボクシング部主将を務めたことがある。2021年2月5日のプロテストでB級合格。 2022年7月2日、プロデビュー戦は初回KO勝ち。翌2023年5月20日、後楽園ホールでの「井上尚弥 4団体統一記念バンタム級モンスタートーナメント」1回戦で日本同級2位の富施郁哉と対戦し、7回3分00秒TKO勝ちで準決勝進出。さらに同年8月30日、後楽園ホールでの「フェニックスバトル103」にてモンスタートーナメント準決勝として日本同級王者堤聖也との日本同級タイトルマッチを行い、増田のアッパーで堤の眉間をカットさせるもプロ初黒星となる10回0-3(94-96×2、93-97)判定負けにより日本王者獲得に失敗するとともに準決勝敗退となった。
丸亀 光(まるがめ ひかる、男性、1989年11月17日 -… 丸亀 光(まるがめ ひかる、男性、1989年11月17日 - )は、日本のプロボクサー。竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジム所属。階級はスーパーバンタム級。広島県安芸郡府中町出身。 父はボクシング経験者で、現在は広島市でグロービージムを主宰。崇徳高校時代にインターハイ・国体準優勝。 2008年、大学1年でチャレンジ!おおいた国体と全日本選手権2冠を達成。全日本選手権では決勝で同郷の上林巨人(日大)を破った。 2009年は世界選手権にも出場し、初戦突破。 2013年、同じ府中町出身の竹原慎二が主宰し、全日本選手権決勝で戦った上林巨人も所属する竹原&畑山ジムに所属し、5月にB級プロテスト合格。
上林 巨人(うえばやし なおと、1987年1月2日 - )は… 上林 巨人(うえばやし なおと、1987年1月2日 - )は、日本の男性プロボクサー。竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジム所属。階級はスーパーバンタム級。広島県江田島市出身。 兄の影響でボクシングを始め、広陵高校で高校三冠を獲得。カザフスタンで行われたジュニア国際大会で金メダルを獲得。 日本大学進学後も、晴れの国おかやま国体バンタム級で大学の1年先輩向井寛史を破り優勝。2年次には全日本選手権バンタム級優勝。 3年次には世界選手権出場も1回戦で敗退、連覇がかかった全日本選手権も小國以載(芦屋大)に敗れ、北京オリンピック予選代表もライバルの萬田竜也(東農大)に奪われた。 2008年のチャレンジ!おおいた国体ではフェザー級で優勝するが、全日本選手権では同郷かつ後にプロで同僚となる丸亀光(法大)に決勝で敗れ準優勝。
新本 亜也(しんもと あや、1986年12月10日 - )は… 新本 亜也(しんもと あや、1986年12月10日 - )は、日本の女子アマチュアボクシング選手。広島県広島市出身。階級はフライ級。 中学では、陸上部に所属し、種目は中距離。広島市総体で優勝し、県大会に出場。広島県広陵高等学校入学と同時にボクシングを始める。 2005年3月1日に広陵高校を卒業。 卒業後の3月末に埼玉県で行われた全日本女子アマチュアボクシング大会に初出場し決勝進出も、後のIBF女子世界チャンピオン柴田直子に敗れ準優勝。 平成国際大学に進学するとともに関東リーグ2部の男子と共に練習を行う。 2006年、2007年共に全日本女子ボクシング大会で準優勝し2008年に決勝で柴田直子に雪辱を果たし念願の初優勝。
高木 裕史(たかぎ ひろし、男性、1986年3月30日 - … 高木 裕史(たかぎ ひろし、男性、1986年3月30日 - )は、日本のプロボクサーである。広島県廿日市市出身。森岡ボクシングジム所属。 広島県廿日市市出身。2001年に崇徳高等学校に進学し、ボクシングを始める。2011年に広島大学大学院総合科学研究科で、修士号を取得。その間もボクシングを続け、2007年には大分県で開催された第77回全日本アマチュアボクシング選手権大会にバンタム級中国地区ブロック代表として出場している。 2011年に広島を離れ、兵庫県宝塚市に移り住む。兵庫を拠点とする森岡ボクシングジムに所属し、同年プロテストに合格する。翌2012年にプロデビュー戦で川島陸と対戦し、判定勝ちでプロ初勝利を飾る。
下田 昭文(しもだ あきふみ、1984年9月11日 - )は… 下田 昭文(しもだ あきふみ、1984年9月11日 - )は、日本の元プロボクサー。広島県呉市出身。両親の転勤で、北海道を経て東京に移る。第32代日本スーパーバンタム級王者。第37代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者。元WBA世界スーパーバンタム級王者。帝拳ボクシングジム所属。保善高等学校中退。 2002年に帝拳ボクシングジムに入門し、葛西裕一トレーナーの勧めでプロに転向。かつては基礎練習が嫌いで、8回戦時代まではろくにロードワークもしなかったほどであった。しかし西岡利晃の後継者に指名され、2006年に初の敗北を喫したあたりから徐々に考えを改めるようになり、以後はジムの誰よりも練習熱心になったという。
大前 力也(おおまえ りきや、1984年9月10日 - )は… 大前 力也(おおまえ りきや、1984年9月10日 - )は、日本の男性元プロキックボクサー。広島県尾道市出身。 広島県尾道市で生まれる。小学生から地元尾道の空修会館で空手をはじめる。同門に、山本優弥、平谷法之、神垣太輔。 如水館高等学校在学中の2002年5月、新空手の全日本大会で平谷法之と、史上初となる同門決勝を行う。 龍谷大学在学中は、ボクシング部で、帝里木下と同期。 2006年5月の新空手全日本大会軽量級にて優勝。王者となる。 翌、2007年5月、同大会で、小山泰明に判定負けし、連覇を逃す。。 同年7月29日、全日本キックボクシング連盟にて、瀧谷渉太、卜部弘嵩らとデビュー。 2戦目となる10月6日、全日本キックボクシング連盟、CUB☆KICK'S-8にて、上杉隼土に判定勝ちし、プロ初勝利を上げる。
山本 優弥(やまもと ゆうや、1984年7月15日 - )は… 山本 優弥(やまもと ゆうや、1984年7月15日 - )は、日本の男性キックボクサー。広島県尾道市出身。青春塾所属。 バックボーンは空手(新空手)。オールラウンダーだがその中でも、オーソドックススタイルからのスイッチ左ミドルキックや、バックハンドブローなどを得意とする。 尾道市立高須小学校・福山市立松永中学校・広島県立松永高等学校卒業。 2001年5月5日、16歳で第12回全日本新空手道選手権大会の軽量級に出場し、史上最年少年齢で優勝。 2001年9月7日、空修会館所属として全日本キックボクシング連盟に17歳でデビュー。デビュー戦はダウンを奪い、判定勝ち。 2003年11月、加藤督朗に左ミドルキック2発で58秒KO勝ち 2004年1月4日、山内裕太郎の持つ全日本ウェルター級タイトルに挑戦するも、判定負け。
川崎 真琴(かわさき まこと、1984年5月13日 - )は… 川崎 真琴(かわさき まこと、1984年5月13日 - )は、日本の元プロボクサー。広島県尾道市出身。第40代日本スーパーウェルター級王者。RK蒲田ボクシングファミリー所属。同事務所から初めて誕生した日本王者でもある。 プロボクサー転向前はキックボクシングをやっていた。 2012年4月15日、プロデビュー戦は引き分けに終わった。1年2か月後の試合でプロ初黒星。 そして2017年6月30日に後楽園ホールにて行われた『角海老ボクシング』のメインイベントで日本ウェルター級1位坂本大輔と日本ウェルター級暫定王座決定戦を行い、10回0-3(93-97×2、94-97)判定負けで王座獲得に失敗。 2017年10月3日に中国大同市で楊興新とWBAアジア・ウェルター級王座決定戦を行い、10回0-3(93-97、91-99、92-98)判定負けで王座獲得に失敗。
中広 大悟(なかひろ だいご、1981年8月21日 - )は… 中広 大悟(なかひろ だいご、1981年8月21日 - )は、日本のプロボクサー。広島県三次市出身。第33代日本スーパーフライ級王者。広島三栄ボクシングジム所属。広島県立広島皆実高等学校、広島経済大学大学院修士課程修了。広島市安芸区・瀬野川病院勤務。 高校時代はサッカー部に所属、同期にはフットサル日本代表の瀬戸彬仁やプロサッカー選手の秦賢二がいる。 ボクシングは大学入学後に始めた。 2001年9月16日、プロデビューを福岡県春日市にて行い4R判定勝利を収めた。 2002年12月22日、その後5連勝で西軍スーパーフライ級代表として、東日本代表河野公平(ワタナベ)と全日本スーパーフライ級新人王を後楽園ホールで争い、6R判定勝利で新人王奪取し日本ランク入り。
坂田 健史(さかた たけふみ、1980年1月29日 - )は… 坂田 健史(さかた たけふみ、1980年1月29日 - )は、日本の元プロボクサー、政治家。広島県安芸郡府中町出身。東京都稲城市議会議員(4期)、同市議会議長。元WBA世界フライ級王者。協栄ボクシングジム所属。山陽高等学校、専修大学商学部卒業。愛称は "Burning Fist"。入場曲はEUROPEの "The Final Countdown"。 元世界王者の竹原慎二と同じく安芸郡府中町出身。総合格闘家・中村和裕は坂田の卒業した府中緑ヶ丘中学校を1年先に卒業している。 2006年7月に結婚。2007年7月にハワイ・ホノルルで挙式を行い、2009年10月には長女が誕生した。 2007年7月1日の初防衛・王座統一戦以降、「あこがれのグローブだった。
辻 昌建(つじ まさたて、男性、1978年11月16日 - … 辻 昌建(つじ まさたて、男性、1978年11月16日 - 2009年3月24日)は、日本のプロボクサー。広島県広島市出身。帝拳ボクシングジム所属。崇徳高等学校、法政大学卒業。 中学時代までを似島で過ごし、その後、広島市へ移った。アマチュア時代は、高校でインターハイベスト8、大学で国体ライトフライ級準優勝の成績を残した。大学時代はボクシング部の主将も務めた。 2002年10月19日、プロデビュー戦では久田恭裕に2-0の判定勝利を収めた。2003年11月18日、熊田和真に2-1(59-57、59-57、58-59)の判定勝利。2004年4月2日、黒木健孝に3-0(78-74、78-76、78-76)の判定勝利を収めた。
稲田 千賢(いなだ ちかし、1977年9月30日 - )は、… 稲田 千賢(いなだ ちかし、1977年9月30日 - )は、日本の男性プロボクサー。第39代OPBF東洋太平洋ライト級王者。広島県三次市出身。帝拳ジム所属。広陵高等学校卒業、法政大学法学部法律学科中退。 アマチュアボクシングは80勝12敗。1998年、かながわ・ゆめ国体ライト級優勝を果たした。 2000年3月18日、アマチュアエリートとして6回戦からデビューし5回TKOで勝利。その後15連勝。 2004年3月20日、嶋田雄大の持つ日本ライト級王座に挑戦。10回判定まで縺れるも、判定負け。10月2日、OPBF東洋太平洋ライト級王座デニス・ローレンテ(フィリピン)に挑戦。これも12回判定で敗れる。 2005年3月5日、1戦1勝後再度デニス・ローレンテに挑み、12回判定で勝利しタイトル奪取。
竹原 慎二(たけはら しんじ、1972年1月25日 - )は… 竹原 慎二(たけはら しんじ、1972年1月25日 - )は、日本の元プロボクサー。広島県安芸郡府中町出身。元WBA世界ミドル級王者。 2002年に畑山隆則とともにボクサフィットネスジム「T&H」を開設し、代表を務める。 広島でボクシングジムを経営する父・竹原三郎と焼肉店を経営する母との間に広島県安芸郡府中町で生まれる。府中小学校に通い、先輩には宇梶剛士、吉川晃司がいた。小・中学校と柔道部に所属し、団体戦で郡大会優勝を経験。その一方で喧嘩にも明け暮れ、暴走族にも入る不良時代を過ごし、あまりの素行不良から地元では「広島の粗大ゴミ」と呼ばれていた。また、近隣の中学の番長クラス3人の名字前に「たけ」が共通してついており、3人合わせて「三たけ(さんたけ)」とも呼ばれていた。
三迫 将弘(みさこ まさひろ、1952年4月14日 - 20… 三迫 将弘(みさこ まさひろ、1952年4月14日 - 2024年4月26日)は、日本の元プロボクサー。戸籍上は三迫 正廣(読み方は同じ)。トレーナー経て現在は、調布三迫ボクシングジム会長(東京都調布市布田1-47-1辰巳ビル6F)。旧名称は、梅ヶ丘ボクシングジム(2020年4月3日から変更)。 愛媛県新居浜市で出生し、少年時代から野球に打ち込み、新田高校から広島県の広陵高校に転校し、高2の夏と高3の春の甲子園にレギュラー、主に2番遊撃手として出場。同期に佐伯和司ら。巨人・山下哲治スカウト部長、角川博(軟式)は1学年下となる。 明治大学進学が内定していたが、野球選手としては決して恵まれていない身長173cmの体格や家庭の経済状態を憂慮しプロボクサーを志し、1971年4月叔父である三迫仁志の経営する三迫ボクシングジム入門し翌月プロデビュー。
スピーディ早瀬(スピーディはやせ、1941年10月18日 -… スピーディ早瀬(スピーディはやせ、1941年10月18日 - )は、日本の元プロボクサー。本名は叶 哲郎(かのう てつろう)。広島県出身。フライ級で2度、日本タイトルを獲得した。 広島県松本商業高校在学中の1960年、インターハイでモスキート級優勝。中央大学で活躍後、中村ジムからプロデビュー。 1970年公開の映画・実写版「あしたのジョー」にウルフ金串役で出演している。 1962年7月13日、プロデビュー。 1965年4月24日、後の世界王者バーナベ・ビラカンポに敗れる。 1967年4月10日、元世界王者海老原博幸に敗れる。 1967年8月27日、日本フライ級王座決定戦で高山勝義に勝利し、タイトル獲得。