曽根 薫(そね かおる、1932年〈昭和7年〉1月4日 - … 曽根 薫(そね かおる、1932年〈昭和7年〉1月4日 - )は、日本の政治家、元広島県江田島市長(1期)。旭日双光章受章。 広島県出身。広陵高等学校卒。広島県安芸郡江田島町役場に入り、企画課長、総務課長、助役などを経て、2003年江田島町長に当選、1期務める。2004年江田島町は近隣の町と合併し、江田島市が発足。合併後の市長選挙に立候補し当選した。市長は1期務め、2008年に退任した。このほか広島県地方港湾整備促進期成同盟会会長を務めた。2009年春の叙勲で旭日双光章を受章。
荒木 武(あらき たけし、1916年3月4日 - 1994年… 荒木 武(あらき たけし、1916年3月4日 - 1994年6月15日)は、日本の政治家、広島市市長(第27~30代)。
浜井 信三(はまい しんぞう、1905年(明治38年)5月2… 浜井 信三(はまい しんぞう、1905年(明治38年)5月28日 - 1968年(昭和43年)2月26日)は、日本の政治家、初代の公選広島市長(在任期間・1947年 - 1955年、1959年 - 1967年。渡辺忠雄市長を1期挟み通算4期市長を務めた)。濱井信三とも(胸像の銘文では濵井)。一貫して核兵器の全面禁止を訴え、広島の父、または原爆市長と称される。 広島平和記念都市建設法の成立に力を注ぎ、広島市中区中島町に平和を祈念する公園(広島平和記念公園)の建設、同じく市中心部への幅員100m道路(平和大通り)の建設を打ちだし、現在の広島市の街並みの基礎を造った。
土屋 寛(つちや ゆたか、1880年(明治13年)12月10… 土屋 寛(つちや ゆたか、1880年(明治13年)12月10日 - 1950年(昭和25年)11月12日)は、衆議院議員(立憲民政党)、尾道市長。 広島県御調郡栗原村(のち栗原町、現尾道市)出身。御調郡書記を務めた後、1909年(明治42年)に栗原村の村長に選出され、町制施行後も町長を務めた。また、広島県会議員に選出され、県会の郡部会議長にも就任した。 1930年(昭和5年)、第17回衆議院議員総選挙に出馬し当選。当選回数は合計で4回を数えた。その間、1940年(昭和15年)から1942年(昭和17年)にかけて尾道市長を務めた。 戦後、日本進歩党の結成に参加するが、大政翼賛会の推薦議員だったため、間もなく公職追放となった。
小田 貫一(おだ かんいち、1856年12月29日(安政3年… 小田 貫一(おだ かんいち、1856年12月29日(安政3年12月3日) - 1909年(明治42年)7月22日)は、日本の政治家、広島市長(第六代)。族籍は広島県平民。玄孫に、内閣総理大臣の岸田文雄がいる。 安芸国佐伯郡宮内村(広島県佐伯郡宮内村、廿日市町を経て現廿日市市)に生まれる。小田常吉の長男。家は代々農業を営む。上京して慶應義塾を卒業したのち、広島県会議員を経て宮内村長となる。 第2回衆議院議員総選挙に立憲政友会からの推薦を受けて当選(以後6回当選)。のちに政友会を離党して社交俱楽部を組織した。1908年(明治41年)3月2日の第24回帝国議会「神職養成部国庫補助二関スル建議案委員会」で委員長として「国家神道」という言葉を初めて公に使用した。