宮本 葉月(みやもと はづき、2000年12月25日 - )… 宮本 葉月(みやもと はづき、2000年12月25日 - )は、高知県高知市出身の飛込競技選手。 2018年アジア競技大会で初めての日本代表となり、女子3m飛板飛込、女子3mシンクロ飛板飛込に出場した。また、2019年世界水泳選手権の女子3mシンクロ飛板飛込と、2021年FINA飛込ワールドカップに出場した。 土佐女子高等学校卒業後、2019年4月に近畿大学に進学。2020年東京オリンピックの飛込競技で初めての日本代表入りを果たすと、榎本遼香とともに女子3mシンクロ飛板飛込に出場し、5位になった。
石本 隆(いしもと たかし、1935年4月6日 - )は高知… 石本 隆(いしもと たかし、1935年4月6日 - )は高知県安芸市出身の競泳選手。1956年メルボルンオリンピックの200mバタフライ銀メダリスト。 1935年4月6日、高知県安芸市出身。高知県立安芸高等学校を経て日本大学卒業。 中学校の時に野球をしていたが、水泳部の大会に出場したことがきっかけで水泳を始めた。大学1年の時に100mバタフライで日本記録を出した。 1956年メルボルンオリンピック男子200mバタフライ銀メダリストで、1957年9月7日に神宮プールで、富田一雄、古川勝、石原勝記との400mメドレーリレーの世界記録、9月14日に100mバタフライの世界記録を保持した。 日本選手権水泳競技大会では、100mバタフライで1956年から1958年まで3連覇、200mバタフライでも1955年から1957年まで3連覇した。
北村 久寿雄(きたむら くすお、1917年(大正6年)10月… 北村 久寿雄(きたむら くすお、1917年(大正6年)10月9日 - 1996年(平成8年)6月6日)は、日本の競泳選手、労働省官僚。1932年ロサンゼルスオリンピックの1500m自由形金メダリスト。1952年ヘルシンキオリンピック競泳日本代表の北村康雄は実弟。 出身地は高知市菜園場町(はりまや橋の東)。指導にあたったのは溝渕治助だった。練習には板垣退助や坂本龍馬も泳いだという鏡川を流れに逆らって泳ぐ方法を採用した。[要出典] 1932年(昭和7年)、旧制高知市立高知商業学校3年生のときに開催された第10回のロサンゼルスオリンピックの水泳1500m自由形でそれまでのオリンピック記録を40秒近く縮める19分12秒4のタイムでわずか14歳290日で金メダルを獲得、これは1988年ソウルオリンピックでハンガリーのクリスティーナ・エゲルセギ(当時14歳1か月9日)に破られるまで競泳世界最年少金メダリストであった。
横山 隆志(よこやま たかし、1913年(大正2年)12月2… 横山 隆志(よこやま たかし、1913年(大正2年)12月24日 - 1945年(昭和20年)4月14日)は、日本の水泳選手。1932年ロサンゼルスオリンピック800メートルリレーで金メダルを獲得した選手である。 1913年、高知県高知市出身。1931年に高知市立高知商業学校(現・高知市立高知商業高等学校)を卒業し、早稲田大学商学部に進学。 1931年8月、日本で開催された日米対抗水上競技大会では800m自由形で10分25秒2のタイムで牧野正蔵らを抑えて優勝。 1932年ロサンゼルスオリンピック代表に選出され、大会本番では400メートル自由形では4位入賞を果たし、男子800メートルリレーで宮崎康二、遊佐正憲、豊田久吉と共に金メダルを獲得した。
宮畑 虎彦(みやはた とらひこ、1903年1月23日 - 1… 宮畑 虎彦(みやはた とらひこ、1903年1月23日 - 1988年5月16日)は、日本の男子競泳選手。高知県四万十市下田出身。 1924年パリオリンピックに出場し、男子4×200mフリーリレーにおいては小野田一雄、野田一雄、高石勝男とともに4位になっている。100m自由形にも出場しているが、1次予選で3位に入り敗退している。1928年アムステルダムオリンピックには役員として選手団に同行した。 この項目は、水泳選手(飛込競技選手・アーティスティックスイミング選手・水球選手を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJスポーツ人物伝)。