えのもと ぐりむ(1986年5月3日 - )は、日本の劇作家… えのもと ぐりむ(1986年5月3日 - )は、日本の劇作家、演出家。「劇団ぐりむの法則」および「劇団居酒屋ベースボール」元主宰。現在は俳優土屋シオンと共に旗揚げした「劇団空白ゲノム」の指揮をしている。 1986年5月3日、長崎県佐世保市生まれ。佐世保北高等学校出身。映画『GO』を観たことをきっかけに上京し、アルバイトで学費を貯めた後に芸能事務所ワタナベエンターテインメントによる芸能スクールワタナベエンターテイメントカレッジを卒業。2006年8月に「劇団居酒屋ベースボール」旗揚げ。活動範囲は舞台劇作家のみならず、ワタナベエンターテイメントカレッジの講師として若手俳優の育成も勤める。NHK ETV「東京特許許可局」、テレビ東京【ドラマ24】「下北沢ダイハード」脚本、「進撃の巨人」冒頭ナレーションシナリオ協力など、TVドラマ・ラジオドラマや映画シナリオも多数提供している。
溝口 真希子(みぞぐち まきこ、1976年 - )は、日本の… 溝口 真希子(みぞぐち まきこ、1976年 - )は、日本の劇作家、脚本家、演出家、映画監督。演劇ユニット「ブス会*」主宰者。「ペヤンヌマキ」名義で主たる活動を行っている。 長崎県西彼杵郡長与町出身。長与町立長与小学校、長与町立長与中学校卒業。長崎県立長崎北陽台高等学校卒業。早稲田大学第一文学部卒業。 1996年、早稲田大学在学中、三浦大輔主宰の劇団「ポツドール」の旗揚げに参加。 2000年、三浦大輔と共同監督した自主映画「はつこい」が第25回ぴあフィルムフェスティバル審査員特別賞受賞、PFFin神戸でグランプリを受賞。 2006年にポツドール初の番外公演「女のみち」上演。脚本・演出を手掛ける。
松田 正隆(まつだ まさたか、1962年 - )は、日本の劇… 松田 正隆(まつだ まさたか、1962年 - )は、日本の劇作家・演出家、立教大学教授。日本劇作家協会所属(過去に理事を務めたこともある)。 長崎県北松浦郡出身。長崎県立猶興館高等学校、立命館大学文学部哲学科卒業。 1990年、劇団「時空劇場」を設立し、作・演出を手掛ける。代表作は『紙屋悦子の青春』『どん底』『蜻蛉』『坂の上の家』『海と日傘』『月の岬』など。 1997年に同劇団を解散。その後フリーの劇作家として活躍している。 2004年には平田オリザ(演出)と組んで『天の煙』の劇作を担当。舞台戯曲の他、黒木和雄監督作品『美しい夏キリシマ』にて映画脚本を手がけ、『紙屋悦子の青春』は映画化されている。
川下 大洋(かわした たいよう、1958年7月3日 - )は… 川下 大洋(かわした たいよう、1958年7月3日 - )は、俳優、ナレーター、劇作家、演出家。演劇集団「Piper」および「大田王」のメンバー。2023年からフリーランス。(旧所属事務所は吉本興業/Showtitle) 別名ドナインシタイン博士。旧芸名ははりけーん・ばんび。愛称は「ハカセ (Doc)」、「大洋さん」。 長崎県長崎市出身。ラ・サール中学校・高等学校を経て、1983年に京都大学理学部を卒業。1978年から劇団そとばこまちに所属し、はりけーん・ばんびの名前で辰巳琢郎(当時 つみつくろう)・上海太郎・生瀬勝久(当時 槍魔栗三助)・山西惇らと共に活動、50数本の公演に出演した。 1988年に退団後、芸名を本名の「川下大洋」に改め、芝居バンドでのライブ活動や劇団MOTHER、笑殺軍団リリパットアーミー、劇団M.O.Pなどの劇団への客演を経て1997年には劇作家・演出家の後藤ひろひとと「Piper」を結成、翌98年より吉本興業所属となる。
野田 秀樹(のだ ひでき、1955年12月20日 - )は日… 野田 秀樹(のだ ひでき、1955年12月20日 - )は日本の俳優、劇作家、演出家。多摩美術大学教授。東京芸術劇場芸術監督。朝日賞選考委員(2015年度より)。
東 由多加(ひがし ゆたか、1945年5月12日 - 200… 東 由多加(ひがし ゆたか、1945年5月12日 - 2000年4月20日)は、日本の劇作家、演出家。東京キッドブラザース主宰。 台湾生まれ。長崎県長崎市育ち。長崎県立長崎西高等学校卒業、早稲田大学教育学部中退。自らの作・演出によるミュージカル80作品を上演。 作家の柳美里はかつて女優を志して、東の劇団に所属していたが、東は柳に「あなたは演じるより、書きなさい」と作家になる事をすすめた。柳は自身を18歳から31歳頃まで東と同棲した「伴侶」だと言っているが、東が多数の愛人を作ったことで破局し、柳がある既婚男性との子供を身ごもり破局した際には東が柳と同居し、柳の子供の育児のサポートを務めた。
岡部 耕大(おかべ こうだい、1945年〈昭和20年〉4月8… 岡部 耕大(おかべ こうだい、1945年〈昭和20年〉4月8日 - 2023年〈令和5年〉8月25日)は、日本の劇作家。日本ペンクラブ会員。日本劇作家協会顧問。 長崎県松浦市出身。佐賀県立伊万里高等学校卒業、東海大学文学部広報学科中退。
市川 森一(いちかわ しんいち、1941年(昭和16年)4月… 市川 森一(いちかわ しんいち、1941年(昭和16年)4月17日 - 2011年(平成23年)12月10日)は、日本の脚本家、劇作家、小説家、コメンテーター。日本放送作家協会の会長を務めた。長崎県諫早市出身。 妻は『マキちゃん日記』で知り合った女優の柴田美保子。妹は放送作家の市川愉味子(井上愉味子)。実質的なデビュー作は円谷プロ製作『快獣ブースカ』。代表作は『傷だらけの天使』『ウルトラセブン』『帰ってきたウルトラマン』『ウルトラマンA』『コメットさん』『露玉の首飾り』『TAJOMARU』など多数。 実家の呉服屋を継がずに旧海軍大村航空隊の教官となった父・市川一郎(同志社専門学校高等商業部出身)と、寛政5年(1793年)創業の老舗の諫早名物おこし屋の娘であった母との間に1941年(昭和16年)誕生。
水谷 竹紫(みずたに ちくし、1882年(明治15年)10月… 水谷 竹紫(みずたに ちくし、1882年(明治15年)10月8日 - 1935年(昭和10年)9月14日)は日本の劇作家、演出家、編集者。第2次芸術座の中心人物として活動した。 女優の水谷八重子は義妹。 長崎県長崎区(現・長崎市)出身。岡山尋常中学(現・岡山県立朝日高等学校)、県立大村中学(現・長崎県立大村高等学校)を経て、1901年(明治34年)、東京専門学校(現・早稲田大学)予科に入学。本科では早稲田大学文学部哲学科。同級に詩人の相馬御風が居た。 1906年(明治39年)、早稲田大学を卒業し、姫路連隊に一年志願兵として入隊。翌年には神楽坂の名妓と結婚するが、この夫人の妹が後の水谷八重子である。
福地 源一郎(ふくち げんいちろう、天保12年3月23日(1… 福地 源一郎(ふくち げんいちろう、天保12年3月23日(1841年5月13日) - 明治39年(1906年)1月4日)は、日本の政論家・劇作家・小説家。幼名八十吉(やそきち)。号星泓のち櫻癡(おうち、新字体:桜痴)、別号吾曹。福地桜痴の名で知られる。東京日日新聞社長、最晩年は衆議院議員。 「江湖新聞」発刊で筆禍を得、大蔵官僚を経て東京日日新聞社主筆・社長に就任。当時の言論界・政界に大きな影響力を揮ったが、のち声望傾き、退社後は演劇改良運動に傾注して活歴劇を創始。改修物、翻案物のほか時代物や世話物を創作して劇壇の第一人者となった。 天保12年(1841年)、長崎新石灰(しっくい)町(現在の長崎市油屋町)で長門国豊浦郡府中(現 山口県下関市)出身の儒医・岸田苟庵(福地苟庵)の息子として生まれた。