藤永 佳子(ふじなが よしこ、1981年8月15日 - )は… 藤永 佳子(ふじなが よしこ、1981年8月15日 - )は、日本女子の陸上競技元選手・現教職員・指導者。専門は長距離走・マラソン。身長171cm、体重55kg。血液型O型。趣味は旅行。好物はみかん、ウナギ。 長崎県立諫早高等学校時代から、駅伝・トラック種目等で注目された大型女子選手だった。その後筑波大学へ進学し、大学卒業後は資生堂ランニングクラブに所属。2009年4月から2012年3月まで資生堂女子陸上競技部のキャプテンを務めていた。 長崎県北松浦郡佐々町生まれ。1994年、佐々町立佐々中学校入学後から陸上競技を始める。 1997年、諫早市に転居し、長崎県立諫早高等学校に進学。諫早高校の陸上部はこの頃から県内有数の強豪校となっていたこともあり、全国高等学校駅伝競走大会で2・3年次には2年連続1区区間賞を獲得。
豊岡 弘(とよおか ひろし、1969年1月14日- )は、長… 豊岡 弘(とよおか ひろし、1969年1月14日- )は、長崎県佐世保市出身の高等学校教諭(保健体育)、元競輪選手。競輪選手としては、現役時代は日本競輪選手会長崎支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第69期生。 西海学園高等学校時代に自転車競技を始め、その後、早稲田大学に進学。早大在籍時代、1988年ソウルオリンピックの1000mタイムトライアルに出場し16位。卒業後は教員になる夢もあったが、自転車でまだ遣り残したことがあるという理由も手伝い、競輪選手への道を歩む。 1991年、競輪学校に69期生として入学。同期には1990年の世界自転車選手権・タンデムスプリント銀メダリストで稲村雅士を父に持つ稲村成浩をはじめ、日本アマチュア自転車競技の第一線で活躍した生徒が大勢いたが、豊岡は稲村とともにゴールデンキャップ獲得者となるなど、将来を嘱望された。
小嶺 忠敏(こみね ただとし、1945年6月24日 - 20… 小嶺 忠敏(こみね ただとし、1945年6月24日 - 2022年1月7日)は、日本の元高校教員、サッカー選手、サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)。一般社団法人長崎県サッカー協会会長、長崎総合科学大学特任教授。 長崎県南高来郡堂崎村(後の有家町、現在の南島原市)出身。父親は生前に太平洋戦争で戦死したため母子家庭(7人兄弟)で育ち、一家は農業で生計を立てていた。中学(堂崎中学)時代はバレーボール部に所属。長崎県立島原商業高校入学後よりサッカー部に所属し、3年時には主将を務め、九州選抜チームにも選出された。 高校卒業後は家庭事情から就職する予定であったが大阪商業大学からのスカウトもあり同大学に進学してサッカー部に所属。
原 仙作(はら せんさく、1908年9月14日 - 1974… 原 仙作(はら せんさく、1908年9月14日 - 1974年7月9日 )は英語教師、英文学者。旺文社にて編集顧問を務め、大学受験生向けの英語の参考書の著者として活動した。弟は画家の原覚。 長崎県諫早市出身。海星中学校を経て1931年長崎高等商業学校(現在の長崎大学経済学部)を卒業し、日本統治下の朝鮮に渡って龍山公立中学校の教諭となる。終戦直後に米軍政長官付き通訳官兼参謀二課翻訳官を務めたあと、1946年5月に日本へ引き揚げ。旺文社の主幹となり、1948年編集顧問となる。そのかたわら1950年から1956年まで開成高等学校講師、その後は千葉大学工業短期大学部、明治大学、青山学院大学、実践女子短期大学で非常勤講師を務める。
堀川 安市(ほりかわ やすいち、1884年(明治17年)3月… 堀川 安市(ほりかわ やすいち、1884年(明治17年)3月28日 - 1981年(昭和56年)1月8日)は、日本・台湾の教員・自然史研究家。教員として各地を転々とした中で自然史・理科教育の研究で功績を残した。特に1917年(大正6年)-1947年(昭和22年)の30年間を台湾・台北市で過ごし、その間に台湾の自然史研究で多数の報告・執筆を行った。 明治17年(1884年)3月28日、長崎県西彼杵郡雪浦村(現・西海市大瀬戸町雪浦地区)の農家の長男として生まれたが、幼い頃から動植物への興味関心が高かった。雪浦尋常小学校補習科(現・西海市立雪浦小学校)修了後は農業をしていたが、学問の道を志して20歳にして佐賀県立農学校(現・佐賀県立佐賀農業高等学校)へ進んだ。
ドミンゴス中村長八(ドミンゴス なかむら ちょうはち、Dom… ドミンゴス中村長八(ドミンゴス なかむら ちょうはち、Domingos Chohachi Nakamura、1865年9月21日(慶応元年8月2日) - 1940年3月14日)は、明治時代から昭和戦前期にかけてブラジルで活動した日本人のカトリック司祭・海外宣教師。長崎県五島列島出身。 奄美大島での26年間の司牧を経て、17年間に渡りブラジル在住の日本人移民・日系人の司牧活動に取り組んだ。初の海外派遣日本人宣教師であり、生前にすでに「生ける聖人」と呼ばれていた。 1938年、教皇ピオ11世より「大聖グレゴリオ勲章」を受章する。1940年3月、鹿児島司教区の使徒管理に任命されたが、その通知が手許に届く直前にブラジルにて死去。
苑田 尚之(そのだ なおゆき)は、日本の予備校講師。東進ハイ… 苑田 尚之(そのだ なおゆき)は、日本の予備校講師。東進ハイスクール・東進衛星予備校物理科講師、元河合塾物理科講師。 長崎県島原半島出身。長崎県立長崎南高等学校を経て、東京大学理学部物理学科を1988年3月に卒業。 2015年5月、東京大学新聞2015年5月12日号にトップインタビュー「好きなように生きよ」が掲載された。
中村 明夫(なかむら あきお)は、長崎県の音楽家、元高等学校… 中村 明夫(なかむら あきお)は、長崎県の音楽家、元高等学校教諭、現在は長崎短期大学准教授。吹奏楽指導者、講演活動家としても知られる。 長崎県佐世保市出身。中学時代、 吹奏楽部に所属し、チューバを担当。長崎県立佐世保北高等学校卒業。作陽音楽大学(現・くらしき作陽大学)音楽学部音楽学科卒業。 平成7年4月、長崎県立壱岐高等学校講師に着任。フリーランスの期間を経て、平成8年5月、長崎県立猶興館高等学校講師に着任。平成9年4月、長崎県立島原南高等学校 (現・長崎県立島原翔南高等学校) に着任(以後、教諭として)。平成11年4月、長崎県立対馬高等学校に着任。 平成20年4月、長崎県立佐世保東翔高等学校に着任し、2017年の県吹奏楽コンクールで自身が顧問を務めた吹奏楽部を九州大会出場に導く。